ミヤ・アンドウ「Mugetsu (Invisible Moon)」|雲間からみえる無常と瞑想
今回は天王洲にあるMAKI Gallery 天王洲 IIにて開催したミヤ・アンドウさんの個展「Mugetsu (Invisible Moon)」の模様をご紹介します。
この記事を読むとこんなことが分かります。
- ミヤ・アンドウさんとその作品について知れる
- 展覧会タイトル「Mugetsu (Invisible Moon)」の意味について知れる
- 日本にある考え方や言葉の豊かさを再発見できる鑑賞体験をえられる
雲や木を用いた作品は落ち着いた雰囲気を醸し出していて、誰もいない時間帯にひとりでゆっくりと観たくなる空間でした。今回は茶道のわび・さびと似たところがあるな、と感じたことについても考察してみました。
ミヤ・アンドウとは?
ミヤ・アンドウさんはカリフォルニア州ロサンゼルス生まれのアーティストです。現在ニューヨークを拠点に活動されていて、鉄、アルミ、木などのさまざまな素材を使い、抽象的な絵画や彫刻、インスタレーションなどを制作しています。
主要な作品である金属のパネルを使用した平面作品には、酸化などによる化学変化や、顔料などによる「手作業による染め」をしています。その工程は金属に潜む光を引き出しているようで、実際の作品鑑賞の中でも光の多彩な反射を感じることができます。
アメリカ人と日本人との両親をもち、幼少期を北カリフォルニアの田舎と、母方の祖父が住職を務めていた日本の寺院とを行き来して過ごしたそうで、その経験も作品制作に影響を与えているそうです。
また、日本人の血筋に刀鍛冶の先祖がある出生から、刀の製法を用いた表現もされていたりと、伝統と現代、産業と自然、東洋と西洋を巧みに融合した制作をされています。
瞑想的な作品
作品には、仏教的な世界観と日本の伝統的な自然観が込められています。作品を鑑賞する際のキーワードとなるのが、「無常」と「瞑想」です。
無常とは、万物は永遠ではないという考え方です。私は、恒久性を示唆する硬質な材料 (鋼鉄、アルミニウム)を作品の素材として選択しました。そしてそこに、とてもはかない光と抽象性を創り出します
ーミヤ・アンドウさんインタビューより引用
…相互に考えが結びつき、すべてが変容する存在であると認識すること自体に、美しさがあります。それは一度の経験ではなく、今ここにあることを常に気づかせてくれるのです
形の変わりにくいものと常に変化するものとを作品上で融合している表現を知ると、作品鑑賞の味わい深さも増していきます。
また、瞑想は作品制作の根本的な原動力となっているそうです。
「私にとって作品は精神世界を表現するものであり、制作活動は瞑想への手段でもあるのです」
ーミヤ・アンドウさんインタビューより引用
「私は瞑想的な作品を発表し、それはどんな文化圏の人であっても普遍的なものであり、自分のなかにある何かを見つけ出すための手助けになると考えています」
国ごとに文化的な違いはあれど、作品の持つ独特の静けさは世界共通で受け取れるものなのかもしれません。
個展タイトル「Mugetsu (Invisible Moon)」について
本展のタイトルである「Mugetsu=無月」は、旧暦8月15日に観測される一年で最も明るい満月、「中秋の名月」が雲で覆い隠されてしまう様子をさします。
「無月」という日本語の自然描写を直訳した英語表現は無いらしく、その意味に近いニュアンスの英語「Invisible Moon」を併記し、ふたつの文化間の思考や認識の違いを表しています。
そのことを知ると、日本には自然が見せるさまざまな表情を描写した、英語では表しきれない言葉があることに気づきます。
無月といった言葉たちは現代ではあまり使われていませんが、そんな言葉たちを作品として見える形に変換し、保存する試みをしています。
本展では、作家の代表作である「Kumo (Cloud);雲」「Unkai (Sea of Clouds);雲海」シリーズ、そして「Shou Sugi Ban;焼杉板」と作家が名づける彫刻作品を鑑賞することができます。
個展「Mugetsu (Invisible Moon)」の展示作品を鑑賞
それでは、今回の展示作品を鑑賞していきましょう!
Kumo(雲):無常観を感じる作品
January 1-28 2021 Kumo(Cloud)Grid NYC
展示会場に入ってまず目に入るのが、27作品を並べた雲の作品です。窓によってみえる景色が異なるように、ひとつひとつの雲の表情が異なります。
同じ場所で27通りの雲を描いてもしても描き切れるものではなく、常に同じものはない無常観が表れてるようです。
「永続的な性質や実体はなく、すべてが一時的なものである」という概念を感じます。
Unkai(雲海):中秋の名月を隠す雲
Unkai(A Sea Of Clouds)May 26 2021 7:41 PM NYC
Unkai(A Sea Of Clouds)May 25 2021 NYC 5:20 AM
個展の会場内には、色と雲の形が異なる作品がいくつか展示されていました。
色鮮やかな空に雲が浮かぶ景色は、金属からこんな色も表現できるんだと感じるものばかりでした。色のグラデーションもゆるやかで、鑑賞者の心の落ち着く場所になっていました。
作品の雲は無月という、一年で最も明るい満月「中秋の名月」が雲に隠れて観えなくなる様子を表しているそうです。
今年の中秋の名月は、9月21日(火)で、東京では綺麗な満月が見れました。
その一方で、作品に映る月は光こそ放っていますが、雲の裏に隠れてしまっています。
雲の裏側はどうなっているんだろうと気になってしまう自分もいました。
Unkai(Sea Of Clouds)May 22 2021 5:47 AM NYC
月のような丸い作品も展示していました。
青色とピンク色が共存していて、朝日がのぼってから夕方になるまでの時間経過を一枚に表しているようでした。
Shou Sugi Ban(焼杉板):反射するものと吸収するもの
January 16 2021 Matsu Pine Shou Sugi Ban Silver
焼杉とは、腐食を防ぎ耐久性を上げるために古くから使用されてきた技術のことです。
ミヤ・アンドウさんはこの技法を使用したうえに硝酸銀をかけ、観る角度によって光を反射する姿にしています。
木材の半分を焦がし、半分を硝酸銀で塗った作品は、光を反射するものと吸収するものというふたつの相反する性質を提示しています。
木材の年輪はまるで水滴が水面に当たった時にできる波紋にも見えて、日本庭園でみられる枯山水(かれさんすい)のようです。
考察:作品から感じた茶道の「わび・さび」との関連性
ミヤ・アンドウさんの雲の作品を鑑賞していると、ついどうしても月を見せてくれない雲がうっとうしく感じ、ほうきで掃きたくなる気持ちになります。そんなときに思い出したのが、茶人の珠光(しゅこう)が言った、
「月も雲間のなきはいやにて候(月でも雲の間から光るような景色のないのは嫌だ)」
という言葉です。
月見をしに来た時に限って雲がでてくると、気分がねじれてしまうものだと思います。そこを「そのままでいい、不如意のままでいい」という考え方で恨みつらみをなくしていき、雲間もいいではないかと言ったそうです。人間も一見弱点がないように見えても、それを隠して、見せないように生きています。
人生にもちょっとくらいの雲間があるから良くて、雲があるからまんまるの月を見た瞬間がよりいっそう綺麗に見えるのかもしれません。
茶道のもつ「わび・さび」とも関連する考え方が、作品の中から感じ取ることができました。
葉脈を残した名刺
展示会場の受付には、葉っぱでつくられた名刺も置かれていました。
ミヤ・アンドウさんの初期作品には葉脈を残しそれを色彩で染めた菩提樹の葉というのがあるそうです。菩提樹はその下で、仏陀が悟りを開いた樹木であり、超越、変容、成長を象徴しています。
ある種作品なのではないか、とも思える名刺もいただくことができました。
まとめ:雲間からみえる無常と瞑想を楽しむアート
日本で暮らしている人にとっても、無月が風情のあるものということを再発見できる展覧会でした。
会場に人がいない時間帯に鑑賞にいきましたが、しんっとした空間で雲や松の木の作品鑑賞をしていると、気持ちが落ち着く感じがして自然と瞑想しているような心地よさがありました。
そして、”常が無い”ことを楽しむ大切さを感じることができました。アートを通して自然から学ぶ時間になりました。
展示会情報
展覧会名 | Mugetsu (Invisible Moon) |
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会場 | MAKI Gallery 天王洲 II 東京都品川区東品川1丁目32−8 1F |
会期 | 2021年9月15日(水)~10月13日(水) |
開廊時間 | 火~木、土:11:00~18:00/金:12:30~20:00 定休日:日・月 |
サイト | https://www.makigallery.com/exhibitions/5400/ |
観覧料 | 無料 |
作家情報 | ミヤ・アンドウさん|Instagram:@studiomiyaando |