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【個展レポート】高松和樹「To fulfill your desires..」|少女像が映す時代への反抗と、心と欲望の距離感

よしてる
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“距離感”が印象的な女性像を描く、高松和樹さん6年ぶりとなる国内での個展「To fulfill your desires.. -欲望を満たすために..」へ行ってきました。

「ネット上の匿名性やそこに映し出される現代っ子」をテーマにした作品には、若者が抱える現代の生きづらさから“私”を取り戻すためのメッセージが込められているように思います。

その理由を、少女の身につけたレースの服をはじめとするモチーフの意味などに注目しながら、13年前に作品を知ってから見続けている視点で探っていきます。

書き手:よしてる
1993年生まれの会社員。2021年2月からオウンドメディア「アート数奇」を運営。東京を拠点に「アートの割り切れない楽しさ」を言語化した展覧会レビューや美術家インタビュー、作品購入方法、飾り方に関する記事を200以上掲載。2021年に初めてアートを購入(2025年6月時点でコレクションは30点ほど)。

高松和樹とは

高松和樹(たかまつ かずき)さんは1978年生まれ、宮城県仙台市出身。
2001年に東北芸術工科大学美術科洋画コースを卒業、2002年に東北芸術工科大学美術科洋画研究生を修了しています。

主な展覧会に

  • 個展「Parallelization Era(並列化時代)」(2023、Corey Helford Gallery、アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス)
  • 個展「Lingering thoughts of the Cyber Punk world」(2023、Dorothy Circus Gallery、イタリア・ローマ)
  • アートフェア「Context Art Miami」(2023、アメリカ・フロリダ州マイアミ)
  • 個展「開廊 & 画集刊行記念展」(2019、TomuraLee、銀座)

などがあります。

アメリカ、ヨーロッパを中心に作品発表をする機会が多い中、今回の展覧会は2019年以来6年ぶりの国内個展となります。

作品の特徴:層が生む「距離感」と凛とした少女像

高松和樹さんは掲示板やSNSのやりとりなどにヒントを得て、「ネット上の匿名性やそこに映し出される現代っ子」をテーマに、少女をモチーフとした、色のグラデーションで距離感を生み出す作品を制作しています。

色による距離感は地形図に見られる等高線のような線で区切られ、距離が遠くなるほど濃く暗い色にすることで表現されています。

また、作品の制作過程で3DCGを用いたデジタル技法と手彩色によるアナログ技法の両方をキャンバス上で融合しているのも特徴的です。

高松和樹「To fulfill your desires..」展示作品を紹介

今の作風となってからちょうど20年となるタイミングでの個展。
そんな節目でもある今回の個展は「少女が着ているレース」を軸に作品が展開されています。

個展タイトル「To fulfill your desires.. -欲望を満たすために..」に込められた意味を探りながら、作品を見ていきましょう。

Q
アーティストステートメントはこちら

To fulfill your desires….
些細な欲望すらも叶えられない時代へ送る作品。
私が学⽣の頃は物価も安く時間もあった。
暇を持て余しバイトをしそれなりに欲望を叶えることができた。
しかし今の学⽣たちを⾒ていると物価は上がり、やることが多すぎて時間が⾜りない。
ネットの登場など世の中が便利になれば、それに伴い時が加速した。
情報過多で1⽇にやることが多すぎる。
仕事、情報収集、効率化の勉強、スキル磨き、美容、⾃⼰啓発、etc.
やらなくてはならない当たり前のことが増えすぎた。
弱⾁強⾷の中やめれば世の中についていけない。
⼀昔前の普通の⽣活すら夢のまた夢。
そんなストレスだらけの時代に送るアンチテーゼを込めた作品。
服のレース模様は業務過多、情報過多を⽐喩し、物理的な制作作業量を⼤幅に増やした。
レースの透け感はスカスカな埋まらない⼼の⽋落感を表現。
私の⽭盾した作品表現、あえて最新テクノロジーを取り⼊れが余計に⼿間のかかる作業。
モチーフに隠した要素やタイトルの裏の意味を考えながらお楽しみいただけたら幸いです。

ー引用:アーティストステートメント

ディスプレイのような画面に浮かぶ「現代っ子」の肖像

展示を見渡すと、漆黒の画面上に浮かび上がる少女の絵画が並んでいます。

この黒色や四角い画面から連想されるのが、生活に欠かせないスマホをはじめとするデジタルディスプレイです。
そう感じるのは、光を放つように少女がモノトーンに近いラベンダー調の色彩で描かれているからかもしれません。

高松和樹さんは「ネット上の匿名性やそこに映し出される現代っ子」をテーマに作品を制作しています。
今の時代を試行錯誤し懸命に生きる現代っ子がSNS上でつぶやく言葉から、イメージを膨らまして制作しているそうです。

そうした背景から描かれる少女は澄まし顔で、感情を隠すように凛とした佇まいをしています。
まるで、他者との距離を保ちながら自己表現するSNS上の人物像を描いているようです。

デジタルとアナログを行き来する制作工程

こうした不思議な人物表現は、3DCGによる下絵とアクリル絵具による手彩色を融合して生まれています。

高松和樹さん作品の制作工程
  1. 3DCGソフトで立体を“彫刻”するように、下絵となるモチーフを描く
  2. 等高線を作り、この線を使ってグラデーションを作る
  3. できた画像をターポリン(テントなどに用いられる防水布)に野外用顔料を使ったジグレー版画で出力する
  4. ジグレー版画の上からアクリル絵具で手彩色を施す

ー参考:高松和樹画集 私達ガ自由ニ生キル為ニ(2019、高松和樹)

デジタルとアナログを行き来する制作工程は、まるでオンラインとオフラインを行き来しながら生活する現代の若者たちのライフスタイルをなぞっているようでもあります。

正しさが揺れる時代に反抗し「主体的に生きる強かさ」を示す少女

高松和樹さんの作品には、象徴的なモチーフが多く描かれています。
それらの意味を探ると、SNS上で正しさが揺れる時代に反抗し、主体的に生きる強かさが見えてきます。

個々のモチーフを参照しながら、意味を探ってみましょう。

華やかさの裏にある満たされない何かを感じる「レース」の服

まずは今回の個展の軸にもなっている、「少女が着ているレース」
展示作品のほとんどの少女が身につけていて、それらの作品を見比べると、緻密にレースが再現されているのが分かります。

レースには装飾的な華やかさがあり、少女の美しさや神秘性を際立たせています。
その神秘性をさらに強めるように、レースの縁が赤く染められているのも印象的です。

レースを緻密に描くために効率度外視の膨大な時間が費やされていることが想像できます。
この制作工程が、自分とは直接関係のない情報を含めて処理する時間感覚を表しているようです。

次に、少女の着る服の観点で作品を観ると、そこに身体を包み隠す機能はありません。
特に作品《大義》は身体のラインが露わになるほど、透け感が際立っています。
まるで、外見的な華やかさだけでは満たせない心の隙間が表出しているようです。

少女の神秘性を際立たせる「後光」と「菊の花」

レースの服以外にも、作品の中にはさまざまなモチーフが登場します。
例えば、作品《私ハコノ時代ヲ生キ抜キマス。》の少女の背後に描かれている円環の「後光」です。

この後光は、仏像などに見られる背後の装飾と重なります。
仏像では「神聖さ、慈悲、智慧」を象徴する後光を描くことで、少女を神秘的な存在へと昇華しているようです。

また、邪気払い、高貴さを象徴する「菊の花」が髪飾りに添えられている点も、少女の神秘性を際立たせています。

SNSの影響力や不確かさを感じさせる「大波」と「霞」

「大波」「霞」のモチーフには、SNSをはじめとするデジタルツールとの関連性を感じます。

葛飾北斎のグレート・ウェーヴを彷彿とさせる「大波」は、少女に視線を誘導させつつ、動的な力強さを物語っています。
作品のテーマ性を考慮すると、波の強さはSNSが私たちに与える影響力を感じさせ、その大波に抗うように凛と立つ少女に、決意の強さが見受けられます。

そして、足元に浮かぶエ霞(えがすみ:霞を図案化した日本の伝統的な文様)から判別できる「霧」に足元の不明瞭さを感じ、まるでSNS上で流れる情報の不確かさを可視化させているようです。

作品名を表す「文字」が放つメッセージ

作品によっては、少女の足元にオールド・イングリッシュ・フォントの「文字」が表記されています。
今回の展示で文字が使われていた作品は2つ。

一つ目の作品《私ハコノ時代ヲ生キ抜キマス。》には「L」と「T」が記されています。
作品名の英語表記《I will live through this era.》中の「live」「through」の頭文字を取っていると考えられます。

二つ目の作品《私ガ正義》には「I」と「J」が記されています。
こちらも同様に、英語表記《I am justice》中の「I」「justice」の頭文字であると考えられます。

文字は絵画中で一定の存在感を放つことから、文字にしてでも伝えたいメッセージが込められているのではないかと思います。

「私はこの時代を生き抜きます」
「私が正義」

これらの言葉には、SNSに流れる不確かな情報で「正しさ」が揺れる状況下で、主体的に生きるための静かな反抗が表れています。

主体性を守るための「刀」や「銃」

静かな反抗は、少女の持つ「刀」「銃」にも表れています。

刀や銃を誰かに向けていないことから、他者との対立するための武力というよりは、自己防衛のための武器の意味合いで用いられているように感じます。

あくまでも社会に呑まれないための武器に、言葉と同様に強い決意を感じます。

作風の変遷を楽しむ

展示には、過去の作風に寄せた作品も展示していました。

等高線による距離感表現やモノトーンに近い色彩、少女を描く点は一貫しつつ、色彩や少女の表情、服装、モチーフに変化があるのが分かります。

次第に描く情報量が増えてるところに、情報過多へと進む社会変化が映し出されているようです。

「心を閉ざした人間」としての壁掛け立体作品

今回の展示では、大型の壁掛け立体作品《私ハ人形ナノデ箱ノ中デモ平気デス。参》の展示もされていました。

絵画にある距離感の表現が、立体上でも絶妙に再現されています。
瞳を掘ることで眼差しの深さが表現され、ツインテールもプラスチックを弛ませることで躍動感が生まれています。

作品名《私ハ人形ナノデ箱ノ中デモ平気デス。》から読み取れる点として、人形は「心を閉ざした人間」として扱われているように思えます。

人形の入った箱をSNS上と見立てた場合、無感情な人形ならともかく、心を開いた人間がSNS上に身を置けば置くほど、周囲の視線や評価に敏感になり、心が消耗していくことを逆説的に示唆しているようです。

他人の評価軸ではなく自分の価値観に目を向けることは、自分自身の「欲望を満たしていく」ことにも繋がります。
人形がどこか現代的な偶像のように見えるのは、小さな箱の世界で自分らしさを見せる姿に、現代を生き抜くヒントを見て取れるからかもしれません。

まとめ:“私”を取り戻すための「心と欲望の距離感」

個展を通して感じたのは、正しさが揺れ動きやすい時代への静かな反抗が欲望を満たすきっかけになるということでした。

あらゆる情報が手に入りやすい時代に「静かな反抗」をして、外ではなく内を見て、自分の欲望と向き合う時間を作る必要性が、凛とした少女像に込められているようでした。
自らの心と欲望の距離感を縮めていくことで“私”を取り戻すことができる、そんなメッセージが「To fulfill your desires.. -欲望を満たすために..」に込められているのかもしれません。

私自身、個展で高松和樹さんの作品を観るのは初めての経験となりました。
2013年に「距離感主義」と書かれたオフィシャルサイトを見かけ、その後のアートフェア東京2014で実物を観た時の衝撃を思い出しながら、今回の展示を見ていました。
自らのアート鑑賞の変遷とも重ねて観る楽しさも味わえました。

展覧会情報

展覧会名「To fulfill your desires..」
会期2025年5月30日(金) – 6月14日(土)
開廊時間10:30 – 18:00(土は17:00まで)
休廊日日、月、祝
サイトhttps://tomuralee.com/exhibition/exhibition-614/
観覧料無料
作家情報高松和樹さん|Instagram:@kazukitakamatsu777
会場TomuraLee(Instagram:@tomuralee
〒104-0061 東京都中央区銀座3-9-4 第一文成ビル603
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1993年生まれの会社員。2021年2月からオウンドメディア「アート数奇」を運営。東京を拠点に「アートの割り切れない楽しさ」を言語化した展覧会レビューや美術家インタビュー、作品購入方法、飾り方に関する記事を200以上掲載。2021年に初めてアートを購入(2025年6月時点でコレクションは30点ほど)。
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