【個展レポート】小野まりえ「私を隠すなら 私の中に」|人間的な感覚を砕いて生まれる新たなまなざし

人間的な感覚を変容させていくと、新たな「私」が見えてくる。
そんな変化のきっかけを「人間と生物の関係性」をテーマにした作品を通して体感できたのが、小野まりえさん初となる個展「私を隠すなら 私の中に」です。
展示空間には人間的な感覚を変容させる仕掛けが随所にちりばめられていて、個展ならではの空間表現も印象に残ります。
空間を構成する作品の数々に注目しながら、個展をレポートしていきます。
書き手:よしてる
1993年生まれの会社員。2021年2月からオウンドメディア「アート数奇」を運営。東京を拠点に「アートの割り切れない楽しさ」を言語化した展覧会レビューや美術家インタビュー、作品購入方法、飾り方に関する記事を200以上掲載。2021年に初めてアートを購入(2025年6月時点でコレクションは30点ほど)。

小野まりえとは
小野まりえ(おの まりえ)さんは福岡県生まれ、多摩美術大学美術学部油画科に在学中。
直近の展覧会に
- グループ展「なりえるなりえぬ」(2025、AVA、根津)
- グループ展「150年」(2025、取り壊し予定の建築群、東池袋)
- 24時間アートラジオ/テレビ出展&滞在制作(2024、BankART KAIKO、横浜)
などがあります。
今回の展示は小野まりえさんにとって初の個展となります。
また、展示以外にも東京・根津にあるアーティスト・ラン・スペース「AVA」の運営や展示のキュレーションなど、幅広く活動しています。
「人間と生物の関係性」をテーマにした作品

小野まりえさんは主に「人間と生物の関係性」をテーマにした作品や、文化の多様性に焦点を当てた作品を制作しています。
生物への関心を元にしたテーマの背景には「人間以外の生き物にとって、芸術作品を見ることは可能なのか、絵画から何かを感じることはできるのか」という問いがあるそうです。
人間中心的な感覚から距離を置いて考えるために、生物に着目しているようでもあります。
小野まりえ「私を隠すなら 私の中に」展示作品を紹介

展示会場は仮設壁で3つの空間に区切りられ、順路通りに進む形になっています。
展示についてのテキストも参考にしながら、3つの展示空間を順番に観ていきましょう。
自分自身に潜む「人間的な感覚を自覚」させる絵画
展示は絵画からスタート。
絵画の中には、見慣れない模様のようなものが描かれた作品が並びます。

(中)《虫我》2024、小野まりえ、キャンバスにアクリル、1620 × 1303 mm
(右)《天使の臓器》2024、小野まりえ、キャンバスにアクリル、1620 × 1303 mm
青を基調とした作品《讃歌》(2025)は犬の顔が描かれているように見えますが、頭が2つあり、見慣れた犬の姿ではありません。
その隣にある作品《虫我》《天使の臓器》は線と色面が印象的に描かれていて、見慣れなさが増しています。

この線は「概念としての骨格」を表しているそうです。
線を骨格として観ると、骨格から新たな生命の形を組み上げ、その上から色面で肉付けし、新たな生物を再構築しているように見えます。
その様子は、彫刻でいうところの塑像(粘土や蝋などの材料を使って像を造ること)のようです。
また、モチーフが線対称に描かれている点も印象的です。
これは「生物の特性である左右対称性」を意識した構成のようで、たとえば作品タイトルにも登場する「蛾」の羽根の模様が自然と連想されます。
こうした生物の特性を描き出すことで、生物との知覚やコミュニケーションを絵画上で共有する試みをしているようです。

一方で、描かれている生物を観たことがあるかといわれたら、おそらくないと答えるでしょう。
この「ない」という判断が、自分自身に潜む人間的な感覚を自覚させます。
この自覚を持ちながら次の空間に進むと、作品から受け取れる意味が他人事ではなくなってきます。
人間的な感覚を砕き「生まれ変わり」を促すインスタレーション

次の空間は、いくつかの電球が吊り下げられた暗室のインスタレーション《白骨化した蛹》です。
絵画空間を立体化したような空間の地面には、絵画のモチーフと似た模様が卵の殻で描かれています。
約6ヶ月間食べ続けて集めたという卵の殻は「生と死のあわい」にいる存在として用いているようです。
卵の殻は、生命の始まりを包みこむ存在でありながら、その役目を終えた後は抜け殻のように、あるいは死骸のようにも見える、不思議な存在です。生とも死とも言い難い、あわいにあるもの。それは、絵画における「肉の不在」――線だけで構成されたイメージにおける、殻のような構造とも重なります。
この線は消えない程度であれば、踏んでOKとなっていました。
「パリパリッ」と鳴る足音は、絵画に感じた人間的な感覚を砕いていく音にも聞こえてきます。
そして、足元から視線を上げた周囲にあるのが、粘土で形作られた「白骨化したサナギ」です。


サナギは卵と共に「生と死をつなぐ媒介物」として配置しているようです。
白骨化したサナギも展示されており、それは変態し続ける身体として、死と誕生のあわいに存在する象徴です。卵とサナギ――どちらも「殻」のイメージをまとった、生と死をつなぐ媒介物として、この空間に配置されています。
サナギは輪郭が残っていることもあり、中にいたであろう生物の存在を意識させます。
サナギを経た成虫は姿が大きく変化することも考えると、今持っている人間的な感覚を捨てて、新たな生まれ変わりを促す装置にもなっているようです。

また、空間に点在するワイヤーや葉の葉脈は、絵画上にあった骨格が多様な生物の間にもあることを意識させます。


「多様な生物に共通する骨格」を見ることで、人間的な感覚の変化だけでなく、人間の身体自体も他の生物と交わりながら変態(形態を変えること)へ誘っているようです。
それを象徴するかのように、壁面には蛾のような生物が描かれています。
その姿は地面から伸びるように出現し、近くの柱の脇には骨の残骸が放置されています。

絵画空間へと意識が引き戻されつつ、身体的な意味も含めた生まれ変わりを表現しているようです。
言葉以外の対話を表現した作品に感じる「距離的な近さ」
感覚的、身体的にも人間からの生まれ変わりを体験した後の空間には、身体的な動きを通した人間と犬のコミュニケーションを記録した作品《Kinetic Lang》が並びます。

粘土板に型取られている犬(小野さんの愛犬)の足跡は、犬との暮らしの中でする決まったコミュニケーションの結果、生まれる足跡なのだそうです。
言葉以外のコミュニケーションでも相手との強い関係性を築ける様子が描かれているように見えます。

暗室を経た状態でこの作品を観ると、言葉以外の対話を表現した作品に距離的な近さを感じます。
それはおそらく、普段は言語によるコミュニケーションが優先される中で、少なくとも展示空間においては言語よりも視覚が優位になったからでしょう。
こうした知覚の変化を体験したことで、展覧会全体を通して「人間と生物の関係性を再構築するような空間」だと実感しました。
まとめ:生物との対話を通して生まれる「まなざし」
3つの空間を順に進みながら、人間的な感覚が少しずつ揺さぶられていく中で、「異なるまなざしで捉え直す姿勢」を取り戻している自分に気づきました。
その体験は、24時間アートラジオ/テレビ2024の企画展で観た過去作《私は天皇が好き、天皇も私が好き。》を観た時とも繋がる感覚があります。
《私は天皇が好き、天皇も私が好き。》とは、和装の女性が踏切や河岸など様々な場所で、日の丸弁当を目の前に置いて土下座をする映像作品。
映像からは時代が変化してもなお食文化や身体的なジェスチャーに流れる国家や天皇への礼拝的な要素を感じる中、あるシーンで平和の象徴である鳩がお弁当ついばむ姿が映ります。

人間が何をしていようと関係なく、鳩は己の生存本能に従って食欲を満たす。
そこには、人間と鳩で目を向けているまなざしが異なる点が印象的に映し出されています。
当たり前にも感じる観点ではありますが、そこには見方の研究とそのデザインをしてきたハナムラチカヒロさんの書籍に書かれていることとも重なる要素があると思えます。
本当の革命とはドラスティックに物事を変えることではない。ドラスティックに私たちの見つめる方向を変えることである。それはどの対象物を見つめるのかではない。私たちがどのような見つめ方をするのかである。もし最初に見つめる方向や見つめ方を間違えると、その先の全てを間違え続けるだろう。
人間と生物の関係性や生まれ変わり、生物との対話といった切り口を通して、固定化した自分自身のまなざしをほぐしてくれるような展示でした。

ちなみに、展示会場となっていた「BUoY(ブイ)」はカフェ併設のアートセンターです。
コーヒーを飲みながら展示の余韻に浸ることができました。
展覧会情報

展覧会名 | 「私を隠すなら 私の中に」 |
会期 | 2025年6月6日(金) – 6月15日(日) |
開廊時間 | 13:00 – 19:00 |
休廊日 | なし |
サイト | https://buoy.or.jp/program/2025-6-6-15/ |
観覧料 | 500円 |
作家情報 | 小野まりえさん|Instagram:@pomoapi /X:@pomoapi |
会場 | BUoY(ブイ)ギャラリー(Instagram:@buoy_tokyo) 〒120-0036 東京都足立区千住仲町49-11 |
参考サイト
- 小野まりえ個展「私を隠すなら 私の中に」(note)
- トークイベントアーカイブ:「動物・死・擬似家族」(小野まりえ × 下西風澄)
- トークイベントアーカイブ:「絵を描くことは “タブロー” のためだけにあるのか?」(小野まりえ × 布施琳太郎)
