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谷敷謙「FLOW&CONNECT」|“生き様・時代が反映された古着”を絵画に込めたアート

身近な自己表現ツールである服は、いわば人生の伴走者です。ただ、服はいずれ古着となり、消費されてしまいます。そんな古着の機能を断つ代わりに、アートとして継がれるものに昇華した絵画作品を鑑賞してきました。

今回は、渋谷区神宮前にある「HIRO OKAMOTO」にて開催した谷敷謙さんの個展「FLOW&CONNECT」の模様をご紹介します。

要点だけ知りたい人へ

まずは要点をピックアップ!

要点
  • 谷敷謙(やしき けん)さんは1983年生まれ、東京都出身の美術家です。
  • 古着や廃材を“木目込み(きめこみ)”と呼ばれる日本の伝統技法で作品を制作しています。
  • 素材に古着を用いることで、「元々の持ち主に由来する身体性、時間、記憶、香り、古着自体が元来そなえていたブランドコンセプト」をくみ取り、そこに作家自身がアパレル業界で培ってきた経験を反映させ、まるで“絵画上の人物が本当に衣装を着ているような作品”を生み出しています。
  • 本記事では展示作品の中から8作品をピックアップし、作品への考察も交えてご紹介します!

それでは、要点の内容を詳しく見ていきましょう!

谷敷謙とは?

谷敷謙(やしき けん)さんとは1983年生まれ、東京都出身の美術家です。2009年に杉野服飾大学を卒業後、アパレルメーカーを経て作品制作をされています。日本での生活以外にも、幼少期をアメリカ・サンディエゴで、中学時代をシンガポールで過ごした経験もあります。

大学在学中に「JFW JAPAN CREATION TEXTILE CONTEST 2008」で受賞した新人賞をきっかけに、会社員をしながら作品制作を続け、現在は独立し芸術家として活動されています。

主な展示に

  • コラボ展示「THE POWER OF CHOICE」(2020、新宿伊勢丹ReStyle、東京)
  • コラボ展示「UNIQLO TOKYO 」(2021、ユニクロ TOKYO [ユニクロ グローバル旗艦店] 、東京)
  • 個展「touch point」(2021、ワコールスタディホール、京都)
  • アートフェス「MEET YOUR ART FESTIVAL 2022 New Soil」(2022、恵比寿ガーデンプレイス、東京)
  • グループ展「Talking All Day」(2022、Badr El Jundi gallery、スペイン)

など、作家自身の親しみが深いアパレル業界とのコラボが特徴的でありつつも、国内外に作品を発表しています。

“木目込み”で古着を絵画に落とし込んだアート

《“grab”》
2021、谷敷謙、dye,paper clay,used clothes on Styroform、W620 × H620 × D58mm [Shaped]

谷敷謙さんの作品は、古着や廃材を「木目込み(きめこみ)」と呼ばれる日本の伝統技法で絵画に落とし込み制作されています。

この木目込みをする素材を古着や廃材に絞っているそうで、「元々の持ち主に由来する身体性、時間、記憶、香り、古着自体が元来そなえていたブランドコンセプト」をくみ取り、そこに谷敷謙さん自身がアパレル業界で培ってきた経験を反映させて、まるで“絵画上の人物が本当に衣装を着ているような作品”を生み出しているのが特徴です。

木目込みとは?

木目込み(きめこみ)とは、簡単に説明すると「素材に切れ込みを入れてできた溝に布地を入れ込む技法」のことです。
江戸時代から存在する日本固有の伝統的な技法で、そのルーツは寺社建築の端材を人形に用いたことから生まれたそうです。例えば、雛人形によく用いられる技法で、大まかな工程としては胴体に衣装の形に切り込みを入れ、できた溝に糊を入れ、そこにヘラで布地を入れ込み(木目込み)、衣装を着せ付けます。谷敷謙さんはこの技術を作品制作に応用しています。

個展会場との関連性も

今回の展覧会を開催したHIRO OKAMOTOはレディースアパレルブランドを扱う企業が運営しているギャラリーです。そうした背景のあるギャラリーで、谷敷謙さんの古着を用いた作品を展示するところにも意味があるのではと感じる個展でした。

今ではアートとファッションのコラボを通じて、ギャラリーや美術館以外にもアートに触れる機会が増えてきている印象があります。そんな中で、古着という言わば“その人の生き様が反映された作品”をアートに昇華し表現することは、ファッションを通じてアートを盛り上げようとしている一面もあるように感じます。ファッションとアートの双方向での試みの提示を発表しているようでもあり、そういう意味で、HIRO OKAMOTOというギャラリーで個展を開催する意義を感じました。

展示作品を鑑賞

展示作品にはいくつかのシリーズがあるようでした。そこで今回はシリーズ別に作品をピックアップしてご紹介します。

もちろん展示作品全て素敵なので、全貌は現地でお楽しみください。

《PAUSE》シリーズ

“PAUSE”シリーズは特定の人のアーカイブした作品のようです。モデルとなる人から実際に使用していた古着を譲り受けたものを素材としているそうで、古着を含めモデルの特徴を絵画に落とし込んでいます。

=PAUSE= mari miyazaki

《=PAUSE= mari miyazaki》
2021、谷敷謙、dye,paper clay,used clothes on Styroform、W600 × H875 × D58mm [Shaped]

会場の中でもエネルギッシュな存在感を放っていたのがこちらの作品です。作品名にもある通り、谷敷謙さんと親交のあるアパレル業界の方がモデルとなっているそうです。

何かに腰掛けているような構図で、左右対象で背中合わせにしているようです。頭の上に置かれた缶飲料のようなものを乗せているのがお茶目に見えます。身体全体を描くことで、仕草に連動した服装の表情がより感じられる作品です。

2パターンの服装はその人らしさを色濃く魅せていて、そこには古着という“日々の生活で使っているモノには魂が宿っている”という日本特有の考え方が体現されているようでもありました。服自体はもしかしたら大量生産されたものかもしれませんが、新品を着た時間が内包され、古着となることで、ある種の人の手を加えることの価値が宿っているようです。

=PAUSE= 610

《=PAUSE= 610》
2022、谷敷謙、dye,paper clay,used clothes on Styroform、W606 × H727 × D56mm [F20] [Shaped]

続いては四角いキャンバス上に描かれた作品です。モチーフが横並びで行進しているような構図で、いろんなシーンで着てきたであろう服装が自分史のように描かれています。実際に着るには勇気がいる服装ですが、それをカッコよく着こなす姿が印象的です。

こちらの作品のモチーフとなったのが、ファッション通販ZOZOTOWNの立ち上げにも関わり、2022年2月からZOZOの枠を超えてあらゆるファッションのチアリーディングを行う「ファッションチアリーダー 610(武藤貴宣)さん」のようです。

610さんは作品のコンセプトづくりから素材集めまで、今回の展覧会に全面協力をしたそうで、ファッションの時代性を反映した作品群となっています。ファッションに詳しい人であれば、より時代性を感じるファッションとアートの組み合わせを楽しめるのではないでしょうか。

記憶を古着と共に残した作品

“montoak”

《“montoak”》
2022、谷敷謙、dye,paper clay,used clothes on Styroform、W1620 × H1120 × D80mm(F100)

今回の展示の中でも大型となる作品のひとつです。6人のモチーフがアンプや革製ソファが置かれた上品な空間を引き立てるように、ゆったりとした風格で佇んでいます。

作品の場所はモデルがあるそうで、2022年3月に閉店してしまった表参道のカフェ・ラウンジ「モントーク(montoak)」の限られた人しか入れない、3階フロアの情景を映しています。一面がガラス張りとなっていて、そこから見える表参道のケヤキ並木も表現されています。

モントークのように、今まで当たり前にあった場所がこれからも在り続けるとは限りません。さらに、ヒトの記憶は不確かで、物事を思い出す際に脳内で再構築する過程で記憶が毎回作り変わることもあるため、間違った記憶となることもあります。そういった意味で、写真では残しきれない、物質的な解像度をともなった作品だなと感じました。

また、モチーフとなっている人物は実際のモデルがいるそうで、アパレル業界のレジェンドである経営者をモデルにしているそうです。古着も実際に使っていた、衣装としても貴重なものを作品に昇華していました。

“in front of Harajuku Station GAP”

《“in front of Harajuku Station GAP”》
2022、谷敷謙、dye,paper clay,used clothes on Styroform、W1620 × H1120 × D80mm(F100)

原宿駅前にあった、現在は閉店しているGAPをバックに6人のモチーフがガードレールに集合している様子が描かれています。GAPのガラス張り部分に淡い柄の古着が使われているためか、奥行きを感じます。モチーフの服装も、例えば膝を曲げて座っている感じと古着の立体感が自然に重なっていて、本当に服を着ているようです。

こちらも《“montoak”》のように、次世代の経営者がモチーフとなっているとのことでした。ふたつの作品は対比されているように見え、それぞれが着こなしている服装には時代観や世代間のファッションカルチャーの違いが見てとれます。

また、その対比は場所にも現れているように感じました。原宿駅前という誰でも居れる場所から挑戦が始まり、世間からも評価されるようになった結果、モントークという限られた者だけが居れる場所で集うことができる。その結果と過程がその人の財産になっていくこと、古着はその過程を共に歩んだ時間の象徴にも見えてきます。

《ARE》シリーズ

“ARE” -1

《“ARE” -1》
2021、谷敷謙、dye,paper clay,used clothes on Styroform、W727 × H1120 × D80mm [F100]

多様な人々が描かれた作品。こちらは大量にまとめ買いした古着の中から選定して作品に落とし込んでいるそうです。

個人的には中央下にいるミッキーマウスのシャツを着た女性の服の表現が特にリアルに感じました。袖によくある縫い目の位置、背中を丸めた時の柄の盛り上がり、服の皺、柄の見え方が分かりやすく再現されています。服の構造への造詣が深くないとできないでしょう。

また、いろんな人種の人々が表現されているのが肌の色から分かります。この肌の染色には特殊な捺染を施しているそうです。先に白の生地を決め込み、紙粘土を混ぜた染料で何度か塗り重ね、乾いたらエアブラシで剥がして陰影をつけ制作しています。そうすることで、独特な肌の陰影や柔らかさが出ています。

「We are 〜」の“are”のように複数のものすべてを示し、人種は違えど等しく服と共に人生をあゆみ、個性を表現しているような作品でした。

《prototype》シリーズ

“prototype” model wolf -2

《“prototype” model wolf -2》(中央)
2022、谷敷謙、dye,paper clay,used clothes on Styroform、W350 × H700 × D230mm [Torso]

トルソーと呼ばれる道具をモチーフにした作品です。トルソーはマネキンと異なり、主に頭や腕、脚がないものを指しているそうで、アパレルショップなどで販売用のアイテムを着せて、店頭でディスプレイするために用いられています。

他にもトルソーは服を作るときに活躍する道具でもあり、谷敷謙さんがアパレル業界へ踏み出す原点となった象徴的なモチーフに感じました。木目込みした生地には“California”の文字やアメコミ、ザ・シンプソンズなど、バックボーンを感じるものがあるところからも、作家自身の成り立ちが表現されているようでした。

水槽を用いたインスタレーション作品

トルソー作品の足元には、流れるプールが設置してありました。手作りの水槽ということに驚きつつ目を向けると、そこには花の装飾とプールに浮かぶ作品が展示されていました。

《“floatling” chick》
2022、谷敷謙、dye,paper clay,used clothes on Styroform、φ180 × D50mm
《“floatling” pizza》
2022、谷敷謙、dye,paper clay,used clothes on Styroform、φ180 × D50mm

ひよこやピザなど、海水浴場で見かけそうな巨大な浮き輪を彷彿とさせます。水に浮かばせた作品は初めて観たので、新鮮な表現方法でした。

浮かんでいる作品の古着は着ていた人の記憶や時間が物質化したもので、それを浮かばす水は人間を表しているそうです。そう考えると、飾られている花々は自然豊かな地球とも受け取れます。人間の身体の中を形のない記憶や時間が漂い、その人らしさを形作る様子を、インスタレーションとして表現しているのかもしれません。

また、ヒトの体重の約60%といわれている水分は、新陳代謝をしながら少しずつ新しいものに入れ替わっていきます。一方で、大切な記憶や時間は色褪せず残り続けていくものです。柔軟に入れ替えるべきものと、自身の核として残すべきものの両方がヒトを形作っているようにも見えました。

つっかえて動かなくなった作品たち

そして、流れるプールでは作品が流れると同時に、ぶつかったり、つっかえたりして止まってしまう様子も見ることができます。その様子はまるで、同じ時代で助け合い、繋がりながら成長していく様子が表現されているようでした。

個展タイトル「FLOW&CONNECT」は、このインスタレーションの流れ(FLOW)と繋がり(CONNECT)が関連しているのかもしれません。

まとめ

谷敷謙さんの個展を鑑賞してきました。個人的には、ファッションに詳しくない人ほど、観たらいろんな発見ができる展覧会ではないかなと思いました。

というのも、私自身が正直ファッションに詳しい訳ではないので、そもそもの価値が分からない古着を使ったアートを観ても、何も分からないのではと思ったためです。実際に鑑賞した際も、使われている古着の価値までは理解できませんでした。

ただ、アート作品としての古着は、完成された製品としての価値だけでなく、着ていた人の思い出や生き様、その服が作られた時のカルチャーなどを含めて平面作品上で表現されていました。

自身の興味関心によって得意分野は異なります。私にとってファッションは無知の領域ですが、谷敷謙さんのアート作品にはそんな人でも迎えてくれる包容力があり、新たな気づきや問いを与えてくれました。

知らないことに出会える楽しさがあるのも、現代アートの魅力ではないでしょうか。

展示会情報

展覧会名FLOW&CONNECT
会場HIRO OKAMOTO(Instagram:@hiro_okamoto_gallery
東京都渋谷区神宮前3丁目32−2 K’s Apartment 103

※入口は施錠されているので、正面玄関インターホンで「103」を呼び出すとギャラリーの方が開けてくれます。下記が正面玄関の写真です。
会期2022年9月17日(土)~9月30日(金)
開廊時間11:00~19:00
サイトhttps://www.hirookamoto.jp/events/flow-connect
観覧料無料
作家情報谷敷謙(やしき けん)さん|Instagram:@yashiki_ken

関連リンク

前回のHIRO OKAMOTO個展の模様はこちら。

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よしてる
東京でアート巡りををしながら「アートの割り切れない楽しさ」を探究している理系男子です。会社員をしながら、週末アートウォッチをしています。 2021年から無理のない範囲でアート作品の購入も始めました。 好きな動物はうずら。

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