「ジュリアン・オピー個展」鑑賞レポート|TikTokで人気のダンスを少ない要素で表現したアート
若者を中心に多くのバズりを生み出しているダンスを、アート作品として表現したものがあることをご存知でしょうか。ダンスを現代アートのフィールドに持ち込んだ時、どんなものが見えてくるのでしょうか。
そこで今回は、外苑前にあるMAHO KUBOTA GALLERYにて開催したジュリアン・オピーさんの個展の模様をご紹介します。
要点だけ知りたい人へ
まずは要点をピックアップ!
- ジュリアン・オピー(Julian Opie)さんは1958年生まれ、イギリス・ロンドン出身のアーティストです。
- 作品にはまるでピクトグラムのような、人物や景色をシンプルな線や色彩に簡略化したモチーフが多く登場します。
- 今回の展示作品の主題はダンス。TikTokで人気の「シャッフル」という群舞をモチーフとしているそうで、映像作品とペインティングが展示されました。
- 簡略化したモチーフからは、ダンスは“すべての生命の根源的な活動”であること、歴史の長い世界共通言語であること、個性を残した簡略化の魅力を感じることができます。また、日常生活に根付いた素材で過去あった表現を復古していること、今あるテクノロジーと時代性を反映したアートであることも味わえます。
- 本記事では展示作品のうち8作品をピックアップしてご紹介します。
それでは、要点の内容を詳しく見ていきましょう!
ジュリアン・オピーとは?
ジュリアン・オピー(Julian Opie)さんは1958年生まれ、イギリス・ロンドン出身のアーティストです。1982年にゴールドスミス・カレッジ(Goldsmith’s School of Art、ロンドン)を卒業されています。
直近の主な展覧会に
- OP.VR@PARCO(2022、PARCO Museum、東京・渋谷)
- 個展(2022、Galerie Krobath、オーストリア・ウィーン)
- 個展(2022、MIXC WORLD、中国・北京)
など、世界各国で作品を発表しています。
作品はニューヨーク近代美術館、大英博物館、テートギャラリー、ステデリック美術館など世界の主要な美術館に収蔵されており、日本では東京国立近代美術館、国立国際美術館、高松市などに収蔵されています。
簡略化したシンプルな線と色彩で描かれる作品
ジュリアン・オピーさんの作品には、人物や景色をシンプルな線や色彩に簡略化したモチーフが多く登場します。最小限の要素で表現するスタイルはまるでピクトグラムのようです。
一見すると複雑なモチーフをシンプル化しているように見えますが、制作過程としては「何もないところから、表現に必要な最低限のものを少しずつ足していく」のだそうです。少ない要素で構成しているからこそ生まれる、工夫の凝らされた美しさがあるように感じます。
こうした輪郭線を強調した特徴的な作風は、日本の浮世絵やマンガからも着想を得ているといわれています。また、日本美術についても造詣が深く、歌川広重(うたがわ ひろしげ、1797-1858年)さん、喜多川歌麿(きたがわ うたまろ、1753-1806年)さんといった浮世絵のコレクターとしても知られています。
展示作品を鑑賞
今回の展示では、ダンスを主題とした映像作品と、ペインティングによる平面作品を発表していました。それぞれの作品をピックアップしてご紹介します。
映像作品
Dance 1 figure 1.
LED画面に映し出される連続したアニメーションと音声で構成された、ダンス作品です。動画バーションはオンラン上の3D Spaceで鑑賞できます。
今回の作品には、若い男女のダンサーの姿が映し出されています。縦長の画面というところからも、TikTokを連想させます。
滑らかに身体を揺らしながら踊るダンスは、TikTokで人気の「シャッフル」という群舞をモチーフとしているそうです。TikTok上にアップされているシャッフルはかなり早めのスピードで何人かが同じステップを繰り返し、ダンサー同士のシンクロ感を生み出してゆくものなのだそうです。
簡略化された人物が踊る姿をじっと見ていると、肩や腰のリズミカルな動きから、その人ならではの動きを感じることができます。ジュリアン・オピーさんの作品の細部に宿る動きから、ダンサーの個性が現れているようです。
今や若者を中心に、TikTokの動画がバズるほど身近な存在となっているダンスは今という時代が反映された視覚言語でもあるなと感じます。その歴史を遡ると、文明が興る前から踊られていたのではないかといわれています。
例えば、文献として残っているもので紀元前5世紀ほど昔のエジプトの墓の壁画にダンサー達が描かれたものがあり、歴史の長さをうかがわせます。また、クジャクやタンチョウなどの動物たちも求愛行動として特有のダンスを踊っています。
そういった視点からみても、ダンスは“すべての生命の根源的な活動”といえるかもしれません。
Dance 3 figure1. 〜 figure4.
4人の若者が同じダンスを踊っている作品です。各自のダンスステップは一緒でも、服装や体型、足を降る速さ、リズム感などが少しずつ異なり、そこに“線と動きから見えてくるそれぞれの個性”を感じ取ることができます。こちらも動画バーションは3D Spaceで鑑賞できます。
素材のLEDに着目してみると、アート作品なのにどこか身近な存在に感じる人もいるのではないでしょうか。
例えば、美術館に展示されているような油絵の具で描かれた絵画や大理石から彫られた彫刻などからは、歴史的で崇高なものという印象が少なからずあります。一方で、LEDは信号機や部屋の明かりなど、日常生活に根付いた素材といえます。ジュリアン・オピーさんの作品は、現代社会に根付いている素材を取り入れて、今ある技術だからこそできる表現を取り入れているのかもしれません。
また、LEDスクリーンは「LED球を均等間隔に並べて画素を構成してできたディスプレイに映像を映し出す」という仕組みでできています。この“均等間隔に並べる”ところが、古代ローマのモザイク画とも近い構成であると捉えることができます。
そういった意味で、LEDを用いた表現は過去にあったモザイク画を発展させ、現代版に復古したものといえるかもしれません。まるで螺旋階段を登っていくようなプロセスによる人類の技術発展が見てとれる、特徴的な素材だなと感じます。
素材選びにも意味合いを感じ取れる作品です。
ペインティング作品
Dance 1 figure2 step2.
ダンスを主題としたペインティング作品も展示していました。
作品名の《Dance 1 figure2 step2.》は、ダンスの種類、人物、ダンスステップの3種の要素を表しているように見えます。ダンスの種類は映像作品《Dance 1 figure 1.》と同じようです。
最小限の身体のパーツと服で描かれたモチーフを観て、静止した絵画ながら“ダンスをしている”と分かるのが特徴的です。ダンスの動きの中でも特徴的な一コマを選び、その一コマを最小単位で表したらどうなるか、という実験をしているような印象もあります。
流行っているダンスを最小単位まで簡略したとき、過去と現在で変わらない部分として、ダンスは“身体を動かして表現する”ものであることを再認識させられます。この最小単位に足し算されていくように、その時代にとって重要度の高い動き(カッコよさ、キレのある動きなど)が優先して加えられていき、世間に共感をよび浸透していくのかもしれません。
そういう意味で、ダンスは時代に合わせた動きへ柔軟に変化させ相手とコミュニケーションをとれる、歴史の長い世界共通の言語である、という捉え方もできそうです。
Dance 1 figure1 step2.
半袖短パンの若者が次のステップを踏む瞬間が描かれています。足を曲げることでできる服のシワまでも再現されています。
作品の中で表現されている、動き以外で大きな違いといえば、服装と色ではないでしょうか。モデル自体は簡略化されていて、それだけでは性別すらはっきりとは分かりませんが、服やその色味から、なんとなくの個性が連想できます。逆にいうと、服や色という情報からもその人らしさを感じ取っている自分に気づけます。
ピクトグラムのような表現にも見えますが、個性はしっかり残す絶妙なラインが引かれているところに、ジュリアン・オピーさんらしさが現れているように感じます。
Dance 3 figure1 step1.
最後はスカートを履いて軽快なダンスをしている作品です。こちらは作品タイトルから、《Dance 3 figure1. 〜 figure4.》のダンスの中の一コマであることが想像できます。
現代ではTikTokを始めとしたSNSを通じて、自分らしくダンスする姿が世界中へ発信されています。こうした時代性を反映したアート作品を目の当たりにすると、アートが身近な存在として捉えやすい印象があります。
8000年以上前に古代エジプトで生まれた最古のダンスであるベリーダンスと現代のダンスは、見た目こそ異なりますが、ダンスとしては今日まで継承されています。それと同じように、現代アートも過去の表現を継承しつつも、今だからこそあるテクノロジーや時代の風潮を取り入れながらアート作品として昇華していくことで、現代の痕跡を次の時代へ継承していくものとなるのかもしれません。
オンライン鑑賞も可能
今回の展示はオンライン上の3D Spaceでも鑑賞可能となっています。特に、LEDディスプレイの動画作品はYouTubeで閲覧できるようになっているので、音楽含めてチェックがおすすめです。
まとめ
ジュリアン・オピーさんの作品には、単なる簡略化ではない、洗練された線と色、動きだからこそ見えてくるものが多くありました。特に、ダンスという動きによる表現は時代に合わせて進化しているから、現代にも残り続けていることを改めて感じました。
同時に、時代に合わせて重要度の高いダンスの動きが普及した後は、目に入らなくなっていた重要度の低いダンスの動きに復活の機会がやってきて、新たな流行が生まれていくのかもしれないとも感じました。
今回のジュリアン・オピーさんの映像作品も、現代で流行っている激しい動きというよりは、その発展途上のような、緩やかなダンスで表現されていました。もしかしたら、その動きのダンスが将来的には重要度の逆転により、流行の最先端を行っているのかもしれません。そんな読みもできる個展でした。
展示会情報
展覧会名 | ジュリアン・オピー |
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会場 | MAHO KUBOTA GALLERY(Instagram:@mahokubotagallery ) 東京都渋谷区神宮前2丁目4−7 |
会期 | 2022年10月21日(金)〜11月26日(土) |
開廊時間 | 12:00 〜 19:00 |
サイト | https://www.mahokubota.com/ja/exhibitions/3849/ |
観覧料 | 無料 |
作家情報 | ジュリアン・オピー(Julian Opie)さん|HP:https://www.julianopie.com/ |