リスペクトのこもったギャグ漫画で現代アートを楽しむ|パピヨン本田「美術道」「美術のトラちゃん」
ギャグ漫画と現代アートネタを掛け合わせた、10代から楽しめる現代アートの本「美術道」、「美術のトラちゃん」。
どちらも2021年5月からTwitter(現X)に美術にまつわる漫画をアップして人気を得た、現代美術作家でもあるパピヨン本田さんによる著書です。
- 美術道(びじゅつみち):全部の美術入門書に挫折した10代の著者が自分に向けて書いた本。作家を起点に現代アートの歩みをギャグも交えた軽快な文章で読み解けます。
- 美術のトラちゃん:芸術やカルチャー情報を扱うWebメディア「CINRA」で連載中のフルカラー美術系ギャグ漫画45話分+αに、良心的な漫画中の用語説明も収録。
現代アートの道を開拓してきた人たちへのリスペクトあるいじりの数々により、誰も傷つけない笑いが生まれていて、現代アートの難解な部分をほぐしてくれているのが印象的です。
書籍の中に登場する美術業界の様々なネタにはメジャーなものからマニアックなものまであり、初心者はもちろん、アートに親しみのある人にとっても新たな発見を与えてくれる書籍と言えるでしょう。
今回は、累計130の展覧会レポートをまとめ、2021年からアートコレクションをしている私が読んで勉強になった、パピヨン本田さんによる著書「常識やぶりの天才たちが作った美術道」と「美術のトラちゃん」をご紹介します。
作家を起点に線で現代アートの知識が繋げたい人はこちら
ギャグ漫画中心に点で現代アートの知識が広げたい人はこちら
10代から楽しめる現代アートの本「美術道」「美術のトラちゃん」3つの魅力
現代美術作家のパピヨン本田さんによる書籍「美術道」「美術のトラちゃん」。
- 美術道は作家のエピソードを起点にした現代アートの歩み
- 美術のトラちゃんはフルカラー美術系ギャグ漫画+用語解説
が載っています。
ふたつの本に共通する魅力を3つ挙げてみました。
①「ギャグ漫画」が縮めてくれる現代アートとの距離感
ギャグ漫画の中で名だたる作家に対して激しめのツッコミをしながら、現代アートを紹介していきます。
例えば、美術道ではマルセル・デュシャンさんの紹介漫画でこんなやり取りが。
「(デュシャンは)具体的には何をしたの?」
『男性用小便器をひっくり返してそのまま展示しました』
「何考えてんだこいつ!」
読者の気持ちを代弁するかのようなツッコミは「よくぞ言ってくれた!」という気持ちにさせてくれます。
そして、痛快なツッコミをして気が紛れたところに詳しい解説が入り、読み終えた頃には「先ほどはツッコミ入れてすみません」となるくらいに納得できる理由が分かり、現代アートとの距離を縮めてくれます。
②今どきの話題をオマージュし現代アートネタを展開
ギャグ漫画の中には、流行りの話題を現代アートネタと織り交ぜて展開する回があるのも特徴的。
例えば美術のトラちゃんでは、ポケモンカードの価格高騰で話題となった超レアカード「がんばリーリエ」をオマージュした「がんばリキテンスタイン」が漫画に登場します。
カードの効果とサポートに関する制限の文章もロイ・リキテンスタインさんらしい文章になっていて芸が細かいです。
美術のトラちゃんの44話目が公開されました🐅本編がアートコレクターについて、きゅうり画廊🥒は壁にバナナを貼っただけの作品ことカテランの「コメディアン」です🍌https://t.co/Ik5jpkjPGz pic.twitter.com/Ewg6kbxO6M
— パピヨン本田 (@papiyonhonda) May 14, 2023
実生活と現代アートをつなげて楽しめるのも新鮮ですね。
③変に見える作品も背景を知ると「なるほど!」が増える面白さ
肝心の現代アートの話は、知りたいところに手が届く情報量となっていて良心的です。
漫画、説明文ともに美術への想いが強いせいか文字数が多めですが、噛み砕いた言葉での説明が分かりやすいので、10代あたりでも理解しやすいレベル感となっています。
例えば、ビートルズのジョン・レノンさんが心打たれたことで有名な、オノ・ヨーコさんの《天井の絵》(1966年)という作品。
「梯子を上って虫眼鏡で天井を見ると、天井に小さく「YES」と書いてある文字を見つけることができる作品」という情報は知っていても、なぜオノ・ヨーコさんがその作品を作ったのかまではちゃんと知りませんでした。
When I created CEILING PAINTING (1966), I was depressed at the time. So I wanted to give some positivity to my life. pic.twitter.com/xOgdmjIdj7
— Yoko Ono (@yokoono) May 10, 2017
そこに、美術道に書かれている、オノ・ヨーコさんが「作家一人で作品を完成させず、人の心にイメージを想像させ、見る人を巻き込もうとした」という情報を加えると、作品の見方が変わってきます。
観客が美術と直接的に対話し、梯子を上り「YES」の文字を探すプロセスを通じて肯定的な体験を得ることは、作品が発表された当時の反戦運動や平和運動の中で特に重要な意味を持っていたのだな、という考えに深められました。
他にも作家を知ることで、作品の味わい方が変わる体験がたくさん詰まっています。
次に「美術道」「美術のトラちゃん」それぞれの特徴を見ていきましょう。
線で現代アートの知識が繋がる「美術道」
現代アートを線でつなげて捉えていきたい人には「美術道」がおすすめ。
その理由は、現代アートの始まりとされるマルセル・デュシャンさんから始まり、23作家を辿ることで作家が他の作家を意識することで新たな道が開拓されていく様子が掴みやすくなるから。
例えば、ジャクソン・ポロックさんから始まる道の開拓です。
- ジャクソン・ポロックさんはピカソさんの《ゲルニカ》を観て衝撃を受けた。
- ピカソさん以上の表現の作品制作を模索し、絵の具を撒き散らす「アクション・ペインティング」で意識的に描かない美術を発見。
- そんなアクション・ペインティングに衝撃を受けたアラン・カプローさんはポロックさんの絵を超えるために、絵ではなく偶然が起こるパフォーマンスを取り入れて「ハプニング」作品を生み出す。
かなりざっくりと書きましたが、この詳細が丁寧にまとめられています。
また、作家の背景にある文脈や作品の意図の解説がわかりやすいです。
例えば、
- マルセル・デュシャンさんが生きた20世紀は工業化が進んでいた時代背景から、作らなくても「選ぶ」ことが作品になるという道を切り拓いた。
という情報だけでも知っておくと、『男性用小便器をひっくり返してそのまま展示した』理由は「選ぶ」ことに意味があり、作っていないことは問題にならないことが見えてきます。
このように、現代アートを線でつなげて理解していける要素が詰まっているのが「美術道」です。
点で現代アートの知識が広がる「美術のトラちゃん」
現代アートの知識という点を増やしたい人には「美術のトラちゃん」がおすすめ。
その理由は、漫画内に登場する325もの用語解説を収録しているから。
例えば、こんな用語が解説されています。
現代美術/ジャン=ミシェル・バスキア/マインクラフト/ダダ/もの派/ウォーホルみたいにハンバーガーを食べるだけの動画/バウハウス/アングラ劇場/登竜門/溝引き/ピカソは一生で15万作ひん作ったんだ/射撃絵画/くたばれ評論家!!/ゲリラ・ガールズ/クリス・バーデン/シンディ・シャーマン など
美術と直接関係ない用語解説も一部あるものの、情報量は新書1冊分に匹敵し、ギャグ漫画の裏にある美術のあれこれを吸収していけます。
そうした用語解説を通して「現代美術って難しい」というイメージを払拭してくれるのが「美術のトラちゃん」です。
現在もWebメディア「CINRA」で連載中なので、書籍に収録されている45話以降はウェブをチェックしてみてください。
まとめ:ギャグ漫画で笑い解説で現代アートを知る書籍
パピヨン本田さんによる著書「美術道」「美術のトラちゃん」を読んで感じたのは、紹介作家へのリスペクトを込めたギャグ要素の巧みさと、意味が分かると面白い現代アートの魅力でした。
作家のイメージを崩さない程度のギャグが現代アートの入口としてはいりやすく、気になったポイントをしっかりと解説してくれる文章の両輪が揃っている2冊でした。
書籍内で紹介しきれないところはおすすめ参考文献を出していたりと、次に繋がる動線も散りばめられています。
美術を全く知らない人から普段から親しんでいる人まで、幅広くおすすめしたい書籍です。
著者情報
著者 | パピヨン本田 ※別名義で現代美術作家としても活動 |
プロフィール | 1995年三重県生まれ。武蔵野美術大学彫刻学科卒業。 2021年にTwitterにて現代美術を題材にしたマンガの発表を始める。 |
@papiyonhonda | |
@papiyonhonda |