井田幸昌「思層|Onthology」|版画ならでは物質性を感じるアート
今回は銀座のRICOH ART GALLERYにて開催した井田幸昌さんの個展「思層|Ontology」の模様をご紹介します。
井田幸昌とは?
井田幸昌(いだ ゆきまさ)さんは1990年、鳥取県出身のアーティストです。2019年に東京藝術大学大学院油画を修了されてからこれまでに、
- 新人画家にとっての登竜門「VOCA展 2016」への参加。
- 2016年に現代芸術振興財団主催「CAF賞」で審査員特別賞を受賞。
- 2017年にレオナルド・ディカプリオファンデーションオークションへ最年少で参加。
- 2018年に「フォーブス ジャパン」の「30 UNDER 30 JAPAN」に選出。
- 2022年1月にDiorのアイコンバッグ「レディ ディオール」を芸術作品へと昇華させる「ディオール レディ アート」プロジェクト第6弾に参加。
などの活躍をしています。
また、井田幸昌さんはIDA Studioを設立しチームで活動をしています。そこには、ニューヨークを訪れた際の現地アーティストたちと日本人アーティストとのギャップを感じたことや、経営者、有識者との出会いもあり、自身の株式会社を設立に至ったようです。また、2021年にはマリアン・イブラヒム・ギャラリー(Mariane Ibrahim Gallery、アメリカ)とパートナーシップを組み、活動の幅を広げています。
「一期一会」をテーマにした作品制作
井田幸昌さんは友人や旅先で出会った人など、身近な人々との出会いの瞬間を描きたいと思ったのが始まりで、「一期一会」をテーマとした作品を制作されています。
この背景には、20歳の頃に旅したインドでの体験があるそうです。ムンバイにあるスラム街で、裸の子供たちがゴミ山の上を駆けている姿を目の当たりにして、「この子たちとはもう一生会うことはないんだよな…」と感じたそうです。「誰かと出会って変化する自分も、他者が何を考えているかはわかりえないことも、確かなものはなく、すべて時間に支配されている」んだと気づき、作品制作にもこの体験が反映されています。
そのため、一期一会の中には「時間」に関する概念も含まれているようです。時間があるからこそ人との出会いがきっかけで自分の価値観に変化が起きる、そんなテーマも作品から感じることができます。
世界初、作品が国際宇宙ステーション(ISS)に永久収蔵
2021年日本人初の民間人宇宙飛行士となった前澤友作さん。国際宇宙ステーション(ISS)での滞在中、自身のアートコレクションの中から井田幸昌さんの作品を永久収蔵し話題となりました。
《End of today – L’Atelier du peintre(画家のアトリエ)》、井田幸昌、2019
作品は井田幸昌さん自身の自画像でもあり、全ての新しい物事を創り出そうとする人々へのメタファーでもあるそうです。
ISSに人類初めてのアート作品が持ち込まれたのが日本人アーティストの作品というのが、歴史的な出来事となりました。
「思層|Onthology」を鑑賞
今回の展覧会では井田幸昌さんにとって初の版画のみの展覧会となっています。版画がもつ平面性や独特のレイヤーに着目し、2年の歳月をかけて制作してきた計55点の作品が展示されています。
個展タイトル「思層|Onthology」とは?
本展のタイトル「思層」は井田幸昌さんの考えた造語です。
作品とは表層だけでなく、そのものの後ろ側にある時間、人生、そして作者の思いの集積です。鑑賞者の思いもまた、作品を観ることで作家の思いと重なる部分がきっとあるでしょう。そのレイヤーがまた記憶へと変容していく。絵画では成し得なかった「層」の表現を是非ご覧いただければと思います。
ー井田幸昌さんステートメントより引用ー
版画ならではの制作工程と、作品を介して交わる人々の思いの積み重ねが展示会場で層となっていく展覧会の様子が、個展タイトルともリンクします。
バク、ブタのリトグラフ作品
会場の入口にはリトグラフ作品が展示されています。
展示会場に入ると、バクの作品が出迎えてくれます。
Tapir
Dream eater
バクは人の悪夢を食べる伝説をもつ動物として知られています。そんなバクがネガポジ反転したような並びで展示されているところに、現実世界での嫌なことをバクに預けて作品との純粋な鑑賞体験になるようにというメッセージを感じます。
Pig
その先には、井田幸昌さんと聞いて連想される作品のひとつ、ブタをモチーフとした作品が展示されています。家畜として食卓に並ぶブタが生きている瞬間、もう会うことはない一期一会を描いているように感じます。
その隣に吊らされた姿の作品があるところに無常観を感じます。
Slaughterhouse
普段は油絵ならではの立体感のある質感で描かれているイメージですが、リアルな筆跡でありながら平面的な質感なのが観てて不思議でした。
立体感のあるステアリープ作品
さらに奥に進むと、ステアリープ作品も展示されていました。
King of limbs
この作品はロンドンにある「King of limbs」という樹齢1000年のオークの大木を抽象化して描いた作品です。大木のように何十年、何百年と残る作品になるように強度のあるアルミを支持体としたそうです。
絵具の透明感が綺麗に出ていて、神秘的な印象も受ける作品でした。色合いから、どことなくライオンのようにも見えるのも面白いです。
Self portrait
特徴的な絵画技法である
- インパスト;絵具を厚塗りする技法
- マチエール;画肌、絵肌に見られる肌合いや光沢の状態
がプリントで表現されていて、ペインティングナイフで流した筆跡もリアルに再現されています。
顔の真ん中がくりぬかれ、その周囲にチューブから出した絵具の塊が配置されているところに、その日の気分によって表情を描き分けられる余白がある自由さを感じます。
ちなみに、ステアリープ作品は9階にも1点展示されています。
The Sleepy man
眠る直前まで前を向いて一期を余すことなく生きているような男性に見えます。一日の終わりを振り返る絵日記のように、さまざまな色をした顔の作品を鑑賞していました。
色彩豊富なシルクスクリーン作品
8階の一番奥にはずらりとシルクスクリーン作品が展示されていました。
ポートレイト作品と風景画があり、シルクスクリーンならではの豊かな色の組み合わせを楽しむことができます。印刷に近いため作品の平面性が強いのも特徴的です。
作品点数も多いため、壁掛けのレイアウトも楽しむことができます。
Self portrait
ステアリープ作品でみた質感とは違った、ゆったりとした印象がある表情をしています。同じモチーフでいくつかの色彩パターンがあり、どの色が自分にとって良いなと感じるかを探してみても面白いかもしれません。
Sea of my home town
近くで観ると孔の点が見えて、普段の油彩画との違いを一番感じる空間となっていました。
まとめ:最初で最後の試みとなる版画作品のみの展示を楽しむ
井田幸昌さんの最初で最後となるであろう版画作品のみの展覧会を鑑賞しました。版画作品と鑑賞者の思考が重なり、展示会場も一期一会の空間となる面白さを感じました。
版画だからこそできる色彩の物質性もあり、版画の楽しみ方を再発見できる展覧会でした。
展示会情報
展覧会名 | 井田幸昌展「思層|Ontology」 |
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会場 | RICOH ART GALLERY 東京都中央区銀座5丁目7−2 8階・9階 三愛ドリームセンター |
会期 | 2021年12月4日(土)~ 2022年1月8 日(土) ※休廊日:日・月・祝、年末年始:2021年12月31日(金)~2022年1月3日(金) ※来場時は事前予約(ArtStriker)をしておくとスムーズです。 |
開廊時間 | 12:00 ~ 19:00 ※最終日18:00 終了 |
サイト | https://artgallery.ricoh.com/exhibitions/yukimasaida_ontology |
観覧料 | 無料 |
作家情報 | 井田幸昌さん|Instagram:@yukimasaida |