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【書籍紹介】禅と日本文化|美術・茶道の観点から知る体験の大切さ

こんにちは!よしてる(@uzuraism_)です。

今回は鈴木大拙さんによる著書「禅と日本文化」を読んだ感想をまとめます。

本書の感想をまとめるとこんな感じです。

・言葉は難しいものの、禅が美術や茶道、武士道、俳句などと深い関係があることが分かる。
・美術については、アーティストは何を形にしているのかの一片が見えてくる。
・茶道は原始的単純性の洗練美化であることが分かる。

本書は世界中で禅の思想が知られる契機となった名著の邦訳となります。

禅や日本文化を深く知るには最適な本です。

今回は美術と茶道に焦点を絞り、感想をまとめていきます!

本を読んだ感想

文章中に古文や漢文が登場するので読むのに時間がかかるものの、禅とそこからがつながる日本文化との関係が体感的に分かる、学びの多い本でした。

本書を読んで「禅とは何か?」ということを考えた時に、一言でいうならば「自分自身の体験を重んじている」ということでした。

たとえば、呼吸は意識せずともするように、何度も繰り返し実体験したものは無意識にできるようになります

内容はもっと深いですが、この場では簡単に「論理的な問答ではなく、体験を大事にしているのが禅」と捉えていきます。

そんな考え方を念頭において、中でも印象的な章だった美術と茶道について、感想をまとめていきます。

1. 美術の話:精神の律動的な動きを把握し、それを意識しないで表現する

美術家が何を感じ、作品として具現化しているのかを考えながら読んだ結果、しっくりくる言葉がありました。

それが、

  • 研究者は観察する対象の外見を描くが、美術家は観察する対象の生命そのものまで表現しようと探求していること。
  • 作品化する対象にある精神と、美術家のどちらにもある精神の律動的な動きを把握し、それを意識しないで表現していること。

です。

かなり抽象的な表現ではありますが、むしろその文章でしっくりきたような気がします。

僕は作品を制作しているわけではないので想像の域になりますが、美術家は作品制作を続けていく中で手だけが動くようになり、自身の生命力を作品に投影しているのではないかなと思いました

草間彌生さんが「何を描いているのかは手にきいてちょうだい」と答えていたことを聞いたことがありますが、その域に達することなのかなと。

だから作品にはエネルギーが宿っているし、美術家は魂を削って作品制作をしているという話がより深く理解できます。

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僕自身の体感でも、アート作品を観た数や、コレクションに一歩踏み切った数が増える度に学びがあります。

また、名筆家だったという夢窗国師(むそうこくし)の言葉、「考が乱れていては外的状態の奴隷となる。」も印象的でした。

アートを鑑賞する側にとっても、自分自身の思考にゆらぎがあると作品の放つものに気づかずに通り過ごしてしまうことってあるなと感じます。

良い作品との出会いは、自分自身の受取る準備も大事だなと改めて感じたのでした。

2. 茶道の話:原始的単純性の洗練美化

本書によると、茶道とは原始的単純性の洗練美化なのだそうです。

たしかに、茶道は「ありのままを良しとする」考え方があり、ある種自然に立ち返る側面もあるので、それを端的に表した言葉だなと思います。

その原始的単純性に近づくための考え方で、特に心に残ったのが、

  • 個人主義は物事をありのままに受け取ることができなくなること。
  • 茶道は五官(目・耳・鼻・舌・皮膚)に積もった塵を取り、心を自由にすること。

ということです。

個人的な欲求を満たすということは、見方を変えると外部からの刺激を求めていることになります。

例えばショッピングなどは刺激的で楽しみにつながる一方で、人生の閑暇(かんか:ひまであること)を失っていることにもなります。

刺激を多く受け取っていると次第に五官に塵が積もり判断力が低下するため、その中で下した選択は心の不自由さにつながっていくように思います。

現代を生きている以上、生活の中に刺激はつきものなので、日々五官に積もる塵を取るために茶道は心を整えてくれるものなんだなと気づきました。

茶室では目には掛け軸や生け花、耳には湯の沸く音、鼻にはお香、舌にはお抹茶、皮膚には茶碗と、必要最低限で感覚を澄ますものが揃っています

茶室にあるものは単純だけれども、洗練されています。

そんな空間で心身を整えて、日常をリスタートすることを習慣にしたら、アート鑑賞もより楽しめそうだなと思うのでした。

3. 言響

最後に今回、この本の中でも心に残った言葉を書き留めます。

多様性のなかに超越的な孤絶性ー日本の文化的用語辞典では、わびと呼んでいるものをわれわれは鑑賞するのである。わびの真意は「貧困」、すなわち消極的にいえば「時流の社会のうちに、またそれと一緒に、おらぬ」ということである。貧しいということ、すなわち世間的な物事ー富・力・名に頼っていないこと、しかも、その人の心中には、なにか時代や社会的地位を超えた、再考の価値をもつものの存在を感じることーこれがわびを本質的に組成するものである。(禅と日本文化より引用)

「文明化」した人工的な環境に育つようになったとはいえ、私たちの心のなかには、みな自然の生活状態に遠くない原始的単純性に対して、生得の憧憬を持っているように思われる。(禅と日本文化より引用)

まとめ|禅からつながる日本の文化と体験の重要さ

今回は鈴木大拙さんによる著書「禅と日本文化」を読んだ感想をまとめていきました。

今回ご紹介した美術と茶道以外にも、武士、剣道、儒教、俳句についても書かれており、そちらも興味深い内容でした。

アート鑑賞するにあたってもヒントになる内容があり、アート鑑賞においても「体験」が大事であると感じました。

ブログでは僕自身の体験をまとめていますが、アートは特に、自身で体験していくことで得れる要素が多くあります。

これがきっかけで知るより先、体験に一歩踏み出していただけたら嬉しいです。

本日ご紹介した書籍

※アイキャッチ画像はAmazonより引用しています。

ABOUT ME
よしてる
東京でアート巡りををしながら「アートの割り切れない楽しさ」を探究している理系男子です。会社員をしながら、週末アートウォッチをしています。 2021年から無理のない範囲でアート作品の購入も始めました。 好きな動物はうずら。

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