ゆとリーマン・高橋ゆうこうコレクション展「(Don’t) Keep It」|参加型アートが紡ぐ重層的な関係性
コレクション展「(Don’t) Keep It」はひとつの請求書が届くところから始まります。
DMに同封されていたものですが、なぜこのような仕掛けが施されているのでしょうか?
今回はそんな不思議な仕掛けのDMから始まる、ゆとリーマンさんと高橋ゆうこうさんによるコレクション展「(Don’t) Keep It」を網羅的にご紹介しつつ、アートコレクションが生む重層的な関係性に迫ります。
「(Don’t) Keep It」とは?
「(Don’t) Keep It」とは、サラリーマンコレクターであるゆとリーマンさんと高橋ゆうこうさんのバリエーションに富んだコレクションの中から、「参加型アート」作品に焦点を当てたコレクション展です。
同世代のアートコレクターとキュレーターによるコレクション展
六本木の一等地で、キュレーターを立てて、実費で開催する、サラリーマンコレクターの懐事情を鑑みたら挑戦的な冒険に感じるコレクション展。
そんなチャレンジングな展示を開催したのが、ゆとリーマンさんと高橋ゆうこうさんです。
ゆとリーマンさんは、都内に勤務する30代前半のサラリーマンです。元々は投資的な視点で2020年からコレクションを開始。自身と同世代の作家を中心に約80点の作品を所有しています。コレクション作品には表現主義的で色や装飾の強いものが多い。残す必要に駆られた作品を蒐集しており、数十年後振り返った際、移りゆく自分史を体現できているようなコレクション形成を目指しています。
SNS:Instagram@cat_and_art26/X@FP05078234
高橋ゆうこうさんは、都内に在住/勤務する30代前半のサラリーマンです。家に飾るため版画などを買い始めたことをきっかけに、2020年から本格的にコレクションを開始。コレクション作品にはミニマルで引き締まったものが多い。子どもの頃からものづくりが好きで、作り手への憧れから、いい作品、作家さんと出会うと嫉妬と尊敬を感じ、コレクションしたいという気持ちになるそうです。
SNS:Instagram@yuko.o0/X@ufo0202
二人は同世代かつ同時期にアートコレクションをスタートし、コンセプチュアルな作品を好む共通点がある一方で、コレクションの方向性はまったく異なるといいます。
そんな共通点と相反する要素を見せれたら、双方で俯瞰して作品を観れて面白いのではというところから、今回のコレクション展に繋がったそうです。
一方で、内輪ノリの自己満足的なコレクション展にはしたくないという想いもあり、同世代のキュレーターである半田颯哉さんを迎えています。
半田颯哉(はんだ そうや)さんは1994年、静岡県生まれ、広島県出身のアーティスト/インディペンデントキュレーターです。東京芸術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修士課程および東京大学大学院学際情報学府修士課程を修了されています。科学技術と社会的倫理の間に生じる摩擦や、アジア人/日本人としてのアイデンティティ、ジェンダーの問題を巡るプロジェクトなどを展開。また、1980年代日本のビデオアートを研究対象とする研究者としての顔も持っています。
- キュレーターとは?
ここでいうキュレーター(curator)は「展覧会の企画監督を務める役割」の人です。学芸員と翻訳される言葉で、例えば、美術館所属の学芸員は資料収集、保管、展示、調査研究など運営全般に携わる専門職員とされ、仕事の内容は多岐にわたります。
作家である半田颯哉さんは美術館などに所属しないフリーのキュレーター(インディペンデントキュレーター)としても活動しています。
同世代のキュレーターを介して、二人の相反するコレクションを展示した時に起こる化学反応にも注目です。
アートコレクションの多様性が込められた「(Don’t) Keep It」
(Don’t)表記にエヴァからの影響を感じるコレクション展タイトル「(Don’t) Keep It」には、相反するアートコレクターの心理が込められています。
集めた作品をなるべく綺麗なそのままの形で残したいというアートコレクターたちの心理に対して、手が加わり形が変わることを要請するアーティストたち。本展で提示するのは、そんな相反する「Keep It」(そのままにしておいて)と「Don’t Keep It」(そのままにしないで)の間で揺れ動くコレクターの葛藤と、それでもなお作品を集めてしまうその心意気でもあるのです。
ArtSticker|「(Don’t) Keep It」紹介文より引用
今回の展示作品のテーマは広義の「参加型アート(Participatory Art)」、具体的には、作家以外の人の手が加わることの想定された作品です。
一方で、コレクターとしては購入時の綺麗な状態を保ちたいという心理もあり、自ら手を加えて作品が輝く瞬間を目の当たりにしたい気持ちとの葛藤が、「(Don’t) Keep It」に込められているようです。
ちなみに、参加型アートには作家以外の人との間に生まれる関係性が作品となる考え方があり、歴史的にも語り継がれているアート理論のひとつです。
その背景には、フランス出身の理論家・キュレーターのニコラ・ブリオーさんが同時代に活躍した作家の作品を関係(relation)の創出という観点から論じた書籍「関係性の美学(1998)」の出版が挙げられます。
2023年末には邦訳も刊行され、日本で再び話題となっています。
「(Don’t) Keep It」展示作品をご紹介
参加型アートは作品ひとつひとつがあらゆる形で観る人と関係し合い、意味が創出されていきます。
作品を観るだけでなく自ら参加してみることで、コレクションの多様性を味わえるはずです。
様々に解釈ができる重層的な展示を、今回は「コンセプチュアルアート」、「関係性」、「仕上げる・補充する/配布する・使用する・購入する」のキーワードに注目しながら観ていきましょう。
- 今回参考にした展覧会の紹介文はこちら
…本展で主として扱うのは、「参加型アート」の中でも特に「作者以外の手が加わることが想定された作品」である。「作者が設定したルールによって作品が成立する」という意味ではコンセプチュアルアートとの共通点も多い。本展ではコンセプチュアルアートの議論も起点に起きつつ、作品への参加性に着目し、鑑賞者やコレクター、作品、アーティストの間にある「関係性」に追っていく。
本展では展示作品を、大まかに「仕上げる」「補充する/配布する」「使用する」「購入する」という4つ動詞でまとまりを作って分析している。どの作品がどの動詞に当たるのかという境界ははっきりしたものではなく、重なる部分もあるため、作品を分類するためのカテゴリーではないが、作品の特性や「参加型アート」のバリエーションを理解していくための一助となれば幸いである。
半田颯哉さんによるテキスト「『(Don’t) Keep It』展・展示作品について」より引用
仕上げの一手が生む作品と鑑賞者の関係性
生気を宿すように風船の再設置を求められる作品
会場入口の扉を開いてまず目にするのが、漆喰と風船を使った鈴木操さんの作品《Deorganic Indication 01》です。
鈴木操(すずき そう)さんは1986年生まれ、東京都出身の作家です。文化服装学院を卒業後ベルギーへ渡り、帰国後、コンテンポラリーダンスや現代演劇の衣裳デザインアトリエに勤務し、その傍らで彫刻制作を開始。彫刻が持つ複雑な歴史と批評性を現代的な観点から問い直し、物質と時間の関わりを探る作品を手がけています。
X:鈴木操さん@akururuka
風船は時間経過によってしっかり割れるので、入場早々に緊張感を味わうことに。
運よく(?)風船が割れた場に居合わせたら、作家の指定した範囲内で風船を膨らませ、再設置が求められます。
漆喰は環境条件によって水分量の調整をすることから生命と結びつけられる素材で、作品の空間に風船を膨らませる行為は、まるで空気を送り生気を宿しているようです。
そして、風船は割れてしまい、また生気を宿すを繰り返す…そんな自律的な挙動をする作品が生態系の中にいる生物のようでもあり、生物同士の対等な関係性を持って作品を観るような感覚になります。
このように、作品に手を加えることを求められる作品が他にも登場します。
当事者として社会問題へ意識を植える作品
毒山凡太朗さんの作品《UKR》はエディション違いの同じ作品が並ぶ、コレクション展ならではの展示となっています。
毒山凡太朗(どくやま ぼんたろう)さんは1984年生まれ、福島県出身の作家です。2011年3月11日に発生した東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故によって、故郷である福島の状況が一変したことをきっかけに作品制作を開始。時代や社会状況に翻弄され忘れ去られた過去の記憶や場所、現代社会で見えにくくなっている問題や事象を調査し、映像やインスタレーションを制作しています。
Instagram:毒山凡太朗さん@bontaro_dokuyama
作品に映し出されている場所はウクライナの首都・キエフ。
ウクライナといえば、2022年2月24日の本格的な侵略をきっかけに始まったロシアとの戦争が現在も続く場所です。
この写真作品にはウウクライナの国旗を模した付箋が貼られていて、作品の所有者には以下の指示が送られています。
2022年3月11日現在、この写真に写っている場所はウクライナの首都キエフです。
半田颯哉さんによるテキスト「『(Don’t) Keep It』展・展示作品について」より引用
国に変更があった場合、実際に該当場所を所有もしくは占拠している個人または団体の所属国家の国旗に近い色の付箋に貼り替えてください。
万が一国に変更があった場合、公開の会期途中を問わず、付箋の貼り替えを実行してください。
古い付箋は必ず写真から剥がして下さい。
ニュースを見て思い起こすことはあっても、ロシア・ウクライナ戦争のことを毎日考えている人は決して多くはないでしょう。
そうした観点から、付箋を貼り替える約束によって、当事者として考えるべき社会問題に意識を向けさせます。
日本で言えば東日本大震災がそうであったように、予測不能な現代では誰もが当事者となり得る可能性があり、異国の出来事であっても作品を介して社会課題に目を向ける必要性を映し出しているようです。
人体像を組み立て単一の正しさの再考を促す作品
バラバラな人体像のパーツが組み立てられた高橋直宏さんの《聖杯》は指示書をもとに所有者が組み立てる作品です。
高橋直宏(たかはし なおひろ)さんは1991年生まれ、北海道出身の作家です。金沢美術工芸大学大学院彫刻専攻を修了し、2020年には同大学で博士号を取得されています。バラバラな身体、複数の部位を持つ可変的な身体を制作し、私たちが持つ「正しさ」に対して揺らぎを働きかけています。
Instagram:高橋直宏さん@na0hiro_takahashi
彫刻作品は搬入口よりも大きくなることがよくあることから、現地で組み立てることは決して珍しいことではありません。
そんな工程を指示書に記し所有者に委ねることで、作品を完成させる作家の視点を擬似体験できます。
それは美術作品の完成に携わる未知の経験となり、自己と他者(作家)との関係性の微細な振動を実感する装置となっています。
今回の展示では最後の1本のパーツの使用場所が分からなかったことからそっと床に置かれているのも、離れることもまた他者との関係性と訴えているようです。
仕上げの一手を担うことで、今まで知覚の薄かった領域との関係性が生まれる感覚になります。
相反するコレクションが公に再接続し生まれる関係性
仕上げ以外にも「補充する/配布する・使用する」の観点が含まれる作品が展示されています。
個々の作品に込められた意味を探る面白さを深めつつ、コレクションしたコレクターらしさはどこに現れるのかについても注目してみましょう。
コレクターの趣向が垣間見える「補充する/配布する」作品
まずはゆとリーマンさんコレクションのみょうじなまえさんの作品《ラブリー♡マミちゃん婚姻届・離婚届セット》を観ていきます。
みょうじなまえさんは1987年生まれ、兵庫県出身の作家です。東京藝術大学絵画科油画専攻を卒業されています。自身のこれまでの体験を契機として、女性の身体、性、アイデンティティとその消費をめぐる問題をテーマに作品を制作しています。
Instagram:みょうじなまえさん@myojinamae
社会システムによって刷り込まれていく女の子文化が反映されているような作品は、一見可愛らしいさに溢れています。
その実は婚姻届と離婚届をセットで配布するもので、視覚的な魅力の裏にある現実の突きつけ、結婚がゴールという呪縛からの解放、ジェンダーの規範を取り払った先の自分らしさに目を向けさせます。
カラフルで装飾的な作品には感情的にも思える主張が込められている印象があります。
作家の情動が込められた作品に共鳴し心が動く感覚がコレクションに結びついているのかもしれません。
続いては、ゆうこうさんコレクションの磯谷博史さんの作品《Onions and Pastcards》です。
磯谷博史(いそや ひろふみ)さんは1978年生まれ、東京都出身の作家です。東京藝術大学建築学科を卒業し、2005年に同大学院の先端芸術表現科修士課程を修了、2011年にロンドン大学ゴールドスミスカレッジ、アソシエートリサーチプログラムを終了されています。彫刻、写真、ドローイング、その複合によるインスタレーションを主に制作しています。
Instagram:磯谷博史さん@hirofumi_isoya
作品の状況を言葉で説明すると、
「半分に切られた赤玉ねぎを写したポストカードによって
赤玉ねぎを切る瞬間を写したポストカードが
赤玉ねぎを模した円形ラックに入っている」
となります。
見た目の情報は少ないのに、言語化すると途端に難解になります。
近い未来に起こることが現在に内包されていて、写真の中で起きている時差をどう知覚するかが問われています。
この作品も鑑賞者に配布する要素が含まれている点では、みょうじなまえさんの婚姻届•離婚届セットと共通しています。
一方で、磯谷博史さんの作品は装飾性を最小限にして魅せている印象で、ミニマルながら的確な知覚刺激がコレクションに結びついているのかもしれません。
配布する共通点のある作品でも、道標は分岐し、ゆとリーマンさん・ゆうこうさんそれぞれでコレクションに至る独自のルートがあるのが分かります。
一方で、毒山凡太朗さんの作品《UKR》のように結果的に同じ作品に行き着くパターンもあり、共感する領域が作品を通じて視覚化されているようです。
コレクションに共通するコンセプチュアルな側面を含んだ作品
作品のどこに共感したかは異なるかもしれませんが、ここまで観てきた作品のいずれも物質としての美しさというよりは、観念的側面を重視したコンセプチュアルな作品が多い印象があります。
例えば、ゆとリーマンさんコレクションのみょうじなまえさんと半田颯哉さん共同名義の作品《Noodle Party》です。
物質としてはカップヌードルにアンディ・ウォーホルさんの作品を想起させるキャンベルスープのロゴが貼られた作品です。
特徴的なのが、この作品を購入すると、あらゆる因習への皮肉が込められたマナー講座レクチャー型のパーティに(強制的に)参加できること。
百聞は一件に如かず、こちらがマナー講座の内容です。
マナーの暴力すら感じる《NOODLE PARTY》では、
- マナーの中に内包される差別性や文化の歪み
- 「一番売れてるラーメンはカップヌードルだから一番うまいラーメンもカップヌードルなのか?」という資本主義上の問題
- 「未開封で持っておきたい作品を開封して食べる」というアートコレクションの定義
に対する問いを提示しています。
コンセプチュアルでありながら一度使用したら元に戻らない作品という点で共通するものとして、ゆうこうさんコレクションの中からは髙橋銑さんの作品《小さい頃はかみさまがいて》が冷蔵庫の中に展示されています。
髙橋銑(たかはし せん)さんは1992年生まれ、東京都出身の作家です。東京藝術大学大学院 美術研究科彫刻専攻修士課程を2021年に修了。近現代彫刻の保存修復に携わりながら、自身もアーティストとして作品制作を行い、保存修復の知識や経験を起点とし、彫刻、映像、インスタレー ションなど多岐にわたる作品を展開しています。
Instagram:髙橋銑さん@sen_takahashi
元はホイッスル型をした笛の飴だった作品で、加えて作家が音が出なくなるまで吹いた時の録音音声も所有できるというもの。
仮に一度使用したとしても、飴の棒部分があれば作家に飴の再発行を依頼できるそうですが、高橋ゆうこうさんは2022年3月20日に飴のホイッスルを吹いたまま再発行せずに、溶けた状態で冷蔵保管し続けています。
再発行できるならそうすればとも思いますが、作家であり修復師としての顔も合わせ持つ髙橋銑さんの活動と重ね考えた上で溶けた飴を観ると、本来の姿ではないけれど質量としては同一の物質を残し続けるという保存の意義を再考させてくれます。
尚、私が撮影した時は中央が盛り上がった溶け方でしたが、展示中の環境変化のためか、その後に溶けて形が変形してしまったそうです。
この不運な出来事はまるで、不確実性が常態化している社会を反映しているように見えてしまいます。
保存して残し続けることの困難さがよく分かると同時に、これほど繊細なものを2年近く維持してきたことを意味し、作品購入後のコレクターの振る舞いに魂が宿る様子が実感できます。
アートとは何かを問うコレクションの広範さが分かる作品も
ここまでの作品だけでも、絵画や彫刻だけがアートコレクションではないことが理解できます。
そこから更なる扉を開けてくれるのが、会場に向かう途中にあるマジャホウさんと金海生さん共同名義の作品《ゴミ箱》です。
馬嘉豪(マ・ジャホウ)さんは1996年生まれ、中華人民共和国・西安出身の作家です。2015年に来日し多摩美術大学油絵学科を卒業されています。社会制度の問題をテーマに制作しています。
金海生(キン・カイセイ)さんは1994年生まれ、中国山東省煙台市出身の作家です。2013年に来日し武蔵野美術大学造形学部油絵学科を卒業されています。脆弱と精神疾患をテーマに、身体性に専念した、生物の基礎的な仕組みを内容として制作しています。
Instagram:マジャホウさん@majiahao1213 /金海生@drkingsmedicine
「ゴミ箱がアート作品になるのか」という疑問は誰しも感じるところだと思います。
この作品は中国出身の作家による作品で、作家自身も該当する「観光客」をコンセプトに制作したもの。
この作品が展示された展覧会「你は何しに여기へ?」(2021)では、清潔なギャラリー内にひまわりの種(中国でよく食べられる)をポイ捨てし汚すことが許されていたそうです。
ひまわりの種が散乱していくにつれて汚すことへの抵抗が薄れていき、汚してもよい場所という先入観が植え付けられていきます。
「外国人観光客のせいで日本は汚くなった」といわれていた中で、コロナ禍で訪日客がいなくなっても日本の路上が汚いままだった理由を、展示を通じて説明しているようです。
そんな展覧会で展示されていたゴミ箱も作家の手によって汚されているため、「汚しても良いもの」という先入観が生まれ、ふとした拍子にゴミを捨てる人も出てくるかもしれません。
来場者が汚す行動を起こすことが、ある種作品の訴えを実証することに繋がるという点で、ゴミ箱もアートになり得る妙が面白いです。
続いて、八木良太さんによる氷のレコードの作品《Vinyl Le Cygne(Swan)》もアート作品とは何かを考えさせられます。
八木良太(やぎ りょうた)さんは1980年生まれ、愛媛県出身の作家です。京都造形芸術大学芸術学部空間演出デザイン学科を卒業し、2010年にACC(Asian Cultural Council)の助成により半年間ニューヨークに滞在。見たいものしか見ない・聞きたいことしか聞かないといった制限的な知覚システムあるいは態度に対する批判的思考をベースに作品制作をしています。
ウェブサイト:八木良太さんhttps://www.lyt.jp/
シリコン型に精製水を入れ凍らせた氷のレコードからなる作品。
レコーダーにかけるとしっかり音源が再生されるものの、時間経過とともに氷が溶けていき、音はゆるやかにフェードアウトしていきます。
その瞬間を「記録が記憶に乗り移る瞬間、フレーズは幻聴のように焼き付く」と表現しています。
その記憶も、氷が溶けるように時間経過とともに曖昧になっていくことに気づかされます。
夏場だと30秒ほどでフェードアウトするそうですが、その音を聴くためには精製水を購入し、氷のレコードにして、再生するという労力が必要です。
それは作品本体を制作しているとも受け取れ、アート作品といえる境界線はどこかについて考えさせられます。
ちなみに、音源にはいくつかのパターンがあり、今回とは別の音源ですが八木良太さんのウェブサイト上でも聴くことができます。
購入と向き合った先にある作品制作への参加
最後は、アートコレクションを続ける中で向き合わざるおえない「購入」と向き合った先にあるものを意識させる作品です。
エキソニモによる作品《metaversepet》は、現実空間とデジタル空間で異なる購入への責任感の違いに目を向けられています。
エキソニモは千房けん輔さん(1972年生まれ)と赤岩やえさん(1973年生まれ)により、1996年に結成されたアート・ユニットです。初期は主にインターネット上を活動の場とし、2000年以降はデジタル・アナログにかかわらず、ハッキングを思わせる実験的プロジェクトを展開。現在はニューヨークを拠点に、ソフトウェア作品、インスタレーション、パフォーマンスなどの活動をしています。
Instagram:エキソニモ@exonemo
購入前はデジタル上で生成されたペットの映し出された画面がケージ内にある状態で、約10分以内に購入しないと消滅し、新しい模様のペットが生成され続けるというもの。
デジタル上では何事もなかったように生成を繰り返す一方で、現実のペットショップと重ねて考えると、売れ残りのペットは殺処分されるそうで、新たなペットがケージに入れられます。
見せ方から生命の価値を問う様子が伺えつつ、消滅と生成を繰り返すデジタル上のペットを購入すると特設ページ上から閲覧できるようになります。
ただ、特設ページ自体は誰でも見れるもので、コレクションという観点では所有と言えるのか疑問も生まれます。
自分のみの所有物にする手段としてペットのNFT化も可能ですが、ペットの皮を剥いだような毛皮のNFT作品となり、一度NFT化するとペットの姿は消滅してしまいます。
購入する行為とコレクション後の判断次第で他者の運命を分けることに目を向けさせます。
支払いをする分、作品を通じた擬似体験はより現実味を帯びたものになり、そこにコレクションならではの意味が生まれているようです。
購入は作品の提示するメッセージをよりリアルに受け取れるだけでなく、作家の作品制作へ還元されていくことにもつながります。
それがよく分かるのが、岡啓輔さんの作品《蟻鱒鳶ルCORE》と《蟻鱒鳶ル(小)0150》です。
岡啓輔さんは1965年生まれの作家、一級建築士です。有明高専建築学科卒業後、住宅メーカー勤務後、東京で土工、鳶、鉄筋屋、型枠大工など現場経験を積み、2005年から東京・三田にて「蟻鱒鳶ル(ありますとんびる)」を着工、現在も建設を進めています。2018年に「バベる!自力でビルを建てる男」を出版されています。
Instagram:岡啓輔さん@okadoken
「蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)」という東京・三田にある建物の自力建設に挑む、岡啓輔さんによる作品。
2005年11月に着工し現在進行中で建設中の建物には随所に装飾が施されていて、「三田のガウディ」とも呼ばれています。
建築業界では有名な建築なのだそうで、その理由に200年保つと言われる手作りのコンクリートの使用があります。
コンクリートは水とセメントの化学反応からなるもので、一般的なコンクリートはセメントに対する水の質量が60%近い中で、蟻鱒鳶ルはわずか37%ほどしかないそう。
そんな様々なこだわりを注ぎ込んだ建築に効率という言葉は存在しませんが、自身の美学を追求する美しさがあります。
《蟻鱒鳶ルCORE》は耐震検査のためにコア抜きしたコンクリートで、《蟻鱒鳶ル(小)0150》はペットボトルに蟻鱒鳶ルのコンクリートを流し込み制作されたもの。
作品は「蟻鱒鳶ル完成パーティー招待券」にもなっていて、購入資金は蟻鱒鳶ルの建築費用に還元されます。
「作品を購入する」ということは、単に作品の所有権を得るということだけでなく、作家の現在・未来の創作活動を支えることにも繋がることがよく分かります。
その意味で、作品購入を通じて作品制作に参加しているといえます。
新たな芸術的コラボレーションや議論を生む交流
「(Don’t) Keep It」では、会期中にコレクション展ならではのイベントが開催されました。
- オープニングトーク
- コレクション、どう保管する?修復師・井戸博章さんに聞く
- ヌードル・パーティー(みょうじなまえ × 半田颯哉共同プロジェクト)
- 作品鑑賞時に湧き出てくる感情「めっちゃ良い…ヤバい…」の解像度を上げる会(菊池遼)
- クロストーク(李 沙耶(LEESAYA) × 半田颯哉)
会場であるアートかビーフンか白厨は飲食スペースも併設している場所でもあることから、様々な動線を通じてコレクション展に人が集まり「参加する」ようになっていました。
そして、作品を介在してコミュニケーションが生まれていく様子は、まるで会場全体も参加型アートであるかのようでした。
まとめ:アートコレクションが生む重層的な関係性
コレクション展を一通り観た後に、改めてコレクション展「(Don’t) Keep It」のDMに同封されていた請求書に立ち返ってみます。
この請求書の意味についての答えは明示されていませんが、私自身の答えとして以下の3つを挙げてみました。
- アートコレクターを続ける限り向き合わなければいけない苦悩の擬似体験
- 請求書と向き合う辛さを超えた“良さ”を感じさせるアート作品の魅力
- コレクションを公に再接続することで生まれる新たな関係性と可能性
コレクション作品が増えていけば、請求書も積み上がっていきます。
私自身、コレクションに費やした合計価格を見ると言い表せない感情に襲われますし、今回のコレクション展を敢行した2人はそれ以上の感情を抱えているのではと想像できます。
その意味で、DMの請求書はまさにコレクターが向き合い続けているものの象徴として機能しています。
ただ、請求書はマイナス要素だけではなく、そこに勝る「コレクションできて良かった」という感情も届けてくれます。
例えば、主催側の立場に立ったとき、「キュレーションフィーの請求書を受け取った代わりに、自分が良いと感じた作品を様々な協力の下、練り尽くした公の空間で観ることができる」といったことに想いを馳せることもできます。
そして、コレクション作品が公の場に再接続されることで、来場者との関係性が生まれ、コミュニケーションの中で新たな発見に繋がることもあります。
その様子は、コミュニケーションそのものを芸術作品と捉えるリレーショナルアートとしての側面や、社会的・政治的な問題にアプローチするソーシャリーエンゲージドアートとしての側面などと繋げて考えてみても面白いです。
そうして、自分自身が普段知覚できていない外側のものに意識を向けさせ、関係性を紡ぎ、重層的に視座を広げてくれます。
目では見えない、数字では表せない魅力が積み重なっていくことで、請求書に見合う、もしくはそれ以上の価値を作品に感じるから、アートコレクションはやめられないのかもしれません。
私が今回書いたものは解釈のひとつに過ぎません。
作品ひとつひとつが観る人と関係し合い、意味が創出されていく重層的な空間で、コレクションの多様性を体感してみてください。
ゆとリーマン・高橋ゆうこう「(Don’t) Keep It」コレクション展情報
展覧会名 | (Don’t) Keep It |
会期 | 2024年1月10日(水) – 2月4日(日) Reception:1月10日(水)19:00~22:00 |
開廊時間 | 17:00 – 23:00 |
定休日 | 月・火 ※1月25日(木)、1月27日(土)は貸切利用がある為、休廊 |
サイト | https://artsticker.app/events/22673 |
観覧料 | 無料 |
コレクター | ゆとリーマンさん|Instagram:@cat_and_art26/X:@FP05078234 高橋ゆうこうさん|Instagram:@yuko.o0/X:@ufo0202 |
キュレーター | 半田颯哉さん|Instagram:@souya_h |
作家情報 | 磯谷博史さん|Instagram:@hirofumi_isoya エキソニモ(千房けん輔さん・赤岩やえさん)|Instagram:@exonemo 岡啓輔さん|Instagram:@okadoken 金海生さん|Instagram:@drkingsmedicine 鈴木操さん|X:@akururuka 髙橋銑さん|Instagram:@sen_takahashi 高橋直宏さん|Instagram:@na0hiro_takahashi 毒山凡太朗さん|Instagram:@bontaro_dokuyama 半田颯哉さん|Instagram:@souya_h 馬嘉豪(マジャホウ)さん|Instagram:@majiahao1213 みょうじなまえさん|Instagram:@myojinamae 八木良太さん|ウェブサイト:https://www.lyt.jp/ |
会場 | アートかビーフンか白厨(パイチュウ)(Instagram:@paichu_artsticker) 東京都港区六本木5丁目2−4 朝日生命六本木ビル 2階(ANB Tokyo跡地) |
参考リンク
- これから起きることが写真になっている:挑発とアンチトリック、磯谷博史の写真を俯瞰する眼と思考(IMA)
- 日本のサグラダ・ファミリアを建て続ける男がいた(BuzzFeedNews)
- 素材と時間、修復と制作のあいだで。田口かおり評 髙橋銑「二羽のウサギ / between two stools」展(美術手帖)
- NAMAE MYOJI x SOUYA HANDA:NOODLE PARTY(2022、SOUYA HANDA PROJECTS)
- 「女性」であることの困難と向き合い、作品を通して癒されていくーSICF23 EXHIBITION部門 グランプリアーティスト インタビュー(SPIRAL)