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杉本博司「火遊び Playing with Fire」|臨書の本歌取りで静謐な美を表現したアート作品をご紹介

よしてる
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ひとつ語り出したら次々に話題の引き出しが溢れるほど多芸な、杉本博司さん。

印画紙に書を揮った最新シリーズ《Brush Impression》には、すでにあるものに杉本博司さん自身の解釈を加え新たな表現へと昇華させる「本歌取り」の要素と、多方面で活躍する杉本博司さんだからこそ成り立つ静謐な美しさがありました。

今回は銀座・ギャラリー小柳にて開催した杉本博司さん個展「火遊び Playing with Fire」の模様を、累計130の展覧会レポートをまとめ、2021年からアートコレクションをしている視点からレポートします。

杉本博司とは?

杉本博司(すぎもと ひろし)さんは1948年生まれ、東京都出身の作家です。

1970年に立教大学経済学部を卒業後渡米し、1974年にアート・センター・カレッジ・オブ・デザイン(アメリカ・ロサンゼルス)で写真を学び卒業されています。

代表的なシリーズである
《ジオラマ》(死んでいる剥製が生きているように見える作品)
《劇場》(スクリーンに映るすべてのイメージが白光に戻るという還元性が表現された作品)
《海景》(古代人が見ていた風景を現代人も同じように見ることを目指した作品)
を発表し、徐々に国際的に評価され、現在では多くの美術館に作品が所蔵されています。

活動領域は写真のみに留まらず、古典芸能、古美術研究、建築、料理研究、書と多芸なのも特徴的。

直近の展覧会に

  • 特別展 春日若宮式年造替奉祝「杉本博司ー春日神霊の御生(みあれ) 御蓋山そして江之浦」(2022、春日大社国宝殿、奈良県)
  • 本歌取り―日本文化の伝承と飛翔(2022、姫路市立美術館、兵庫県)
  • OPERA HOUSE(2022、ギャラリー小柳、東京)

などがあります。

アートの特徴:「時間」や「物語」を捉えた写真作品

杉本博司さんは目に映らない「時間」や人類の起源を辿る「物語」をコンセプトに、厳密な思考と哲学に基づいた作品を制作しています。

写真作品は主に8×10の大判カメラ(8×10とはフィルムのインチ数のこと)で撮影。

グラデーションの効いた上質なモノクローム作品は長い月日をかけて研鑽した技術力のなせる表現で、どの作品も静謐で奥深い雰囲気を醸し出し、鑑賞後も余韻が残ります。

杉本博司個展「火遊び Playing with Fire」展示作品をご紹介

今回の展示は、杉本博司さんによる印画紙に書を揮った最新シリーズ《Brush Impression》から「火」を中心とした新作を初公開しています。

展覧会ステートメントにある「誕生の秘蹟(ひせき)でもあり、燃え尽くす終焉の響きでもある火」「本歌取り」の観点にも注目しながら、モノクロームな作品に込められた哲学とユーモアの絶妙なバランスを観ていきましょう。

Q
今回参考にした展覧会の紹介文はこちら

…本シリーズは、三年におよぶコロナ禍の後にニューヨークのスタジオに戻った杉本が使用期限を迎えていた大量の印画紙を見つけたことから始まりました。本来なら劣化した印画紙は使用できませんが、古美術品が劣化の果てに美しくなっていくことに習い、杉本は劣化した印画紙を用いて作品を制作することにしました。
…杉本によるところの「誕生の秘蹟でもあり、燃え尽くす終焉の響きでもある」火と幼少期からさまざまな関わりを持ち、…本作では、薄暗い暗室の中で「時に手を出し足を出して、燃え盛る」様子を映し出すように筆を使い分け筆跡に多様な質感を与えながら、まるで火遊びをするかのように《火》を無数に書き続けました。
…杉本はこれまで、すでに「ある」ものに自身の解釈を加えて新しい表現へと発展させる試みを続けてきました。これを伝統的な和歌の手法になぞらえ、「本歌取り」と表現しています。今回の作品は、臨書を始まりとして「本歌取り」の解釈をさらに広げ、文字の起源について考察し、自然の形象である「炎」そのものを転写しました。杉本は試行錯誤の過程で、人類最古の文字の一つとされる「楔形文字」、古代エジプトで使用された象形文字が記された「死者の書」、大本教祖出口なおが神の言葉を書きつけた「お筆先」を参照しながら、表音文字の「あいうえお」に表意文字の漢字を当てはめて歌にした一連の作品を制作しています。…

ギャラリー小柳|展覧会紹介文より引用

ギャラリー小柳の入口にある杉本博司のユーモア

ギャラリー小柳の入口

今回の展覧会は「火遊び Playing with Fire」というタイトルにも関わらず、ギャラリー小柳の入口にある表札には「火気厳禁」の文字があるところに、遊び心が垣間見えます。

さらに、表札の裏側には「火気現金」とも書かれている遊び心。

重層的に仕掛けられたユーモアは凛とした空間をほぐしてくれているようです。

使用期限を迎えた印画紙に揮った書の写真作品

《Brush Impression》シリーズ展示風景

ゼラチンシルバープリント(銀塩写真)による、激しくも温かみのある「火」を描いた作品。

印画紙に定着液で文字を描き、それを感光させることで燃えるような赤色が出ているそうです。

この作品は、3年におよぶコロナ禍の後に戻ったニューヨークのスタジオに残る、大量の劣化した印画紙を見つけたことをきっかけに生まれたそうです。

劣化した印画紙に書の技法を用いて筆を揮う、この短い言葉の中には、

  • 古美術研究家としての劣化の果てに美しくなっていく思考
  • 書家としての技法
  • 写真家としての現像液や定着液、現像などの技術的な造詣の深さ

といった要素が含まれ、多方面で活躍する杉本博司さんだからこそできる作品といえます。

文字の中には「炎」や「灰」も紛れ込んでいて、火の誕生と終焉を映し出しているようです。

杉本博司さんのステートメントを読み改めて作品を観ると、文字にイメージが乗ることで「生きる中で起こるあらゆる事象」が表現されていて、それらを走馬灯のように、一度に目にしている感覚になります。

Q
杉本博司さんのステートメントはこちら

子供の頃、火遊びをした。火はあぶないということはうすうす知っていた。火遊びを見つかると大人が騒ぐのでますます火遊びをした。周りにマッチ売りの少女がいて、悪ガキたちをそそのかし焚き付けた。
思春期の頃、火遊びをした。なにやらよくわからない説明のつかない衝動が突き上げてきて、なんでも自分に説明しようともがく私の理性は、木っ端微塵にくだけ散った。
学生の頃、火遊びをした。学生運動のさなか、火炎瓶は若者の魂を煽った。機動隊がせまる、必死で逃げた。こんなに早く走れるとは思ってもみなかった。
中年になって、火遊びをした。しかしすぐに後悔し別の火遊びを思いついた。深夜、和蝋燭に火をつける。風もないのに爆(は)ぜる。木製暗箱で蝋燭の一生を撮った。儚い一生だった。
晩年になって、火遊びをした。残された時は火を見るより明らかだ。そこで火を見つめてみた。炎の姿は火という文字に私のなかで結晶していった。印画紙に定着液で火を描いた。写真とは因果な商売だ。意外と真は写るものだと今更ながら気がついた。

ギャラリー小柳|アーティスト・ステートメントより引用

写真作品に見られる「本歌取り」の要素

今回の作品には、すでにあるものに杉本博司さん自身の解釈を加えて新たな表現へと昇華させていて、この手法を伝統的な和歌の作成技法になぞらえて「本歌取り」と呼んでいます。

本来の本歌取りとは、有名な古歌の要素を意識的に自作に取り入れた上に、新たな解釈やオリジナリティを加味して歌を作る技法のこと。

この考え方は茶の湯や工芸、建築などに見られる日本独自の文化で、アメリカなどに見られる新しく独自のものを追い求める文化とは対立する思考です。

今回の作品は書における臨書(書道の名品とされる古典を手本として真似て書くこと)を本歌取りしているから、「火」を無数に書いていると考えると、火をいくつも書くことに意味があることが分かります。

そして、真似て書くことへの解釈を拡張させると、人間も親のDNAから複製された存在、つまりは真似てきた結果の自分であるともいえます。

「自分を遡った人類の起源を本歌取りするとどうなるのか」と考えてみると、杉本博司さんの作品が映し出す世界観の一歩深い領域を味わえるかもしれません。

蝋燭の一生を記録した《In Praise of Shadows 陰翳礼讃》シリーズも

展示の中には蝋燭の火の一生を記録した《In Praise of Shadows 陰翳礼賛》シリーズも展示していました。

陰翳礼賛(いんえいらいさん)とは、小説家・谷崎潤一郎さん(1886 – 1965、東京)の随筆で、電灯がなかった時代の日本にあった、光と影によって形成される淡い光「陰翳」が西洋文化にはみられない、日本独自の美意識であることを紹介したもの。

時間の概念を写真に留めた作品には、蝋燭の火が灯って燃え尽きるまでの数時間分が一枚の写真に収められています。

実像としての火を観ることで、短くも激しく燃える火の儚い美しさと、その周囲に広がる静かな影が、日本の歴史にあった美の感覚を呼び起されるようです。

杉本博司の人柄も垣間見える作品の制作風景

ギャラリー小柳で展示した《Brush Impression》シリーズの制作風景は、YouTube上で見ることができます。

書を揮う時の様子は独特の緊張感がありつつも、現像を待つ姿にはお茶目さがあり、世界的に活躍する作家の人柄を垣間見れます。

まとめ:思考の豊かさと柔軟さが生む静謐な美

杉本博司さんの写真作品には、表面的な温もりに留まらない、思考の豊さと柔軟さが現れています。

例えば今回の作品に見られる、使用期限を迎えた印画紙を「劣化の果てに美しくなっていく」と解釈する思考には、物事を異なる観点から捉えて新たな価値を生む豊かさがありました。

確かな技術があるからこそ生まれる静謐な美を、自身の目で体感してみてはいかがでしょうか。

杉本博司「火遊び Playing with Fire」個展情報

展覧会名火遊び Playing with Fire
会期2023年9月5日­(火) 〜 10月27日(金)
開廊時間12:00 – 19:00
定休日日・月・祝
サイトhttps://www.gallerykoyanagi.com/
観覧料無料
作家情報杉本博司さん|Instagram:@hiroshisugimotoart
会場ギャラリー小柳
東京都中央区銀座1-7-5 小柳ビル9F

関連書籍

参考リンク

渋谷区立松濤美術館では、2023年9月16日(土)から11月12日(日)の会期で個展「杉本博司 本歌取り 東下り」を開催しています。

最新情報はInstagramをチェック!

ABOUT ME
よしてる
1993年生まれの会社員。東京を拠点に展覧会を巡りながら「アートの割り切れない楽しさ」をブログで探究してます。2021年から無理のない範囲でアート購入もスタート、コレクション数は25点ほど(2023年11月時点)。
アート数奇は月間1.2万PV(2023年10月時点)。
好きな動物はうずら。
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