【徹底レポート】村上隆「もののけ 京都」|作品の重層的な魅力を紐解く
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- Contents(全体)
1. 村上隆とは
・更新され続けている芸術概念「スーパーフラット」
・代表的なモチーフ「お花」とは何か
2. 京都・もののけをテーマにした展示
・「もののけ」とは何か
3. 村上隆「もののけ 京都」展示作品をご紹介
4. 館内展示:来場者を迎える大型作品
・来場者をもののけから守る「阿吽の大鬼」
・日本庭園と調和する《お花の親子》
5. 第1室:もののけ洛中洛外図
・一味違う展示方式を物語る「言い訳ペインティング」
・日本文化とポップカルチャーが交差する「大仏オーバル」
・目玉作品のひとつ「洛中洛外図屛風(舟木本)」の本歌取り作品
・千年以上の歴史を持つ八坂神社の祭礼「祇園祭」の作品
・金箔の意味と尾形光琳ペインティング
6. 第2室:四神と六角螺旋堂
・不安を感じる仕掛けが施された空間
・「四神相応の地」の考えをもとした京都・平安京を守護する四神獣
・京都の異変を知らせる伽藍
7. 第3室:DOB往還記
・「DOB君」とは何者か
・「727」の誕生背景
・キノコ、めめめファミリー、パンダなどのキャラクター達も集結
・村上隆の制作を支える工房名「カイカイキキ」の由来
・6年の歳月をかけて完成した抽象画《鮮血を捧げよ》
8. 第4室:風神雷神ワンダーランド
・琳派の絵師が100年おきに描き継いだ「風神雷神図」の現代版
・奇想の絵師「曽我蕭白、狩野山雪」を題材にした作品
・尾形光琳の葵図を題材にしたお花に表れる無常感
・奇想の画家以外の画家から着想を得た作品も
・カイカイキキ流の絵画制作プロセス
9. 第5室:もののけ遊戯譚
・NFTプロジェクト「CLONE X(クローンエックス)」の作品
・なぜ村上隆はNFTやゲーム、カードに力を入れているのか
・アートと他ジャンルとの橋渡しが生む日本の文化的な豊かさ
・カワイイの中にある禅画のような「慧可断臂図」
10. 第6室:五山くんと古都歳時記
・腕で展示室同士を繋ぐ川端康成
・舞妓、歌舞伎、金閣寺、五山が映し出す「京都の今」
・最後の言い訳ペインティングに込められた「正直な言葉」
11. 「村上隆 もののけ 京都」開催までの軌跡
・1. 展示作品に新作が多くを占める理由
・2. ふるさと納税
・3. 入場特典としてカードを配布
12. まとめ:鑑賞体験を反芻して村上隆の魅力を発見しよう
・村上隆「もののけ 京都」展覧会情報
第1室:もののけ洛中洛外図
最初の展示室には京都の賑やかな暮らしと、清らかではないもの、死屍累々が共存している姿を映し出した作品が並びます。
一味違う展示方式を物語る「言い訳ペインティング」
最初にあるのが、所謂「言い訳ペインティング」です。
- 絵画内のテキスト内容はこちら
「村上隆 もののけ 京都」展にお越しいただき、ありがとうございます。村上隆です。本展鑑賞において、注意点をお伝えしたいと思います。
なんとも言い訳にしか聞こえないかと思いますが、展示している一部の作品が完成していません。オープニングのその日から徐々に五月雨式に展示している作品とは別班で制作し完成したら取り替えていく、という、特殊な展覧会形式になってしまいました。申し訳ありません。🙏
理由を申し上げますと、本展、村上隆の過去・現在・未来、それらを京都に絡めての展覧会にしてくれという美術館側からのリクエストがあり、通常なら過去作品は外国の美術館展やコレクターの方たちから借りてくるものですが、外国からの高い輸送費やそれに伴う保険代を払ったりすることを避けて、作家が未だ60歳代で生きているのだから、新作を描いてくれないものだろうか?という本展のなんともトホホな要望に応えての対策として、160点以上の新作(何mもの超大作も1作品にカウントされています)を作らねばならなかったのです。
へそ曲がりの私が、そんな無理筋な要求を呑んでみようかと思った理由は、京都市京セラ美術館事業企画推進室ゼネラルマネージャーの髙橋信也さんからのリクエストだったからです。彼とは30年、デヴュー当時から色々とあって、森美術館での「五百羅漢図展」でも、幹事として立ち回ってもらっていました。日本国内のアート関係者として片手に数えるほどの信頼している人物です。その高橋さんは京都ご出身で京都文化歴史に詳しく、本展において、僕の芸術の在り方何もかも全てを「京都文脈」と絡ませようという悪巧みしてきたので、ウムム、それはちょっと引かれてしまうではないか!と。しかーし!予算も無いのに言いたいこと言って、本当迷惑だなぁ…とも思いました。だけれども、それを全てやり切ってみた時に、私が京都に染まっていき、古都と一体化するってオモシロイのではないか?と、邪な冒険心が芽生えてしまったのです。
そして今、私はあまり寝ていないし、休みもないので、朦朧としながら時空を彷徨い始めて、魂と時空が溶けて来ており、高橋さんの狙い通り、古都の世界観と一体化してしまっています。2月3日より、この展覧会はスタートしますが、9月1日まで約半年間会期が続くということで、その間展示替えを続けます。最後にはなんとか完成形に近い形で皆さんにお届けできればと思っております。ある意味、ドキュメンタリー的な文脈を汲み取って、鑑賞してもらえるとありがたいです。
予算の都合で海外から過去作品を借りれなかった背景から膨大な新作制作をすることになり、開催日に間に合わなかった経緯から生まれた作品で、会場内にいくつか展示されています。
キャプションで展示しても良さそうなものを、カラフルなテキストを絵画として描くことで「テキストではなく展示作品のひとつ」として扱われています。
未完成な展覧会の説明で終わることなく、ドキュメンタリー的に作品を増やしていく過程自体も鑑賞対象にしているようです。
日本文化とポップカルチャーが交差する「大仏オーバル」
東洋と西洋の文化融合を表している作品で、知識と注意力を象徴する目で覆われた大仏の姿をしています。
2010年にはベルサイユ宮殿の庭園に7mバージョンの大仏オーバルが展示されました。
目玉作品のひとつ「洛中洛外図屛風(舟木本)」の本歌取り作品
《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》は展示の目玉作品といえる、洛中洛外図屛風(舟木本)の本歌取り(本家の表現や趣向を取り入れて新しい作品をつくること)をした作品です。
高橋信也さんからのオーダーで今回の展覧会のために制作したコミッションワークで、《洛中洛外図屏風(舟木本)》を忠実に再現しつつ、村上隆さんテイストが織り交ぜられています。
村上隆さんの作品らしさが出ている要素に「金雲」「オリジナルキャラクター」「漫画家アシスタントとのコラボ制作」があります。
- 金雲
作品の半分近くを覆う金色の雲。
雲は平面的な風景に遠近・高低・奥行きを生み出す他に、物語の分節、異界と俗世の関連づけといった効果を生み出してくれます。
雲を金色で表現するのはやまと絵の手法の一つで、伝統的な日本の絵画を引き継いでいる様子が伺えます。
そんな金雲の下にはドクロに型取られた凸凹のマチエールが。
可愛らしくデフォルメされたドクロは、荒々しい動乱の時代にあった死との距離感の近さを感じさせつつも、生きた記憶の集積にある街の印象を与えます。
- オリジナルキャラクター
分かりやすく村上隆さんらしさを生んでいるのが、随所にいるキャラクターです。
撮影できた範囲で挙げてみても、かなりいます。
【《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》に登場するキャラクター(一部)】- 中長者町通と下立売道の間にいる「親フラワーマン」
- 五条通の東本願寺周辺にいる「子フラワーマン」と「うっきー」
- 二条城敷地内の屋敷の屋根にいる「るくそー」
- 五条大橋付近の鴨川の空中にいる「風神」
- 五条烏丸通の東本願寺周辺にいる「ユピッピーピッピ」
- 寺町通りにいる「元祖くらげ坊」
- 東山区の豊国廟周辺にいる「魔神ダイブッツン」と「ブッツン君」
- 漫画家アシスタントとのコラボ制作
全長13メートルもある大作が制作できるのは、カイカイキキスタジオの工房があってこそ。
特にこの作品は、初めて漫画家アシスタントとのコラボで実現した作品。
カイカイキキに就業し、プロの漫画家としてデビューしている浪川修作さんが、超有名漫画家の連載が終わり少し手が空いたアシスタント達を手配し制作したそうです。
《洛中洛外図屏風(舟木本)》の写真をAIを駆使した線画の書き出しがうまくいかず、すべて手書きで作画する心臓破りであろう過程を経ています。
書き出し以外にも、舟木本では描かれていない縁の風景や人物の図像を加筆して補っています。中には忍者が加筆されている様子も見受けられます。
これらの工程に、連載漫画の背景をとてつもない速さで描く漫画家アシスタントの力が発揮されていることが想像できます。
村上隆さんテイストの作品は、伝統的な《洛中洛外図屏風》としても楽しめます。
- 豊臣家と徳川家の対峙
右端には豊臣家の象徴ともいうべき「方広寺大仏殿」、左端には徳川家の「二条城」を置いて対峙させています。
大仏といえば奈良の東大寺ですが、かつて京都に大仏があったことがわかります。
地震や火災により今は無いですが、当時は豊臣家の権力の象徴でした。
- 400年前の京の暮らしを生き生きと描出
画面の中にはおよそ2,700人以上もの人たちがびっしりと描かれているそうです。
例えば、作品中央にある中の町と呼ばれる遊郭のエリアでは、遊女が踊る姿を侍が見物している様子が描かれています。
他にも、色々な職業の人の働く姿や桜の花見をしながらお酒を飲む人、清水寺、祇園などの名所、四条河原には歌舞伎や操り浄瑠璃などが演じられ、歓楽街の盛況ぶりを楽しめます。
- 中央を横断し流れる鴨川
中央に流れる大きな川は鴨川で、舟木本では2隻の図様を連繋させる役割を果たしています。
村上隆さんの描く鴨川は川の流線がカラフルに描かれ、立体感を感じ取れるのが面白いです。
村上隆さん曰く「たくさんの人物を描いた作品は過去に例が無かった」そうで、その意味で今までとは違う新作となっていました。
この作品は展示までに金雲の金箔が貼り終わらず、「言い訳ペインティング」が置かれていました。
- 絵画内のテキストはこちら
岩佐又兵衛『洛中洛外図屏風屏風(舟木本)』を、村上テイストを混ぜて作画しているのが本作です。
雲の部分にドクロの部分、凹凸したマチエールが見えると思いますが、完成時には、雲全てに金箔が貼られます。ですが、全てを金箔でカヴァーすることがどーしても間に合わずに、展示開始時には多色でスキジワークのテクニックでペイントした箇所が残った状態です。
洛中洛外図のようなヤヤコシイ絵は、今回の京都での展覧会の機会にリクエストされ無ければ、絶対にやらないプロジェクトです。僕は東京藝大の日本画科に9年間通っており、模写を専門とする科が大学院にあったりしましたが、自分には関係無いと思っていました。弟がそのクラスで学んでいました。しかし、32歳でアメリカ現代美術業界で活動し始めると、日本人であり、その芸術のルーツを知らないと、表現者としての軸足が作れないことをアメリカ在住時に気づき、辻惟雄先生の『奇想の系譜』を作品制作の礎にしました。その本の中でも、岩佐又兵衛は辻先生の熱気のこもった筆致で書かれていた項目でしたが、僕は同書の中の曾我蕭白や、伊藤若冲の項目に傾倒しており、又兵衛は横目で睨む程度でした。
しかし今回、この作品を参考にせよ!と、これも何かのご縁と思って、社内にプロジェクトチームを立ち上げ、取材と作画し始めました。とはいえ、大きさを美術館に合わせて、約3〜4倍という拡大版への改変ではあります。かなりの挑戦で、今のBESTの姿がコレだ!くらいまで仕上げました。そして私のキャラクター達もいくつか作品の中に織り込んでみました。この機会をきっかけにして、洛中洛外図スタイルの絵画を何作も作ることになったりして、死ぬ前までには名作が描けるようになればいいなと思っています。本作は第1作目なので、どうか皆さんには敷居を低くして、見ていただければと思います。ペコリ。
大作を短期間で制作することの苦労が綴られています。
千年以上の歴史を持つ八坂神社の祭礼「祇園祭」の作品
《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》の対面には、細見美術館所蔵の《祇園祭礼図(細見本)》をもとに制作された、京都の夏の風物詩「祇園祭」を主題にした作品を展示。
《洛中洛外図》に描かれた祇園祭礼の部分を独立させる形で、江戸時代初期に《祇園祭礼図》が生まれたといいます。
- 山鉾を楽しむ街
各町に伝わる山鉾が四条通~河原町通を巡行する「山鉾巡行」は、祇園祭の最大の見どころのひとつ。
特に、必ず巡行の先頭にたつ「長刀鉾」は鉾先きに大長刀をつけ、「疫病邪悪をはらう」願いが込められています。
他にも、カマキリが印象的な蟷螂山(とうろうやま)は、中国の故事「蟷螂の斧を以て隆車の隧を禦がんと欲す(カマキリが自らの力を顧みず強敵にたち向かい、斧をもって大車を防ぎ止めんとする様)」にちなんでいます。
祇園祭を楽しむ人々の描写も、表情や振る舞いに活気を感じます。
- オリジナルキャラクター
《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》と同様に、村上隆さんらしさを生むオリジナルキャラクターの姿を確認できます。
その中には村上隆さん本人と、飼っていた愛犬・POMちゃんとの姿も描かれています。
- 截金が用いられた雲
絵画中に描かれた雲はお花のエンボスが浮かぶ金雲と、ドクロのエンボスが浮かぶ雲の2種類に描き分けられています。
ドクロの方には村上隆さんの師匠にあたる加山又造の得意技である技法の截金(きりかね:箔を細かく切り蒔くことで彩色効果を高める)が用いられています。
また、雲の輪郭線は虹色で描かれていて、祇園祭の醸し出す豪華な空気感が細部にまで描写されているようです。
日本が培ってきた歴史や技術の良さを再認識させてくれる作品は、古典と現代美術をつなぐ架け橋になっています。
金箔の意味と尾形光琳ペインティング
尾形光琳の作品をもとにした作品を描くに至った経緯が書かれた言い訳ペインティングには、「金箔」と「襖などの住空間にある絵画」の関係について書かれていました。
- 絵画内のテキスト内容(翻訳)
金箔の世界。世界中の宗教建築に使われている金箔。
主に建築の外壁に使われることが多い素材だが、日本での使われ方は室内における調光を目的とされていた。湿潤な気候の日本では、太陽の光はそれほど強烈なものではなく、電気の照明器具のような安定した光量が室内に確保できない時代には、そこに存在する光量を如何に利用するかが大事な争点であった。
その調光器具的な文脈を重んじた絵画芸術の在り方は、建築に寄り添うように控えめでありつつ、ほのかな光の中でもくっきりと理解可能な形状、色彩を求められており、勢い大変わかりやすい、デザイン的な絵画構造を構築できた。
また、住空間における襖などの絵画は、あくまで中で生活する人間を際立たせる舞台芸術でもあり、物語の主人公は、絵画の中に存在しない。故に、脇役的な自然造形を基本とする絵画と、調光器具的な箔の反射が呼応して、絵画作品そのものの空間の支配力が増すという珍しい効果を生み出した。
作品には主人公の語るストーリーは無いのに、絵画としての存在感は力強い。それはコンセプチュアルに絵画の構造のみを語るのを目的とした現代美術に直結する絵画の成立構造なのだ。その箔と絵画の呼応し合う力の成り立ちを、日本の戦後のかわいい文化と合体させて再現しようと試みているのが、僕の箔を使った作品群である。
テキストによると、日本の伝統的な室内では、金箔が室内の明るさを調整し、自然造形を基本とする襖絵などが生活空間を彩り、そこに住む人々を際立たせていたそうです。
調光器具的な用途や生活空間の彩り、脇役的な用途だったものがひとつに結合すると、空間を静かに支配する力を帯びていきます。
こうした金箔と自然造形の絵画の組み合わせで知られるのが、江戸時代を代表する絵師・尾形光琳です。
村上隆さんの箔を使った作品群は、異なる文脈同士の組み合わせが生む力を探っているようです。
例えば、8月時点で「第4室:風神雷神ワンダーランド」に移動していた《尾形光琳の花》は、箔と菊の花の組み合わせを、村上隆さんの手で現代美術に接続した作品となっています。
琳派独特の波形や箔を全面に使って日本の歴史的な美を意識させながら、菊の花が戦後のかわいい文化を表している様子が、日本独自の美を過去から現在までフラットに繋いでいるようです。
ちなみに、左下にある表記「法橋」は尾形光琳が授かった絵師に与えられる高僧に準ずる称号を表す落款(らっかん)「法橋光琳」のパロディで、「法橋隆」と書かれています。
尾形光琳の《菊花流水図団扇 団扇絵》から着想し絵画で再解釈した、黒い背景に群青色の河が特徴的な作品です。
引用元の作品を見ると、その忠実な再現度が窺えて面白いです。
最後の光琳ペインティングは抽象度の高い背景の作品で、伝統を飛び越えた和洋折衷な絵画となっていました。
第1室の床一面にも村上隆さんテイストにした尾形光琳の「流水紋」が敷かれています。
青と黒の色分けは朝と夜の川を表しているみたいで、賑やかな日中の裏にある暗い一面があることを意識させます。
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