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永井博「THE JOURNEY BEGINS」|シティ・ポップも聞こえてくる憧れの風景を描いたアート

よしてる

2010年代後半に入り再燃したシティ・ポップ。日本で1980年代に広まったこのシティ・ポップと関連の深いもののひとつといえば、永井博さんの作品です。

今回はそんな永井博さんの作品が一堂に展示された、銀座 蔦屋書店 GINZA ATRIUMにて開催した永井博さんの個展「THE JOURNEY BEGINS」の模様を観ながら、作品についてご紹介していきます。

永井博とは?

永井博(ながい ひろし)さんは1947年生まれ、徳島県出身のイラストレーター、アーティストです。

グラフィックデザイナーとしてキャリアをスタートした後、1978年よりフリーのイラストレーターとして活躍されています。

永井博さんがレコードジャケットを手がけた大滝詠一さんの「A LONG VACATION」「NIAGARA SONG BOOK」などが有名で、ジャケットイラストや広告ビジュアルは今もなお語り継がれています。

作品を観ながら永井博を知る

展覧会で展示された作品を観ていきながら、永井博さんとその作品を知っていきましょう。

《Untitled》
2022、永井博、acrylic on canvas、727 × 727 cm

大きなプールに白いパラソル付きのテーブルが置かれた空間、周りにはヤシの木などの植物が植えられています。さらにプールの奥はオーシャンビューとなっていて、海が波打つ様子を白で表現されているのが分かります。

また、作品を近くで観てみると、プールに注ぐ太陽光の反射を描いた白、ピンクの花、葉の緑も点描画で描かれていることがわかります。白いテーブルや椅子もよく観るとそれぞれ脚が2本のみで表現されていて、真横から捉えて描かれていることが見て取れます。

こうして観ていると、景色の中に人の気配がしないことに気づくのではないでしょうか。まるでプライベートな空間で過ごす理想的なリゾート地のようで、プールやテーブル、椅子といった人工物も自然の一部に溶け込み、ゆったりとした時間の流れの中にいるような気持ちになれます。

“アメリカの夏”を夢想させる作品

《Untitled》
2022、永井博、acrylic on canvas、727 × 606 cm

こちらの作品もリゾート地のような雰囲気を感じます。色鮮やかで広い範囲を占める青色からは、広大なスケール感やリゾート地ならではの余白の多い時間の流れを感じさせてくれます。

こうした永井博さんの作品は「アメリカの夏」がテーマになっていることが多いそうで、通常、夏空と一緒に「海」や「プール」が描かれています。

では、なぜアメリカの夏がテーマとなっているのでしょうか。

シュルレアリスムとポップアートを掛け合わせたような表現

《Untitled》
2010s、永井博、acrylic on canvas、455 × 455 cm

アメリカの夏をテーマとする背景には、永井博さんが過去に影響を受けたものが関係しています。

グラフィックデザイナーからキャリアをスタートした永井博さんは当時ルネ・マグリットさん(René François Ghislain Magritte、1898 – 1967、ベルギー)やサルバドール・ダリさん(Salvador Dalí、1904 – 1989、スペイン)が表現したシュルレアリスムから影響を受け、そこからポップ・アートに入っていったそうです。そのため、永井博さんの作品にはシュルレアリスムの不思議さとポップ・アートの明るさが混ざっているそうです。

こちらの砂漠のような場所にポツンと置かれたクラシックカーが描かれた作品にも、シュルレアリスムにもみられる観察を促すイメージの組み合わせをしているように見えます。

Q
「シュルレアリスム」とは?

シュルレアリスムは日本語に翻訳すると「超現実主義」、つまりは「現実を理性の働かない無意識の領域で捉え、眼でみる以上に現実を色濃く捉える概念」です。
語源となるフランス語を分解してみてみると、

  • シュル(sur):強度、過剰
  • レアリスム(réalisme):現実主義

となり、「現実主義をより強い度合いで捉える」という意味合いになります。

シュルレアリスムは1920年代前半にパリで始まった運動で、当時はフロイトの「精神分析」の学問が盛んに議論されていました。このような時代背景もあり、現実を解釈するために眼にみえる現実を批判的に捉えて、「潜在意識」や「欲望」、「記憶」、「夢」などの無意識の領域に着目して現実を捉える試みがされていました。

無意識の中では認識しているかもしれないモチーフを絵画上で観たときに鑑賞者は「写実的だけど現実的なモチーフじゃない」と潜在意識や欲望へ訴えかけられ、写実的な絵画に疑問を投げかけることになります。
そして、隠された謎を見つけるために、鑑賞者は作品を観察しなければならなくなります。現実よりも真剣に作品を鑑賞する、そんな態度が無意識への呼びかけに繋がるのかもしれません。

有名な作家として、ルネ・マグリットさん(René François Ghislain Magritte、1898 – 1967、ベルギー)やサルバドール・ダリさん(Salvador Dalí、1904 – 1989、スペイン)などがいます。

Q
「ポップ・アート」とは?

ポップ・アートとは、1960年代初頭から中盤のアメリカで隆盛した、大衆消費社会のイメージ(雑誌、広告、商品、コミック、TV、映画など)を主な主題や素材とした芸術運動のことです。

伝統的なアートに対抗する形で始まり、身近にあるありふれた物が持つ大衆文化のイメージを作品に取り入れ表現することで、第二次世界大戦後の大量生産・大量消費の時代を皮肉を交えて表現した作品が多いのが特徴です。

本来の役割から切り離されたイメージをほかの対象と組み合わせ、新たな捉え方を生む点では、シュルレアリスムで使われるコラージュと同じ手法を用いています。一方で、ポップ・アートは没個性的で即物的である点で、シュルレアリスムの個性や内面、情緒を重視した表現とは異なります。

有名な作家としてアンディ・ウォーホルさん(Andy Warhol、1928 – 1987、アメリカ)、ロイ・リキテンスタインさん(Roy Lichtenstein, 1923 – 1997、アメリカ)、キース・ヘリングさん(Keith Haring、1958 – 1990、アメリカ)などがいます。

《Untitled》
2022、永井博、acrylic on canvas、727 × 606 cm

また、当時東京都美術館でスーパーリアリズムという展覧会があった際、アメリカの風景をリアルに描いた作品に刺激を受けたのをきっかけに、1973年アメリカに40日間の旅に出たとか。

アメリカへの憧れもあっての旅行と考えると、作品の景色にもある種の憧れが表現されているようにも感じます。

また、アメリカ旅行の翌年にはグアム島にも行き、そこでヤシの木のジャングルに出会ったそうです。そのヤシの木が作品の中にも頻繁に登場するようになる程、作品の重要なモチーフとなっています。

シティ・ポップのジャケットも有名

《Untitled》
2022、永井博、acrylic on canvas、727 × 727 cm

こうした作品を観ていくと、中にはとあるジャケットを連想する人もいるかもしれません。

永井博さんは、1980年代の日本で流行した、シティ・ポップのジャケットを描いていたことでも知られています。

特に有名なのが、大瀧詠一さんの不朽の名盤といわれている「A LONG VACATION(1981)」と「NIAGARA SONG BOOK(1982)」の2枚のアルバムのジャケットを担当されたことです。例えば、大瀧詠一さんの「君は天然色」のPVにも永井博さんの作品が用いられています。CMでこの音楽を聞いたことのある人も多いのではないでしょうか。

はつらつとした音楽にトロピカルでクリアな風景作品がマッチしています。

こうしたジャケット以外にも、ファッションやネットといった媒体を通して、国内のみならず、世代や国境を超えて作品が広まり、世界中で知られるようになっていきます。

近年はシティ・ポップブームの再燃を通じて知られることも

《Untitled》
2018、永井博、acrylic on canvas board、530 × 455 cm

中には近年のシティ・ポップブームの再燃から知った人も多いかもしれません。

近年シティ・ポップは海外でのリバイバルヒットをきっかけに、永井博さんのジャケットも多くの人の目に触れ、作品が知られるようになったそうです。

ちなみに、シティ・ポップとは、1980年代に日本で流行した「洋楽、特にアメリカ音楽に影響された都会的で洗練されたメロディや歌詞を持つ音楽」です。

近年海外で話題になったのは竹内まりやさんが1984年に発表した「プラスティック・ラブ」という楽曲です。

発表から30年以上経過した2010年代後半に入り海外で話題となり一躍脚光を浴びました。こうした背景からシティ・ポップはリバイバルヒットし、大瀧詠一さん含め注目度が急速に増しています(他にシティ・ポップで有名なのは山下達郎さん、荒井由実さん、吉田美奈子さんなどが代表的です)。

音楽のイメージを伝えてくれるジャケットの影響力も感じる出来事ですね。

ラグカーペットや版画作品も

永井博 ART RAG Side-A ラグ カーペット
永井博、直径約200cm

シティ・ポップを通じて永井博さんの作品が知られていくように、展覧会の中では絵画以外の作品展示もしていました。

例えば、今回の展示では作品の世界観が表れているラグカーペットの展示もしていました。

そして、これまでの発表作品のジークレープリント版画も展示していました。

《NITEFLYTE》
2021、永井博、58.5 x 51.0 x 1.9 cm

都会らしいネオンの上空を飛ぶ飛行機を描いた夜景シリーズの作品。日没が近づき、夜となっても華やかさがある街並みから去っていく飛行機から、郷愁を感じます。

リゾート地を描いた作品から夜景の作品まで、幅広く永井博さんの作品を楽しめる展覧会でした。

まとめ

永井博さんの作品を鑑賞していきました。

レコードジャケットやファッション、広告ビジュアルなどで作品に触れたことのある一方で、作品としての永井博さんの絵画を観れる機会は珍しいように感じました。作品を見ているだけで、脳内でシティ・ポップが流れてくるような感覚になり、夏と長期休暇の高揚感を思い出させてくれます。

そして、それ以外にもシュルレアリスム的な要素があったり、人物、夜景をモチーフとした作品など、視野を広げた作品鑑賞ができるのも、個展の魅力です。

展示会情報

展覧会名THE JOURNEY BEGINS
会期[終了] 2022年12月30日(金) ~ 2023年1月17日(火)
開廊時間11:00~20:00
※最終日のみ、18:00閉場
定休日なし
サイトhttps://store.tsite.jp/ginza/event/art/31036-1036450106.html
観覧料無料
作家情報永井博(ながい ひろし)さん|Instagram:@hiroshipenguinjoe
会場銀座 蔦屋書店 GINZA ATRIUM(イベントスペース)
(Instagram:@ginza_tsutayabooks@ginza_tsutayabooks_art
東京都中央区銀座6丁目10−1 SIX6階

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よしてる
東京の展覧会をめぐりながら「アートの割り切れない楽しさ」をブログで探究してます。2021年から無理のない範囲でアート購入もスタートし、コレクション数は15点ほど(2022年11月時点)
好きな動物はうずら。
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