【個展レポート】井田幸昌「Panta Rhei|パンタ・レイ-世界が存在する限り」京都展|流転するアートが心揺さぶる作品をご紹介
心震わせるものには、時代に挑む信念の強さと変化があります。
作家・井田幸昌さんの多彩な表現の作品を一堂に観た時、挑戦と変化を惜しまない熱量が生む美しさを感じ取れるはず。
今回は京都市京セラ美術館にて開催した井田幸昌さんにとって国内初の美術館での個展「Panta Rhei | パンタ・レイ − 世界が存在する限り」の模様を詳細に観ていきながら、累計130の展覧会レポートをまとめ、2021年からアートコレクションをしている視点からレポートしていきます。
今回の展覧会図録はこちらから。
井田幸昌とは?
井田幸昌(いだ ゆきまさ)さんは1990年、鳥取県出身の作家です。
彫刻家の井田勝己さんを父に、作家の井田大介さんを兄に、そして「ゲゲゲの鬼太郎」で知られる水木しげるさんを遠縁の親戚に幼い頃から絵に親しむ環境で育ちながら、2019年に東京藝術大学大学院油画を修了されています。
主な展覧会に
- 二人展「LUNAR ECLIPSE」(2023、Maki Gallery、天王洲)
- 個展「Now is Gone」(2022、マリアン・イブラヒム・ギャラリー、パリ)
- 個展「YUKIMASA IDA visits PABLO PICASSO」(2022、ピカソ生誕地ミュージアム、マラガ)
- 個展「Here and Now」(2021、マリアン・イブラヒム・ギャラリー、シカゴ)
- 個展「King of limbs」(2020、カイカイキキギャラリー、広尾)
などがあります。
近年は、Newsweeks「世界が尊敬する日本人100」に選出(2023)や、前澤友作さんが国際宇宙ステーション(ISS)に作品を永久収蔵(2022)、Diorとのコラボレーション(2021)など、芸術を通じ世界的に活動されています。
アートの特徴:「一期一会」のテーマから広がる多彩な作品
井田幸昌さんは「一期一会」をメインコンセプトに、絵画作品や彫刻作品、近年はNFT作品も発表するなど、多彩な表現による作品を制作されています。
移りゆく時のなかで存在する「様々なもの・こと・ひとの存在と関係性」を一つ一つ拾い集め、井田幸昌さんの感じたリアリティを表現しています。
今回の個展開催にあわせて井田幸昌さんが10年綴ってきた制作ノートをまとめた書籍「100年後への置き手紙」にある、「移ろい易いものだけを美しくしたのだ」の言葉が象徴するように、印象的な色彩、力強い筆致、絵画にとどまらない多彩な表現も特徴的です。
「Panta Rhei|パンタ・レイ-世界が存在する限り」タイトルの意味
「Panta Rhei(パンタ・レイ)」とは「万物は流転する」を意味する、古代ギリシアの哲学者のヘラクレイトスの言葉です。
常に流れ続けて同じ形に留まらないという考え方は、井田幸昌さんが掲げるメインコンセプト「一期一会」の概念にも通じます。
さらに、本展に対する井田幸昌さんの「芸術と人生、変わり続けていく世界に対しての私自身の内にある切実な思い」が、本展覧会名に込められています。
また、今回の展示会場である京都市京セラ美術館は井田幸昌さんにとって画家を志した始まりの地。
京都市美術館(現京都市京セラ美術館)で開催した「大エルミタージュ美術館展 ~世紀の顔・西欧絵画の400年」でフォービズムの画家・モーリス・ド・ヴラマンクさん(Maurice de Vlaminck、1876 – 1958、フランス)の作品との出会いをきっかけに画家を目指したそうです。
それから15年の時を経た中で生まれた代表作から最新の作品まで、井田幸昌さんの人生を築いてきた作品が展示されています。
井田幸昌「Panta Rhei|パンタ・レイ-世界が存在する限り」京都展の展示作品をご紹介
京都市京セラ美術館での展示は約350点もの作品を展示する、井田幸昌さんにとって過去最大規模の個展となっています。
7つの部屋をテーマごとに分けた展示構成は、世界各地で数多くの大規模な展覧会を手がけるジェローム・サンス(Jerome Sans)さんのキュレーションによるもの。
歩みを進めるごとに作品の世界観に没入できる空間に身を委ねながら、井田幸昌さんの作品を観ていきましょう!
代表的な作品《ポートレート》シリーズ
1つ目の部屋は、家族、友人、 著名人といった、かつて出会ってきた人々の顔をモチーフに描いた 《Portrait(ポートレート)》シリーズが並びます。
直線の順路を進むにつれて道幅は狭くなり、《ポートレート》に描かれた人物との距離感が近くなる構造は、次第に絵画を描く作家と同じ距離感の追体験を誘っているようです。
今回の展示は日本の美術館としては珍しく、額装・ボーダーなしで作品を間近で観れるのも特徴のひとつ。
作品制作と似た視点で鑑賞体験ができることで、より身近に、絵画の生々しい状態を味わえます。
それぞれの作品は厚塗りにより、顔の部位や輪郭までもが曖昧に見える、半抽象的な肖像画。
歴史上の肖像画は、権力を誇示する目的で特定の権力者が分かるように描かれていました。
一方で、井田幸昌さんの肖像画にはモデルの外面だけでなく、その人の内面にあるもの、描く側の認識といった要素までを筆致に乗せているように映ります。
結果としてカオスな肖像となりつつも、デジタル化による匿名性も含めた「知っているけど見えない現代の肖像画」としての表情もあるのかもしれません。
絵画のような質感をもつブロンズの彫刻作品
2つ目の部屋は、絵の具を厚く塗り重ねたかのような生々しさがある、漆黒のブロンズの彫刻作品が整列する空間。
このブロンズ作品は後に登場する木彫作品の習作にもなっています。
《ポートレート》シリーズと同じく顔を隠した誰かを立体作品にしている中で、例えば、ドナルド・トランプ前米大統領や、女王陛下をモチーフにした彫刻作品も混在しています。
そこには有名無形問わず、地位や身分といった上下関係も持ち込まず整列させることで、個人としての等しさが見て取れます。
また、古典絵画への創造的再解釈の代表作と言われている、フランシス・ベーコンさん(Francis Bacon、1909 – 1992、イギリス)の《ベラスケスによるインノケンティウス10世の肖像画後の習作》(1953)を彷彿とさせる、歪んだ顔の教皇が叫ぶ彫刻作品も。
ムンクの《叫び》にも重なる印象があり、人間が持つ狂気そのものを感じます。
こうした美術史に残る作品を参照しつつも、井田幸昌さんならではの概念を含んだ、現代ならではのブロンズ像に昇華されています。
美術史に残る巨匠と対峙した具象絵画作品
3つ目の部屋は、過去の巨匠に影響を受けながらも、現代を生きる作家だからこそできる表現に挑む様子が窺える具象絵画作品の展示。
井田幸昌さんの絵画を想起させる鮮やかな黄色い壁に囲まれた空間に、伝統的な芸術を自分の色で更新する試みを感じます。
例えば、フィンセント・ファン・ゴッホさん(Vincent Willem van Gogh、1853 – 1890、オランダ)の《The Starry Night(星月夜)》(1889)のタイトルを取り上げた作品には、何千年と夜空にある月を今なお眺められることへの安らかな喜びがあるように映ります。
パブロ・ピカソさん(Pablo Picasso, 1881 – 1973、スペイン)をはじめとした作家が参照したというアフリカの原始美術を彷彿とさせる作品からは、交じり合う文化が生む先進性を感じます。
白雪姫、シンデレラといった民謡をテーマにした作品もあり、力強い筆致のイメージが強い中で、井田幸昌さんによる繊細でセクシーな絵画も味わえます。
そして、涼しげな身のこなしが印象的な馬は展示作品の中でも過去作となる2015年に描かれた絵画で、井田幸昌さんの個人史としての変遷も伺えます。
井田幸昌が表現する色彩、線、質量の世界へ誘われる抽象絵画作品
4つ目の部屋は、自然から感じ得た音、色彩、リズム、構成、光といった、刻一刻と移りゆくものを捉えるように描かれた、抽象絵画作品を展示しています。
壁面全体は拡大した抽象絵画でラッピングされ、井田幸昌さんの色と線の世界への没入を誘います。
無限の色彩と、線的構成。
感情が揺さぶられる空間です。
また、抽象絵画に散りばめられたは格子柄は、「苗字(井田)を紙に書き続けると格子状になっていった」ことから生まれたもので、知らない人に向けた自己紹介的な意味合いも含まれているとか。
そして、物質としての絵の具の質量が彫刻的な要素も感じさせる、絵画に新しい次元を与えた作品も印象的です。
絵画の制作途中に削いだ絵の具を重ねていて、制作途中に流転する感情の蓄積は、目に見えない感情を可視化しているようです。
日々出会う人や風景を描いた作品《End of today》 シリーズ
5つ目の部屋は、井田幸昌さんが約10年つづけている自身の心象風景や身近な人々を描く《End of today》シリーズ300作品が展示されています。
次また会えるかも分からない人や風景を絵画に描き留めた作品は、日々起きる一期一会が表現されているようです。
肖像画ひとつとっても多彩な表現があり、いかに出会いの記憶を絵画に留めるかへの探究も伺えます。
毎日描く中で最高な日もあれば、そうでない日もあったはずで、「100年後への置き手紙」にあった言葉を思い出します。
あー失敗した、グチャグチャだ。絶望の中家に帰る。寝付きも悪い。よく寝れないが、いつの間にか気絶して、目が覚めてトボトボと一人スタジオにいく。あれ、これは俺が昨日描いた絵か?なんだ、凄くいいじゃないか。昨日の俺の目は腐っていたな。。はは。。
100年後への置き手紙より引用
…こんな事を一生繰り返して死んでいくのだろうな。
たとえ最低な日でも、振り返れば良い日と気づく瞬間もある。
だからこそ、《End of today》シリーズの300作品すべてが宝石のように輝いて見えます。
荒々しく大胆な木製彫刻作品
6つ目の部屋は、木を大胆に削り出した大きな頭部の木製彫刻作品がお出迎えします。
小さな作品が並ぶ《End of today》シリーズの部屋から一気にスケールが大きくなり、別次元の何者かと遭遇したかのような感覚になります。
作品はチェンソーで大胆に彫り、色をつけて部分的に破壊するを繰り返して制作されているそうです。
面として観ると絵画的に感じるのが印象的で、立体的なキャンバスに描かれた肖像画のようでもありました。
作品を見た後に展示室を振り返ると、《End of today》シリーズの部屋からモチーフとなった頭を描いた絵画が見える仕掛けがあるのも見どころです。
ダ・ヴィンチの名画をモチーフに再解釈した作品《Last Supper》
7つ目の部屋は、1年以上かけて取り組んだという、全長6メートル近くある大作《Last Supper》(2023)が暗闇の中で照らされています。
見たことのある構図と思った人はその通りで、絵画史に残るレオナルド・ダ・ヴィンチさん(Leonardo da Vinci、1452 – 1519、イタリア)の《最後の晩餐》(1495 – 1498)を題材にしています。
大きさに関わらず細密に描かれた作品には、イエス・キリストと12人の弟子たちに代わり女性が描かれているように見えますが、よく観るとロボットに置き換えられていて、人が描かれていません。
そして、イエス・キリストの位置に立つロボットの視線の先には頭蓋骨にも見える白い塊が描かれています。
例えば、ChatGPTの登場に見られる、AIが人間に取って代わる時代の流れをアイロニカルに映し出しているようです。
現代を生きる人は今後どのように時代を築いていけばいいのか、この問いに対して一歩踏み出す勇気をくれる言葉が添えられて、井田幸昌さんの個展は締め括られます。
紙にひかれた一本の線
「ROOM 7 最後の晩餐 Last Supper」より引用
存在の変容、変容の存在
Each moment is a new beginning
Only change is eternal
魅力的なミュージアムグッズも必見
京都市京セラ美術館での個展に合わせて、彩り豊かなミュージアムグッズも展開されています。
展覧会の図録はもちろん、ポストカードやオーナメント、パズルなどミュージアムショップ限定のアイテムを販売しています。
更に充実のコラボグッズにも注目です。
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- 宮脇賣扇庵|限定京扇子
- UNIversal FORM|限定Tシャツ
- iFace|YUKIMASA IDA iFace First Classスマホケース
- Moleskine®|井田幸昌限定版ノートブック
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休憩は京都市京セラ美術館内のカフェがおすすめ
京都市京セラ美術館内の正面エントランス近くには、食事やデザート、ドリンクを楽しめるミュージアムカフェ「ENFUSE(エンフューズ)」があります。
一面ガラス張りで柔らかな日差しが入る空間は、ホッと一息つくのに最適です。
店舗名 | ENFUSE(エンフューズ) |
サイト | https://enfuse.jp/ Instagram:@enfuse_kyoto |
営業時間 | 10:30 ‒ 19:00 |
定休日 | 美術館休館日に準ずる |
場所 | 京都市京セラ美術館 美術館正面エントランス 京都府京都市左京区岡崎円勝寺町124 |
まとめ:圧巻のアートを生で楽しもう!
井田幸昌さん国内初の美術館での個展をご紹介しました。
作品をコレクションしている人と同じ距離感で作品を味わえる贅沢な空間で、それぞれに所有者がいる作品が、時間も場所も超えて集まり実現した展示は圧巻です。
そして、解説文を読むことでも分かる50年後、100年後を見据えて芸術と向き合う姿。
美術史を参照しながら接続していくために未知のものを拾い行く道は、果てしないはずです。
それを歩みを止めずに変化を伴いながら、探究を重ねての今回の展示と考えると、ひとつの到達点であり、さらなる領域へ続く道の途上でもあるのかもしれないと感じました。
井田幸昌「Panta Rhei|パンタ・レイ-世界が存在する限り」京都展情報
展覧会名 | Panta Rhei|パンタ・レイ-世界が存在する限り |
会期 | 2023年9月30日(土) 〜 12月3日(日) |
開催時間 | 10:00 – 18:00(入場は閉館の30分前まで) 【夜間延長開館】11月11日(土)のみ 20:00 まで(最終入場は19:30) |
休館日 | 月(祝日の場合は開館) |
サイト | 公式サイト:https://ida-2023.jp/ 京都市京セラ美術館サイト:https://kyotocity-kyocera.museum/exhibition/20230930-20231203 |
観覧料 | [当日券] 一般:1,800円 高校・大学生:1,500円 中学生以下:無料 ●11月11日(土)のみ親子連れ(小学生以下の子ども1名につき同伴者1名)は無料 ※前売り券は9月29日(金)で購入期間終了 |
作家情報 | 井田幸昌さん|Instagram:@yukimasaida/スタジオ @ida__studio (キュレーション:ジェローム・サンスさん|Instagram|@jeromesans) |
会場 | 京都市京セラ美術館 本館 南回廊2階|Instagram:@kyotocitykyoceramuseum 京都市左京区岡崎円勝寺町 124 |