グループ展「ANTENNA KODAI」|スタジオ航大で制作される多様なアート
関東最大の共同アトリエ「スタジオ航大」。共通の場所で制作されている一方で、作家それぞれの表現方法の多様さに驚くそうです。そんな多様な作品を一堂に鑑賞できる展覧会を観てきました。
今回は渋谷区神宮前にあるHIRO OKAMOTOにて開催した今井恵さん、小津航さん、菅隆紀さん、菅雄嗣さん、増田将大さん、森靖さんによるグループ展「ANTENNA KODAI」の模様をご紹介します。
要点だけ知りたい人へ
まずは要点をピックアップ!
それでは、要点の内容を詳しく見ていきましょう!
ANTENNA KODAIとは?
ANTENNA KODAIとは、茨城県取手市にある共同アトリエ「スタジオ航大」メンバーによるグループ展です。
スタジオ航大10周年となるタイミングの本展では、スタジオ航大在籍中の今井恵さん、小津航さん、菅隆紀さん、菅雄嗣さん、増田将大さん、森靖さんの6名の作品を展示していました。東京で作品が一堂に並ぶのは貴重な機会なのだそうです。
メンバーが入れ替わりながらも10年も同じ場所にある、いわばベースキャンプのような場所で制作されいますが、表現方法はそれぞれ全く違います。それでも、展示空間内では作品がチームワーク良く各自の存在感を引き立てあっているような、独特な心地よさが生まれていました。
展示作品を鑑賞
今回はそれぞれの作家につき2つずつ作品をピックアップしてご紹介します。
今井恵
squares (weave)
まずは今井恵さんの作品を鑑賞していきます。ひとつめの作品は、正方形に区切られた中に多様なパターンの青色が幾何学模様で描かれています。
この作品はシルクスクリーンという版画の技法で描かれているそうで、人手で版をすることによって生じる偶発的なズレに、作家のテーマが潜んでいるそうです。よく観ると横一列の1マスずつ間隔をあけた部分の模様が似ていることから、歯抜けで版を1回分施しているように見えます。
パターンの異なる青色は海に見えたり、青空や雲海、雪原、南極の大地も連想させます。鑑賞者の視点によって変化するイメージの変化を意図的に誘導しているようだなと感じます。
diamonds (mono)
こちらは菱形の幾何学模様で、モノトーンで描かれています。シルクスクリーンの区切り目が斜めの線になることで、画面上が引き締まるような印象を受けます。偶発的にできた模様は色が変わるだけで雰囲気も変わり、例えば木目のようにも見えてきます。
区切り線で描かれた形自体は日常生活の中でもよく目にするもので、誰もが「菱形」と認識できます。一方の模様は個人の感覚次第で意味が変容するものとなっています。そこに規則的な線と不規則なゆがみの対比を感じさせます。
今井恵(いまい けい)さんは奈良県出身のアーティストです。2019年に東京藝術大学修士課程を修了されています。
主に「ものの捉え方」や「視点の選択」をテーマに作品を制作しており、シルクスクリーンの制作工程で生まれる、身体を介することによって生じるエラー(ノイズやブレ、スレなど)のイメージを起点として、偶発的にできる模様や色を作品として同居させています。
直近の主な展覧会に
- 個展「almost a month」(2021、galleryそうめい堂、東京)
- グループ展「AAIP-Artist as independent publishers」(2021、ヴェーザーブルク現代美術館、ドイツ・ブレーメン)
- グループ展「KODAI selected Artists with MJ」(2020、Maruei-do Japan、東京)
などがあります。
今井恵さん|Instagram:@keiimai_works
小津航
Six Apples on the Ground
こちらは小津航さんが描いた、アトリエの床に置かれたリンゴを油彩で描いた作品です。この作品に限らず、小津航さんはりんごをモチーフにした作品を多く描いています。例えば、「ブルーピリオド × ArtSticker」(2021、hotel koe tokyo、東京)でもりんごの作品を展示していました。
なぜりんごなのかというと、2016年から約1年間、美術作品を見て回る世界一周旅行の中で世界各地のスーパーに行った際に必ずりんごがあることに気づいたそうです。その体験をきっかけに、美術の世界でもあらゆる文脈で頻出する存在でもあるりんごを描き続けているそうです。
りんごは本物を床に置いて描いているそうで、手前と奥でりんごの大きさに差がないようにした描き方に、日本的絵画のような奥行きを感じます。また、灰色のそれもりんごに見えてしまうのは、画面上の多数決で赤いりんごが多いことによる決めつけを誘導しているようでした。
Face- Laurel-
人物画も展示していました。極力陰影を削いでいるように見えるところから、浮世絵のような平面さを感じます。
この作品は特定の人を描いているわけではなく、人の特徴的な要素である目から順に顔を描き、服を描いて、次第に誰かに見える人物画となっていくそうです。目の周りには思考の痕跡を残しているかのように、色が塗り重ねられています。
小津航(おず わたる)さんは1991年生まれ、東京都出身のアーティストです。2017年に東京藝術大学大学院 美術研究科絵画専攻を修了されています。
東洋的絵画空間における画家とモチーフの関係を探索しながら作品制作をしています。今回の展示でも登場していますが、昨今は絵画の基本主題である「静物画」、「風景画」、「人物画」を描きながら、“画家とモチーフとの距離”や“絵画空間の設定”に注目し、東洋美術を再考するような制作をしています。
直近の主な展覧会に
- 個展「On the Ground / On the Table」(2022、MARUEIDO JAPAN、東京)
- グループ展「巴里を魅了す和の作家たち展」(2022、ギャルリーためなが、フランス・パリ)
- 個展「Image of motif」(2020、銀座 蔦屋書店 アートウォールギャラリー、東京)
などがあります。
小津航さん|Instagram:@ozuwataru
他展示の小津航さん作品はこちら
菅隆紀
INVADER SCRATCH #1
菅隆紀さんによる、有名な女性ファッション雑誌「CanCan」のロゴを描いた作品。デザインとして完成されたロゴは、シェイプド作品になることで“C”の持つ曲線美が強調されているようです。
CanCanといえばJJやViViと並ぶ「赤文字系(女子大生や働く若い女性などの20歳代前半ぐらいの女性を対象としたファッション雑誌)」の代表的な雑誌で、理想の女性像を発信しているイメージがあります。
作品には細かなひび割れや、ロゴ自体が剥がされているような、もしくは上からピンク色で塗られたような見た目になっています。“現代を生きる女性の理想像=CanCanのロゴ”と考えたとき、理想的な表面だけでなく、その裏面こそが見られていることを表現しているのかもしれません。
INVADER SCRATCH from B
こちらは野球チームの「広島東洋カープ」のロゴを描いた作品。CanCanに続き、頭文字がCであることが特徴的です。こうして観ていくと“C”の曲線の美しさに気付かされます。
これらの作品を制作した菅隆紀さんは、2019年に参加したメキシコでのコミュニティプロジェクトの中で「子供たちが制作に夢中で完成図を台無しにしながらも、想像できないものができた面白さ」を体験したエピソードがあったそうで、そこで“予測できないことの面白さ”を学んだそうです。
そうした体験の反映をしているとしたら、カープのロゴに描かれたオレンジ色の部分は、完成されたものに引き算の要素を加えることで、制御できない面白みを含めているのかもしれません。
菅隆紀(すが たかのり)さんは1985年生まれ、長崎県出身のアーティストです。2009年に愛知県立芸術大学を卒業されています。
路上に記述するグラフィティの表現を参照しながら、人間の根源的な行為や欲求をテーマに、絵画的技法を用いて表現しています。人が見ているものの一面だけではなく、表と裏を同居させたような作品を制作されています。
直近の主な展覧会に
- 個展「RITUAL SPIRIT」(2021、六本木蔦屋内BookGallery、東京)
- 個展「KAMADO EXHIBTION the norm TAKANORI SUGA & TOMOKO HASUWA」(2020、Shibuya Hikarie 8/CUBE123、東京)
- グループ展「JR EAST meets ART @ Takanawa Gateway Fest」壁画制作(2020、高輪ゲートウェイ駅前特設会場、東京)
などがあります。
菅隆紀さん|Instagram:@suga.aka.takanori
菅雄嗣
Black out #3
似た構図を反転させて描かれた、菅雄嗣さんの作品。頭蓋骨と書物がモチーフとして描かれているようです。
右側の方は厚塗りで描かれている一方で、右側の方は鏡面が見えるほどになっていて、絵の具を削いだような描き方がされています。“絵画=絵の具で塗る”というイメージから一歩引いた、“絵具の一部を削り取る”描き方が新鮮で、絵の具が固まるまでに素早く判断し描いた動きも感じ取れます。
また、モチーフに骸骨や書物を描いているところから、ヴァニタスのような趣も感じます。ヴァニタスとは人生の空しさの寓意を表現した静物画のことで、頭蓋骨や時計、パイプ、果物などを置くことで「人生の虚しさ」や「地上のあらゆるものの儚さ」を表しています。作品の削る描き方も相まって、こうしたヴァニタスのような儚さが表れているように感じます。
Once upon a time chair #2
椅子の上に鹿の頭蓋骨が置かれた様子を描いた作品。2つのパネルは配置がずらされていて、左上と右下の部分が描かれていないような見た目になっています。
空間があることで鑑賞者が想像できる余白があるように見えたり、描き切ることのできない状態をどう受け止めるかを委ねているようにも見えます。この配置には絵画の外側、壁や空間までを取り入れて作品にするという考えがあるそうです。
次に、鹿の頭蓋骨に注目すると、右側は角があるオス、左側は角がないメスの頭蓋骨が描かれていることが分かります。オスとメスという同居しないはずのものを並列にならべることで、自然界では起こり得ない状況が描かれています。二律背反のように、本来生じるはずのない状況ではありつつも、それは人間の理性による誤解によって生じているかもしれないと、考えさせられます。
菅雄嗣(すが ゆうし)さんは1988年生まれ、長崎県出身のアーティストです。2014年に東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻を卒業後、2017年に東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻を修了されています。
モダニズム建築(装飾性やデザイン性を廃し、合理性や機能性を重視したシンプルな直線や平面で構成される建築スタイル)を想起させる穏やかでソリッドな構造を絵画に取り込むことで、空間のこちら側とあちら側を意識させ、現代における空間主義的な実験を繰り広げています。絵画の全面に鏡面を施し、そこに均一に絵具を載せたあと、絵具の一部を削り取って対象を構成していくネガポジ的な表現も印象的です。
直近の主な展覧会に
- グループ展「SUMMER SHOW」(2022 、MAHO KUBOTA GALLERY、東京)
- グループ展「Day dream」(2022、ISETAN SALONE、東京)
- 個展「Scraped painting」(2017、WHITESPACE ONE、福岡)
などがあります。
菅雄嗣さん|Instagram:@yushi_suga
増田将大
Moment’s #86
スタジオ航大の建物内で撮影されたという増田将大さんによる作品です。月明かりに照らされているような、深海のような幻想的な青色が印象的です。
増田将大さんは撮影した何気ない風景画像をプロジェクターで同じ場所に投影し、再度同じ視点で撮影を繰り返し、それをキャンバス上にシルクスクリーンで刷ることでイメージを映し出しているそうです。作品中央にポカンと空いた白い空間は、撮影の時に照射した跡なのかもしれません。
わずかな過去の風景が幾重にも重なって、一枚のキャンバス上に描かれています。自分が今見ている景色は刹那の重なりであることを意識させてくれます。
Moment’s #83
こちらは東京藝術大学の建物内で撮影された作品とのことです。吹き抜け部分で天井を見上げるような構図で撮影されています。
作品をよく観ていると階層ごとにところどころ似ている部分があります。同じ場所を投影し、あたかも天井が高く見えるようにしているのかもしれません。実際にはない階層を、画像の投影により継ぎ足しているような表現が、まるで時間の層が描かれているように感じます。
増田将大(ますだ まさひろ)さんは1991年生まれ、静岡出身のアーティストです。2014年に東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻を卒業した後、2020年に東京藝術大学大学院 美術研究科博士後期課程を修了されています。
撮影した風景画像を同じ場所に投影し、それをまた撮影するという行為を繰り返すことで生まれたイメージを、シルクスクリーンによってキャンバスに刷り重ねる、重層的な作品を制作しています。現実と虚構を両面に定着させ、時間を視覚化した作品を生み出しています。
直近の主な展覧会に
- 個展「Scattered and Connected」(2022、MARUEIDO JAPAN、東京)
- グループ展「VOCA展2020 現代美術の展望 新しい平面作家たち」(2020、上野の森美術館、東京)
- 個展「Scattered time」(2019、GINZASIX 銀座蔦屋書店、東京)
などがあります。
増田将大さん|Instagram:@masudamasahiro
森靖
Devotchka – Venus de Milo
奇形樹を心棒にして、粘土で塑像を制作した森靖さんによる作品です。奇形樹の持つ独特な個性に寄り添うように粘土で形作られていて、木と粘土が尊重し合いながら形を成しているように見えます。
現代で塑像を制作する場合、木材や鉄の棒を心棒にして、そこに粘土などを肉付けしていくことが一般的です。一方で、森靖さんの作品は奇形樹を削ることなく作品を表現しているところが特徴的だなと感じます。そこには、日本に昔からある仏像が関係しているのかもしれません。
塑像は仏像を作る時にも用いられていた技術で、実は日本人にとって身近な表現でもあったそうです。そして、仏像を作っていた時代の人は心棒のことを“心木”と呼んでいました。こうした言葉に込められた感覚を大切にしながら制作しているそうです。そういった背景を知った上で観ると、木そのものの形を尊重して残し、個性を引き出すようにしているようで、温かみを感じます。
Height of Weight – Air sole
上から観ると右足に見え、横から見ると奇形樹に見える作品。奇形樹の持ち味をメインに楽しめる角度と、塑像によるイメージを楽しめる角度があり、角度によって捉え方が変容します。心木がむしろ主役になっているようにも感じます。
足のサイズは小柄で、地面から離れた位置にあるためか、宙に浮いているような軽やかさを感じます。そんなところから、無邪気に遊ぶ子供の足のように見えてきます。奇形樹と足というモチーフの持つスケール感は、目の前に実在するものだからこそ味わえるものがありました。
森靖(もり おさむ)さんは1983年生まれ、愛知県出身のアーティストです。2009年に東京藝術大学美術研究科彫刻専攻を修了されています。
通俗的なシンボルや神話から着想を得て、その姿を変容させ、躍動感に満ちた人物描写と細部まで彫り出した彫刻作品を制作されています。彫刻作品には生乾きの木材と鑿(のみ)を用いて、生の木材ならではのひび割れや剃りも取り入れた表現を取り入れています。近年は粘土を用いた塑像作品も制作されています。
直近の主な展覧会に
- グループ展「FREAZE Seoul」(2022、COEX、ソウル)
- グループ展「New Works」(2021、駒込倉庫、東京)
- 個展「Ba de ya」(2020、Parcel、東京)
などがあります。
森靖さん|Instagram:@osamu_mori_
まとめ
関東最大の共同アトリエ「スタジオ航大」在籍メンバーによるグループ展を鑑賞してきました。多様な作品ひとつひとつに見応えがあり、表現方法や制作背景を知るとより細部も観たくなる展示でした。
絵画や彫刻作品をコンパクトながら一堂に楽しみに現地で作品を味わってみてはいかがでしょうか。現地へ行けないという方も、写真を通して作品の放つ表現を楽しんでもらえたら嬉しいです。
この展覧会きっかけでスタジオ航大というものも知ることができ、私自身発見の多い展覧会となりました。スタジオ航大ではオープンスタジオを開催することもあるそうなので、今後機会があればそちらにも伺いたいなと思います。
展示会情報
展覧会名 | ANTENNA KODAI |
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会場 | HIRO OKAMOTO(Instagram:@hiro_okamoto_gallery) 東京都渋谷区神宮前3丁目32−2 K’s Apartment 103 ※入口は施錠されているので、正面玄関インターホンで「103」を呼び出すとギャラリーの方が開けてくれます。 |
会期 | 2022年11月3日(木・祝)~11月25日(金) ※休廊日:月曜日(11月7日、14日、21日) |
開廊時間 | 11:00〜19:00 |
サイト | https://www.hirookamoto.jp/events/antenna-kodai |
観覧料 | 無料 |
作家情報 | 今井恵さん|Instagram:@keiimai_works 小津航さん|Instagram:@ozuwataru 菅隆紀さん|Instagram:@suga.aka.takanori 菅雄嗣さん|Instagram:@yushi_suga 増田将大さん|Instagram:@masudamasahiro 森靖さん|Instagram:@osamu_mori_ |