森本啓太個展「A Little Closer」|日常の“光”が人生という物語の主役を輝かせるアートをご紹介
現代社会を照らす光を扱い、自然で神秘的な世界観を映し出す森本啓太さんの個展「A Little Closer」をご紹介します。
若者のパーソナルな日常が描かれた作品群を通して、生活の中にある光が「人生という物語の主役を輝かせる特別な存在」に見えてくるはず。
累計120の展覧会レポートをまとめた、2021年からアートコレクションをしている視点からレポートします。
森本啓太とは?
森本啓太(もりもと けいた)さんは1990年生まれ、大阪出身の作家です。
16歳の時にカナダのトロントへ移住し、2012年にオンタリオ芸術大学(現OCAD大学)美術学士号を取得されています。
2021年から東京にも拠点を置いて活動しています。
主な展覧会に
- 個展「In Between Shadows」(2022、ATM Gallery、アメリカ・ニューヨーク)
- 個展「Contrasting Memories」(2022、Nicholas Metivier Gallery、カナダ・トロント)
- 個展「After Dark」(2021、KOTARO NUKAGA 天王洲、東京)
などがあります。
アートの特徴:「光」を扱った自然で神秘的な世界観
森本啓太さんの作品は、ありふれた日常にある「光」を扱った自然で神秘的な世界観が特徴的です。
光は歴史的にも象徴的なモチーフのひとつ。
それを森本啓太さんは、自動販売機やスーパーの陳列棚、冷蔵庫など、消費社会と産業文化によって生まれた製品の光と結びつけています。
ありふれた日常に焦点を当てた作品を通じて、現代の生活における構造的な脆弱性や道徳的規範に疑問を投げかけています。
森本啓太個展「A Little Closer」展示作品をご紹介
今回の展示は森本啓太さんと同世代の若者の日常が描かれた絵画を中心に構成されています。
展覧会ステートメントにある「個人としての自分らしさ」「自由」の観点にも注目しながら、パーソナルな若者の姿を照らすドラマチックな絵画を観ていきましょう。
- 今回参考にした展覧会ステートメントはこちら
…社会における何者であるかではなく、描かれた本人が個人として自分らしさ、つまり「自由」を獲得している時が描き出されていると言えるのです。社会から与えられた役割ではなく、自身が作り出した場所の中、その描き出された物語の主人公でいるのです。森本が「エンパシー」を活かし、描いた彼ら彼女らの人生のナラティブは、今という「時代の色」を帯び、鑑賞者の「共感」によって幾重にも重なるナラティブを生み出します。ちいさな物語の主人公はやがて複雑で大きな物語の主人公となっていくのです。…社会システムによる「ラベリング」に抵抗し、自分が何者であるのか、何を良しとし、どんな瞬間を美しいとするのかといったことを他者の手に委ねないこと。このことこそ人間が人間らしく生きる上で最も重要なことであり、それが大きな自由を獲得することにつながるのだということを森本は自身の絵画を通して提示し続けてみせています。
絵画①:パーソナル空間へ出かけるストーリ性を感じる作品
ギャラリーのショーウィンドウに設置された《The Room》という作品は、若者が暮らしているパーソナル空間への扉を彷彿とさせます。
ドアクローザーがあること、服を着込んだ人物の姿から、外出する瞬間であることが想像できます。
展覧会タイトルの「A Little Closer(もう少し近くへ)」からも、個人にスポットライトを当てた空間が扉の先に待ち受けているのでしょう。
友人の家に遊びに行くようなストーリーを感じながら、ギャラリーという名のパーソナルな空間に入っていきましょう。
絵画②:現代にある“日常の光”が特別な輝きを放つ作品
パーソナルな場面には、若者が思い思いに過ごす日常が描かれています。
冷蔵庫の柔らかな光だけが周囲を照らし出している、生活感あふれるワンシーン。
誰もが一度はするであろう動作が劇的で魅惑的な瞬間となり、女性は特別な輝きを放っています。
パーソナルな時間を照らす光はまるでその人らしい表情に戻してくれる存在のようです。
社会の中で役割を与えられる不自由さから解放され、人生の主役に立ち返れる感覚になります。
暖色の光による空間の明暗が、神秘的な場面を生み出している作品。
一見すると西陽にも見えつつ、机の上に多肉植物や塊根植物(コーデックス)があることから、植物育成ライトの存在も連想させます。
毎日を過ごす生活空間にはその人らしさを感じるアイテムがあり、そして、その空間に合った色や明るさの異なる光が寄り添っていることに気づかされます。
その人らしくいられる特別な場所と個人に注目することによって、自分自身の「自由」の在処を映し出しているようです。
絵画③:陳列棚とパーソナルな空間で異なる表情を見せる作品
小作品には陳列棚や冷蔵庫の中に並ぶいくつもの商品が。
一言に服やお酒、バターといっても、その中にはいくつものバリエーションがあり、加速する資本主義が映し出されているようです。
豊富なバリエーションから選択できる点は個性を表現するために役立つ一方で、社会の上に用意されたものから個性を選択し続けなければいけない様子も映し出しているようでした。
一方で、台所に置かれたものたちは、商品としての表情から変化しているように感じます。
色を置くように描かれる光が、消費競争から切り離されたものを生き生きと輝かせているようです。
公共空間にあるものとパーソナルな領域にあるものが映し出す風景と光の違いに、特別な意味合いがあるのかもしれません。
絵画④:自分らしくいるための理想の姿にも見える金魚の作品
森本啓太さんの作品は主に風景や人物を描いている印象ですが、今回の個展では金魚をメインに描いた作品も。
水中に刺す光が金魚に集まるように、紅白の身体を印象深く輝かせています。
日本最古のペットとも言われる、日本人の生活にとても近い金魚は人の手によって生まれた魚で、自然界では生きていけません。
- なぜ金魚は自然界に存在しない?
金魚はフナの突然変異によって生まれた魚で、人の手による交配・品種改良を繰り返すことでしか繁殖できないためです。
生物学的には金魚自体が突然変異によって生まれた魚で、遺伝的には劣勢なので、自然に交配を繰り返すと数世代でフナに戻っていきます。
生きる上で制約がある中でも多様性に富んだ種を持ち、優雅で自由な振る舞いを感じさせる金魚は、自分らしくいるための理想の姿として描かれているのかもしれません。
まとめ:日常の光が人生という物語の主役を照らす
2021年の個展から、個人の姿に近づいた作品には、日常生活にある優しい光が人生という物語の主役を照らす特別な存在として描かれているようでした。
森本啓太さんの手で神秘的に描かれる情景を通して、自分らしくいられる場所にある優しい光が、ありのままの表情に戻してくれる存在に見えてきます。
社会での役割や他者との比較で、自己の輪郭を作り上げていくのが本当の自由なのかを問いかけているようでもありました。
また、自分という人生の主役と紐づいて思い出した言葉がありました。
俺って人生の視聴者は俺だけだ、だったら俺が続きを観たくなるような物語じゃないと意味がないだろ?…終わりが来るその日まで、俺はルパン三世でいたいんだよ
ールパン三世 シーズン5 エピソード23「その時、古くからの相棒が言った」より引用
自分自身が続きを観たくなるような人生の物語を、自由に描く活力を分けてくれるような作品群でもありました。
森本啓太さんの作品を通じて、生活に密接に関わる光の重要性や、作品に描かれる世界観を味わってみてはいかがでしょうか。
森本啓太「A Little Closer」個展情報
展覧会名 | 「A Little Closer」 |
会期 | 2023年7月29日(土)〜 9月16日(土) |
開廊時間 | 11:00 – 18:00 |
定休日 | 日・月・祝 |
サイト | https://kotaronukaga.com/exhibition/a-little-closer/ |
観覧料 | 無料 |
作家情報 | 森本啓太さん|Instagram:@morimotostudio |
会場 | KOTARO NUKAGA 六本木(Instagram:@kotaro_nukaga) 東京都港区六本木6-6-9 ピラミデビル2F |