【漫画紹介】ブルーピリオド(山口つばさ)|作家視点でアートを楽しむ美術系マンガ
美術を志す学生はどんな受験をして、何を学び、アーティストになっていくのでしょうか。今回は一見理解が難しいアートの世界を描いたおすすめの美術系マンガ「ブルーピリオド」をご紹介します。
漫画のおすすめポイントはこちらです。
- アート知識ゼロから楽しめる青春漫画
- 美大受験のリアルが分かる
- アーティストがどんな想いから作品制作をしているかのかが分かる
アートのことをこれから知りたい人から、普段からアートを観に行く人にもおすすめの漫画です。
ブルーピリオドとは?
ブルーピリオドとは「月刊アフタヌーン(講談社)」にて連載中の、山口つばささんによる美術系漫画です。まずは作品のあらすじや著者について紹介していきます。
あらすじ
主人公は不良ながら成績優秀、愛嬌ありと器量の良い高校生・矢口八虎(やぐち やとら)。
充実した毎日を送りつつ、どこか空虚な焦燥感を感じて生きていたある日、一枚の絵に心奪われ、絵を描くことの楽しさに目覚めます。
そんな八虎が、美しくも厳しい美術の世界へ身を投じていく青春物語です。
八虎が理詰めタイプのキャラクターであるため、アートを順序だてて理解しようとしていきます。
アートの世界はどうしても「感覚の世界」というイメージが強いですが、ブルーピリオドでは論理的な観点から解釈してアートを楽しめるようになっています。
著者:山口つばさについて
山口つばささんは東京都出身の漫画家です。著者自身も東京藝術大学を卒業しており、大学卒業後にアフタヌーン四季賞2014年夏のコンテストで佳作を受賞しています。
絵との出会いは幼少期から通っていたお絵描き教室で、藝大に在学中は油画科にいつつ同人誌を描いていたそうです。
学問として正しい道である油画か、好きな漫画のどちらをやるべきか先生に相談したところ、「やりたいことをやった方がいいよ」といわれ、漫画を描き始めます。卒業制作も短編の読み切りを一冊にして展示していたようです。
もともとはスポ根漫画を描こうとして、アート×スポ根の組み合わせはなかったところから、「ブルーピリオド」が誕生したそうです。
ブルーピリオド3つのおすすめポイント
数多くある魅力の中でも、特にここがいい!というポイント3つを紹介します。
ポイント1:アート知識を漫画で楽しく学べる
作中にはさまざまなアートの豆知識が登場します。
アートのことを知らない人にもわかりやすく解説されていて、例えばこんなものがあります。
- お互いを一番引き立てる色の組み合わせ
- 色の配分によって作品の印象が変わる話
- 名画はおおよそ5つの幾何学形態で分割できる話
- 遠近法には大きく8種類もの描き分け方がある
…など、絵を描く人は何を考え、どんな技法で表現しているのかが漫画のイラストと言葉で分かりやすく説明されています。主人公・八虎が理論派であるため、作り手がどんなことを考えて作品化しているかを、論理的な言葉で表現してくれています。
また、これらの知識は著者の経験ももちろんですが、それに加えて本から情報を集め、共通している知識を抽出して描いているそうです。
美術予備校で教えている藝大生も、ブルーピリオドに登場する先生からのアドバイスを参考にした!という声もあるほどです。
ポイント2:美大受験とはどういうものかが分かる
一般受験は多くの人が経験するためイメージがつきやすい一方で、「美大の受験ってどんな準備して、どんな試験を受けるの?」という人は多いはず。漫画のストーリーは八虎の東京藝術大学(略して藝大)受験から始まりまるため、一般的にはブラックボックスな美大受験の模様を追体験できます。
藝大受験のスタートから時系列で全体感が分かりやすく描かれているため、美大受験を志す人にとって「こういう壁にぶちあたるのか」と参考になります。
私も読んで初めて知りましたが、藝大の絵画科は日本一受験倍率が高く、例えば平成28年の油絵専攻の受験倍率は約20倍、そのうち現役合格の倍率はなんと約60倍にもなるそうです。
確かに、有名なアーティストでも浪人を経て藝大に合格しているという話はよく聞きますし、何回かの浪人の末、藝大受験を断念する人もいるほどです。
- どうしてそこまでして藝大を目指すのか
- 絵は趣味でもいいんじゃないか
その疑問は八虎自身も抱き美術部顧問の先生に問いかけていて、その返答が論理的にも納得できるものでした。
ちなみに、著者も予備校に通い藝大受験をしたそうで、漫画ではその経験と最近の藝大受験の情報も取り入れたテイストとなっています。
ポイント3:魂を削る作品制作の過程を知れる
展覧会では、アーティストが制作した作品という「結果」をみることがほとんどだと思います。ブルーピリオドでは作品の制作過程も描写しているので、「テーマや伝えたいことをこういう手段でアートにするんだ」と、道すじを知れることも魅力のひとつです。
例えば、藝大受験ではテーマに沿った作品を制作していきます。テーマはひとつでも答えは十人十色で、その答えをアートという非言語で表現します。その過程は想像よりも上の葛藤があり、アーティストは魂を削って作品をつくっているんだなと気づくシーンが何度もあります。
時に作品と向き合う真剣な眼差しが強すぎて、怖く見えるほどです。
鑑賞する側にとっては見えている結果でしか判断できませんが、漫画に登場するキャラクターみんながアートと向き合い、考え、議論した言葉たちが作品を洗練させていく様子が描かれています。
アートを作る側のことを知ると、作品+作家の観点でより丁寧な鑑賞をしてみたくなります。
漫画の枠を超えてブルーピリオドを楽しむ
2021年からブルーピリオドは漫画の枠を超えてさまざまな展開をスタートしています。
気になる入口からブルーピリオドを楽しむのもおすすめです。
アニメ:山口歴とのコラボにも注目!
2021年10月1日からアニメ放映がスタートしています。
臨場感あふれるシーンの数々をアニメで楽しめるのはもちろん、このアニメ化の中で特にすごい!と思ったひとつが、アーティスト「山口歴(やまぐち めぐる)さん」とのコラボキービジュアルです。
キャンバスの枠からはみ出した筆跡を作品化した山口歴さんの代表作「OUT OF BOUNDS」シリーズを背景に、ブルーピリオドのキャラクターたちが前へ進む姿が描かれています。
また、
- お互いが「青」をキーワードにした作品があること
- 山口歴さん自身がが藝大受験の浪人時代に通っていた新宿美術学院がブルーピリオドの舞台にもなっている
といった共通点もあるようです。そんなリアルアートも知っていきながら、アニメからアートを楽しんでみるのもおすすめです。
「アニメは見逃してしまったけど、タイムシフトして観たい!」
という人はNetflixであれば視聴可能なので、そちらもチェックしてみてください。
山口歴さんについて知りたい!という人はこちらをご覧ください。
展覧会:リアルブルーピリオドを体感!
漫画やアニメをみてアートに触れてみたいなぁと思うけど、どこに何をみにいけばいいか分からない…
そんな人には、TVアニメ「ブルーピリオド」放送を記念してアート・コミュニケーションプラットフォーム「ArtSticker(アートスティッカー)」とコラボした展覧会「ブルーピリオド × ArtSticker」がおすすめです。
2021年10月22日(金) ~2021年1月14日(金)の会期で、ブルーピリオドの舞台でもある渋谷にある「hotel koe tokyo 2F POPUPスペース」にて開催しています。(現在は終了)
アニメの各話をテーマに12組の気鋭アーティストが作品制作し展示するという企画で、作品の解説をアーティスト自身が言語化され作品を読み解くヒントが多い印象があります。
「現代アートってよくわからない」という人にとっても「作品を通してこれを表現しているんだ!」と、リアルアートも楽しみやすくなっています。
展示の模様はこちらをご覧ください。
Instagram:あゆちゃんが発信中!
八虎の腐れ縁、あゆちゃん(鮎川龍二)がなんとInstagramをやっています。
あゆちゃん目線で投稿されていて、本当に現実にそこにいるかのようで不思議な気持ちになります。ときにリアルな場にあゆちゃんが立ち寄っているような投稿もされています。リアルと漫画のコラボレーションした発信スタイルは、どこかimmaと似ている部分を感じます。
Instagramをよく見る人は、こちらもチェックしてみると面白いです。
ちなみに一応の補足をすると、あゆちゃんは男の子です。
【ネタばれ注意】心に響くブルーピリオド名言5選
ここからは作品のネタバレを含むので、本編で楽しみたい人は漫画でチェックしてみてください!
それでは、これはいい言葉だなぁと感じた言葉を5つ紹介します。
「好きなことは趣味でいい」
ー漫画「ブルーピリオド」 佐伯昌子
これは大人の発想だと思いますよ
誰に教わったのか知りませんが
頑張れない子は 好きなことが無いことでしたよ
好きなことに人生の一番大きなウエイトを置くのって普通のことじゃないでしょうか?
八虎の「絵って趣味じゃダメですか?」の質問に対して、高校の美術部顧問、佐伯先生が答えた言葉です。
趣味で描く絵にも魅力はもちろんありますが、美大にいくことで整った環境で作品制作に集中できたり、有名美大になると大手企業が説明会にくることもあるという、意外と知られていないことも教えてくれます。
学生はもちろん、大人にとっても起きている時間のうちやらなければいけないことがありつつも、どれくらい好きなことに時間を費やせているかを考えさせる言葉です。
本を読んでも分からないから面白いんだ
ー漫画「ブルーピリオド」 矢口八虎
理論は完成の後ろにできる道だ
だったら天才と見分けがつかなくなるまでやればいい
それだけだ
予備校でずば抜けて絵のセンスが良い高橋世田介(たかはし よたすけ)と出会い、自分の絵の下手さを目の前にしたときの一言です。
理詰めで考える八虎らしい結論で、努力も才能だなと感じる言葉です。
絵ってさ 言葉だと伝わらないものが伝わるんだよ
ー漫画「ブルーピリオド」 矢口八虎
世の中には面白いモノや考えがたくさんあるって気づけるんだよ
「見る」以上に「知れて」
「描く」以上に「わかる」んだよ
美大受験を親に承諾してもらうシーンで、八虎が母親の絵をプレゼントしたときの一言です。
八虎は最初母親の似顔絵を描こうとしていましたが、いざ描こうとすると母親が自分に普段してくれていることをいくつも思い出して、台所に立つ母親の背中を絵にしたものに変えて渡すことにします。
絵を描き始めたからこそ「わかる」ことを母親に伝え、母親も八虎の変化に気づいて受験を応援してくれるようになります。
絵は言葉で説明する以上に相手に伝える力を持っていることが分かるシーンです。
幸福度の比較なんか意味ないよ
ー漫画「ブルーピリオド」 桑名マキ
人の痛みなんか想像でしかないんだから
…だから評価を裏切っちゃいけないとか思わないでね
ほんとに自分を許せんのってマジで自分だけじゃん
八虎が藝大に受かったものの、最初の作品講評で「受験絵画を捨てろ」といわれへこんだ時に、同じ予備校で切磋琢磨した友人・桑名マキから投げかけられた言葉です。
絵を描く経験の浅い八虎にとって、周りは絵や表現が上手い人ばかりに映ってしまいます。
他人との比較は人を成長も絶望もさせます。
そんなときに渡されたこの言葉は、いい意味で自分勝手にやったれと勇気を与えてくれます。
「努力は努力」派は努力にかけた”コスト”の話をしてて
ー漫画「ブルーピリオド」 鉢呂健二
「努力できるのは天才」派はその人の”性質”の話をしてるんだよ
でもそもそもそれってそんなに重要かな?
…努力とか才能がどうって話じゃなくてさ
自分に寄り添った言葉を選ばずに土足で踏み込まれるのが嫌って話でしょ?
「努力できるのは才能かどうか」という八虎の問いに対して、藝大同級生、鉢呂健二(はちろ けんじ)が出した答えです。
才能と努力という言葉をうまく因数分解しているなと感じます。
アートの世界は特に、天才だからあんな作品がつくれると言ってしまいたくなることもあるように思います。
この言葉はアーティストのことをちゃんとみているかと問いかけているようでした。
アーティストのことを知ると、あの人は美大受験で何回も浪人をしていたとか、結局美大には受からずそれでも諦められず選択肢を探したとか、最近名前を聞くようになるまでにアーティスト歴は数十年も経っているとか、「その人自身の歴史」があって今の功績があるんだと気づけます。
まとめ:アート作品ができるまでの道のりを知りながら楽しめるマンガ
ブルーピリオドはアート作品ができるまで道のりを、人間模様も含め分かりやすく描かれた漫画です。
- アートってよくわからない人にとっては「作品ってこうやってみれば面白そう!」というヒントに
- アートをよく観に行く人にとっては「アーティストは自分の作品を生み出すまでにこんな道のりを歩んでいるのか」と見方を増やすきっかけに
- これからアーティストを目指す人にとっては「美大受験とはこういうことをする」という教科書的に
あらゆる目的を持った人におすすめできる漫画です。
八虎の物語をきっかけに、リアルな場でのアートも楽しむきっかけになれば嬉しいです。
マンガ情報
著者 | 山口つばさ さん|twitter:@28_3 |
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アニメ情報 | https://blue-period.jp/ |