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【展覧会レビュー】なぜ川端龍子は虎を描いたのか―「源流へのまなざし」展にみるモティーフに込めたもの

よしてる
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書き手:よしてる
1993年生まれの会社員。2021年2月からオウンドメディア「アート数奇」を運営。東京を拠点に「アートの割り切れない楽しさ」を言語化した展覧会レビューや美術家インタビュー、作品購入方法、飾り方に関する記事を200以上掲載。2021年に初めてアートを購入(2025年6月時点でコレクションは30点ほど)。

静穏な街の奥にある「龍子記念館」へ

都営浅草線の終点・西馬込駅は、どこか肩の力が抜けた静穏な空気をまとっている。特に平日は人通りも少なく、時間の流れがゆるやかだ。

駅から少し歩くと、桜並木の遊歩道がある。長さ600メートルつづくという。この地域一帯は「馬込文士村」と呼ばれていて、大正末期から昭和初期にかけて川端康成、三島由紀夫、熊谷恒子など多くの文士や芸術家が暮らし、交流を深めた場所だ。この遊歩道の先にあるのが、大田区立龍子記念館である。

大田区立龍子記念館

龍子記念館は、近代日本画家の川端龍子が、自らの文化勲章受章と喜寿という節目を機に設立した美術館だ。開館の1963年以来、大作の日本画を数多く制作した龍子の作品を継続的に紹介してきた。現在はコレクション展「源流へのまなざし モティーフで見る川端龍子」が開催されている。脈々と描かれてきたモティーフを、龍子がどのように表現しているのかに着目した展覧会になっている。

入館料を支払うと同時に、併設の龍子公園のガイドツアーが14時からあると案内があった。道を挟んだ向かいには龍子のアトリエと旧宅があり、1日3回ツアーが行われているという。

小さな画面に描かれた虎

展示室は、長い通路がくるりと尻尾を巻くような構造になっている。その壁面の冒頭に展示されているのが屏風《龍安泉石》である。京都・龍安寺の石庭は本来どこから見ても一つの石が見えないように設計されているが、本作では十五石すべてを視界に収めようと描かれている。石庭をそのまま描くのではなく、見え方を絵の中で変えてしまっているのだ。最初の展示作品から、対象をどう見るかというまなざしのあり方に強い意志をもつ画家であったことが伝わってくる。

《龍安泉石》(1924)

続く《虎の間》では、古典的モティーフである虎龍図の龍が、龍子本人に置き換えられている。興味深いのは、襖絵に描かれた虎を見る龍子の姿を、龍子自身が描くという入れ子構造になっていることだ。さらに、虎の襖絵のもととなった狩野探幽の《群虎図》と見比べると、本来は水面に向けられていた虎の視線が、本作では龍子のほうへと向けられるなど、意図的に描き変えられていることが分かる。水を飲みながら睨みを利かす虎に対し、龍子がスケッチブックと鉛筆を持つ画家として対峙しているところに、龍子ならではのまなざしが見て取れる。

《虎の間》(1947)

ここでふと、《龍安泉石》のモティーフとなった龍安寺石庭には、母虎が気性の荒い子虎から他の子を守りつつ、一頭ずつ川を渡す中国の説話「虎の子渡し」に基づく庭だとする説があることを思い出す。本展では、たとえ描かれていなかったとしても、虎の存在が見え隠れする。龍子にとって、虎は重要なモティーフのひとつなのではないだろうか。

本展で最も気になったのが、出品作の中でも小さい作品《千里虎》であった。口を大きく開けた虎の横顔が描かれたシンプルな作品だ。大胆でしなやかながら力強い作品が並ぶなかにあって、この作品からは勢いとともに、どこか痛みに耐えているかのような悲哀が漂っていた。なぜだろうと思いながら解説を読むと「虎は千里を行って千里を帰る」ということわざがあること、勢いがあることを表わすほかに、子を思って帰る親心の強さのたとえにも用いられることを知った。

本作が描かれた1937年は盧溝橋事件が起き、日中戦争が始まった頃だ。社会全体が戦時の喧噪と緊張に包まれていくこの年に、龍子の次男・清が戦地へ出征し、解説には我が子の無事を願う龍子の強い思いが表わされているとあった。戦時中の喧騒や戦地への動員が日常を脅かしていた様子が脳裏に浮かぶ。この小さな画面に囚われた虎の姿には、不穏な時代の閉塞感が映し出されているようだ。戦争の抗いようのない現実を変えていこうとする勢いがあるものの、虎の表情には親の力では守り切れない現実への私的な悲しみが滲んでいるように見える。

《千里虎》(1937)

龍子の声が聞こえてきそうな「龍子公園」

いつの間にかガイドツアーの時間になり、エントランスへ向かった。平日にもかかわらず3人の参加者が集まっていた。学芸員のガイドを聞きながら園内を30分ほどかけてゆっくりと巡った。園内には空襲による爆弾跡から湧いてできた池があった。説明によると、池ができる前にあった龍子旧宅は、終戦直後の爆撃によりほぼ全壊してしまったのだという。池の広さが爆弾による衝撃を物語っている。そこから50メートル程度しか離れてないのに爆風に耐えたというアトリエがあった。龍子の唯一の趣味は建築だった。屋根裏の丸竹の編み込み、手作りのガラス窓、ドイツ製のストーブなど、いたるところに龍子の美意識が反映されていた。随所から龍子の「自らのこだわりに忠実であれ」という声が聞こえてきそうだ。

建物の瓦屋根の端につけられた鬼瓦はカタツムリの目がニュッと伸びたような形で、先端には代々の家紋ではなく、龍子自らが考えた渦巻き状の家紋が飾されていた。この家紋は作品の落款にも使われており、作家としての徹底した自己意識が、生活の細部にまで及んでいたことを実感した。

龍子自らが考えた渦巻き状の家紋
作品の落款

もう一度、虎を見る

ガイドツアー後、改めて《千里虎》を前にしてみた。家紋にまで手を加える人物だった龍子にとって、個人の力が及ばなかった戦争という現実は、どれほどの無念さを伴っていたのだろうか。それでも虎を描いたところに、社会に影を落とす問題と向き合うための、龍子なりの態度が表れているように思えた。

展示を後にし、再び街中の空気に包まれたとき、その静けさを素直に嬉しいと感じている自分に気づいた。

展覧会情報

展覧会名名作展「源流へのまなざし モティーフで見る川端龍子」
会期2025年12月6日(土) – 3月8日(日)
開館時間9:00 – 16:30(入館は16:00まで)
休廊日月(祝日の場合は翌日)
年末年始(12月29日~1月3日)
サイトhttps://www.ota-bunka.or.jp/facilities/ryushi/exhibition?33288
入館料一般:200円
中学生以下:100円
※65歳以上(要証明)、未就学児及び障がい者手帳等をお持ちの方とその介護者1名は無料
作家情報川端龍子
会場龍子記念館(Instagram:@otabunkaart
〒143-0024 東京都大田区中央4-2-1

あとがき:YouTubeに展覧会レビューの書き方動画を公開中

最後まで読んでいただきありがとうございました!
展覧会レビューとして文章を書くのは初めてでしたが、最終的には自分なりに川端龍子と向き合った文章が書けたと思います。

本レビューはアート系YouTube「美術どうでしょう」の展覧会レビュー企画の中で、初稿をブラッシュアップしています。

展覧会レビューを読む時のヒントや書き方の手がかり、そして展覧会の感想を言葉にする参考にもなるはずです。
こちらも合わせてご覧ください!

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1993年生まれの会社員。2021年2月からオウンドメディア「アート数奇」を運営。東京を拠点に「アートの割り切れない楽しさ」を言語化した展覧会レビューや美術家インタビュー、作品購入方法、飾り方に関する記事を200以上掲載。2021年に初めてアートを購入(2025年6月時点でコレクションは30点ほど)。2025年8月からYouTube「美術どうでしょう」始動。
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