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江口寿史「NO MANNER」鑑賞レポート|女性の放つ自然な輝きを描いたアート

江口寿史の個展「NO MANNER」
よしてる
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時代が移り変わっても変わることのない魅力を放つ女性を描く江口寿史さん。その作品をアート作品として昇華した展覧会が開催されました。

今回は広尾にあるKaikai Kiki Galleryにて開催した江口寿史さんの個展「NO MANNER」の模様をご紹介します。

江口寿史とは?

江口寿史(えぐち ひさし)さんは1956年生まれ、熊本県出身の漫画家・イラストレーターです。

1977年に週刊少年ジャンプにて漫画家デビューし、斬新なポップセンスと独自の絵柄で漫画界に多大な影響を与えています。漫画の代表作に「ストップ!! ひばりくん!」「すすめ!!パイレーツ」「エイジ」「キャラ者」などがあります。

1980年代からはイラストレーターとしても活躍されていて、企業とのタイアップ企画、レコードジャケットなども多く手掛け、同時代のファッションやカルチャーを取り入れた作品などを発表しています。

直近の主な展覧会に

  • 「KING OF POP」(2015 – 2017、北九州市漫画ミュージアム,川崎市市民ミュージアム,京都国際マンガミュージアム,熊本市現代美術館など全国8カ所)
  • 「江口寿史イラストレーション展 彼女」(2018 – 、21世紀美術館,明石市立文化博物館,しもだて美術館,岩手県立美術館,千葉県立美術館など巡回中)

などがあります。

作品を観ながら江口寿史を知る

展覧会で展示された作品を観ていきながら、江口寿史さんとその作品を知っていきましょう。

女性への憧れから描かれる“無敵な女性”の姿

現代を映し出した美人画のような作品

2022、江口寿史、©Hisashi Eguchi

ヘッドフォンで音楽を聴きながら街を移動する、清々しい表情をした女性が描かれた作品。コートを着ているところから、肌寒い時期の一コマであることが分かります。

こうしたイラストを雑誌やレコードジャケットなどで見たことがある人も多いのではないでしょうか。例えば、この作品は雑誌「kotoba(コトバ) 2019年春号」の表紙になったイラストを元に背景などの配色を変えて制作されています。

江口寿史さんはこうした“魅力的な女性の姿”を描いた作品を多く制作しています。

イラストレーターとしてのイメージが強い江口寿史さんですが、カイカイキキの工房で制作が行われた作品を江口寿史さんがチェックする形で完成したアート作品として作品を鑑賞すると、現代を映し出した美人画のようです。

自身にとっての“無敵な女性像”が掘り起こされる作品

2022、江口寿史、©Hisashi Eguchi

周りにたくさんのレコードが置かれているところから、レコードショップでのワンシーンを描いているように見える作品。そこでレコードをヘッドフォンで試聴している女性が描かれています。レコードやシティ・ポップブームが再燃している現代の若者文化を描きだしているようです。

ある時期の女性の無敵さが羨ましいという江口寿史さんは、女性に対する憧れが強いそうです。例えば、デビュー時の広末涼子さんや、広瀬すずさんなどがそれにあたるのかなと思います。一方で、その女性の無敵な状態はずっと続くわけではないため、それを絵にして永遠に定着させている側面もあるようです。

作品を観たときに自身にとっての“無敵な女性像”が掘り起こされるような感覚があるのも、作品の中にいる女性に魅了されているからかもしれません。

ちなみに、女性が持っているのは大貫妙子さんのレコード「Mignonne(ミニヨン、1978)」です。特に海外で人気沸騰した「4:00A.M.」などの楽曲が収録されています。

ポップ・アートの巨匠をオマージュした作品(カウガール)

今回の展示では有名な現代アートをオマージュした作品も展示していました。

アンディ・ウォーホルのエルヴィスをオマージュした作品

2022、江口寿史、©Hisashi Eguchi

このカウガールの作品は、アンディ・ウォーホルさん(Andy Warhol、1928 – 1987、アメリカ)のエルヴィス・プレスリーをモチーフとした作品をオマージュしています。オマージュ元の作品を見ると、首の角度から指先の形まで再現されていることが分かります。

また、作品を横から見ると、綺麗なシェイプドキャンバスに描かれていることも見えてきます。この形の歪さを滑らかな側面に仕上げているところも魅惑的です。

ポップ・アートの巨匠へのリスペクトを感じつつも、江口寿史さんによる特徴的な線や色彩を通じた独自のポップさも感じます。

ロイ・リキテンスタインをオマージュした作品

2022、江口寿史、©Hisashi Eguchi

先のアンディ・ウォーホルさんのエルヴィスをオマージュしたポーズをとりつつ、色合いの異なる作品。よく見ると、肌や服の色は印刷インクのようなドットで描かれています。

この表現で有名なのが、ロイ・リキテンスタインさん(Roy Lichtenstein、1923 – 1997、アメリカ)による、新聞などにある大衆漫画のコマを拡大したようなポップ・アート作品ではないでしょうか。量産される新聞にある大衆漫画をモチーフに、ポップ・アートのテーマである大量生産・大量消費社会や大衆文化の模様を描いた作品で有名です。

作品に近づくと印刷インクによる細かなドットを感じることができます。ドットによる塗りによって、輪郭の線が際立って見えるところも面白いです。

江口寿史の漫画からモチーフを引用した作品も

2022、江口寿史、©Hisashi Eguchi

最後のカウガールだけ、アンディ・ウォーホルさんやロイ・リキテンスタインさんをオマージュした作品とは異なるポーズをとっています。

この作品のモチーフとなっているのは、着ている服に描いている「HIBARI」がおそらくのヒントとなっています。

服のヒントから推察するに、この作品は江口寿史さんの漫画「ストップ!! ひばりくん!」に登場する美少女男子ひばりくんをモチーフに描かれていると思います。作品をよく見ると、肩幅の広さや腰のくびれ、おへその位置など、男性的な身体の特徴が描き分けられています。

アメリカポップ・アートの巨匠のオマージュ作品と作者本人が描いた漫画に登場するキャラクターが並んで立っている様子が、日本の漫画とその作者の描く世界観を国外に向けて発信しているようでした。

ポップ・アートの巨匠をオマージュした作品(エルヴィス)

トリプル・エルヴィス

2022、江口寿史、©Hisashi Eguchi

アンディ・ウォーホルさんの作品《トリプル・エルヴィス(Triple Elvis)》(1960、Andy Warhol)をオマージュして制作された作品です。プラチナ箔の上に描かれたカウガールを近くで観ると、黒いドットで描かれていることが分かります。このドットは何層も手付けで行っているそうです。

ドットを重ねて描くことでドットの荒さやインクの掠れ、ムラなどが表現されているのが見て取れます。

まるで、アンディ・ウォーホルさんが当時テレビや映画で活躍していたエルヴィス・プレスリーさんを引用して「有名人は画面上で大量に流通し消費される単なるイメージである」という資本主義社会の側面を提示したように、江口寿史さんの描く女性が象徴的な存在となり、様々な場所へ流通し影響を与えている状況を映し出しているようでした。

個展タイトルの意味を考える

エルヴィスI & II

2022、江口寿史、©Hisashi Eguchi

アンディ・ウォーホルさんの描く《エルヴィス》シリーズにはいくつかのバージョンがあり、こちらの作品も《エルヴィスI & II(Elvis I and II)》(1963、Andy Warhol)という作品をオマージュしているように見えます。

個展タイトル「NO MANNER」や、古典に寄せた江口寿史さんのメッセージからも、こうしたオマージュ作品とその作品制作からは、先人へのリスペクトを感じます。

No Manner
No Trust
No Love
No Respect
No History
No Pride
No Art

作家からのメッセージ(KaiKai Kiki Gallery)より引用

直訳すると“マナーがなければ、信頼も、愛も、尊敬も、歴史も、誇りも、芸術もない”となります。先人がいての作品表現だからこそ、リスペクトを持って次に繋げていくことが大切だと訴えているようにも感じる作品でした。

ヘッドフォンをした女性たち

先ほどまでのオマージュ作品のあった部屋から移動し、畳の部屋に進んでいきます。こちらには江口寿史さんの描く作品にもよく登場する、ヘッドフォンをした女性の作品が主に展示していました。

少ない線で描かれた女性

2022、江口寿史、©Hisashi Eguchi

こちらでは江口寿史さんの描く凛々しい女性が登場します。個展のメインビジュアルともなっている作品で、緑色のヘッドフォンをして音楽を聴きながら歩いている様子が描かれています。

少ない線で立体感や質感を表現するポップな画風は、まさに江口寿史さんならではだと感じます。

こちらの作品も雑誌「kotoba(コトバ) 2019年春号」の表紙となっていた少女を元に制作されているようです。緑を基調に優しい色味で表現されていて、緻密に描きこまれた瞳や睫毛が女性の涼やかさを出しています。

メカメカしいヘッドフォンが印象づける女性のしなやかさ

2022、江口寿史、©Hisashi Eguchi

こちらも大きなヘッドフォンをした女性が描かれた作品です。メカメカしいヘッドフォンと穏やかな女性の組み合わせが、女性のしなやかさを強調しているように感じます。

髪のうねりや目を閉じた時の睫毛を描く一つ一つの線が、音楽を聴き入っている女性の動きを感じさせます。

この作品には元となる原画があり、Shiggy Jr.のミニアルバム「LISTEN TO THE MUSIC」のジャケット画像に用いられています。

色彩パターンの異なるバーションも

2022、江口寿史、©Hisashi Eguchi

こちらの作品は色彩を変えた作品の展示もしていました。

こうした色彩は江口寿史さんがこれまで発表してきたイラスト、画集などを分析をした上でパターンを選択し、カイカイキキの工房で制作を行ったそうです。

自然と江口寿史さんの作品と認識できる背景には幾重もの分析やパターン検証といった工程があることを知ると、配色が与える印象の力強さを感じます。

女性の放つ自然な輝き

2022、江口寿史、©Hisashi Eguchi

畳の部屋の奥には、こちらを向いた女性の作品が展示されています。髪の艶やかさ、瞳の輝き、唇の潤いなど、女性の放つ無敵感が伝わってきます。

作品の女性に近づくほど、自信が瞳から溢れて出てきているような感覚になります。

美しさは街の景色と一緒で、いつかは消えてしまいます。そうした永遠ではないものの輝きを絵画として残り続けていくものにしているようです。そして、例えば奇抜なヘアスタイルなどで時代性を出すというよりは、どの時代にもある女性の持つ自然な輝きを描いているようでした。

版画作品の展示も

2022、江口寿史、©Hisashi Eguchi

ここまで観てきたユニーク作品の他に、版画作品の展示もしていました。版画となっても線の形や色彩が忠実に再現されています。

江口寿史 × 村上隆によるギャラリートークも必見

今回の個展の開催を記念し、ギャラリートークも開催されました。今回の個展開催の経緯から制作の裏話、アートマーケットの話まで、色濃い内容となっています。

まとめ

江口寿史さんにとって初となるKaikai Kiki Galleryでの個展を観てきました。

今回の個展を通じて感じたのは、今回の作品は海外に向けた発信という要素が強いのだろうなということでした。

漫画が日本文化の一大産業と言える規模に拡大した80年代に、ギャグ系の漫画で業界を牽引し、その後のイラスト作品もクリエイティブ業界全体に影響を与えてきた江口寿史さん。そういった意味で、国内外で活躍するアーティストの中には影響を受けた人もいるはずです。そのことを考えると、村上隆さんが提唱する日本のオタク文化と江戸の大衆文化を融合した「スーパーフラット」という概念とも少なからず繋がりがあるのではと考察できます。

漫画、イラストを通じて国内に影響を与えてきた歴史、そしてそのイラスト展が美術館でも開催されてアートと漫画の境界線を融解させている状況などから、「これまでの西洋のハイカルチャー(美術)とサブカルチャーの“格の違い”がなくなるという世界の文化の未来の姿」を体現してきたとも考えられます。

ギャグ漫画やイラストを通じて、おもしろいものや美しいものを描き続けている江口寿史さんだからこそ、今回の個展が日本の漫画やイラスト文化をアートを通じて海外に色濃く発信するものとなるかもしれません。

展示会情報

展覧会名NO MANNER
会期2023年1月17日(火)〜 2023年2月7日(火)
開廊時間11:00 〜 19:00
定休日日曜、月曜、祝日
サイトhttps://gallery-kaikaikiki.com/category/exhibitions/ex_solo/hisashi-eguchi-ex_solo/no-manner-hisashi-eguchi-ex_solo/
観覧料無料
作家情報江口寿史さん|Instagram:@eguchiworks@egutihisasi
会場Kaikai Kiki Gallery(Instagram:@kaikaikikigallery
東京都港区元麻布2丁目3−30 クレストビル B1F

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ABOUT ME
よしてる
1993年生まれの会社員。東京を拠点に展覧会を巡りながら「アートの割り切れない楽しさ」をブログで探究してます。2021年から無理のない範囲でアート購入もスタート、コレクション数は25点ほど(2023年11月時点)。
アート数奇は月間1.2万PV(2023年10月時点)。
好きな動物はうずら。
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