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【個展レポート】中田愛美里「息継ぎの仕方」|セラミックと映像作品から空虚さに宿る意味を探るアートをご紹介

よしてる
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日常生活にある演劇的な要素を、セラミックと映像を行き来しながら表現する中田愛美里さん。

人間の本質的な空虚さを映し出すような作品を観ると、空虚さに宿る本質や新たな価値を見出すきっかけを与えてくれます。

今回はHIRO OKAMOTOにて開催した中田愛美里さんのギャラリー初個展「息継ぎの仕方 / How to take a breather」の模様を、累計130の展覧会レポートをまとめ、2021年からアートコレクションをしている視点からレポートしていきます。

中田愛美里とは?

中田愛美里(なかだ えみり)さんは1997年生まれ、東京都出身の作家です。

2020年に東京藝術大学美術学部彫刻科を卒業、2023年に東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻を修了されています。

主な展覧会に

  • グループ展「WHAT CAFE EXHIBITION vol.27」(2023、WHAT CAFE、東京都)
  • 個展「Black room」(2023、銀座 蔦屋書店、東京都)
  • 個展「lullaby」(2021、元映画館​、東京都)

などがあります。

アートの特徴:セラミックと映像で日常の演劇的な要素を映し出す作品

中田愛美里さんは「大きな劇場の中で踊らされるわたしたち」をテーマに作品を制作しています。

美術を始める以前のプロのバレリーナを目指した経験からくる、日常生活にある演劇的な要素に着目した表現が特徴的です。

作品は主にセラミック(陶器)と映像作品を掛け合わせていて、

  • ストーリーの構想
  • ストーリーに登場する役をセラミックで制作
  • セラミック作品をスキャンし3DCGモデルとして再構築
  • 3DCGモデルを動かし役を演じさせて映像作品を制作

の一連の工程をすべて、中田愛美里さん自身で行っています。

これにより、鑑賞者も舞台を観るような感覚で、立体と映像を行き来しながら作品の世界観を楽しむことができます。

中田愛美里個展「息継ぎの仕方」展示作品をご紹介

今回の展示は中田愛美里さんにとってギャラリーでの初個展です。

HIRO OKAMOTOの協力もなければ実現しなかったであろう、ギャラリーがひとつの物語を紡いでいるかのように作り込まれた展示空間を、ステートメントにある「孤独」や「誰か」といった人の視線にも注目しながら観ていきましょう!

Q
今回参考にした展覧会のステートメントはこちら

制作に明け暮れることは、とても孤独で苦しい。
海の底で息をするのも忘れ、周りは真っ暗で何も見えない。
目の前で触れる土だけが私に応え、ただ形を変えていく。
なぜこんな苦しいことを続けているのか自分でもわからない。
それでも毎日作品のことを考え、何かを必死に作り続ける。

少しの間水面から顔を出し、作ったものを並べてみる。
それを誰かが目撃したとき、私は存在していたと実感できる。
そうしてやっと息を吸い込み、また海の底に潜ってゆく。

私にとって作り出す物語は、唯一嘘の無いフィクションである。

HIRO OKAMOTO|個展Introductionより引用

映像作品①:他者の視線への意識が生む人間の空虚さを感じる

ギャラリーに入ってまず目にするのが、メインとなる3部作の映像作品の1部目《Black room》です。

映像には二次元で描かれたドローイングや、セラミック作品をもとにした3DCGモデルが登場していて、実物のセラミック作品は会場で観ることができます。

《Black room》の冒頭は問診のような問いかけ「一軒の家を描いてください。何も考えず、直感で描いてください。」の言葉から始まります。

これは家を描いた人の内面や精神状態を捉える心理学検査の描画テストから引用されているそうで、映像は「その家のサイズは幸せの大きさを、窓やドアの数はあなたの外向性をはかります」と続きます。

映像作品の中でも1軒の家が描かれていきますが、それを観ていると

  • 描き手の内面を測ろうとする受け手
  • 受け手に問題視されないよう振る舞う描き手

と、立場によって視点が変わることに気づきます。

他者の視線への意識は時に「見せたい姿を演じる」ことに繋がり、そこに本来の自分を隠し本質が見えづらくなる人間の行動が現れているようでした。

映像作品②:バレエや演劇の演目、童話などをベースにした物語

映像作品の物語はバレエや演劇の演目、童話などをベースに、中田愛美里さんの実体験を交えて制作されています。

例えば、2部目の《White room》では、童話の「かいじゅうたちのいるところ」がベースになっているそうです。

実際に、かいじゅうたちのいるところにも登場する動物のような着ぐるみ、航海といったシーンが作品とリンクしています。

《White room》
2023、中田愛美里、single-channel video、3.5min

作品を鑑賞していると、童話の物語で表現されている「倫理も常識もない自由な思想を持つ子ども」と、中田愛美里さんの描く「他者の視線を意識する大人」が対比されているようにも映ります。

役を演じるセラミック作品は他者の視線という監視により、無意識に理想的な姿を演じさせられている状況からの脱却を目指して、航海に出ているようにも見えました。

映像作品③:映像内の舞台に足を踏み入れた感覚になるインスタレーション

階段を降りると、芝生が敷かれた空間に3部目の映像作品《How to take a breather》とセラミック作品があり、映像にも芝生が登場するところから、まるで映像内の舞台に足を踏み入れたかのような感覚になるインスタレーションが広がっています。

映像は誰の視線もない、孤独な作品制作風景を映し出すように展開していきます。

1部目の《Black room》、2部目の《White room》では「他者の視点を受けた主役」の情景を感じるのに対し、3部目の《How to take a breather》は「自身の視点のみと対峙した主役」の情景が描かれているようです。

自問自答を繰り返しながら土で何かを作り続ける様子は、欲望のままに表現できる高揚感がある反面、それだけでは息ができなくなる(社会との繋がりがなくなり意味のないものになる)ことにも繋がります。

その意味で、身体が土塊となり動かなくなる描写は、無邪気に作品を作り上げた先に誰かがいなければ、自身の存在意義を得にくくなる、孤独が生む未来を表しているようでした。

セラミックに乾燥や焼成による亀裂を避けるための空洞が必要なように、人間も欲望だけでなく社会と繋がるための役が必要なのかもしれません。

こうして《How to take a breather》を鑑賞し終わった後、脇に目をやるとセラミック作品がこちらを見つめていることに気づきます。

《clod 28》
2023、中田愛美里、ceramic、360 × 420 × 390 mm

虚無すら感じる黒い目の中は空洞で、お互いが持つ余白の必要性に深く共感でき、空虚さを愛せたような感覚になります。

“土塊”という名前のセラミック作品たち

3部作の映像作品に登場する生き物の形をしたセラミック作品には「clod(土塊)」という名前がついています。

造形の見た目通りのタイトルではなく、あくまでもclod(土塊)としていて、作品として立ち上がっている素材そのものに目が向けられています。

役を演じているもの自体に注目することで、役によって様々に個性を生み出せる可能性を示しているようでした。

今回の場合、実態は単なる土塊で中身が空っぽだとしても、ギャラリーでの展示という舞台に上がることで作品となり、意味が生まれているようでもありました。

カーテンコールのように並ぶセラミック作品

映像作品を鑑賞し終わり、暗く孤独な世界観から息をふき返すように階段を登ると、大小様々なセラミック作品と目が合います。

横長に並ぶ様子を見ていると、さながら舞台のカーテンコールを見ているようです。

具象的なものから抽象的なものまで、役を演じ切ったものたちは活き活きと見え、色や形、表面の仕上がりまで、それぞれ表情が異なるところに個性がありました。

そして、カーテンコールの最後に現れるのはセラミックの中でも大型で存在感のある、王冠を被った《clod like a crown》という作品。

実は地下にも似たタイトルの《clod like a clown》という作品があるのですが、地上に「crown(王位)」、地下に「clown(道化師)」、そして全体的に名付けられた「clod(土塊)」と、それぞれ似た英語表記なところに意味を感じてしまいます。

根底には同じ要素を持ちながら、少しの違いで表すものも大きく変わる、そんな可能性を人間と重ね合わせ表現しているようでした。

まとめ:空虚さから物事の本質や新たな価値を見出す

中田愛美里さんの作品を観て感じたのは、一見意味がないように感じるものが、実は重要な役割を持つことでした。

家の中に空間があるから意味があるように、セラミックに空洞があるから作品として存在でき、人間の中にも空虚さがあるから、いろんな役を演じられると。

だから、日常生活で属する環境ごとに役を演じ分けることができ、意味や価値を生み出せるようになるのかもしれません。

作品を横断して一人二役を演じている様子の役も見受けられ、そんなところからも一人の人間にもいろんな側面があっていいことが伺えました。

そして、時には社会に属することが負担となり孤独になりたくなる時もありますが、「息ができない」状態までいくと、一人じゃ生きられないことにも気づかされます。

作品には「社会と折り合う事を投げたら生き辛くなる」と受け取れる要素があると感じましたが、それは決してネガティブな一面だけではなく、自身の空虚さを見つめ直すことで社会の中で立ち向かうための役を発見できることに繋がっているようでもありました。

実体験をもとにしたという今回の3部作から先、どんな役が、何の舞台を展開し、空間を生み出していくのかにも注目です。

特に映像作品は写真では伝えきれない要素が多くあるので、現地で鑑賞しながら味わってみてください!

中田愛美里「息継ぎの仕方」個展情報

展覧会名息継ぎの仕方 / How to take a breather
会期2023年10月28日(土) – 11月12日(日)
開廊時間11:00 – 19:00
定休日なし
サイトhttps://www.hirookamoto.jp/events/howtotakeabreather
観覧料無料
作家情報中田愛美里さん|Instagram:@__emilcake__
会場HIRO OKAMOTO(Instagram:@hiro_okamoto_gallery
東京都渋谷区神宮前3丁目32−2 K’s Apartment 103

※入口は施錠されているので、正面玄関インターホンで「103」を呼び出すとギャラリーの方が開けてくれます。

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1993年生まれの会社員。東京を拠点に展覧会を巡りながら「アートの割り切れない楽しさ」をブログで探究してます。2021年から無理のない範囲でアート購入もスタート、コレクション数は25点ほど(2023年11月時点)。
アート数奇は月間1.2万PV(2023年10月時点)。
好きな動物はうずら。
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