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セシリー・ブラウン「The end is a new start」|抽象と具象を往復する鑑賞体験

よしてる

今回は原宿にあるBLUM & POEにて開催したセシリー・ブラウン(Cecily Brown)さんの日本初の個展「The end is a new start(終わりは新しい始まり)」の模様をご紹介します。

初見ではどうしても「この作品はどう受け止めたらいいんだろう?」と感じてしまう部分もあったので、アーティストの制作背景もチェックしてみました。作品鑑賞の参考になれば嬉しいです。

セシリー・ブラウン(Cecily Brown)とは?

セシリー・ブラウン(Cecily Brown)さんは1969年生まれ、ロンドン出身のアーティストです。イギリスの画家マギー・ハンブリング氏に師事した後、1993年にロンドンのスレード美術学校を卒業し、1994年からニューヨークを拠点に活動しています。

世界的な現代アートのメガギャラリーである「ガゴシアン・ギャラリー」に所属するアーティストでもあり、作品はメトロポリタン美術館(ニューヨーク)やナショナル・ギャラリー(ワシントンD.C.)など数々の著名なパブリック・コレクションに収蔵されているほか、近年ではイギリスのブレナム宮殿での大規模な展覧会も開催しています。

作品制作について

セシリー・ブラウンさんは抽象と具象が入り混じった身振りをともなった大きなスケールの絵画作品で知られています。

作品制作で引用するモチーフには、パオロ・ヴェロネーゼ、ピーテル・パウル・ルーベンス、エドガー・ドガといった西洋絵画の巨匠たちから、ウィレム・デ・クーニング、フランシス・ベーコン、ジョアン・ミッチェルといった近代のポピュラーカルチャーまでおよび、参照先の作品の枠にとらわれず、視覚的にも主題的にも流動性を感じる作品を制作しています。

“I think that painting is a kind of alchemy.The paint is transformed into image, and paint and image transform themselves into a third and new thing.”
「絵画は一種の錬金術だと思います。絵の具がイメージに変化し、絵の具とイメージが第三の新しいものに変化していくのです。」

Cecily Brown

また、作品には西洋美術で扱われる裸体像をモチーフに引用することが多く、人間劇に焦点を当てた枠組みを描きながら、従来の文脈から主題を解き放とうとする姿勢を示しています。作品制作を通して、セクシャリティや欲望についての批判を差し込むあくなき問いを続けています

個展「The end is a new start(終わりは新しい始まり)」のテーマ

今回の展覧会には12点の新作が一堂に会しており、

  • 作家が近年探求してきた「難破船」という歴史的表象についての考察
  • 自身の作品を土台とした時に関する新しい探究

という2つのテーマに取り組んでいます。

①「難破船」という歴史的表象についての考察

「難波線」はここ数年セシリー・ブラウンさんが着目してきたイメージで、歴史的な西洋絵画のモチーフ群の追求もまた制作の一貫したテーマとなっています。本展においてはウィリアム・エッティやその作品《セイレーンたちとユリシーズ》を対象としています。

セシリー・ブラウンさんはこのような絵画史上の正当な主題を選び取り、その線による表現の探究を作品に組み入れながらも、同時に複雑な男女間の力関係についても言及しています。

②絵画の中で時の流れを探求する試み

近年の新しい取り組みとして、絵画の完成という概念にとらわれない、「無限の潜在的可能性や多元性を持つ宇宙としての絵画」というテーマがあるそうです。この新しい取り組みでは最新技法を用い、描きはじめの作品の撮影データを同一素材、同サイズのキャンバス上に転写するというプロセスがとられています。同じ原型の由来をもつ作品でもあっても、その描かれ方は多種多様になることも。

この一連のプロセスをセシリー・ブラウンさんは「瞬間を捕まえる、あるいは、絵画の中で時間を停止し・起動する」試みと似ていると考えています。

この転写、反復し作品をグループ化する手法は、1990年代から2000年代の初期のセシリー・ブラウンさん自身の作品を対象に行なわれています。もともとこの手法は、個人的な思想などの再考をともなった、新作で構成される小さな回顧展的なアプローチとして始まりました。時の流れを臨機応変で潜在性を持つものとして捉えるという”一時性”という観点から、セシリー・ブラウンさんは、反復において行われる数々の実験の様子をその絵画の枠組みに持ち込んできたと言えます。

展覧会の作品を鑑賞

それでは、今回の展示作品の一部をレポートしていきます。

ウィリアム・エッティの難破船が浮き上がる作品

The Sirens and Ulysses

《The Sirens and Ulysses》
2021、セシリー・ブラウン、Oil on UV-curable pigment on linen、59 x 94 x 4.3cm

セシリー・ブラウンさんの作品を初見で観ると何が描かれているのか分からないくらい抽象的な作品に見えます。これを、ウィリアム・エッティの作品《セイレーンたちとユリシーズ(英: The Sirens and Ulysses)》と照らし合わせて観てみると、誘い込むセイレーンの歌う姿と、それを聞きつつも誘いに耐えるユリシーズの姿がぼんやりと見えてきます。

《セイレーンたちとユリシーズ(英: The Sirens and Ulysses)》、ウィリアム・エッティ、1837
©Manchester City Galleries; Supplied by The Public Catalogue Foundation
《セイレーンたちとユリシーズ》とは?

《セイレーンたちとユリシーズ》とはウィリアム・エッティによって1837年に制作された作品で、ホメーロスの叙事詩「オデュッセイア」の一場面を切り抜いた作品です。セイレーン(※)の歌から身を守るために、船の乗組員がユリシーズを縛ることによって彼女らの妖艶な歌に抵抗しようとする場面を写し出しています。

※セイレーン:ギリシア神話に登場する海の怪物。上半身が人間の女性で、下半身は鳥の姿とされているが、後世に魚の姿をしているとされています。航路上の岩礁から美しい歌声で航行中の乗員を惑わし遭難や難破に遭わせ、セイレーンに喰い殺された船人たちの骨が島に山をなしたといいます。ちなみに、スターバックスのロゴのモチーフとなっているのも、このセイレーンです。

荒々しい筆致がセイレーンの誘惑の驚異さであったり、それに捕り込まれんと激しく抵抗するさまが現れているようです。近くで観ると人の表情も浮き上がって見えてみえてきます。

色味もどこか引用した作品の雰囲気を残している印象があり、いろんな角度から観たくなる作品でした。

The Triumph of the Siren

《The Triumph of the Siren》
2021、セシリー・ブラウン、Oil on UV-curable pigment on linen、58.4 x 94 x 4.2cm

直訳すると「セイレーンの凱旋」となる作品。黒く描かれている部分が難破船だとしたら、セイレーンのいる島に漂着し大惨事がまさに起こっている様子にみえます。

セイレーンとユリシーズの物語のその後のワンシーンを描いていて、航海における危機を招く元凶としてのセイレーンの存在をともなった主題の追求がさらに進められているようでした

Nocturne in Blue

《Nocturne in Blue》
2021、セシリー・ブラウン、Oil on UV-curable pigment on linen、59 x 94 x 4.2c

こちらもエッティのセイレーンを主題とした作品のようですが原型はもはや分からず、どこに作品のメインテーマが描かれているんだろうと迷いながら、一歩近づいたり遠ざかったりしながら向き合っていました。そうしているうちに歴史的表象についての考察を広げていく楽しさを感じます。

また、作品には男女間の力関係についても表現されているそうです。巨匠による絵画作品に登場する人物と、筆致の持つ美しさと攻撃性にその模様が現れているように感じることもできます。

セイレーンやギリシャ神話におけるファム・ファタル(運命の女)像は、男性主権的なナラティブによって世にはびこった女性のセクシュアリティがもたらす脅威の象徴とも指摘できるでしょう。ブラウンは、このように絵画史上の正当な主題を選び取り、その線によるペインタリーな探究を絶え間なく作品に組み入れながらも、同時に複雑な男女間の力関係についても言及しているのです。

BLUM & POE HPより引用

ドラクロワの難破船が浮き上がる作品

Either Or

《Either Or》
2021、セシリー・ブラウン、Oil on UV-curable pigment on linen、Two parts(Part one:58.4 x 94 x 4.2cm,Part two:58.4 x 94.1 x 4.2cm)
右側の作品
左側の作

2枚がペアとなっている作品。パッと観た印象は「クジラの絵?」でしたが、アーティストの制作背景を知ると19世紀フランスのロマン主義を代表する画家、ドラクロアの描いた難破船も見えてきます。

《ドン・ジュアンの難船》
1840年、ドラクロワ
《ドン・ジュアンの難船》とは?

《ドン・ジュアンの難船》とは、ドラクロワの1840年代の代表作品で、17世紀スペインの若き放蕩(ほうとう)な色男「ドン・ジュアン」を主題として制作された作品です。放蕩三昧で土地を追い出されたドン・ジュアンが外国へと向かう航路中、船が難破してしまい、さらに漂流の末に食料も底を尽いたため、食物として搭乗者の犠牲となる者を選定するくじ引きをおこなっている場面が描かれています。

難破船の中が唯一の陸上という状況下で船上も生死の駆け引きがされていて、まさに進むも地獄、退くも地獄です。渦潮のように飲み込むような荒々しさを感じる筆致によて、自然の力によって引き起こされた大惨事を目前にした船上の切迫感や逃げ場のない恐怖感が増幅されています。

時の流れを探求した作品

難破船をテーマにした作品とは雰囲気がガラッと変わり、絵具の色彩が踊り出しているような作品もありました。

どの作品が同じものから転写、反復されているかの明示はなかったので詳細は分かりませんでしたが、この3つが過去の作品を参照し、転写、反復している作品なのだろうなと感じました。

Wop bop a loo bop

《Wop bop a loo bop》
2017-2021、セシリー・ブラウン、Oil on linen、58.4 x 73.7 x 4cm

The Company of Wolves

《The Company of Wolves》
2017-2021、セシリー・ブラウン、Oil on linen、58.4 x 73.7 x 4.4cm

The chagrin of the skinnymalinks

《The chagrin of the skinnymalinks》
2017-2021、セシリー・ブラウン、Oil on linen、58.4 x 73.7 x 4cm

色の配置を見ていると一つ目と三つ目の作品が反復していそうに見えます。二つ目の赤を基調とした作品は原型から別次元に向かうように再解釈、制作されたものなのかなと感じました。

それぞれの作品をみていると人の面影が見えてきたり、動物の顔のような面影が見えてきたりします。

同じものから生まれているけれど、それぞれの作品が意識していないしつながっていない印象がある作品でした。

まとめ:抽象の中に具象を観る楽しさを感じる

世界的に評価の高いセシリー・ブラウンさんの作品を鑑賞していきました。

筆致の美しさと色彩の持つインパクトが掛け合わさる良さを観た瞬間に感じることができる一方で、抽象画はどう見たらいいのかわからない…という悩みもありました。

しかし、作品は決して奇をてらって描いているものではなく、西洋絵画の文脈や作家自身のコンセプトを土台の上に形成されていて、そこも知ったうえで観る位置を変え、ゆっくりと鑑賞していくと具象的な物語も見えてくる面白さを体感できる展覧会でした。

世界的に注目されているアーティストの個展を日本でみれる機会はめったにないという意味でも、お時間ある方は是非、リアルの作品も鑑賞してみてください。

展覧会情報

展覧会名The end is a new start
会場BLUM & POE
東京都渋谷区神宮前1-14-34 原宿神宮の森5F
会期2021年10月22日~2022年1月15日
※休館日:日、月、祝(冬季休業:2021年12月19日〜2022年1月3日)
開廊時間12:00~16:00
サイトhttps://www.blumandpoe.com/exhibitions/cecily_brown
観覧料無料
来場の際は事前予約がおすすめです。
作家情報セシリー・ブラウン(Cecily Brown)さん
Instagram:@aujourdhuirose
HP:http://cecilybrown.com/

関連書籍

関連リンク

外部リンク
Cecily Brown interview(ELLE Japon)
Cecily Brown interview(ELLE Japon)
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東京の展覧会をめぐりながら「アートの割り切れない楽しさ」をブログで探究してます。2021年から無理のない範囲でアート購入もスタートし、コレクション数は15点ほど(2022年11月時点)
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