髙橋こうたインタビュー③「写真家のアート鑑賞とコレクション」|美術作家の原点〜作品が作品になるまで

芸術は長く人生は短し。
それならば、美術作家と話せる今こそ話を聞いてみるべきではないか。
それも、作品が作品になる前の「美術作家」の原点を探るように話を聞いた時、この人だから生み出せる作品の凄みや世界観を、よりリアルに体感できるのではないでしょうか。
そうした仮説のもと、「美術作家の原点 作品が作品になるまで」と題したインタビュー特集をスタートします。
第一弾は写真家・髙橋こうたさん。
1986年に生まれ、田園風景や雪原が広がる秋田県で育ったサッカー好きな少年が社会人になった後、ある出来事をきっかけに表現活動を志し、写真家になります。
その過程にはどんな物語があったのかを、寄り道まじりでインタビューしました。
第3回は作家にとっての鑑賞とコレクションについて、写真家・髙橋こうたさんに伺いました。


インタビューした人:髙橋こうた

髙橋こうた(たかはし こうた)
1986年生まれ、秋田県出身の写真家。
秋田大学工学資源学部機械工学科卒業。
社会や人と接する中で抱いた疑問を探り、視覚的に表現する形で2019年に作家活動を開始。主に個人にまつわる歴史背景や物語に焦点を当て、そのリサーチを基に作品を制作している。手製の写真集を主な表現媒体とし、時代の中で埋もれた写真などアーカイブも織り交ぜたビジュアルストーリーを構築する。
2020年に着手した冒険家の動機をテーマにした作品《80°05′》は、2022年アルル国際写真祭 LUMA Rencontres Dummy Book Award でファイナリストに選出。2024年にはベルファストやシンガポールの国際写真祭においても同作品集がノミネートされている。主な展示に、京都国際写真祭「KG+SELECT」ファイナリスト展(京都, 2023年)、「80°05′」出版記念展(72Gallery / 東京, 2024年)など。
X:@kouta_t14 /Instagram:@kouta.t14
アート鑑賞の仕方:展覧会は「リサーチの場」
作家はどんな展覧会に行き、作品のどこに注目して鑑賞しているのでしょうか。
年間100〜200もの展覧会を巡るという写真家・髙橋こうたさんに、アート鑑賞の仕方を聞いてみました。
展覧会の選び方
まずは、展覧会の選び方から。
髙橋こうたさんにとって展覧会は作品鑑賞を楽しむ場だけでなく、「制作のヒントを得るための大切なリサーチの場」でもあるといいます。
こうした視点で展覧会を見る作家は多いのかもしれません。
「リサーチの場」でもある展覧会をどのように選んでいるのかをお聞きしました。
基本的にジャンルを問わず足を運びますが、比較的インスタレーションを見ることが多いです。空間の使い方や作品の材質・設置方法など、参考にしています。

自分が気になる美術館やギャラリーをリスト化し、展覧会情報をチェックしています。また、美術手帖やTokyo Art Beatなどのサイト、Instagramでフォローしている作家の投稿なども参考にしながら探しています。
選ぶポイントは、自分の制作に参考になるかどうかもありますが、作家の経歴や作品コンセプトを見て判断することが多い気がします。
そのほか、フォトフェスティバル(KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭、T3 PHOTO FESTIVAL TOKYOなど)は「作品を見せる視点」、アートフェア(Tokyo Gendai、TOKYO ART BOOK FAIRなど)は「作品を販売する視点」で参考になるため、足を運ぶようにしています。

※2018年〜2024年の期間で美術手帖に掲載された展覧会数は毎年1,000以上となっています。
アート鑑賞の楽しみ方
選んだ展覧会に足を運び、展示作品のどこに注目して鑑賞しているのでしょうか。
髙橋こうたさんは展覧会を鑑賞する際に、「見方を変えて2周見ている」といいます。
作家ならではの見方で鑑賞する。
具体的には、扱うメディウムの種類、作品の設置方法、作品の配置、それらを合わせた全体的な空間構成などを見ていく。
鑑賞者としての見方で鑑賞する。
ステートメントなどのテキスト情報や予備知識は確認せずに、作品をまっさらな状態で観るようにする。具体的には、作品とその空間に表れる美術作家の意図、コンセプトなどを読み解き、人物像を深く探っていく。
特に2周目は、「その人を読み解くヒントとして作品を観ている」といえます。
さまざまなプロセスを選択し、制作される作品には、作家の思考や生き方が反映されています。
作品を通して作家を知っていく中で発見や共感が生じた時、印象に残るアート鑑賞になるのかもしれません。
これまでのインタビューに登場した中田英寿さん、阿部雅龍さんといった「特定の人物に対する関心」が、鑑賞スタイルにも現れています。
こうした鑑賞をしていく中で、2024年開催の展覧会で特に印象に残ったものを教えていただきました。
その展覧会が「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」(2024、森美術館)です。

2024年に特に印象的だった展示は、森美術館の「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」です。
実は、本展で初めてシアスター・ゲイツの存在を知りました。展覧会の空間構成や個々の作品も興味深かったのですが、それ以上に、彼のこれまでの活動や哲学に強く惹かれました。
ゲイツは収集家でもあり、先人が残した作品群や蔵書コレクションを活用した展示空間も印象的でした。例えば、常滑市の陶芸家・小出芳弘(1941〜2022)の生涯作品群2万点を引き取り、新たな意義を与えた上で、今後シカゴ(ゲイツの拠点)で陶芸の研究・参考資料として活用するビジョン。また、蔵書コレクションを活用した地域コミュニティなどの構築にも力を入れています。
僕もアーカイブを活用した作品制作をしたり、物をコレクションしているので、ゲイツの「アーカイブやコレクションをどう扱うか」という視点や、社会との関わり方はとても勉強になりました。




髙橋こうたのアートコレクション
作家の中にはアートコレクションをしている話をよく聞きます。
気になるのが、作家が「どんな観点で作品を選び、コレクションをしているのか」です。
そこで、髙橋こうたさんのお気に入りのコレクションについても教えていただきました。
アートブックコレクションの魅力
髙橋こうたさんは主に「国内外のブックコレクション」をしています。
その数なんと3,000冊近くもあるそうで、髙橋こうたさん宅の本棚を観ると、物質的なコレクション数に圧倒されます。

ブックコレクションのうち、およそ半数が写真集を中心とした「アートブック」なのだそう。
中には作家手製の写真集もあるとのこと。
アートコレクションというと絵画や彫刻といったものが一般的で、アートブックは聞き馴染みのない人が多い印象を受けます。
そこで、髙橋こうたさんにアートブックコレクションの魅力を聞いてみました。
- アートコレクションのジャンルの中でも、価格のお得感がある
例えば、アートブックが1冊1万5千円とした時に、本としては高価でも、アート作品としては比較的手頃な価格で「手作りの物語」を手にすることができます。
(ちなみに絵画の場合、額装だけでも1万5000円以上することが多いです) - アートブックならではの「触れながら楽しむ」体験
アート作品は基本的に触れないようにするもの。
アートブックはその逆で、触れながら見れる点が魅力のひとつです。
具体的には、
・物理的な重さや独特な香り、ページをめくる行為といった身体的な体験
・ビジュアルを読むことで新しい発見ができる面白さ
・自分のペースで物語を読み進めていける親近感
があります。
髙橋こうたさんが手製本のスタイルを選んでいる理由も、作品に触れることで得られる魅力に可能性を感じているからなのかもしれません。
アートコレクションの決め手:欲しいかと制作のヒントになるか
作品購入に関心があり実際に購入もしている人は、わずか0.8%といわれています。
そうした中で、髙橋こうたさんは実際に手に取って見てみて
- 自分が欲しいかどうか
- 制作のヒントになるか
の2つを、アートコレクションの決め手にしているといいます。
実際に、髙橋こうたさんの作品《80°05′》も、コレクションした写真集からヒントを得ているそうです。
「制作のヒントになるか」でいうと、コレクションした写真集から、物語の組み方、どういう順番で写真を見せていくか、どういう素材を使うか、本の大きさ、ページ数など、あらゆることを参考にしています。

また、作家を応援する意味で購入することもあるそうです。
作品購入がないことには、美術作家の活動は成り立ちません。
僕もたくさんの人に購入いただき活動ができているからこそ、自らも買う立場になりたいとも思っています。

髙橋こうたのお気に入り写真集4選
最後に、髙橋こうたさんが近年コレクションした写真集の中で、お気に入りの作品を4つ教えていただきました。
コレクションにはその人らしさが反映されていて、知るだけでも面白いです。
①「Christian Patterson|REDHEADED PECKERWOOD」(クリスチャン・パターソン)

実際にアメリカで起きた殺人事件をもとに制作された写真集です。
当時の現場写真や捜査資料の複写といったノンフィクションのイメージと、作家がリサーチから着想を得て制作したフィクションのイメージが織り交ぜられ、ストーリーが構成されています。
本物そっくりに複製されたメモなどが綴じ込まれているなど、造りも非常にユニークで、《80°05′》の制作に大きな影響を与えてくれた一冊です。

②「Kenji Chiga|Bird, Night, and then」(千賀健史)

カースト差別など、インドの学生を取り巻く現状をもとにストーリーが構成された手製の写真集です。
個人を主人公にしたドキュメンタリーかと思いきや、その周囲の少年たちに起きた出来事も含めて展開されるフィクション作品。
物語の表現方法にも工夫が凝らされており、本の素材に物語の文脈を落とし込むなど、手製本としての工夫も印象的で、《80°05′》制作の参考にさせてもらった一冊です。

③「Alec Soth|Sleeping by the Mississippi」(アレック・ソス)

アレック・ソスの代表作であり、初の写真集です。2025年に東京都写真美術館で開催された「アレック・ソス 部屋についての部屋」でも取り上げられました。
アメリカ・ミシシッピ川沿いをロードトリップしながら撮影された写真で構成されており、一枚一枚じっくり見るのも良いですが、各イメージのつながりを想像するのも面白い。
一見関連性がないようでいて、実は伏線やつながりがあり、写真の並べ方や構成を考えるうえでとても参考になった一冊です。

④「Hajime Kimura|Mišo Bukumirović」(木村肇)

現時点で、僕にとってのベスト写真集です。
作家・木村肇さんが、サッカーを始めた頃に記憶に残っていた「ある人物」を思い出していく過程をもとに制作した手製の写真集。
僕がサッカー好きというのも影響しているかもしれませんが、それを抜きにしても、作家自身のルーツと「ある人物」を重ねながら展開していくストーリー構成や、伏線などの仕掛けがとてもユニークです。
本の構造にまつわる文脈も興味深く、ぜひおすすめしたい一冊です。

写真家・髙橋こうたさんとはどのような作家なのか、全3回のインタビューでお届けしました。
美術作家の原点から始まり、どのように作品を生み出し、展示やコレクションと向き合っているのかまで、寄り道もしながらお話を伺いました。
インタビューを重ねる中で髙橋こうたさんから語られる言葉には、これまでの経験をリサーチと整理整頓により積み重ね、掴み取ってきた肌感覚があるからこその説得力がありました。
今ある流行りよりも、100年後も読み解かれる作品にするにはどうすればいいか、そうした考えを深く探ることができたのではないかと思います。
今後の髙橋こうたさんの活動にも注目です。
写真提供:髙橋こうたさん


