マリウス・ブルチーア「The Far Sound of Cities」|トランシルフォルニアから人物像を探求するアート
今回は東京の天王洲にあるMAKI Galleryで開催中のマリウス・ブルチーアさんの個展「The Far Sound of Cities」の模様をご紹介します。
この記事を読むとこんなことが分かります。
- ルーマニア出身のマリウス・ブルチーアさんについて知ることができる
- 展覧会の模様を知れる
- 対比から作品を読み解く楽しさを知れる
では観ていきましょう!
マリウス・ブルチーアとは?
激動のルーマニア革命を経験
マリウス・ブルチーア(Marius Bercea)さんは1979年生まれのアーティストで、ルーマニア、クルジュ=ナポカを拠点にして活動しています。
今回の展覧会が日本初の個展になるとのことでした。
拠点としているルーマニアで起きた出来事に影響を受けているようで、1989年に起きたルーマニア革命を経験し、この歴史にまつわる矛盾や人間の本質に迫った作品を制作しています。
簡単に言うと、ルーマニアが独裁政治から民主化され、資本主義になった出来事です。
1989年12月、ルーマニア社会主義共和国のニコラエ・チャウシェスク政権が打倒され、現在のルーマニアが樹立された一連の出来事のことです。
象徴的な話のひとつに、巨費を投じて造らせた宮殿「国民の館」(建造費用1,500億円、 地上10階、地下4階、部屋数3,000以上、エレベータ50基、クリスタルのシャンデリア3,000基、地下トンネル)があります。チャウシェスクの自己顕示のためだけに、膨大な税金をを費やした建築物で、国民は困窮しました。「国民の館」という名前、なんとも皮肉な名前です。
参考:その時歴史が動いた!!歴史のターニングポイントとなったゆかりの地を訪ねる旅 〜ブカレスト、ベリコ・タルノボ、ソフィア、ニシュ、ベオグラード〜
ルーマニア革命による共産主義崩壊後の初期資本主義での生活の平凡さや不確実さを、暗い色調の下地の上に鮮やかな色彩で描いた大規模な絵画を描いています。
作品の中で登場するモダニズム建築は、共産主義社会下で失敗に終わったユートピア的理念を、そして、特定の誰かを描いているような人物は作家曰く「幽霊のような存在、あるいは、不在とさえいえる存在」(個人としてのアイデンティティを持っていない)を表現しています。
作品の特徴①「トランシルフォルニア 」
マリウス・ブルチーアさんの作品には出身地であるルーマニアの他に、友人が多く住みマリウス・ブルチーアさん自身何度も展覧会を開催している、関わりの深いカリフォルニアの景色も引用して作品制作をしています。
文化も価値観も異なる2つの場所を織り交ぜて描くこともあるようで、この思索が体現化された空間を「トランシルフォルニア (Transylfornia)」と呼んでいます。
2つの異なる土地や、建築物と人物を対比されるものが一つの絵画に描かれることで、「社会における人間って何だろう」と考えさせられる作品になっている、そう感じます。
作品の特徴②「悲しむことの美しさ、自由さ、幸福感」
様々なアプローチから社会における人物を描き出してきたマリウス・ブルチーアさんが特に惹きつけられているのは、「悲しむことの美しさ、自由さ、幸福感」なのだそうです。
人々が交わるときに生まれる繊細な感情から、あまねく追究されている問いまで全てを含め、マリウス・ブルチーアさんの作品は人間を見つめ続けています。
(参考:マリウス・ブルチーア ポートフォリオ)
展覧会「The Far Sound of Cities」を巡る
それでは、展覧会の様子を観ていきましょう。まずはエントランスにあるこちらの大きな作品から。
作品に圧倒されるエントランス
The far sound of cities
会場に入ってすぐ左にあるのが、幅が4mもある大型の作品です。この一枚だけが展示されていて、小さな椅子に座って眺められるようになっています。
ここで一気に「マリウス・ブルチーアさんの作品の世界に引き込まれた!!」という感覚になります。それほど、作品と対峙しやすい空間になっているように感じました。
テーブルを中心に集う人物たちは、特定の誰かと感じてしまうほど特徴的な表情をしています。その背景は非常にカラフルである一方で、そのさらに後ろの背景はカンバスの裏側を見せているようにも見えます。裏返しになっているカンバスには異なる土地を描いているのかなと、つい想像してしまいます。
また、左側にはロサンゼルスの帽子とラジオが置かれています。タイトルに《The far sound of cities》とある通り、ロサンゼルスの放送を聴きながら、異なる土地とのつながりを感じている景色なのかもしれません。
社会的な景色から人となりを考えてしまう
Bouquet of tender rhymes
会場に直進すると真正面に現れる作品です。こちらも幅4mと大型の作品です。開放的な背景は田舎町のようで、地平線が見えます。青い空の特徴的なグラデーションが奥行きを与えているように見えます。
左には花束を持った女性、右には植物の後ろに隠れる男性と、この2間に対比が含まれていそうだなと感じます。背景の建築物の柱も、縦棒のみとビルの面と違いが見られます。
自然の移ろいや建築物を通した社会環境の変化の中にいる男女を観ていると、人間の見え方が変化するなと感じます。
描かれている人間は圧倒的な無表情を感じますが、人間からの喜怒哀楽の情報が得られないとき、その人間のいる社会的な景色を通してその人物を判断してしまうのかもしれないと感じます。
「その人らしさとは」を考えた作品
Untitled(Domestic Baroque)
作品をいくつか見ていると、背景に格子模様が描かれていることに気づきます。
この格子模様にどんな意味があるのだろう?そんなことをつい考えてしまいます。そしてこの絵画で一番目を引いたのは中央下の部分です。
透明な小人の影が2人います。カラフルな服装を着る3人の人物と対極にいるシンプルな姿から、「シルエットだけでも人物と認識できる」ことに気づきます。
着飾ることで自分自身のアイデンティティを満たすだけでは本質的に何かが変わるわけではなく、外見では測れない中身にその人らしさが表れる、そう感じる発見でした。
小部屋にも注目
開放的な展示空間の隅っこには、小部屋がひっそりとあります。
こちらもぜひ入ってみましょう。
Season Change
こちらにも格子模様の背景に、カラフルな衣装を着た人物が描かれています。様々な色を使っているのにうるさくなく、季節の変わり目に観たくなる作品たちから、そのバランス感覚と表現力を感じる展覧会でした。
まとめ:対比から作品を読み解く楽しさを知る
特定の人物のようで、不在ともいえるような存在として描かれていたり、ルーマニアとロサンゼルスを織り交ぜた表現などをじっくり鑑賞してみました。
個人的には歴史が苦手分野ではありますが、美術を通して国の時代背景を知ったり、作家の表現から新たな発見をしていく楽しさを発見できた、実りのある展覧会でした。
天王洲に訪れる機会のある方は是非、生で大迫力の作品を鑑賞してみてください。
展示会情報
展覧会名 | マリウス・ブルチーア「The Far Sound of Cities」 |
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会場 | MAKI Gallery / 天王洲 II, 東京 |
会期 | 2021年3月27日(土)– 5月1日(土) |
開廊時間 | 営業時間:火~木曜、土曜 11:00 – 18:00/金曜 12:30 – 20:00 定休日:日曜・月曜 |
サイト | https://www.makigallery.com/exhibitions/4082/ |
観覧料 | 無料 |