北海道の美術にみる自然観と個人の在り方の関係性|星の瞬間 アーティストとミュージアムが読み直す、Hokkaido鑑賞レポート

日本全国の展覧会に行って、その土地のアートシーンを知りたい。
そう思ったのは、年間のベスト展覧会の結果が都心に集中している状況を目の当たりにしてから。
ネット上は東京のアート情報で溢れているけど、未知なだけで全国の展覧会にも地域の特色を含んだ面白さがあるはずです。
そこで足を運んだのは、羽田から飛行機と電車を乗り継いで3時間の場所にある「北海道立近代美術館」です。
2025年3月まで開催していた「北海道の美術」コレクションを起点にした展覧会「星の瞬間 アーティストとミュージアムが読み直す、Hokkaido」をレポートします。
北海道の歴史、記憶、人々の生き方が美術にどのような影響を与えていたのかを、展示作品の意味や背景を知りながら探ります。
星の瞬間 アーティストとミュージアムが読み直す、Hokkaidoとは

「星の瞬間 アーティストとミュージアムが読み直す、Hokkaido」とは、北海道立近代美術館の「北海道の美術」コレクションを現代アーティストと学芸員それぞれの視点で再考し、厳選した作品を通して「星の瞬間※」を発見を目指した展示です。
1977年(昭和52年)にオープンした北海道立近代美術館ならではのコレクションを3つの観点「コレクション」「リサーチ」「コラボレーション」から再解釈し、北海道美術史を複眼的に読み解きながら作品を楽しめます。
展示構成は札幌を拠点に活躍する現代アーティスト自身の作品と、学芸員による5,000字以上の調査研究の原稿が、「北海道の美術」コレクションと共に展示されています。
※星の瞬間:オーストリアの文学者シュテファン・ツヴァイク(1881-1942)は、歴史上のある人物が創造的な役割を果たした決定的瞬間を、星のように輝く“Sternstunde”(星の瞬間)と呼んだことに由来。その言葉が本展のタイトルにもなっています。
「北海道の美術」コレクションをアーティストと学芸員が読み解く展示
美術館の使命であるコレクションの収集や保存、研究の成果が、北海道にゆかりのあるアーティストと学芸員によって読み解かれる本展。
北海道の歴史、記憶、人々の生き方と美術の関係性を意識しつつ、展覧会の紹介文にある「北海道の美術」コレクションの読み直しを通じた創造的な役割について考えていきたいと思います。
今回は2つの展示室で開催していた内容のうち、1つの展示室の内容を網羅的ご紹介します。
- 今回参考にした展覧会の紹介文はこちら
北海道立近代美術館は現在、約6,000点の作品を収蔵しており、そのなかで「北海道の美術」は3,100点に及びます。本展ではこの「北海道の美術」コレクションをふたつの角度から活用します。
ひとつは、CAI現代芸術研究所/CAI03(札幌)の協力を得て、アーティスト9名がそれぞれ関心のある作品をピックアップし、自身の作品とともに展示します。過去の作品と現在の作品が、アーティストの眼と思考を通して関係づけられ、展示空間にいわば化学反応が起こることを期します。
もうひとつは、当館の学芸員10名が、同じく関心のある作品を選び、調査研究を深め、その成果を展示とテキストによりお伝えします。展示空間は、作品のテーマや歴史的な位置づけの掘り下げが共有される場となります。
オーストリアの文学者シュテファン・ツヴァイク(1881-1942)は、歴史上のある人物が創造的な役割を果たした決定的瞬間を、星のように輝く“Sternstunde”(星の瞬間)と呼びました。本展は、アーティストと美術館学芸員の複眼的なアプローチによる「北海道の美術」コレクションの読み直しを通して、過去の「星の瞬間」を明らかにするとともに、未来の「星の瞬間」の創出をねらうものです。
なお、北海道立近代美術館は2023年7月、リニューアルに向けて「目指す姿」を掲げました。本展はその実現のために設定されたコンセプトである「コレクション」「リサーチ」「コラボレーション」の実践でもあります。
対比で作品の特徴が見えてくる展示空間(武田浩志×佐々木徹)

最初の部屋は、北海道出身の美術家・武田浩志さん(たけだ ひろし、1978 – )と、彼が札幌で最も影響を受けたという北海道出身の美術家・佐々木徹(ささき とおる、1949 – 2007)の展示。

2025、武田浩志、木製パネル, アクリル絵具, エポキシ樹, 脂, 印刷物, ラメ, 55インチモニター, 4K シングルチャンネル・ビデオ、各125.5 × 74.0 × 12.5 cm(2点組)
武田浩志さんの《portrait》は2009年から続くシリーズで、シリーズの変遷を見ると人物像の構図はほぼ変えずに、素材や技法が大胆ながら自在に進化しているのが分かります。
それを踏まえた《portrait 292》は新たに映像を取り入れていて、重層的な複雑さを帯びた絵画を動的に分解・混合することで、自在に生成される現代の人物像を表現しているようです。
技術や媒体の更新に適応して、常に現在の絵画を制作する様子が見て取れます。

1990、佐々木徹、アクリル絵具, コラージュ・板, 竹、280.0 × 220.0 × 140.0 cm、所蔵:北海道立近代美術館
その両翼に展示している佐々木徹の作品は、竹を用いている点が特徴的です。
竹のしなりが生む楕円と弧には「繋がる」と「繋がらない」の二項対立が含まれているようで、その間をつなぐ橋渡しとしてアートを位置付けているように映ります。

1990、佐々木徹、アクリル絵具, コラージュ・板, 竹、2180 × 220 × 150 cm、所蔵:北海道立近代美術館
このように作品が対比された空間で、「対比」が印象的に示されていました。
例えば、
- 武田浩志さんの《portrait 292》にある、「重層的な絵画」と「層を重ねていくように流れる映像」
- 佐々木徹の《無題 #4》《無題 #5》にある、「2つの板がつながった楕円形」と「2つの板が離れた弧」
- 線対称に配置された展示
などです。
対比によって個々の作品の特徴が掴みやすくなることで、星の瞬間(創造的な役割を果たした決定的瞬間)を知るヒントになることを示しているのかもしれません。
日本画を次の時代に導く新接の探求(筆谷等観×学芸員)

学芸員の土岐美由紀さんによるテキスト「筆谷等観ー小樽から近代日本画創造の本拠地へ飛びこんだ道産子」と共に、筆谷等観(ふでや とうかん、1875-1950)を中心に横山大観(よこやま たいかん、1868 – 1958)、下村観山(しもむら かんざん:1873 – 1930)、の日本画の展示へ進みます。
テキストには筆谷等観の生い立ちから明治、大正、昭和の激動の時代を生きた日本画家としての姿が、同時代を生きた周辺人物と共に紹介されています。

1898、横山大観、絹本彩色、158.0 × 82.5 cm、所蔵:北海道立近代美術館
最初の展示は、筆谷等観の師にあたる横山大観が1989年(明治31年)に描いた日本画《秋思》です。
この作品は横山大観の師でもあり、東京美術学校(後の東京藝術大学美術学部)の創始者・岡倉天心(おかくら てんしん、1863 – 1913)が学長を辞職するきっかけとなった「美術学校騒動」が起きた年に描かれています。
横山大観含め岡倉天心と共に辞職した美術家と結成した日本画の美術団体「日本美術院」の第一回展で発表されたのが、この《秋思》でした。
時代背景を知ると、作中にある女性が漂わすもの悲しさに当時の横山大観の心情が反映されているようで、概念的な表現として「新接」が実践されているようです。

続く作品は、横山大観とその学友・下村観山が1919年(大正8年)に描いた日本画の合作《陶靖節「幽篁弾琴・見南山図」》です。
陶靖節(とう せいせつ)は中国六朝時代の詩人で、「幽篁弾琴(ゆうこうだんきん)」は月下の竹林で弦のない琴を奏でる様子を描いた詩、「見南山図」は南山を悠然と眺める姿を描いた詩です。
俗世間をのがれて暮らし、自然に身をゆだねる詩人の境地を主題にしています。
作中の霞を帯びた空気感は無線描法と呼ばれるもので、墨の輪郭線を描かずに、無線彩色で繊細なグラデーションから、気分や情感を表現しています(当時、世間からは朦朧体(もうろうたい)と非難されていたそうです)。
その無線描法に、作家の感情的な側面が色濃く反映されているように見えます。
特に、「見南山図」は、詩人が画面の外側に目を向ける様子に、その先の景色を想像させる余白が生まれています。

その隣にあるのが、今回のテキストの中心人物、筆谷等観が1924年(大正13年)に描いた日本画《春寒賜浴(しゅんかんしよく)》です。
この作品には、世界三大美人の一人として知られる楊貴妃の恋愛を描いた詩「長恨歌(ちょうごんか)」で詠われる湯浴みの場面が描かれています。
湯煙の霞が無線描法を彷彿とさせる中、金の髪飾りをつけている人物が楊貴妃です。
構図に横山大観がよく用いたという「辺角の景」と呼ばれる画面形式が使われていて、宮殿の柱や欄干、侍女などを左側に寄せられています。
辺角の景が生む余白に楊貴妃に暗示的な要素が宿り、詩情豊かな作品となっています。
写生、臨画を通して伝統的な筆線への敬意を持っていたことが想像できる中で、新接による情感に注目した表現には、日本画の新たな挑戦が伺えます。
歴史上の人物の内面性を巧みに描いた面構(学芸員×片岡球子)

続いての展示は学芸員の星野靖隆さんによるテキスト「片岡球子の「面構」ーその構造を分析する一試論」と共に、筆谷等観にとって日本美術院の後輩にあたる片岡球子(かたおか たまこ、1905 – 2008)の作品が並びます。
片岡球子は北海道出身の日本画家で、歴史上の人物や浮世絵師を力強く描いた《面構(つらがまえ)》や《富士山》のシリーズで知られています。
今回の展示では《面構》シリーズが展示されていました。

《面構》シリーズに描かれる主な人物は、歴史上の武将や僧侶、浮世絵師、戯作者、絵師です。
これらの人物は「現代においても評価され、未来においてもまちがいない高さで評価され得る」ことを基準に決まり、入念なリサーチを基に制作しているといいます。
例えば、《葛飾北斎》は「葛飾北斎伝(飯島虚心 著)」に載っている肖像、背景は《龍図》(長野県の北斎館所蔵の東町祭屋台の天井画)を元に描かれています。
当時の歴史を参照した日本画は主に歴史的事象をどう描くかを重視していたのに対し、片岡球子は参照元を決めて人物の容貌に注目し描く点に新しさがあったそうです。

《面構》シリーズは、肖像となる人物に関連するモチーフが描かれているのも特徴的です。
《面構 浮世絵師歌川国芳と浮世絵研究家鈴木重三先生》の場合は、浮世絵師の歌川国芳(うたがわ くによし、1798 – 1861)が描いた《七浦大漁繁昌之図》を背景にしたり、片岡球子へ浮世絵に関する資料提供や制作の助言をした浮世絵研究家・鈴木重三(すずき じゅうぞう、1919 – 2010)を描いたりしています。

また、作品に描かれる肖像は外面的なリアルさよりも、人物の内面性に焦点が当てられています。
その理由は、学芸員の星野靖隆さんによる日本画の肖像表現についてのテキストを読むと見えてきます。
(下村観山《天心先生》(1922)を例に)西洋画が外面的肖似性(外見をよく捉えていること)に優れるのに対し、日本画は人格的肖似性(人となりを的確に捉えていること)に優れるという観山自身の考えを前提に、ここで観山は天心の容貌を写実的にあらわすことに精力を注ぎ込むのではなく、仕草や着衣、周囲の調度品に至るまで天心の人柄を想起させる諸要素を巧みに盛り込んだ。
片岡球子が入念なリサーチを重ねた上で肖像を描くのも、その人間の個性と顔つきを生々しく描くために必要だったことが想像できます。

光をテーマにした展示空間(樫見菜々子×杉山留美子)

北海道女子大学短期大学部工芸美術学科(現・北翔大学)出身の美術家・樫見菜々子(かしみ ななこ、1980 -)さんと、北海道札幌市出身の杉山留美子(すぎやま るみこ、1942 – 2013)による、「光」に注目した作品展示。
樫見菜々子さんの《静かな夜》(2023)は、カーテンのような薄布に木漏れ日の光と影が投影され、その空間に葉が風に吹かれ擦れる音が聞こえる作品です。
カーテン越しに窓の外を眺めているような体験と呼応するように、壁に貼られた「窓枠の出来事と向き合う」テキストが物語の世界へ誘います。
静かな夜
この数年、家にいる時間が長くなり、毎日窓から近くて遠い外を眺めていた。
すぐそこには一本の木が立っており、良い距離を保って共に過ごしていた。
レースのカーテン越しに映る影によって、その枝葉の動きで風の強さを伝えていた。
その姿はとてもきれいで、ときに細胞がうごめいているようにも見え、一瞬動きが止まり見入るくらいだった。
そんな木がある日こつぜんと姿を消した。
亡霊となってしまった木。
新しいものを作る過程で人知れず排除されていくものの象徴的なことのように感じた。
もう記憶や記録でしか見ることのできない光、残像を形にして残し、その木の存在と、共にいた「時間」を昇華させたいと思った。

《静かな夜》の対面に展示しているのが、杉山留美子の晩年の作品《HERE – NOW あるいは難思光 – 6》(2021) です。
タイトルの「難思光(なんしこう)」は、仏教用語の「思いはかれない、想像ができない光」のことで、仏の理解を超えた救いの力や徳を表しています。
朝の光を見つめているような、ほぼ白一色による光に満ちた世界観が特徴的です。

杉山留美子と樫見菜々子さんの作品のある展示室を出て順路を進むと、薄布越しに向かいの壁が照らされています。
「光に満ちた世界はどうやったらつくり出せるのか」を研究していたという杉山留美子の作品が放つ慈しみの光が、薄布を超えて順路を照らしているようです。
北海道・樺太の絶景と歴史的な痕跡(伊藤隆介×箱館焼)

実験映画やビデオアートを制作している美術家/実験映画作家の伊藤隆介(いとう りゅうすけ、1963 – )さんと、幕末に箱館奉行が美濃焼の陶工を招いて作った箱館焼の展示。

箱館焼に絵付されているのは樺太(サハリン)の風景。
その風景が展示室の壁三面に投影されていて、樺太に上陸したか定かではない当時の人が思い描いたであろう風景を観光するように景色を見渡せます。

箱館焼の景色から視線を下ろすと、
- 海に光が反射している映像
- 「樺太博物誌(1977、玉貫光一 著)」の資料映像
- 戦時中の映像や「九人の乙女の碑」などが映された映像と、それを見るタヌキ
があり、樺太が自然豊かな場所であると同時に、戦争の痕跡を想起させます。
特に戦争については、頭上を2機の軍用機のおもちゃが旋回しながらブーっと音を立てていることからも意識させます。

調べてみると、「九人の乙女の碑」は終戦を迎えたはずの南樺太に旧ソ連軍が侵攻し、郵便局で通信業務を死守しようとした女性9人が集団自決を図った悲しい事件を物語る慰霊碑でした。
幕末は日常で使う湯呑茶碗の絵付を見ながら樺太の絶景を夢想した一方で、第二次世界大戦の痕跡が残る歴史的背景を包含された多角的な展示となっています。
思いを協働でかたちにした表現(学芸員×藤戸康平)

学芸員の村山美波さんによるテキスト「ひとと共に、ひとを思うものづくりを。藤戸康平のあゆみと《Singing of the Needle》」と共に、「熊の家 藤戸」店主でありプロダクトデザイナー、アーティストの藤戸康平(ふじと こうへい、1978 – )さんの作品を展示。
《Singing of the Needle》(2021)はアイヌの伝統的な渦巻文様をかたどった金属板120枚が円柱型に組み上がった作品。
金属板の表面は鏡のように磨き上げられていますが、裏面は、一面、赤さびに覆われています。
その中には赤と青の化粧をした鹿の頭骨が置かれています。

この作品は、2011年の福島原子力発電所事故を背景に制作した作品なのだそうです。
藤戸康平さんは当時風が運んでくる放射線物質に対して過敏になり家の周りのカーテンを閉めた経験から、家族を守るためのカーテンという想いを込めて制作したそう。
そうした背景を知ると、
- 金属板の鏡面とサビには、安全と危険が隣り合わせであることが表現されている
- 事故の恐ろしさが鉄の冷たい印象で表現されている
- 照明により現れる影は、触れることのできないものの存在感を強調している
といった見方にもつなげられます。

また、学芸員の村山美波さんによるテキストには、作家としての藤戸康平さんの哲学分析がされています。
そこで書かれているものづくりの姿勢には
- 相手を思って制作していること
- 様々な人々との協働によってなされること
があると紹介されています。
家族を守るカーテンをイメージして制作されたこと、テキストにある「釧路工業技術センターの協力で鉄板加工や影を効果的に扱う発想が実現した」内容からも、ものづくりの姿勢が伺えます。
協力して知恵を出し合い相手の役に立つものを作る、プロダクトデザイナーをしてきた藤戸康平さんだからできた作品です。
自然の作用によって大地に還る作品(端聡×砂澤ビッキ)

藤戸康平さんと同じ展示室に、美術家・端聡(はた さとし、1960 – )さんと現代彫刻家・砂澤ビッキ(すなざわ びっき、1931 – 1989)の作品が展示されています。
この空間は「自然の作用により大地に還る」一過程を見せているようです。

砂澤ビッキの木彫《風》はナラの木を重ね合わせる以外は、丸太そのものの形を残しています。
そうすることで、木に宿る生命力(砂澤ビッキの表現では「樹氣(きき)」)の強さと、自然への畏怖の念を思わせます。
同じ《風》シリーズには“自然の成り行きに任せ、「風雪という名の鑿(のみ)」によって変化し続ける”コンセプトがあり、いずれ土に「変化」し大地に還る存在としての木の姿が強調せれているようです。

端聡さんの廃車を使った作品《アースに還る》は、地球の質量の1/3を占める物質・鉄の象徴として、生活に身近な車が使われています。
木とは異なり、ボロボロになった廃車に対しては変化よりも「劣化」の言葉が当てはまります。
専門家に確認したというテキストによると「鉄製品は時間とともに酸化し、やがて酸化鉄となり地中に眠っていた状態に還る」物質で、大地に還る意味で木との共通点が描かれています。
両作品を並べることで、自然物と人工物のいずれも、地球上の大きな循環の中で大地に還りひとつになることを意識させます。

アイヌ民族の装飾文様のカタログ化(学芸員×イモンパウク)

学芸副館長の中村聖司さんによるテキスト「イモンパウクの《盆》 どこから来たのか、何者か、どこへ行くのか」と共に、明治期に活躍したアイヌ民族の伝統木工の名人・イモンパウク(1831 – 没年不詳)と推定される盆が展示されていました。

直径1m近くある大きな盆には、比較的浅いながら多彩な彫りが施されています。
この彫りを作品に関するテキストでは「大画面を用いたカタログ化」と表現しています。
その制作背景には明治期の狩猟制限や強制移住によるアイヌ民族の困窮があり、アイヌ工芸品が収入源になるようにイモンパウクの手で多数の装飾文様がカタログ的に残されたと考察されています。
北海道開拓の歴史とアイヌ文化の歴史を知れる作品です。

北海道・旭川の美術運動(学芸員×木路毛五郎)

(右)《虚と実》 1970、木路毛五郎 、油彩・キャンバス、193.5 × 130.5 cm、所蔵:北海道立近代美術館
企画推進課長の門間仁史さんによるテキスト「木路毛五郎ー「疎外された人間」と美術運動ー」と共に、木路毛五郎(きじけ ごろう、1936 – 2003)、一ノ戸ヨシノリ(いちのへ よしのり、1934 – 2019)、荒井善則(あらい よしのり、1949 – )さんの作品が展示。
木路毛五郎は樺太生まれ、札幌を拠点に活動した画家。
満1歳の頃に発症した脊椎カリエスによる身体の不自由と闘いながらも、主に評論、講演、機関誌の編集、団体の設立・運営などの美術運動で活躍した人物です。
展示作品は木路毛五郎初期の代表作《疎外された人間》シリーズで、シュールレアリスム的な空間に刺々しい見た目の人間像が描かれています。

この人間像のモデルは埴輪で、「社会から疎外され、痛々しく傷つき、虚ろになった人間の姿」を、中空の埴輪になぞらえて描かれています。

“木路は人間によるコントロールを離れて自律的に発展をはじめた「科学」との闘争に敗北し、そこに「不当」感を抱く人間を「今日的『疎外された人間』」と定義する”考えが、絵画に反映されています。
この《疎外された人間》シリーズをきっかけに、は1975年(昭和50)、日本ではじめての美術家主体による組織「アーティスト・ユニオン」への参加につながった可能性が、学芸員によるテキストで紹介されています。

一ノ戸ヨシノリは木路毛五郎とは同じ「アーティスト・ユニオン」で活動を共にした間柄で、旭川で道内外の作家が集まり、展示やシンポジウムを行った大規模イベント「北海道シンポジウム(1976)」を開催しています。

荒井善則さんはその後の80年代に北海道の美術展や美術運動を展開し、旭川を中心とした現代美術の新潮流を築いていきます。
70年代から80年代にかけての北海道・旭川での美術運動や現代アートの潮流を知れる展示空間となっていました。
100年の時を超えて重なる積丹の景色と音(大黒淳一×林竹治郎)

最後の部屋は、サウンドメディアアーティストの大黒淳一(おおぐろ じゅんいち、1974 – )さんと、明治・大正・昭和の約40年間北海道の学校で教鞭をとった画家・林竹治郎(はやし たけじろう、1871 – 1941)の作品展示。

北海道の北部・積丹(しゃこたん)の海岸風景を描いた《積丹風景》は、今からちょうど100年前の1925年に描かれた作品で、そこに100年後の2025年の積丹の環境音を含むサウンドが流れています。
実際の展示空間の様子は、大黒淳一さんのYouTubeでも確認できます。
視覚で100年前の風景を見ながら環境音を含むサウンドに浸っていると、実際に林竹治郎が描いた積丹の地に立っているような感覚になります。

環境音を含むサウンドには「カン」という音が流れています。
この「カン」という音と共に、《積丹風景》前にあるモニターに表示された年月日がランダムに変化していきます。
1925年から2025年の間を行き来する年月日は生死を彷彿とさせるカウンターに見える一方で、《積丹風景》にある海、山、風など、自然にとっては人の一生は「カン」という音の刹那くらいの尺度なのだと伝えているようです。
まとめ
北海道の美術コレクションを起点にした展示で印象的だったのが、「自然との関係性」と「個人の在り方」と関連づけられる作品の数々でした。
竹を作品の要として据えた佐々木徹、光をテーマに表現した樫見菜々子さんと杉山留美子の作品、大地に還る作品をテーマにした特に端聡さんと砂澤ビッキなどは、美術作品を通して自然と人の距離を近づける要素を感じました。
その背後には、アイヌ文化に見られる「神々と人の相互依存した自然観」が想起されます。
また、自然の中にあるものに対して内面性を意識する考え方が身近にあったからこそ、筆谷等観や片岡球子による情感や内面性を表現した日本画が印象的に映ったのかもしれません。
もちろん、そこには当時の美術の大きな潮流があったこともありますが、北海道という土地に根ざしていたからこそ、その潮流とも響き合う力強い作品が生まれたように思います。

ちょうど展示を訪れた時に雪が積もっており、北海道の自然を肌で感じながら作品を鑑賞できたことも、体験に大きな影響を与えたと思います。
その土地で鑑賞をしたからこそ、実体験を伴いながらアートを楽しめたのだと思います。
現地鑑賞を通して、新たな発見につなげることのできる時間となりました。
展覧会情報
展覧会名 | 特別展「星の瞬間 アーティストとミュージアムが読み直す、Hokkaido」 |
会期 | 2025年1月5日(日) – 3月16日(日) |
開廊時間 | 9:30 – 17:00(入場は16:30まで) |
定休日 | 月(1月13日、2月24日を除く)、1月14日(火)、2月25日(火) |
サイト | https://artmuseum.pref.hokkaido.lg.jp/knb/exhibition/program/233 |
観覧料 | 一般:1,200(1,000)円 高大生:700(500)円 小中生300(200)円 未就学児無料 ※( )内は10名以上の団体、リピーター割引、アートギャラリー北海道相互割引料金。 |
作家情報 | 武田浩志さん|Instagram:@azkepanphan 樫見菜々子さん|Instagram:@n_kashimi_works 伊藤隆介さん|X:@RyusukeIto 藤戸康平さん|https://kumanoya.com/shop/profile/ 端聡さん|https://cai-net.jp/artists/satoshi-hata/ 大黒淳一さん|X:@junichioguro |
会場 | 北海道立近代美術館(X:@dokinbi ) 〒060-0001 札幌市中央区北1条西17丁目 |