花井祐介個展「PebbLes AND RiPPLes」|小さな出来事への共感を呼ぶアートをご紹介
癖があるけど惹かれてしまう魅力的な人達を、シニカルでユーモアたっぷりなストーリーで描く花井祐介さん。
そんな花井祐介さんの「小石と波紋」と名付けられた個展は、曇り模様の感情を感じつつも自分で作って生み出すDIY精神の力強さや、ひとりの小さなアクションも波及していけば大きなアクションに繋がるというメッセージを感じる展示空間となっていました。
累計120の展覧会レポートをまとめた経験と、2021年からアートコレクションをしている視点をもとに、東京・原宿のGALLERY TARGETにて開催の個展「PebbLes AND RiPPLes」アート鑑賞レポートをしながら、花井祐介さんとそのアート作品についてご紹介します。
花井祐介とは?
花井祐介(はない ゆうすけ)さんは1978年生まれ、神奈川県出身の作家です。
横浜の外れにあった手作りのバーで働きながら、60年代のサーフィン雑誌の挿絵のリック・グリフィンさんなどのアートを通じ、50〜60年代のカウンターカルチャーやオリジナルのアメリカのカルチャーに憧れ創作活動をスタート。
その後、2003年にアメリカ・カリフォルニアのアカデミーオブアートカレッジで1年間学び、2006年、横浜で開催されたGreenroom Festivalで描いた看板がカリフォルニア・ラグーナビーチの元SurfGalleryオーナーの目にとまり、ニューヨークで開催されたアートショーに招待され、その後国際的に活動の幅を広げています。
主な展覧会に
- 個展「T&Y Projectsコレクション展」(2022、T&Y Projects、東京)
- 個展「FACING THE CURRENT」(2022、宝龍美術館、上海)
- 個展「IT WILL BE ALL RIGHT」(2017、GALLERY TARGET、東京)
などがあります。
今回のGALLERY TARGETでの個展は花井祐介さんにとって2017年以来、6年ぶりの開催となりました。
LEVI’SやBEAMS、ユニクロ、東山動物園、ザ・サーファーズ・ジャーナル日本版の1コマ漫画、ヨロッコビールなどで、花井祐介さんのアートワークを見たことがある人もいるのではないでしょうか。
作品について:癖があるけど惹かれる「Ordinary people」の絵
花井祐介さんの作品は、50~60年代のカウンター・カルチャーの影響を色濃く受けた、シニカルでユーモアたっぷりなストーリーを想起させる作風が特徴的です。
- カウンター・カルチャーとは?
カウンター・カルチャーとは対抗文化あるいは反体制文化を意味する言葉で、1960年代のアメリカを中心に展開した若者を中心とする文化の総称です。
1960年代当時、大恐慌と戦争を過ごした親世代の「物質的豊かさに価値を置く主流文化」やハイ・カルチャーに対して、戦後の豊かさを享受した若者が「物質とは違う価値観」へ関心を向け、新しい文化形態や実験的なサブカルチャー、オルタナティブなライフスタイルなど、新たな価値観が多数生まれました。
当時生まれた文化の中には、時を経て一定の文化的地位を獲得しているものもあります。
花井祐介さんは自分自身が描く人達を「Ordinary people(どこにでもいるような人達)」と呼び、見た感じはちょっと癖がありそうだけど、人として魅力的で、その人の生き方に触れていくうちにより惹かれる人物が多く登場します。
また、花井祐介さんはサーフィンをよくされるそうで、スポーツとしてだけでなく、文化としてのサーフィンも好きなのだとか。
サーフィンに付随した人々の生き方や交流、歴史、音楽、アートなど、そうした文化の中にある魅力も込められているのかもしれません。
花井祐介のアート作品をご紹介
花井祐介さんの作品の登場人物が織りなすストーリーを楽しみつつ、アーティストステートメントにある「生活の中でおきる小さな出来事」や「小石や波紋の意味」にも注目しながら観ていきましょう。
- 今回参考にしたアーティストステートメントはこちら
ふと目にした景色。酒を飲んだ友人の滑稽な態度。上手く伝えられなかった言葉。繰り返す失敗。
ラジオから流れてきた曲。目にした文章の一節。季節毎に変わる風の匂い。雲の色。水の冷たさ。娘の小さな手。猫の柔らかい肉球。冷たい鼻先。
生活の中でおきる小さな出来事は心の表面を揺らすが、その大半は数分後には忘れてしまう。
それは投げた小石が作る波紋のように水面を揺らして消える。
ただ、波紋は消えても底には小石が沈んでいる。
沈んだ小石を拾ってもそれが果たして自分の心を揺らした小石なのか、どの波紋を作った小石なのかもう定かではない。
定かではないが拾い集める。
そして次の波紋は消えずに広がり続けるかもしれないと思い、もう一度小石を水面に投げてみる。
そのようなことを繰り返している。
絵画作品①:「Ordinaly People」の多彩な要素に触れる
花井祐介さんの絵画作品に描かれるモチーフであるOrdinaly Peopleの多くは、俯いていたり、眉に皺を寄せて不機嫌そうだったりと、どこかもの寂しさが含まれているように感じます。
例えば、猫に見える赤い動物と一緒に描かれた男性も、口をへの字にしながら腕を組み、こちらを睨むように見つめています。
日常生活で常に笑っている人はなかなかいないように、あまりうまくいかなかった日の沈んだ感情にもスポットライトを当てる。
そうすることで、人の持ついろんな要素を描き出しているようで、人の一面だけを切り取って決めつける危うさや、相手の生活に触れてリアルを知る大切さを感じさせてくれます。
絵画作品②:生活の中で起きる小さな出来事への共感
人の持ついろんな要素に触れるとは、うまくいった時だけでなく、失敗した時も時間を共有しながら「そういう日もあるよね」と話すみたいに、その人の生活のリアルに自分も関わっていくことかなと思います。
肩車をして人力で上へ持ち上げようとする作品は、脚立で登ればその場では楽に登れそうだけど、人とリアルに行動を共にし得られる達成感や、時間を積み重ねた結果より高い場所に到達できることを教えてくれているようです。
また、集合写真のような作品には笑顔がチラッと映り、お互いの酸いも甘いも知り抜いたメンバーに何か良い出来事があって、喜びを分かち合っているように見えます。
そして、ギャラリーの地下にある展示スペースにあった120号の作品は、花井祐介さん自身の生活の中で撮影した写真から詳細の変更を経て生まれたそうです。
何気ない情景にスポットライトを当てた作品には、普段のひとときが心を温めてくれることを教えてくれます。
絵画作品③:《Untitled》が生むストーリーの余白
花井祐介さんの作品の多くは、《Untitled(無題)》というタイトルがつけられています。
《Untitled》というタイトルをつけているのには、絵のストーリーの解釈は鑑賞者に委ねるという理由があるそうです。
作品には花井祐介さんの中である程度のストーリーがあるそうですが、「これはこういう絵ですと決めちゃうと見る人が面白くないから、それぞれの解釈で見てほしい」という考えが反映されています。
ストーリーが明示されないからこそ、鑑賞者がストーリーを組み立てる余白が生まれています。
例えば、1階の展示スペース入口で最初に目にする、遠くの波紋を眺めている作品。
どんな二人が、どこで、何をしている場面なのかの説明はありませんが、「石を投げて遊んでいる様子」、「魚がジャンプして着水した瞬間」など想像しながら楽しめる自由さがあります。
その奥には、水辺で石を落として波紋を眺めている作品も。
今回の個展タイトル「PebbLes AND RiPPLes(小石と波紋)」というタイトルとも重なり、石や波紋が示す意味についても考えを巡らせる楽しさもあります。
一人一人の影響力は海に投げる小石のように小さく無意味に思えても、自分の行動に気づき同じアクションをする人が集まれば、流れを変えることが出来るし、大きな波を作ることもできるはず、という前向きさも映し出しているのかもしれません。
立体作品:自分で作る「DIY精神」の力強さ
今回の展示は絵画だけでなく、ギャラリー内に立体の小屋の展示もしていました。
アトリエを可能な限り自力でリフォームされているそうで、この小屋も手作りという、花井祐介さんのDIY精神を全面に感じれる作品です。
花井祐介さんが2010年から参加している、美術や音楽の授業が受けられないカリフォルニアの小学生のための「放課後アートプログラム」など、様々な社会貢献ワークショップ活動もされているからこその、「無いなら自分で作って生み出すDIY精神」の力強さを感じます。
その小屋の脇には花井祐介さんが描くOrdinaly Peopleのリアルな立体と、この人物が集めたように見える海ゴミが置かれています。
そして、床にあるペットボトルのゴミが水面と錯覚させ、そこに向かって小石を投げている身振りをしてます。
その指先を見ると、ギャラリーの端に小石が4つ置かれているという演出も。
一人が海ゴミを集めるのは小さなアクションだとしても、一人が投げた小石の波紋を見た別の人が、石を投げてを繰り返し波紋を連鎖させていくように、自分でやるDIY精神が人類を動かす可能性があることを示しているようでした。
小屋の中には花井祐介自身のコレクションも
ちなみに、小屋の中はというと花井祐介さんの好きなアーティストの作品が飾られていました。
Nathaniel RussellさんやTim Kerrさん、Jeff Canhamさん、山口幸士さん、dugudagiiさん、T9Gさん、HAROSHIさんなど、国内外アーティストの魅力的な作品を観ることもできる空間となっていました。
ドローイング作品:小石や波紋に見る小さなアクションの大切さ
ドローイング作品はストーリー的に、小石を投げて波紋を作り、投げた小石を拾おうとする様子が描かれています。
投げた石を拾おうとしたが見つけられず、びしょびしょになって終わるストーリーにもの寂しさを覚えつつも、最後にもわずかな波紋が連鎖していく様子が、やってみての失敗もまた愛らしい瞬間に感じました。
また、今回展示の立体作品に似たモチーフが描かれた、エディション作品も展示していました。
木版印刷といえば、浮世絵をはじめとした日本の伝統技術。
その技術で鮮やかな色彩が表現され、海ゴミを拾うといった小さなアクションが波及すれば、窓の向こうの景色も少しずつ色鮮やかになっていくという意味が含まれているようでした。
まとめ:ひとりのDIY精神も波及すれば大きくなる
花井祐介さんの個展「PebbLes AND RiPPLes」の作品をご紹介していきました。
花井祐介さんの作品を鑑賞して感じたのは、ひとりの小さなアクションも波及していけば大きなアクションに繋がるということ。
まずはDIY精神で自分からアクションし、それを続けていくことで社会と繋がっていく可能性もあるからこそ、ひとりでできる小さなことから始める大切さと勇気をもらえる作品でした。
海に浮かぶゴミのほとんどは街でポイ捨てされたゴミが流れ着いたものなのだそうです。
こうしたひとりの行動で変わるということが、花井祐介さんの描く「Ordinary people(どこにでもいるような人達)」の多様な見え方の一部としてあるように感じました。
他にもある多様な見方を、リアルな場で作品と対峙して受け取ってみてはいかがでしょうか。
花井祐介個展「PebbLes AND RiPPLes」情報
展覧会名 | PebbLes AND RiPPLes |
会期 | 2023年6月16日(金) 〜 7月8日(土) |
開廊時間 | 12:00 – 19:00 |
定休日 | 日月祝 |
サイト | https://www.gallery-target.com/2023/06/06/belief-in-spring-asleep-under-ice-by-geoff-mcfetridge/ |
観覧料 | 無料 |
作家情報 | 花井祐介さん|Instagram:@hanaiyusuke |
会場 | GALLERY TARGET(Instagram:@gallery_target) 東京都渋谷区神宮前 5-9-25 |