【個展レポート】倉田紗希「夜のグミ」|夜景がもたらす孤独感に寄り添う光の存在

街の夜景には暮らしの気配を帯びた光が、静かに広がっています。
その風景を撮り溜めた写真の光を再解釈し落とし込んだ絵画を中心に展示した、倉田紗希さん初となる個展「夜のグミ」を紹介します。
なぜタイトルにグミが入っているのか、夜景からどのような解釈ができるのか、どのような展示空間となっていたかをまとめています。
光がもたらす都市の孤独感や光が持つ心地よさ、温もりが同居した絵画を観ていきましょう。
倉田紗希とは
倉田紗希(くらた さき)さんは1993年生まれ、三重県出身。
2017年に東京芸術大学美術学部彫刻科を卒業しています。
現在はNendouクリエイティブディレクターを務めながら、作家活動をしています。
主な展覧会に
- グループ展「DAY」(2024、Gallery Blue3143、表参道)
- グループ展 「Memento Mori〜死を想え、今を生きよ〜」(2022、藝大アートプラザ、上野)
- グループ展「木のシンギュラリティ」(2016、旧平櫛田中邸、日暮里)
などがあります。
今回の展示は倉田紗希さんにとって初の個展です。
作品の特徴:「時間の流れや光」をテーマにした作品

倉田紗希さんは時間の流れや光をテーマに、日常の中にある光が抱かせる感情を絵画の中に閉じ込めるような作品を制作しています。
今回の展示は夜の街で撮り溜めた写真をもとに、倉田紗希さんのフィルターを通して再構成された光のある風景を中心に構成されています。
倉田紗希「夜のグミ」展示作品を紹介

展示は2つのエリアに分かれていて、1階は暮らしの気配が滲む夜景を中心とした空間、地下は海を中心とした内省のひとときを誘う空間となっていました。
作品を観た後に展示タイトル「夜のグミ」を考慮すると、カラフルなグミと光の視覚的な重なり、近年のグミ人気に象徴されるような心踊る感覚といった意味が潜んでいるように見えます。
展示のイントロダクションも参照しながら、展示を観ていきましょう。
夜の道を歩いて家に帰る
深夜に走る貨物を積んだトラックが沢山走っていくのを眺める
あれは海外から運ばれてきた荷物のようだ
道路の光を目で追いながら頭の中の荷物もすーっと流してく
途中でグミを買って、色んな味を食べてみる
オレンジ、紫、赤、黄緑。小さな粒たち
前まで好きじゃなかった味が、美味しいことに気づく
自分や周りも変わるけど 自由な気持ち、忘れたくない
「夜のグミ」があったら、どんな味だろう
そんなことを考えながら、まわり道して家に帰る
暮らしの気配が滲む「夜景」とそこにある「孤独感」
1階は街灯や店内の照明、窓越しの灯りなど、ひと気を感じる「夜景」を中心とした展示。

中央にあるテント型の建物を描いた《Night Gummies – Tarp》を中心に構成された9つの作品。
色や形などを通して緩やかに作品同士がつながり、視線で夜道を散歩しているような感覚になります。

建物内や階段の踊り場を灯す光が印象的な夜景は、そこに暮らしがあることを感じさせます。
その光の下に立てば、柔らかな光が自身に寄り添って迎えてくれそうな温かさがあります。
黄色が暖色だから、そう感じるのかもしれません。
そうした温もりある光を見上げるように描かれた風景は、温かみのある内と孤独感のある外の距離感を強調しているように映ります。

駐車場の開けた空間が街の孤独感を際立たせる《Parking Lot》。
左上にぽっかりと空いた窓はキャンバスの下地が剥き出しの状態で、強い光を放っているようです。
指先ほどの大きさの窓が、開けた駐車場の存在と対比され一層際立ちます。
駐車場のポッカリと空いた様子に、感情的に満たされない空白が投影されているように見えます。

このように、作品に個人的な感情を投影しやすいのは、心地よい配色と躍動的な筆致で「描き込みすぎない風景」を投影しているからだと考えられます。
撮り溜めた写真を出発点にしながらも、最終的には筆致のリズムを優先して構成しているようで、それが鑑賞者にとって接しやすい風景を生んでいるのだと思います。

一方で、同じ夜景でも自然の静寂さを味わえる作品も。
《Night Gummies – Tarp》の画面右上の茶色と呼応するように配置されている《Midnight》は、月光に照らされた夜景が描かれています。
月以外の明かりはないことで人の気配が薄まっていて、照明による光が人の存在を強めていたことが分かります。
そのため、他者の存在を感じる夜景の孤独感だけではなく、静寂な中で味わう自然も描かれているように見えます。
海を中心にした絵画空間がもたらす「内省のひととき」
地下には海に浮かぶ光を描いた作品を中心とした、内省へと誘う空間になっています。

(右)《Curtain》 2025、倉田紗希、Oil on panel、140 × 180 × 22 mm [F0]
1階と地下を繋げる階段の途中にはカーテンの隙間から木漏れ日がのぞく《Curtain》が。
視界を狭めて、内省的な方向に意識を向けさせます。

階段を降りると、海に浮かぶ光を描いた作品を中心とした展示が広がっています。



(右)《Distant Light – Midnight》 2025、倉田紗希、Oil on canvas、1120 × 1455 × 50 mm [F80]
倉田紗希さんは海の近くで育ち、幼い頃から水平線の向こうに見える風景や、海上に浮かぶ光をよく眺めていたそうです。
そうした背景と照らし合わせて考えると、作家の個人史ともつながる展示空間ともいえます。



日没、深夜、真夜中の海に浮かぶ光を描いた3つの作品に共通するのが、筆致の穏やかさです。
1階の作品のような筆致が浮かんでおらず、画面上の色は絵の具が盛り上がることなく、滑らかに重なり合うことで、海の静寂さが強調されています。
誰にも干渉されない、一人きりの場所で見る光はグミのように小柄で控えめに輝き、しかし、それらが集まることで海に一筋の光路が引かれています。
暗闇に沈む海の底知れない存在に不安感を覚えつつも、観る人を内省へと導き、誰かが灯している光明が、見えない誰かの存在をそっと感じさせ、安心感を生んでいるかのようです。
そうした感覚を持って作品を鑑賞していると、直接的には届かない個人の心に光を届けているようにも見えてきます。

展示会場にあった、持ち帰り可能のドイツ発祥の元祖グミには、視覚的な類似点だけでなく、内省の筋道を照らす光の意味合いも含まれているのかもしれません。
「彫刻的な見方」を感じる絵画と展示構成

彫刻と絵画では、制作時のものの捉え方が異なると聞いたことがあります。
例えば、モデルさんの頭部を見て「見えない後頭部を捉えて形を把握する」のが彫刻的な見方なのだそうです。(ちなみに、絵画的な見方の場合は見えている部分、例えばモデルさんの目鼻立ち、肌の質感、髪型などを捉えて形を把握するそうです。)
倉田紗希さんは彫刻専攻を経て、絵画作品を制作しています。
そうした背景を持つためか、キャンバスの裏地に描かれた3つの作品は、彫刻的なものの捉え方が反映されているように思えます。

(右)《Atelier – Friend》 2025、倉田紗希、Oil on canvas、242 × 333 × 22 mm [F4]
下地処理がされていない面に描いているため、油絵の具の載り方は荒く、その様子がノスタルジックな印象を与えます。
アトリエの風景や身近な存在としてのネズミの人形など、制作の裏側をモチーフにしている点も、普段は見えないキャンバスの裏地と意味合いをリンクさせているようです。

また、朝の風景を描いた作品は窓の外にある建物の窓とリンクするように展示されています。
キャンバスを超えた風景のつながりを意識させる展示方法にも、面ではなく空間で捉える視点が反映されているようです。
まとめ:都市の孤独を強める光と内省に寄り添う光
倉田紗希さんの展示を鑑賞してふと想起したのが、近代アメリカの画家エドワード・ホッパーの作品を観た時の空気感でした。
- エドワード・ホッパーとは?
《夜更かしの人々|Nighthawks》1942、Edward Hopper、Oil on canvas、841 × 1524 mm、アメリカ・シカゴ美術館収蔵(画像引用元:Frickr) エドワード・ホッパー(Edward Hopper、1882 – 1967)とは、1920年代から60年代にかけて活躍した近代アメリカの画家。
《夜更かしの人々|Nighthawks》(1942、シカゴ美術館収蔵)で知られ、ディテールを抑えて描くことで、想像できる余白が生まれる絵画が特徴的です。フランス芸術やヨーロッパ文化に関心を持つ一方で、時代背景もありアメリカ的な要素を含めた、都市にいる人たちのリアルな姿を描きました。
ホッパーの作品のような光とその風景の余白が生む都市の孤独感。
そうした要素を感じつつ、倉田紗希さんの作品に描かれているのは「誰かのもの」ではない風景です。
むしろ、誰のものでもないからこそ、観る者それぞれの感情や記憶を呼び起こし、静かに引き寄せてくるような印象を受けるのかもしれません。
ちなみに、ホッパーは自動車でいろんな場所に行って、スケッチを描いていたそうです。
スケッチのまま作品を描くことはなかったようですが、スケッチが写真に置き換わり、制作に活かされている制作過程の重なりも、興味深く感じました。

また、孤独感とは書いたものの、絵画上には寂しさだけではなく、光自体が持つ心地よさや温もりが同居しているとも感じ取れます。
一人になりたい時も、寄り添ってくれる光がある。
そんな温かなメッセージも感じ取れる展示でした。
展覧会情報
展覧会名 | 夜のグミ – Night gummies |
会期 | 2025年4月26日(土) – 5月11日(日) |
開廊時間 | 11:00 – 19:00 |
定休日 | なし |
サイト | https://www.hirookamoto.jp/events/nightgummies |
観覧料 | 無料 |
作家情報 | 倉田紗希さん|Instagram:@sakichi_kura |
会場 | HIRO OKAMOTO(Instagram:@hiro_okamoto_gallery) 東京都渋谷区神宮前3丁目32−2 K’s Apartment 103 |