「存在を証明し、語り継ぐ」ー 美術家・谷敷謙が木目込みと古着で紡ぐ願いの継承

よしてる

谷敷謙(やしき けん、1983年東京都生まれ)は「存在を証明し、語り継ぐこと」をテーマに、江戸時代から続く日本の伝統技法・木目込み(きめこみ)と、人の記憶や生きた証が馴染んだ古着を用いて作品を制作する美術家です。

この紹介文の行間には、語られていない要素が多く潜んでいます。

「そもそも谷敷謙さんとはどのような人物なのか」
「木目込みとはどのような技法なのか」
「なぜ古着を用いているのか」

それらを紐解くと、谷敷さんの作品があなたにとって特別な意味を持つかもしれません。

そこで、本稿では谷敷さんの人物像をたどりながら京都 蔦屋書店にて開催の個展「FLOW & CONNECT」の展示作品をご紹介します。

1. 谷敷謙が美術家になるまで

まずは、谷敷さんがどのようにして「木目込みと古着を使った作品を制作する美術家」になったのかをみていきましょう。
どんな人物かをたどることで、背景にある文脈や作品の意図を掴みやすくなります。

谷敷さんが「衣服」に興味を持ったのは、大学進学前に池袋で街行く人を見て「服がその人を語るんだ」と気づいた瞬間だといいます。
幼少期をアメリカやシンガポール、日本で過ごした谷敷さんにとって、衣服はその人の文化性や背景を読み取る手がかりとなっていたようです。

また、複数の国を渡りながら育つうちに、自身の文化性が曖昧になったといいます。
そうした中で、日本の祖母の家に置かれた昔ながらの人形や、母親がやり残した木目込みパッチワークに心惹かれた経験が、日本との結びつきを強く意識させたそうです。
この体験が、のちの作品制作にも影響を与えます。

人と服の関係に関心を抱いた谷敷さんは杉野服飾大学に入学し、テキスタイル(布地)の製法を学びます。
在学中から作品制作をスタートし、2008年には、現在の原型ともいえる木目込み作品で「JFW JAPAN CREATION TEXTILE CONTEST」新人賞を受賞。
卒業後はアパレル企業でVMD(ビジュアルマーチャンダイザー:衣服の陳列と演出をする仕事)として働きながら、作品制作を続けます。

美術家としての転機が訪れたのは、娘の手術の年。
生まれつきの病気を治す手術を前に、谷敷さんは半ば覚悟を決め、小さくなった娘の古着を木目込みで集積し、生きた証を留めるような作品を制作します。
そうしてできあがった作品を見た時、一緒に年を重ねてきた娘がこの先も生きていく姿を想像でき、感動が込み上げたそうです。
ある種生々しくもあるこの体験が、美術家として本格的に歩み出す原点となりました。

その後は2018年「ユザワヤ創作大賞展」 グランプリを皮切りに実績を積み重ね、国内外に活動の幅を広げています。

2. 京都発祥の木目込み技法と古着の関係性

谷敷さんの作品の大きな特徴は、日本の伝統技法「木目込み(きめこみ)」と人の記憶や生きた証が馴染んだ「古着」を作品に取り入れている点です。
なぜこの2つの要素を掛け合わせたかを知ることで、谷敷さんが作品に込めるテーマ「存在を証明し、語り継ぐこと」の意味がみえてきます。

木目込みとは、布地を人形に彫った溝に差し込む技法のこと。
約300年前の江戸時代、京都・上賀茂神社の宮大工だった高橋忠重(たかはし ただしげ)が柳の木の端材で手のひら程度の人形を彫り、余り布でこしらえた衣装を着せるためにできたのが、木目込み技法の始まりとされています。

木目込みは人形作りの中でも、日本の伝統行事・ひな祭りに飾る雛人形の技法として継承されています。
ひな祭りはかつて子供の命をつなげていくのが難しかった時代に、わが子への災いを祓い、成長を願う親の想いが込められた行事です。
ある種の「願いの器」とも呼べる雛人形を生み出す木目込みは、未来に命をつなぐ願いが込められた技法といえます。

こうした技法に、現代的な「古着」を用いているのが谷敷さんの特徴です。
そこには、娘の手術をきっかけとした作品に象徴されるように、大量生産・大量消費される古着を人の記憶や思い出が馴染む生きた証として扱うことで、今を生きる人の存在や価値観を時代を超えて伝えていく想いが込められています。

谷敷さんのアトリエ風景、古着を受け取る作業が一番大変であり、一番嬉しい瞬間でもあるといいます

木目込みと古着それぞれに込められた意味が交わることで、「子どもの成長を願う親の想いが成就し、その未来が今も続いていることの証明」が作品を通して表現されています。
願うだけでなく、その想いを次の世代へつなごうとする姿勢は、木目込みの伝統に新たな意味を与える試みともいえるでしょう。

3. 存在を証明し語り継ぐ作品と「交差する縁と交流」をテーマにした展示

「存在を証明し、語り継ぐこと」は作品の制作過程にも反映されています。

まず、「存在の証明」として表れているのが、古着そのものの活かし方です。
例えば、作品に使う古着は誇張せず、そのまま残すことが意識されています。
服がその人を語るように、身体の部位に古着を忠実に当てはめる再現性は、アパレル業界で培ったVMDとしての経験があるからこそ。
そのため、作品の人物が「本当に服を着ているよう」に見えます。

次に、「語り継ぐ」ために欠かせないのが、作品の保存性です。
例えば、作品の支持体すべてにスタイロフォーム(建築の断熱材に用いられる丈夫な資材)を使い、下地処理にジェッソ(絵画に用いられる耐久性、保存性を高める下地材)を塗り重ねることで、作品自体の強度を増幅させています。
こうした作品への配慮に、100年、200年と時代を超えて残すための想いが込められています。

《scramble》(2025)©︎kenyashiki

このような制作を踏まえ、本展では「交差する縁と交流」をテーマに3つの作品シリーズが展示されています。

  • 《scramble》
    展示のメインビジュアルでもある、交差する縁と交流を題材にした作品。
    多彩な服を着た人々が交差し、流れていく様子が描写されています。
    あらゆる価値観が反映されているであろう古着が、ひとつの風景を織りなしているかのようです。
    展示会場中央に置かれた、流れるプールのような雰囲気が漂うインスタレーションと呼応している点にも注目です。
  • 《ARE》シリーズ
    様々な人が着た古着をランダムに選び、水のように混ぜ合わせた作品。
    「We are ~」の “are” から名づけられたこのシリーズは、それぞれの人生を歩む人々の個性や共通する時代性が映し出されています。
  • 赤ちゃんの古着を使った《PAUSE》シリーズ
    赤ちゃんに向けた未来への願いが込められた作品。
    作品の売上の半分を古着の持ち主へ届け、その使い道を書いた手紙を購入者に届けるまでが作品となっています。
    子供の挑戦と、それを応援する人のつながりを生むと同時に、未来を考えるきっかけにもなる作品です。

ここまで読み進めてくださったあなたには、冒頭の短い紹介文の捉え方に変化が起きているはずです。
その視点をもって、展示空間が何を語りかけているのかに耳を傾けてみてください。

また、今回取り上げた内容は谷敷さんとその作品を構成するほんの一部です。
あなたにとっての作品の解釈をぜひ言葉にして、#谷敷謙」を添えてSNSに投稿してみてください。
そこから、作品との新たな接点が生まれるかもしれません。

人類の長い歴史の中で、衣服を人種や階級に縛られず自由に選べるようになったのは、ごく最近のことです。

今は誰もが自分で選び取れる時代で、価値観も多様化しています。
そんな時代だからこそ、自分らしい選択をしながら生きていってほしい。
そして、自分らしい選択の積み重ねが、着込まれた衣服に表れていくと私は考えています。

古着を木目込みした作品で、ひとりひとりの大切な想いを語り継いでいきます。

ー谷敷謙

展覧会情報

展覧会名FLOW & CONNECT
会期2025年6月28日(土) – 7月22日(火)
開廊時間11:00 – 20:00(最終日のみ18:00まで)
定休日なし
サイトhttps://store.tsite.jp/kyoto/event/t-site/47448-1741510521.html
観覧料無料
作家情報谷敷謙さん|Instagram:@yashiki_ken
会場京都 蔦屋書店 6階ギャラリースペース(Instagram:@kyoto_tsutayabooks
〒600-8002 京都府京都市下京区四条通寺町東入御旅町2-35 京都髙島屋 S.C.[T8] 6階

(文:よしてる)

ABOUT ME
よしてる
1993年生まれの会社員。2021年2月からオウンドメディア「アート数奇」を運営。東京を拠点に「アートの割り切れない楽しさ」を言語化した展覧会レビューや美術家インタビュー、作品購入方法、飾り方に関する記事を200以上掲載。2021年に初めてアートを購入(2025年6月時点でコレクションは30点ほど)。
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