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ヨーガン・アクセルバル、井田幸昌「LUNAR ECLIPSE」|月食のように一時の奇跡と儚さを感じるアート

よしてる

太陽と月、地球が重なることで発生する現象「月食」のように、作家、作品、鑑賞者という三者の不思議な関係性を鑑賞を通して体感できる展覧会へ行ってきました。

今回は天王洲にあるMAKI Galleryにて開催したヨーガン・アクセルバルさん、井田幸昌さんによる二人展「LUNAR ECLIPSE」の模様をご紹介します。絵画から彫刻、写真作品まで、多様な作品と巡り合える展覧会です。

作家について

ヨーガン・アクセルバルさんとは?

ヨーガン・アクセルバル(Jörgen Axelvall)さんは1972年生まれ、スウェーデン出身の写真家、アーティストです。

ニューヨークで15年間活動したのち、2011年から日本を拠点に活動をしています。

被写体をソフトな輪郭で捉えた作品

ヨーガン・アクセルバルさんの主な作品に花や人物を主な被写体をソフトな輪郭で捉えたものがあり、極端な脆さと美しさを感じさせます。輪郭の淡さから抽象的にも見える作品は「人間を含めた万物の脆さや不確かさ」を訴えているようです。

また、ヨーガン・アクセルバルさんは本展に向けて、昨今の社会情勢に思いを馳せ、現代におけるアイデンティティの在り方への探究を深めていったそうです。月光のみを光源とした作品や、人物像の細部を不明瞭化する作品からは、静かながら、個人の持つ価値を考えさせられます。

井田幸昌さんとは?

井田幸昌(いだ ゆきまさ)さんは1990年、鳥取県出身のアーティストです。2019年に東京藝術大学大学院油画を修了されています。

2022年は前澤友作さんが井田幸昌さんの作品を国際宇宙ステーション(ISS)に持ち込み永久収蔵されたことでも注目を集めました。

2021年にはマリアン・イブラヒム・ギャラリー(Mariane Ibrahim Gallery、アメリカ)とパートナーシップを組み、2022年にはアジア人作家初となるピカソ生誕地ミュージアム(Museo Casa Natal Picasso:スペイン・マラガ)での個展を開催するなど、活動の幅を広げています。

「一期一会」をテーマとした作品

友人や旅先で出会った人など、身近な人々との出会いの瞬間を描きたいというところから「一期一会」をテーマとした作品を主に制作しています。

二度と巡り来ることのない瞬間を捉えることで、世の中や人が絶えず変化して同じ状態にとどまることがない側面と、それでも普遍的に変わらない側面の両者を同時に描き出しているようです。

展示作品を観て知る:天王洲 I 展示スペース

今回の展示は「天王洲 I」と「天王洲 II」の両スペースに渡って展開されました。各スペースの展示作品を見ていきましょう。

まずは天王洲 I から。展示スペースは照明を落とした空間となっていました。今回の展覧会名が「LUNAR ECLIPSE(月食)」ということもあり、まるで月食の見える夜を再現しているようです。

月そのものを表現しているような彫刻作品(井田幸昌)

《Lunar Eclipse – Amaaterasu -》
2022、井田幸昌、Wood(camphor tree) and acrylic、320.0 × 118.0 × 100.0 cm

会場に入ってまず登場するのが、井田幸昌さんによる3メートルを超える大型の彫刻作品です。蛇のように曲がりくねった彫刻の先には、白い円盤がついています。円盤は前屈みになっていて、まるで鑑賞者を眺める顔のようにも見えます。

影ができているところからも分かる通り、作品には光が当てられています。空間が夜を再現しているとしたら、この作品は太陽の光を反射して輝く月そのものを表現しているのかもしれません。

また、展示スペース全体で俯瞰してみると面白い思考が湧いてきます。この作品の向いている方角には、天王洲 II 展示スペースが建っています。
この作品が「月」、天王洲 II 展示スペースがこの作品を照らす「太陽」と捉えると、この2点間にいる鑑賞者は「地球」と考えることができます。そして、この地球がいることで「月食」という現象が発生します。

つまり、作家と作品と鑑賞者が重なるタイミングで、月食=展覧会が出来上がっているんだなと、同じ空間に立ち会う奇跡を感じさせます。

Q
月食とは?

月食とは、太陽の光によってできる地球の影の中を月が通過することによって、月が暗くなったり、欠けたように見えたりする現象のことです。また、月が地球の本影の中に入り、月全体が暗くなる月食を「皆既月食」と言います。

引用:国立天文台(NAOJ)

もう一歩踏み込んで作品を知ってみると、作品名には「Amaaterasu」というタイトルが入っています。日本の始まりの神であり八百万の神々の最高位である女性神、天照大御神(アマテラス)であることが分かります。また、特徴的な身体は白蛇が表現されているそうです。

白蛇は神の使いとされてきた生物で、月食の光で夜の闇に照らされる様子にも見えてきます。

知識を入れる/入れないで色々な解釈ができるのも面白いですね。

歓喜の様子を色濃く感じ取れる油彩画(井田幸昌)

《Starry Night – Delight -|星月夜 – 歓喜 -》
2022、井田幸昌、Oil on canvas、227.3 × 181.8 cm

展示スペースの入口から左に進むと現れる、井田幸昌さんによる150号の油彩画です。ほとんど真っ暗な画面上に目立つ形で4人の裸体の人物が描かれていて、手を繋いで天を仰いでいます。喜びを分かち合っているように見える人物たちは、周りの暗さゆえにその動作が強調されているように感じます。

その頭上には写真では伝わりづらいですが、白銀に輝く点が描かれています。さらにその上には暗黒の中にブラシで円を描いたような跡が観えてきます。この跡は円は月で、月食の様子を表しているのかもしれません。

この作品は眠りから死、そして目覚めと再生を表現した3部作のうちの1点のようで、この作品は表現されている様子から、目覚めと再生の部分を表しているように推察できます。

井田幸昌さんは「一期一会」をテーマとした作品を制作されています。この作品にも日々の中で誰も気づかない輪廻転生の一部の情景が描き出されているようで、一期一会の要素を感じることができます。

薄れゆくアイデンティティを保管しているような作品(ヨーガン・アクセルバル)

《unsoldier / ellipsis IⅤ》
2022、ヨーガン・アクセルバル(Jorgen Axelvall)、Pigment print, aluminum mount, wood panel and frame、80.0 × 100.0 cm

次の作品に進むと、ヨーガン・アクセルバルさんの40号の写真作品と対面します。背景はほとんどが暗くて何も見えず、その中で人物像が白く浮き上がっています。ただ、その人が誰かまでは分からない解像度となっています。

近くで作品を観ても、自分の目が霞んで焦点が合っていないないような感覚になります。

このように、人物像の細部を不明瞭化することで対象のアイデンティティを考察しているそうです。そして、匿名化した個人にも親しみの目を向けることで、ヨーガン・アクセルバルさんは容易に個人やその価値が失われそうになる現代に対して静かに問いを投げかけています。

デジタル技術の発達やメタバースが注目され、仮想世界がより現実味を帯びてきている昨今、現実世界にいる自分というアイデンティティが溶け出して無くなろうとしている瞬間を捉えて、作品上に保管しているようにも見えます。

泰然と座す岩が描かれた作品(井田幸昌)

《Land of Red Sand Stone》
2022、井田幸昌、Oil on canvas、194.0 × 194.0 cm

赤い地面に大きな岩と小さな岩が重なり、絶妙なバランスで支えられているように見えます。120号と身長以上のサイズ感であるためか、本当に岩と対峙しているような迫力があります。

近くで観ると、岩肌の質感が力強い筆致で描かれていることが分かります。

この作品は、先ほどの《Starry Night – Delight -|星月夜 – 歓喜 -》の対面に展示されています。仮にこの作品が岩のように何も語らずそこに在ることを表し、眠りと静止を表現しているとしたら、星月夜の作品と対義語となっているように解釈できます。

展示の配置からそんなことを考えてみても面白いかもしれません。

一生に一度だけの機会を描き留めたポートレート(井田幸昌)

《End of today – 11/24/2022 Portrait of K -》
2022、井田幸昌、Oil on canvas、33.3 × 24.2 cm

再び入口付近に戻ってくると、4号サイズの小柄な作品が展示されています。近くで観ると絵の具の盛り上がりが見て取れ、小柄な作品ながら存在感を放っています。

End of todayの作品は「井田幸昌さん自身の心象風景や身近な無名の人々を出会ったその日に描く」シリーズ作品で、人物のポートレートが描かれています。

その日に出会った人との時間はかけがえのないもので、その機会は二度と繰り返されることのない、一生に一度の出会いで平等の価値があるという、まさに一期一会のテーマを感じ取れる作品です。

実体の作品も登場する写真作品(ヨーガン・アクセルバル)

《domino I》
2022、ヨーガン・アクセルバル(Jorgen Axelvall)、Pigment print, aluminum mount, wood panel and frame、80.0 × 100.0 cm

続いてはヨーガン・アクセルバルさんの40号の作品。先ほどの写真作品よりも情報量が多くなっています。

左側にあるものは顔が明らかに大きいので人でなく、彫像だと分かります。また、右側には解像度の低い人物が座っている様子が捉えられています。その後ろには頭の彫像のようなものや、何かの道具が写っているところから、作品制作をするスタジオのように見えてきます。

本作品のタイトルにある「domino」とはラテン語で“mask(仮面)”を意味するそうです。左側に映る彫像はこの後に紹介する井田幸昌さんの彫刻作品で、仮面を被っている作品です。

その点で、本展の実体と結びつきがありながら、実体の作品にもうひとつの仮面を被せているようでもあるなと感じます。そうすることで、作品に新たな見え方、解釈が生まれてくるようでした。

展示作品を観て知る:天王洲 II 展示スペース

続いては、天王洲 II 展示スペースへ移動します。

こちらのスペースは天王洲 I とは対照的に明るい照明での展示となっています。入口近くでは、巨大な彫刻作品と絵画が出迎えてくれます。

仮面をつけた阿吽像(井田幸昌)

《Aun(A)|阿 阿吽、又は日光月光》
2022、井田幸昌、Wood(camphor tree) and acrylic、268.0 × 115.0 × 100.0 cm

およそ270メートルある巨大な木彫作品。とにかくダイナミックで、台座のようになっている丸太から彫り出していることを考えると、その大きさが想像できるのではないかなと思います。

近くで観ると大胆な彫り出しの跡が残っています。絵の具による色彩もしているものの一部のみで、手の部分に樹皮を残しているところからも、楠そのものが持つ力強さや存在感が前面に出ているように感じます。

この木彫作品は2対で展示されています。もうひとつがこちら。

《Aun(Un)|吽 阿吽、又は日光月光》
2022、井田幸昌、Wood(camphor tree) and acrylic、273.0 × 113.0 × 100.0 cm

タイトルから見えてくるのが、この2対は仁王像で有名な阿吽像をモチーフにしているということです。阿吽像といえばお寺の守護神として、門より先のお寺を守るために安置されています。

まずは見た目の部分から観ていくと、展示している彫像は筋骨隆々で力強いイメージがある阿吽像とは異なり、誇張するかのように膨らんだお腹、大きな仮面など、その姿にはギャップがあります。

お腹の膨らみについては実は仁王像も同じく膨らんでいるものもあり、例えば東大寺南大門(京都)にある仁王像はお腹に膨らみがあったりします。東洋的な武士の背景を踏まえると仁王像ののように、ひょうたんみたいなお腹が理想的な身体なのかもしれません。そういう解釈で観ると、仁王像の姿を踏襲していることが伺えます。

大きな仮面についても、東大寺南大門の仁王像は高さおよそ8.4メートルあり、彫像を見上げたときに身体のバランスがとれて見えるように、頭は大きく制作されています。今回の作品も見上げて顔を見る形となるために仮面を大きくしているとしたら、同じく仁王像の特徴を反映しているといえます。

次に、「阿吽の呼吸」の語源ともなっている阿吽像の持つ意味から観ても発見があります。口を開けた阿形の“阿”はものごとの始まり、口を閉じた吽形の“吽”はものごとの終わりを意味し、万物の一切を表していると言われています。この意味を持つ阿吽像が門を挟んで安置されていることで、万物の一切の向こう側、つまりお寺の敷地内を聖域として演出していることが見えてきます。

阿吽像の持つ意味と照らし合わせて考えると、ものごとの始まりである“阿”が「太陽」を、終わりを意味する“吽”が「月」を象徴し、ふたつの像はその間にある全てを含む壮大な世界観を体現していると考えることができます。

宇宙規模の長い時間軸の世界観が表現された空間は、月食のように作品と巡り合う一時の関係性の奇跡を、より深く感じさせてくれます。

そして、この阿吽像を挟んだ向こう側には、一枚の絵画が展示してあります。

美術にとっての聖地へ入り込むような展示(井田幸昌)

《Auvers-sur Oise -Road with Vincent van Gogh-》
2022、井田幸昌、Oil on canvas、194.0 × 162.0 cm

阿吽像が演出する聖域の向こう側には、どこかの風景を描いたような抽象画が展示してありました。

青い空に厚い雲、その奥には丸い太陽が描かれているように見えます。地面は黄色い景色を中心に広がり、細い線の往復や撫でるような筆致からは、吹き抜ける風を受けて草がそよいでいるように感じます。

作品のタイトル《Auvers-sur Oise -Road with Vincent van Gogh-》を直訳すると、「オーヴェル=シュル=オワーズ -ゴッホのいた道-」となります。

オーヴェル=シュル=オワーズとは、パリ郊外にあるのどかな村のことで、ポスト印象派の巨匠であるフィンセント・ファン・ゴッホさん(Vincent Van Gogh、1853 – 1890年、オランダ)が晩年に作品制作に励んだ終焉の地として有名です。

オーヴェルにはゴッホも描いたという麦畑があり、その黄金色の綺麗な景色とこの作品に描かれた地面の色とが同一のもののようにも見えてきます。

ゴッホさんはオーヴェルでの10週間という短い制作期間でおよそ70点もの作品を残し、37歳という若さで息を引き取ることになります。

阿吽像を挟んだ向こう側に巨匠ゴッホさんが愛した景色を描いた絵画があるところに、美術にとっての聖地へ入り込むような感覚になる展示でした。

オーヴェル=シュル=オワーズの景色を描いた習作の展示も

《Study for “Auvers-sur Oise”》
2022、井田幸昌、Oil on canvas、33.3 × 33.3 cm

オーヴェル=シュル=オワーズの景色については、4号サイズの習作もいくつか展示していました。建物や道、景色などが描かれていて、まるでいろんな角度から村を見ているような気持ちになる作品群でした。

月光を光源とした流転を感じる作品(ヨーガン・アクセルバル)

展示スペースの奥に歩みを進めると、淡い青色が印象的な2つの大きな作品と対面します。

《unlit / salvo I》
2022、ヨーガン・アクセルバル(Jorgen Axelvall)、Pigment print, aluminum mount, wood panel and frame、151.0 × 188.7 cm

ヨーガン・アクセルバルさんによる写真作品で、一見すると何を撮影しているのか不明瞭で分からりません。明確に見ようと作品に近づいても、焦点が合う感じがなく、本当に作品を観れているのか不思議な感覚になります。

この作品はヨーガン・アクセルバルさんにとって過去最大サイズとなる大作となるそうです。作品は月光だけを光源として木々を撮影しているようで、モチーフの瞬間的な真実を繰り返し捉えることで変容・解体の段階を表現し、激しく変わりゆく現代社会を暗示しているといいます。

《unlit / salvo II》
2022、ヨーガン・アクセルバル(Jorgen Axelvall)、Pigment print, aluminum mount, wood panel and frame、151.0 × 188.7 cm

ひとつの光源に照らされた瞬間を捉えて重ねていることで、作品には時間の連続が投影されているとも考えることができます。どれくらいの間隔で撮影をしているのかは分かりませんが、仮に数分の間の撮影だとしても、自然はそこにとどまることなく揺れ動いていることが分かります。

時間が進み続ける限り物事は止まることはないこと、そして、物事の動きが早くなるにつれて流行りという名の主戦場の変化が激しくなっている現代では、流行りについていこうとし過ぎて自身のアイデンティティを置いてきぼりにしていないか、ということも問いかけているようでした。

木だと言われたら木に見えてきますが、「何が本物か」ということを考えさせられるなと感じる作品です。

何かを告げようとしているようにも見えるパロマ(井田幸昌)

《Paloma》
2022、井田幸昌、Wood(camphor tree) and acrylic、61.0 × 71.0 × 33.0 cm

人物やヘビの他にも、鳥の彫刻作品も展示していました。他の彫刻作品と比べると小柄ですが、翼の厚みがあり、翼を広げて体を大きく見せているところに迫力を感じます。

作品タイトルの《Paloma(パロマ)》とは、スペイン語で“ハト”という意味になります。くちばしの上に鼻こぶがあるところから、ハトをモチーフとしているのがわかります。

ハトは身近な生物でありながら、旧約聖書にあるノアの箱舟の物語で洪水の終わりを知らせたことから、平和の象徴としても認知されています。

このハトも平和の大切さや、その他の何かを告げるためにここに降り立った瞬間が表現されているのかもしれません。

(ヨーガン・アクセルバル)

《apsis I》
2022、ヨーガン・アクセルバル(Jorgen Axelvall)、Pigment print, aluminum mount, wood panel and frame、80.0 × 100.0 cm

人の手にくちばしをつけている鳥を捉えた作品。先ほどのハトの彫刻作品とリンクするように、近くに展示してあります。こちらの鳥は身体や頭の角度から、井田幸昌さんの彫刻作品とはまた違うもののように見えます。

作品のタイトルにある《apsis(アプシス)とはラテン語で“point of attraction(引き寄せる点)”を意味するそうです。

鳥のくちばしと人の手にできる一点では、鳥が何かを渡しているのか、餌を食べているのか、淡い表現で正確な出来事が掴めないからこそ、物語を楽しむことができるのかもしれません。

同じ鳥をモチーフとした作品でも、作家によって表現の違いが楽しめる展示でした。

コラボ作品の展示も(ヨーガン・アクセルバル & 井田幸昌)

展示の最後の小さな部屋には、小型のコラボ作品の展示をしていました。淡く静けさの広がるヨーガン・アクセルバルさんの作品の上に、井田幸昌さんによるビビッドな質感が重なっています。

淡く不確実性を感じる写真作品に、ひとつの焦点となる表情を加えているように見える作品で、仮面を重ねるように、目の前の人物が重層的で捉えがたいものとして示されているようです。

また、作品を展示している小さな部屋には、こんなメッセージもありました。

僕たちは太陽を殺した

We killed the spirit inside
Where is your inner child?

展示スペースに書かれた壁より引用

いろんな解釈のできる言葉ですが、個人的には、「生きる時間を消費していき大人になっていくほど、太陽のように明るく冒険心に溢れた無邪気な心を失っているのではないか、その心は今どこに行ったのか」という解釈をしながら考察していました。

重曹的に経験を重ねて人間強度を上げていく中でも、元々持っている心で考えていたことの再発見につながりそうな言葉でした。

詩の展示

コラボ作品を展示していた部屋にあった言葉以外にも、天王洲 II 展示スペースの一角には詩の展示もされています。

書いている内容は同じで、日本語版と英語版があります。

展覧会の世界観を映している詩も、作品の新たな解釈へ誘うものとなっていました。

まとめ

ふたつの展示スペースに渡り開催された、ヨーガン・アクセルバルさんと井田幸昌さんの二人展を観ていきました。

ヨーガン・アクセルバルさんの作品は今回が初鑑賞となり、静寂ながら幻想的な表現が印象的でした。どうやって撮影し、作品へ昇華しているのかが気になるものばかりでした。そこに、井田幸昌さんのエネルギッシュな筆致や彫刻が展覧会の世界観をさらに広げているようでした。

展示ボリュームもある分情報量も多かったですが、展示を通して感じたのは、2人の異なる表現から流転する時間の経過の中の一時に出会うことの奇跡でした。現代は物事の進み方が早くなっている空気感を感じますが、その中でも、何かと出会う時間の大切さを改めて感じました。

それは展覧会で出会う作品も同じです。今の状態の自分が、この作品と対峙した時、どう感じるかは今しか味わえない時間です。そんな気持ちを持ちながら、今後もアートを楽しみながら向き合っていきたいなと思いました。

油彩画や彫刻作品、写真作品まで、写真では伝わらない質感があります。今回紹介できていない作品もたくさんあるので、ぜひ直接作品を鑑賞してみてはいかがでしょうか。

展示会情報

展覧会名LUNAR ECLIPSE
会場MAKI Gallery 天王洲 I、II(Instagram:@maki_gallery_tokyo
東京都品川区東品川1-32-8
会期2022年12月10日(土)〜 2023年2月8日(水)
開廊時間11:30 〜 19:00
定休日日曜、月曜
サイトhttps://www.makigallery.com/exhibitions/7752/
観覧料無料
作家情報ヨーガン・アクセルバル(Jörgen Axelvall)さん|Instagram:@jorgenaxelvall
井田幸昌さん|Instagram:@yukimasaida@ida__studio
他展示での井田幸昌さん作品はこちら

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よしてる
東京の展覧会をめぐりながら「アートの割り切れない楽しさ」をブログで探究してます。2021年から無理のない範囲でアート購入もスタートし、コレクション数は15点ほど(2022年11月時点)
好きな動物はうずら。
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