アドリアナ・オリバー「This Time,Tomorrow」|“寄り添う存在”の愛おしさを感じるアート
人物を簡略化したイメージが印象的な作品を描くアドリアナ・オリバーさん。「なんで目は書いてないんだろう?」「作品にはどんな意味が込められているんだろう?」、そんな疑問を解くヒントをまとめてみました。
今回は神宮前の宮下公園内にあるSAI Galleryにて開催したアドリアナ・オリバー(Adriana Oliver)さんの個展「This Time,Tomorrow」の模様をご紹介します。
要点だけ知りたい人へ
まずは要点をピックアップ!
- アドリアナ・オリバー(Adriana Oliver)さんは1990年生まれ、スペイン・バルセロナを拠点に活動するアーティストです。
- 50年代・60年代のシネマトグラフィ、多文化主義やジェンダー研究の研究成果から影響を受けており、伝統的なジェンダー構成を表す記号やキャラクターを破壊することによって、女性らしさ、男性らしさを探求した作品を制作されています。
- 展覧会タイトル「This Time,Tomorrow」には「どんな状況でも、どんなときでも、いつも誰かのそばにいたい。存在したい。」というアドリアナ・オリバーさん本人の愛のメッセージが込められています。
今回は展示作品の中から13作品をピックアップしてご紹介します。動画で展示の模様を観たい方はこちらもご覧ください。
アドリアナ・オリバー(Adriana Oliver)とは?
アドリアナ・オリバー(Adriana Oliver)さんは1990年生まれ、スペイン・バルセロナを拠点に活動するアーティストです。
彫刻家の家系の中で育ったアドリアナ・オリバーさんは、幼い頃から芸術的な自己表現が日常生活の一部となっていて、あらゆる経験が創造力と絡み合い、人生を芸術と切り離せないものと考えて育ったといいます。
そのため、最初は即時性があり世界を反映した形で捉えられるカメラを用いた写真家から、アーティスト活動をスタートします。そして、ポップアートの歴史から影響を受け制作していた写真作品はやがて、絵画制作へと移行していきました。
アドリアナ・オリバーさんにとって絵画を描くことは”視覚的に大胆でありながら、写真よりもニュアンスのある物語を生み出す方法で、具象的な形態を明確に表現することができる”ことと考えているそうです。
あえて多くを語らず、ニュートラルに鑑賞者へ作品を届けている
作品制作の背景には50年代・60年代のシネマトグラフィ、多文化主義やジェンダー研究の研究成果から影響を受けており、伝統的なジェンダー構成を表す記号やキャラクターを破壊することによって、女性らしさ、男性らしさを探求しています。
作品には人物を簡略化したイメージが多く登場し、一見シンプルな表現に感じますが、そこにはパワフルさも感じ取れます。それは原色を多用していたり、ストーリーと動きを暗示する形と線を表現的に使っていたりするところから、感じ取れるものなのかもしれません。
そして、アドリアナ・オリバーさん自身からは作品について多くを語らないそうです。
By purposefully not revealing too much through my minimalistic use of layers and shapes, my paintings create space for viewers to observe and reflect on these iconic symbols in a neutral space.
ーアドリアナ・オリバーHPより引用
(私の作品は、レイヤーや形を最小限に抑えることで、あえて多くを明らかにしないことで、鑑賞者がニュートラルな空間でこれらの象徴的なシンボルを観察し、考察できるような空間を作り出しているのです。)
作品の情報量の少なさと同じように、作品についても語らないことで、むしろ作品への考察を掻き立て、イメージを最もパワフルで本質的な形で提示しているのかもしれません。
展覧会タイトル「This Time,Tomorrow」に込められたメッセージ
日本でのおよそ2年ぶりの開催となるという今回の展覧会タイトルは「This Time,Tomorrow」です。
この言葉には「どんな状況でも、どんなときでも、いつも誰かのそばにいたい。存在したい。」というアーティスト本人の愛のメッセージが込められているそうです。
全てが2022年に制作された展示作品からはノスタルジックさを感じつつもユニークな存在感を放っていて、みるものに改めてアートの持つピースフルな力を届けてくれます。
展示作品を鑑賞
入口ではまず、円形作品がお出迎えしてくれます。
OUR DAY
男女の仲睦まじいワンシーンのようで、左側の女性は口角が上がっているように見えます。
いつまでも二人で、いつまでもこのままで、という願いが込められていそうだなと感じる作品です。
今回の個展の登場人物紹介のようだなとも思いつつ、大型作品の展示してある空間に移動していきましょう。
大型作品が並ぶ空間
THIS TIME TOMORROW
今回の展示作品の中では最も大きい、直径3メートルの大作です。個展タイトルと同名の作品でもあります。
家族写真を撮影しているように見える構図で、アドリアナ・オリバーさんの写真家としての経験が現れているのかなと頭をよぎります。家族写真はその時の記録であると同時に、記憶をイメージとして残すものだと思います。
どんな状況でも、どんなときでも、こうして一緒にいたことを忘れないように、そして子供たちがいつか大きくなった時にもひとりじゃないと振り返れるように、という願いが込められていそうだなと感じます。
STOPPED TO IMAGINE
抱きしめ合うふたりが描かれている作品。
髪の艶感は比較的細かく描かれている一方で、顔の表情や洋服のシワなどはシンプルな形と色で表現されています。描き込みによる絵画の美しさではなく、構図と登場人物がみせるメッセージに集中できるようにしているようです。
そのためか、お互いの存在を確かめ合うような様子から、身近なものの大切さというメッセージが伝わってきました。
SHE WANDERS
《STOPPED TO IMAGINE》が女性目線の身近なものの大切さを感じる瞬間を描いているのだとしたら、こちらは男性目線の作品なのかもしれません。
パートナーが振り向いて、笑顔でいてくれる場所であれることに一筋で、ネクタイが曲がっていることにも気づかないくらい夢中になっている様子が表現されているようでした。
また、ふたつの作品が並んで展示されることで、男女の違いを対比して表現しているかもしれないし、もしくはジェンダーをフラット化するアプローチを試みているのかもしれないと、思考が深まる空間でした。
ポートレート作品が並ぶ空間
続いては、ポートレート作品が並ぶ空間に移動してきました。
LET GO
男性にも見えるし、女性にも見える、中間的なポートレート作品。髪の毛の色と洋服の色が同じようで、重なりの部分もフラットに描かれています。
これまでの作品もそうですが、どの作品にも共通しているのが表情を読み解く上で大きな役割を持つ「目」を描いていない点です。人物がフラットに描かれている点も、アドリアナ・オリバーさんの言う「アイデンティティの不在」を強調する役割をしているようです。
KE IT ALL TRUE
表情を抜き取られた作中の登場人物は、大量生産・大量消費の時代の中で生まれたポップアートが継承してきた大衆性や視覚的インパクトを体現しているようです。
また、その見方を変えると、デジタル化の進む現代で、情報の大量循環・大量消費の中で、情報発信元の相手の顔が見えづらくなっている匿名性も感じることができます。
立体作品とストーリーを感じる平面作品
次の部屋には立体作品と、マンガのコマのようにストーリーを感じる作品が展示されていました。
Untitled
タバコを手に腕組みをする女性のブロンズ作品です。これまでの平面作品には描かれていた髪の毛の艶感が描かれておらず、マットな質感を感じます。
鑑賞者を俯瞰し見つめているようで、作品と鑑賞者という人同士の出会いの場をみて人間観察をしているようでした。
そして、その目の前には背景色が同じ5つの作品が並べられていました。
10 YEARS FROM TODAY
ある時のふたりの記念写真を映しているような作品。
”10年後の今日”と名付けられた作品は順路から近い場所に展示されていました。10年という時間を経ても隣にいてくれる存在がいること、それが今も昔も大切なことと教えてくれているようでした。
THE GIRL THAT CAN’T BE LOVED
続いて中央にある食事風景を描いた作品。食事の献立は何かわかるほど詳細に描きこまれている訳ではないようです。
カトラリーがないのがちょっと不思議ですが、男性の左手がちょっと浮いているところを見ると、そのことで店員さんを呼ぼうとしているのかもしれないと想像もできます。
一方、女性も似た形で机に手を添えていて、同じ行動を起こそうとしたところを男性が先に動いてくれた、何気ない日常の嬉しさを切り取った作品なのかもしれません。
TOMORROW
“明日”というタイトルを見ると、《10 YEARS FROM TODAY》よりもこちらの作品が時系列的に近い瞬間を描いているように感じます。
ウェディングドレスに身を包んだ女性をみたところ、明日は結婚式の予定なのでしょう。そして、そこから10年後も寄り添うパートナーとしてあり続けるふたりになることを表現しているようです。
5つのうち3作品を紹介しましたが、これらの作品の間には男性が一人で描かれている作品が飾られていました。それはなぜなんだろうと思った時に、孤独と一緒の対比があるのかなと感じます。
結婚を通したパートナーや子供の存在を初め、会社の同僚、友人など、側に誰かがいる当たり前の生活がある日突然失われることもあります。今この瞬間にある幸せな時間を、これからも続けていくことの大事さを、5枚の作品は訴えているのかもしれません。
I COULD’T WRITE SILENCE
展示の最後の並びは、青色を背景とした4つの平面作品になります。
自画像を描いている時のように、静寂さを醸し出している作品。最初の大型作品と同じく、青色の背景で描かれているのが特徴的で、最初の一緒にいる時間と対比し、こちらは一人の時間を描写しているようにも見えます。
ここまで鑑賞してきたあなたにとって、どちらの時間が魅力的に感じた?と問いかけられているようでした。
THAT’S WHEN I KNEW
直訳すると”その時、私は知った”という意味になるタイトルの作品です。こちらが順路の最後の作品になります。
フラットな作品をここまで観てきて、情報量が少ない分、用いている色の美しさや、敢えて男女をフラットに描くことで作品には余白が生まれていて、そこを自分の言葉で埋めていく楽しさがありました。
そして、鑑賞の中で埋めてきた言葉たちは、自分自身の気持ちを表に出して確認するような行為になっていて、そういう意味で、最後に”その時、私は知った”というタイトルの作品がくるのに納得するのでした。
エディション作品や関連グッズの販売も
Untitled
エディションでの小型立体作品も展示されていました。こちらは髪の毛の艶感が描かれていて、どんな違いがあるのかちょっと不思議に思いました。
他にもトートバックやステッカーも販売されていました。鑑賞の記念を持ち帰れるのは嬉しいですね。
ジェンダーをフラット化するアプローチから見えるもの
今回は作品を通して、自分の周りにいる人の存在の大切さを感じる鑑賞となりました。ジェンダーをフラット化するアプローチから、作品という人との出会いから今自分の抱える感情を言葉にして会話しているような感覚になりました。
アドリアナ・オリバーさんの作品鑑賞を通して、普段言うにはちょっと恥ずかしいけど、言えたら何かスッキリする本音の言葉と出会えるかもしれません。作品はあなたが「どんな状況でもそばに」寄り添ってくれるはずです。
展示会情報
展覧会名 | This Time,Tomorrow |
---|---|
会場 | SAI Gallery 東京都渋谷区神宮前6-20-10 RAYARD MIYASHITA PARK South 3F |
会期 | 2022年4月8日(金)~2022年4月24日(日) |
開廊時間 | 11:00〜20:00 |
サイト | https://www.saiart.jp/top/pdf/press.pdf |
観覧料 | 無料 |
作家情報 | アドリアナ・オリバー(Adriana Oliver)さん|Instagram:@adriianaoliver |