榎本マリコ「モーメント」|顔を覆われた⼈物画からみえるもの
今回は渋谷にあるOIL by 美術手帖にて開催した榎本マリコさんの個展「モーメント」の模様をご紹介します。
この記事を読むとこんなことが分かります。
- 榎本マリコさんとその作品について知れる
- 「顔を覆われた⼈物画」の作風に込められている意味について知れる
- ルネ・マグリット《人の子》とのとのつながりを考える楽しさもご紹介
今回の個展では、大型作品を含む15点が展示されていました。顔を覆われた人物画から見えてくる魅力の考察含め、展示作品をご紹介していきます。
榎本マリコとは?
榎本マリコ(えのもと まりこ)さんは埼玉県出身のアーティストです。曾祖父が日本画家であったり、近所に住む洋画家との交流もあり、幼い頃から絵を描くことが日常だったそうです。
ファッションの仕事につきながらもアートと触れ合う機会はあり、「やっぱりゼロから自分で作り上げる方に行きたい」という想いから、本格的に独学で絵の制作を始めます。
現在はアート作品制作の他に雑誌の表紙やジャケットイラスト、書籍の装画なども手掛けています。例えば、小説では近年以下の装画、挿絵を手掛けています。
「顔を覆われた⼈物画」が意味すること
榎本マリコさんの作品には、植物や動物、建築物などに顔を覆われた⼈物像が多く登場します。
作家自身、観る側としてもポートレートの作品に心動かされることが多いようで、いちばん惹かれる人間を中心に制作されています。
ただ、ポートレートを描きたい想いと独学がゆえの技術面との葛藤があり、試行錯誤をしていく中で「表情を見せずに広い世界観を出せる」ことがハマり、2017年ごろから顔を覆われた人物像の画風を描き始めたそうです。
こうして生まれた作風には、
- 「防御する」というイメージ
- 「本当の自分を見せたくない」というイメージ
- 作者の思う「人間とは全くかけ離れた物質や動植物を置くことによる憧れ」のイメージ
といったものが反映されています。
ちなみに、榎本マリコさんの作品を観て「怖い!」という反応をする人もいるようです。作者自身がホラー好きであったり、人間の闇といった得体のしれないもの、想像できないことに惹かれたりするところがあり、少なからず作品にも反映されているようです。
「怖い!」という反応はある種、作品の表現を受け取れているのかもしれません。
個展タイトル「モーメント」について
本展では、コロナ禍における⼼境の変化を記録するように制作したそうです。
コロナ禍での制作期間は時間の流れ、積み重ねを意識することが多い期間となりました。
ーアーティストステートメントより引用
今までに経験したことのない抑制の中、刻々と変化していく状況に抗えずにいる⽇々の⽣活の中で、それでも踏み込まれたくない守りたい聖域を作り出すような気持ちで制作していました。
また、その⼀瞬⼀瞬の気持ちの揺らぎを記録するような思いも表しています。
そういった意味で、個展タイトル「モーメント」には今この一瞬一瞬の心の動きを作品に落とし込むということが表現されているのかなと感じます。
そして、環境の変化はあっても感情が自由であれる場所は、自分自身の管理下のままに侵されずにしたいという意志を感じます。
作風の中のひとつのイメージ「防御」という意味合いがより濃くなることで、聖域となっていくのかもしれません。
個展「モーメント」の展示作品を鑑賞
それでは、展示の模様を観ていきましょう!
トリプティック:3つの絵画でひとつの世界観を表現した作品
今回の個展には、背景が同じで、描かれているモチーフがそれぞれ異なる3つの連作がいくつか展示してありました。この形式は「トリプティック」といわれるものです。
3つでひとつの世界観を共有している一方で、3つそれぞれが異なるモチーフで描かれているところに、「どんな関連性があるのだろう」と考える余白があり、つい見入ってしまう表現です。
moment I , II , III
こちらの作品は、夕焼けに照らされた雲が浮かんだ背景に、目をツバメで覆われた男女のポートレートが描かれています。
ツバメは渡り鳥で、9月中旬から10月の終わりになり気温が下がると、餌となる昆虫を求めて台湾やフィリピン、オーストラリアなど3000~5000kmも離れた南の国へ移動します。人間の背景にも夕焼けの中飛んでいるツバメが何羽か見えていて、秋の季節と丁度重なる情景に見えます。
2020年からヒトは渡航規制が厳しくなっている一方で、ツバメはいきいきと今すべきことをシンプルに選択し、南の島へ移動しています。そんなふうに行動できるうらやましさと、理性がある良さの2つについて考えさせられる作品でした。
Quiet day:馬のように駆け出したい気持ち
Quiet day
こちら作品は「目」の部分が駆け抜ける馬で覆われています。
目がその人の感情を最も発信する部位だとしたら、目の替わりに描かれた馬は「馬のように駆け出したい」という感情を表しているのかもしれません。
おめかしをしても画面越しの対話だけで、外出頻度がへってしまった閉塞感も感じます。
背景の明け方のような色合いと雲、そして流れ星は天気の移ろいや時間経過が表現されているように感じて、今の状況を表現しているようでした。
lost:どんな状況であれ時間は失い続けていく
lost
顔一面を覆うほどの、青々とした森が力強く群生している作品。森の中は真っ暗闇で、ここまで育つのに長い年月をかけたであろうことが想像できます。コロナ禍の時間経過を、森の形成にかかる時間を通して表現しているように感じます。
また、森の右端には倒木がひとつ描かれています。それが角のようにも見えて、抑えきれない怒りの感情が込められているように見えます。
どんな状況であれ時間は失い続けていくという意味も、タイトルの《lost》にも込められているのかもしれません。
100years:循環する日々を感じる作品
100years
今回の個展の中でいちばんの大型作品がこちらの作品でした。身体全体が描かれたポートレート作品としても、個展の中で唯一の作品です。
中央には水玉模様の服を着た女性が木の上に座っていて、顔には花と植物が描かれています。背景は特定のモチーフが描かれていないせいか、自然と顔の部分に目線が行ってしまうような構成だなと感じます。
また、頭の上に曇が広がっていたり、足元の右下には水たまりのような湖があったりするせいか、服の水玉が雨粒のようにも見えるのが不思議です。
空から降り注ぐ雨で身体を洗い流し、また次の日がくるという循環する日々を表しているようでした。
考察:ルネ・マグリット「人の子」との関連性
榎本さんの作品を観ると、ルネ・マグリットの「人の子」という作品を思い出します。
そこに顔があることは分かっているものの、リンゴが顔を覆っているために表情まで分からず、「誰か」までは判別できません。
ルネにとって日常は逆説に満ちていて、ひとつの事象に対して複数の解釈をしていたそうです。
《人の子》にも「人は隠されたものや私たちが見ることができない事象に関心を持つ」人間の行動をあらわにする試みがみられます。
榎本マリコさんの作品からも、描かれている人物が「誰か」までは分かりませんが、表情の替わりに動植物たちの野性的な姿が感情を表現しているように感じます。
キャンバス上に置かれた絶妙な数のモチーフをパズルのように組み合わせて、描かれている人物について読み取ろうとしてしまうところに、ルネの逆説的な捉え方に似た香りを感じました。
まとめ:欠けた要素こそ埋めたくなる
榎本マリコさんの作品を鑑賞を通して「欠けた要素こそ埋めたくなる」衝動を感じました。
自分自身の欠点は自分がいちばん気になっていると言われるように、欠けている部分は埋めようと努力をしたり、誰にもみられないように隠そうとするものだと思います。
この、気にする行動が思考を生み出し、自然と作品のことも考えてしまうのかもしれません。
そこに、榎本マリコさんの静かな人物画と動きある動植物の織りなす心地よさが、鑑賞者を作品の世界観へ誘い入れてくれます。
風のようにアートの世界観にいざなわれる鑑賞体験となりました。
展示会情報
展覧会名 | モーメント |
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会場 | OIL by 美術手帖 東京都渋谷区宇田川町15−1 渋谷パルコ 2F |
会期 | 2021年9月9日(木)~10月3日(日) 会期中無休 |
開廊時間 | 11:00~20:00 |
サイト | https://oil-gallery.bijutsutecho.com/exhibition/モーメント/ |
観覧料 | 無料 |
作家情報 | 榎本マリコさん|Instagram:@mrkenmt_tmk 榎本マリコさんの他作品も観てみる |
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