「村田沙耶香のユートピア」|“正常”とは何かを問いかけるアート
今回は表参道にあるGYRE Galleryにて開催した展覧会「村田沙耶香のユートピア_〝正常〟の構造と暴力ダイアローグ デヴィッド・シュリグリー ≡ 金氏徹平」の模様をご紹介します。
この記事を読むとこんなことが分かります。
- 展覧会では村田沙耶香さんの3つの小説を題材にした世界観を体感できる
- 村田沙耶香さん、デヴィッド・シュリグリーさん、金氏徹平さんの作品について知れる
- 「正常」な日常について再考するきっかけになる
展覧会タイトルからして、独特な雰囲気を醸し出しています。そこにはどんな意味が込められているのでしょう。展示作品を観ながら、世界観を味わっていきましょう!
村田沙耶香の「ユートピア」を表現した展覧会
今回の展覧会は、村田沙耶香さんの「ユートピア(理想郷)」を表現しています。
具体的には、村田沙耶香さんの3つの小説『消滅世界』と『コンビニ人間』、『生命式』を題材にした世界観となっています。どの小説も新しい常識の中で暮らす人々が描かれていて、「正常」とは何かを問いかけてきます。
今回の展覧会も、現代社会の日常とは異なる世界観に触れる芸術の存在理由についての問いかけがあり、
- 効率性がいたるところで利用できる一種の「文化」
- 効率性を度外視した、「飼い馴らされていないアート」が配置されているような場
を対比した空間に立つことで、「飼い慣らされた幸福観《euphoria》」とは何なのかを問いかけています。
効率的な日常から一歩引いた世界観に触れることで、「正常」と「狂気」を対峙し、小説の中で言及されている「正常」に潜む社会的暴力性や抑圧を浮かび上がらせていく試みがなされています。ひとつひとつの作品を楽しむというよりは、空間に浸る展覧会、と、表現した方がしっくりくる展覧会かもしれません。
参考:3つの小説『消滅世界』と『コンビニ人間』、『生命式』のあらすじ
私自身、題材となっている3つの小説は読んだことがありませんでした。アート鑑賞の参考に、小説の世界観の一片を知りたい!という方向けに、小説のあらすじを載せておきます。
- 《消滅世界》
人工授精で、子供を産むことが常識となった世界。夫婦間の性行為は「近親相姦」とタブー視され、やがて世界から「セックス」も「家族」も消えていく……日本の未来を予言する芥川賞作家の圧倒的衝撃作。 - 《コンビニ人間》
36歳未婚女性、古倉恵子。大学卒業後も就職せず、コンビニのバイトは18年目。これまで彼氏なし。日々食べるのはコンビニ食、夢の中でもコンビニのレジを打ち、清潔なコンビニの風景と「いらっしゃいませ!」の掛け声が、毎日の安らかな眠りをもたらしてくれる。ある日、婚活目的の新入り男性、白羽がやってきて、そんなコンビニ的生き方は恥ずかしいと突きつけられるが…。「普通」とは何か?現代の実存を軽やかに問う衝撃作。第155回芥川賞受賞。 - 《生命式》
死んだ人間を食べる新たな葬式を描く表題作のほか、著者自身がセレクトした脳そのものを揺さぶる12篇。文学史上、最も危険な短編集。
“正常”に潜む抑圧をアート空間で感じる
今回の展覧会には3人のアート作品が展示されていました。それぞれの作品鑑賞を通して、“正常”から一歩引いた世界観を味わってみましょう。
村田沙耶香:小説作品の原点と今を感じる
本展覧会では、村田沙耶香(むらた さやか)さんによる学生時代に制作した絵画、ドローイング、コラージュ作品が初公開されていました。
「学生時代の授業で与えられた課題を前提にして制作したもの」らしいですが、淡々と語る村田の絵画作品は、課題のテーマがなんだったのか、作品から読み取れないほど異次元な表現となっていました。
村田さんは小説を通して表現されていますが、その原点にはこんな視点で物事を観ていたんだなと感じる作品です。
展示会場内は小説に登場する言葉とアートが隣り合う空間となっていました。
小説を読んでいったわけではありませんでしたが、まるで書籍のカバーイラストの世界に入ったようで、空間を楽しむことができました。
例えば「正常ほど不気味な発狂」という言葉が展示会場内に添えられていて、世間の常識は不気味なほど信じられているけれど、「あなたはどう思うの?」と問いかけられているようでした。
デヴィッド・シュリグリー:ユーモアあふれる形で日常の不条理を表現
デヴィッド・シュリグリーさんは、イギリス人現代美術家です。
日常の場面を軽妙に描写したドローイングをはじめ、アニメーション、立体、写真などを制作されています。
ひとつひとつのイラストにユーモアがあって、例えば青表紙のノートが描かれた作品には
I have read the instruction manual and I know what I’m doing.
(取扱説明書を読んで、自分が何をしているのかはわかっています。)
と書かれています。明日を思い悩むことすら多い人もいる中で、「自分の取扱説明書読んだ?」と軽快に語りかけているのが良いなと感じました。
Bad food is good food.Good food is bad food.
(悪い食べ物は良い食べ物。良い食べ物は悪い食べ物。)
と書かれた文字に挟まれたハンバーグ。
ヒトはストレスが多いと、抗ストレスホルモンであるコルチゾールが分泌され、糖質の多いものが食べたくなるそうです。また、進化論の歴史からみると、人間の身体は狩猟採集生活をしていた頃と基本的には変わっていない一方で時代だけが進化しているために、生活の中でミスマッチが起きています。
もともとは飢餓状態を避けるためハイカロリーな食事を好むように身体が設計されていますが、現代はハイカロリーに満ちています。そういった意味で、「悪い食べ物は身体には悪くても、味覚的には美味しい食べ物。一方、良い食べ物は身体には良くても、味覚的には不味い食べ物」と、皮肉った表現だなと感じる作品です。
日常に潜んでいる不条理をユーモアあふれる形で表現することで、潜在的意識世界を活性化させられます。
金氏徹平:ヒエラルキー的人間中心主義の世界観を俯瞰し脱却する作品
金氏徹平(かねうじ てっぺい)さんは京都府生まれのアーティストで、「コンビニ人間」の書籍カバーに作品提供をしています。
小説日常的なイメージを持つオブジェクトをコラージュした立体作品や、インスタレーションによってヒエラルキー的人間中心主義の世界観を俯瞰し脱却するアプローチを実践した作品制作をされています。
色とりどりのプラスチックのバケツに石膏(せっこう)を入れたインスタレーション作品が会場中に置かれていました。
一見型にはまったように見える石膏ですが、凹凸のない表面から「傾けたら流れ出てくるんじゃないか」と感じてしまいます。
そんな形で、鑑賞者の視点を反転させることで、「正常」という型にはまった自分を俯瞰してみている気分にもなります。
さまざまな道具や人形が積み木のように積み上げられた作品が、石膏(せっこう)によって固められている作品。
一つ一つの道具自体には意味がある一方で、石膏で覆いつくされそうになっていて、先程のバケツの作品と対比しているように見えます。
あらゆる道具に囲まれる現代の生き方を白く覆ってしまうところから、社会的な立場や世間体を意識していた自分を白く覆ったときに現れる、等身大の自分の姿と向き合っているような気持ちになります。
まとめ:“正常”な日常について再考する展覧会
一見すると摩訶不思議な世界観が広がる展覧会でしたが、丁寧に触れてみると「正常」な状態だと思っている日常について再考するきっかけとなる空間であることに気づきました。
日常でそんなことばかり考えていたら疲れてしまいそうですが、自分が「正常」と考えていることは、相手にとっては「狂気」と受け取られることもあります。
万人受けする考え方なんてないのだから、「正常」と向き合った先で等身大の自分がどう在りたいのか、そこが大事なのかなと感じる展覧会となりました。
展示会情報
展覧会名 | 村田沙耶香のユートピア_〝正常〟の構造と暴力ダイアローグ デヴィッド・シュリグリー ≡ 金氏徹平 |
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会場 | GYRE Gallery 東京都渋谷区神宮前5丁目10−1 GYRE 3F |
会期 | 2021年8月20日(金) ~ 10月17日(日) 休館日 : 8月23日(月) |
開廊時間 | 11:00~20:00 |
サイト | https://gyre-omotesando.com/artandgallery/sayaka-murata/ |
観覧料 | 無料 |
作家情報 | 村田沙耶香 さん|Instagram:@sayaka_murata_ David Shrigley さん|Instagram:@davidshrigley 金氏徹平 さん|Instagram:@kaneujiteppei |
関連書籍
今回の展覧会は、こちらの村田沙耶香さんの3作品を題材にしています。