草間彌生「私のかいたことばに あなたのナミダをながしてほしい」|人生の先に注ぐ熱量を感じるアート
今回は六本木のOTA FINE ARTSにて開催した草間彌生さんの個展「私のかいたことばに あなたのナミダをながしてほしい」の模様をご紹介します。
草間彌生さんは言わずと知れた前衛美術家です。
ただ、何がすごいのかは意外と知らない、ということもあるのではないでしょうか。
「草間彌生さんはここがすごいんだ!」という、あなたならではの発見につながれば嬉しいです。
草間彌生とは?
草間彌生(くさま やよい)さんは1929年長野県松本市生まれの前衛芸術家です。
その芸術家としてのキャリアはなんと70年を経過しています。
幼い頃から草花やスケッチを楽しむ少女でしたが、一方で統合失調症に悩まされていました。
視界が水玉や網目に覆われたり、テーブルクロスの赤い花模様が部屋中に拡散して見えたり、動植物が人間の声で話しかけてきたりと、幻覚や幻聴が度々あったそうです。
そんな幻覚の恐怖から逃れるために幻覚のイメージを紙に描きとめるようになり、それが精神を落ち着かせることにつながっていました。
幻覚以外にも、家庭内の不安定さ、学生時代に学んでいた日本画における厳しい上下関係などにも悩まされていたそう。
こうした、日本での閉塞感から逃れて芸術探求に専念するために、1957年、27歳でアメリカへ渡り、その後の1961年には当時の前衛ムーブメントの代表的なアーティストに成長していきます。
代表的な作品スタイルは「常同反復」「増殖」「集積」
アメリカに渡ってから制作した代表作《無限の網》から注目を浴びるようになりますが、日本でいえばカボチャや水玉模様の作品は、草間彌生さんを知らなかったとしても、一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。
水玉や網目模様、突起などの造形が繰り返される表現は草間彌生さんの作品中に多く登場していて、これらは幼少期から経験している幻覚や幻聴の影響から作品化されているそうです。
画面いっぱいに網目模様が描かれた《無限の網》や、無数の突起物が家具やボートに縫いつけられた《ソフト・スカルプチュア》といった抽象表現は、発表当時、ミニマリズムやポップ・アートの先駆的な作品としてアメリカで高く評価されています。
過激ながら強いメッセージ性を持ったパフォーマンス
作品制作以外にも、パフォーマンスによる作品も有名です。
- 《ナルシスの庭》
1966年のヴェネチア・ビエンナーレにゲリラ参加した際に公開した、芝生に1,500個のミラーボールを敷き詰め、1個約2ドルで販売するという作品。販売をした瞬間に販売を阻止されました。
【作品のメッセージ】
・美術市場の商品化や機械化への挑発的な批評を含んだ発信。
・美術の制度に挑んだもので、そういった新たな試みもあり注目を集めました。 - 《ハプニング》
1960年代後半に行なった、道行く人々の裸体に水玉を描くなど過激なパフォーマンス。非常に過激な表現もあり、保守的な場所で行ったヌード・パフォーマンスは古い世代に大きな衝撃を与えました。
【作品のメッセージ】
・ベトナム戦争の抗議活動が中心で、金儲け第一の資本主義や性差の否定といった要素も表現活動を通して発信していました。
当時の風潮に一石を投じるような表現活動はきっと少数派で、バッシングもあったのではないかと思います。
しかし、そこにも負けず表現を貫き通す、一貫した強さが徐々に人々の心を動かし、注目を集めていったのではと思います。
こうした活動もあり、1960年代になると「前衛の女王」とまで呼ばれるようになります。
新境地といえるシリーズ《わが永遠の魂》
《わが永遠の魂》シリーズは2009年にスタートした、正方形の絵画群です。
人物や植物、微生物を思わせる具象イメージが色鮮やかに描かれています。
この作品は1,000点まで描こうと思いはじめたようで、制作から12年のときを経て約800点に至っているようです。
療養しながら作品制作をされているようで、その中でも「絵のことが四六時中頭の中にあって、まだ自分の芸術の端緒にもたどり着いていない、と思ってしまうと、夜も眠れなくなる」そうで、気づくと裸足のままスタジオに向かおうとするほどなのだとか。
まるで、自身の死を見つめながらも、死後も現世で生き続ける作品を創ろうとしているようで、そのエネルギーに心打たれます。
オークションでも注目を集めている
2006年から2019年までの期間における年間平均価格の変動率をみると、草間彌生さんの作品の取得価額が飛びぬけて急騰しています。
セカンダリーマーケットにおいても、草間彌生さんの作品が注目されていることが分かります。
出所)「日本のアート産業に関する市場調査2020」(一社)アート東京、(株)QUICK
「私のかいたことばに あなたのナミダをながしてほしい」を鑑賞
アメリカでの活動がきっかけで有名になり、現在も勢力的に作品制作を続けている草間彌生さん。
《わが永遠の魂》シリーズの最新作を鑑賞できる展覧会にいけたので、その感想をまとめていきます。
絵画作品
闇の中で生きている喜びを見出したとき
会場に入って、ほぼ正面に置かれた顔の作品。目を見開いて「あっ!」と言っていそうな人は色鮮やかで、その周りをオレンジ色の点線が緩やかに描かれています。
今生活している中でネガティブな感情を抱くことがあったとして、それでも自分の中には生きて色鮮やかに染めてきた経験があって、これからの人生も色鮮やかにしていける可能性を見出した瞬間のように見えます。
草間彌生自身のエネルギッシュさが投影されているようにも感じる作品でした。
天国にいた時、私はすばらしい魂を集めて涙を流した
まるで微生物を顕微鏡で覗いているようにみえる作品。
コロナが世界中を覆った2020年に制作されているところから想像するに、ウイルスの様子を描いているようにも見えます。
また、タイトルをみるに、天国に旅立った人々が集まって人生を振り返っているようにもみえます。
作品の中には無限の網のようなモチーフも描かれていて、ひとつひとつの球体がこれまで生み出してきた作品にも見えてきて、自身の手元から旅立っていった作品たちとも重ねて表現しているようにも見えます。
何をおろかにもかくほどに永き道のりを
個人的にはこちらの色合い豊かな水玉の作品が響きました。
水玉の連続の中にはオレンジ色の波線や直線、円などが描かれていて、これまで歩んできた道のりを表現しているように見えます。
長い道のりも歩いていれば彩り豊かになる、そんなメッセージを感じます。
花の煩悶のなかいまは果てしなく 天国への階段 優雅さに胸果ててしまう 呼んでいるきっと孤空の碧さ透けて 幻覚の影 抱擁きわきあがる雲の色 芙蓉いろ食べてみて散るなみだの音
この作品も素敵だなぁと感じて、タイトルを見たときの長さに驚いた作品。
中央に太陽のような丸が描かれていて、その周りを小さな水玉が囲んでいます。
会場でいただいた作品リストの最後に書かれた、草間彌生さんの言葉とどことなくリンクした作品でもあります。
私の死んだときに 生前美しくつくり上げてきた わが墳墓をみて下さい
草間彌生
生涯の終わりとして 悲しみのどん底でも 空の太陽は輝いていたね
心いっぱいの努力を終えた 私の芸術よ
「常同反復」「増殖」「集積」を繰り返す作品の中でも、空の太陽はいつもと変わらずに輝いている。
反復して描かれるモチーフの行きつく先は、普遍に地球を照らしつづけている太陽のような、変わらぬ愛情であったりやさしさなのかなと、作品と言葉を照らし合わせて感じていました。
インスタレーション作品
CLOUDS(雲)
梅雨の時期に水たまりの道を歩いているような気分になる作品も展示していました。
地面に置かれたインスタレーション作品にエネルギッシュな《わが永遠の魂》シリーズ作品が反射していました。
そして、その空間の中に自分も映り込む。そうして、作品の世界観に浸っている気分になれる空間にしていました。
まとめ:人生のその先に向けた熱量を体感
今回は草間彌生とその展覧会をご紹介しました。
90歳を超えた今も描く手を止めず描き続ける姿勢から、年をとるとしたらそれは情熱を向けるものがなくなった時なのではないかと感じました。
また、自身の弱みを作品に変換していく強さも感じ、捉え方次第で目の前の出来事は自分の手で変化させていける、という勇気を受け取ることができました。
一見何を描いているのかわからない作品も、草間彌生さんのことを知って、作品に反映されているメッセージを知って観る楽しさに気づくきっかけになれたら嬉しいです。
展示会情報
展覧会名 | 私のかいたことばに あなたのナミダをながしてほしい |
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会期 | 2021年6月22日(火)~7月31日(土) 月、祝日休廊 |
開廊時間 | 11:00 ~ 19:00 |
サイト | https://www.otafinearts.com/ja/exhibitions/256/ |
観覧料 | 無料 |
作家情報 | 草間彌生 HP:http://yayoi-kusama.jp/ |
会場 | OTA FINE ARTS 東京都港区六本木6-6-9 ピラミデビル 3F |
参考書籍
今回の紹介の中で参考にした書籍です。草間彌生さんはじめ、世界中の有名な現代アーティストをコンパクトにまとめている本です。用語解説もあり、現代アートを知りたい!という方におすすめの書籍です。
関連リンク
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