野口哲哉「this is not a samurai」|“鎧と人間”をモチーフにしたアート
甲冑(かっちゅう)とアートの組み合わせが、“歴史の教科書に乗っている鎧兜”という固定概念を変えてくれるアート作品を鑑賞してきました。
今回は中央区銀座にある「ポーラ ミュージアム アネックス」にて開催した野口哲哉さんの個展「this is not a samurai」の模様をご紹介します。
要点だけ知りたい人へ
まずは要点をピックアップ!
- 野口哲哉(のぐち てつや)さんは1980年生まれ、香川県出身の現代美術家です。
- 作品は「鎧と人間」をモチーフに、表面的な見た目や立ち居振る舞いの中に隠れている人間の内面性や多様性を問いかけるような作品を制作しています。
- オンラインでも展覧会の模様をチェック可能です。
本記事では展覧会作品の中から13作品をピックアップしてご紹介します。それでは、要点の内容を詳しく見ていきましょう!
野口哲哉とは?
野口哲哉(のぐち てつや)さんは1980年生まれ、香川県出身の現代美術家です。2003年に広島市立大学 芸術学部 油絵科を卒業し、2005年に広島市立大学 大学院を修了されています。
主な個展に、
- 「野口哲哉展-野口哲哉の武者分類図鑑-」(2014、練馬区立美術館、東京/アサヒビール大山崎山荘美術館、京都)
- 「中世より愛をこめて」(2018、ポーラ ミュージアム アネックス、東京)
- 「鎧ノ中デ-富山編-」(2019、秋水美術館、富山)
などがあります。
今回の個展は巡回展「THIS IS NOT A SAMURAI」(2021、高松市美術館、香川/山口県立美術館、山口/群馬県立館林美術館、群馬/刈谷市美術館、愛知)のラストを飾る会場となっています。
“鎧と人間”をモチーフにした作品
野口哲哉さんの作品は「鎧と人間」をモチーフに、表面的な見た目や立ち居振る舞いの中に隠れている人間の内面性や多様性を問いかけるような作品を制作しています。
作品の人間が着ている鎧や兜はとても精巧で、鉄製にも見えますが、実際には樹脂やアクリル絵の具といった現代的な素材を用いて再現されています。そのフォルムからつい“サムライ”を連想しますが、そう感じさせるのはフォルムに宿る「こうあるべき」という原理主義的なイメージのせいであり、作品は私たちが持つ偏見のおかしみを突いてきます。
人間の取る仕草にはユーモアがあり、サムライとしてではなく、一人の人間として振る舞っている様子で、ひとりの人間をクリアに映しているような作風が特徴的です。
展示作品を鑑賞
本展では、代表作の立体作品や平面作品など約40点と、本展のために制作された新作も併せて展示していました。その中から印象的だった作品をピックアップしご紹介します。
展示タイトルに込められた意味
展示作品は「鎧と人間」がモチーフとなっているので、見た目はサムライに見えます。ところが、今回の展覧会タイトルは「this is not a samurai(これはサムライではない)」となっています。一見矛盾しているように見えるタイトルですが、その答えは「はじめに」を見ると書かれています。
この奇妙な展示タイトルを最初に種明かしすると、これはルネ・マグリットの名作の中に登場する「This is not a pipe」(これはパイプではない)にインスパイアを受けています。
ー「this is not a samurai」はじめに より引用
ここで登場するルネ・マグリットさんの「This is not a pipe」(これはパイプではない)とは、パイプの絵に「Ceci n’est pas une pipe(フランス語で、[これはパイプではない]という意味)」という文字が添えられた作品です。
《イメージの裏切り(これはパイプではない)[英:The Treachery of Images(This is Not a Pipe)]》
ルネ・マグリット(René Magritte/Belgium,1898-1967)、1929、Oil on canvas、63.5 × 93.98cm、ロサンゼルス・カウンティ美術館蔵
見た目はパイプですが、パイプの絵はパイプそのものではなく、“吸えるパイプではない”と警告してます。
こうしたパイプの絵から、私たちの目が知覚しているものは思っているよりも複雑で、不思議な存在であることがあ流ことに気づきます。そして、何かを当たり前と思うと、見る対象を「そういうものだ」と判断し、他の気づくべきポイントを見逃してしまう結果、自分で自分を欺く体験をします。
今回展示されているサムライからも、外見だけではない思考や見逃していた好奇心のタネを発見できるかもしれません。
鑑賞のヒントにもなると思うので、「はじめに」もチェックしてみてください。
新作の展示
入口付近には2022年に制作された作品がいくつか展示してありました。
DANCE MAN
入口から入ってまず目に入るのが、《DANCE MAN》という作品。
月にいるサムライが地球を見て踊っているようです。作品を観ていると、1961年に人類初となる宇宙飛行ユーリイ・ガガーリンさんの「上空はとても暗く、地球は青みがかっている。すべては非常にはっきりと見えた」から始まった、人類宇宙の旅を連想させます。
作品の横には、古典文学のような4行の文章が添えられていて、その中のワンフレーズ「兜と映合(ひかりあ)いて面白し(兜に映じる光のなんと美しい事か)」が印象的でした。目の前にある青い惑星ではなく、兜に反射する光に注目するところに、ポイントを見逃している感じが現れているように感じました。
rocket fuel
九州の郷土玩具「キジウマ」にバイクに乗るようにまたがるサムライの作品。
キジウマは800年以上前、球磨地方(熊本)に逃れた平家の落人が生活のため、都の暮らしを懐かしみながら作り始めたと伝えられています。今では熊本県の伝統工芸品としても知られています。
ロケット燃料という意味のタイトルが、先ほどの《DANCE MAN》に続き、宇宙と関連づけて観てしまいます。
Someone’s Portrait -the snow dots
青地に白の水玉をあしらったPOLA Dots(ポーラドッツ)と呼ばれる模様とコラボした作品。ポーラの製品を雫に見立て、一滴一滴の雫が時空を超えて無限に広がっていく様子を表しているそうですが、作品タイトルでは雪の粒として捉えられています。
地味なイメージのある甲冑に鮮明な青と白のドットが加わると鮮やかな印象となり、化粧品の持つ魅力も表しているように見えます。
展示会場のポーラ ミュージアム アネックスならではの作品だなと感じます。
鉄製にしか見えない樹脂製の甲冑
Heart shot
兜にハートがあしらわれた作品。ハート部分は矢で射抜かれたような痕跡が残っています。一見鉄製に見えますが、素材は樹脂でできているのに驚きます。
“造形の本質は素材に宿るのではなく、フォルムに宿っている”と感じたことが起点となって、こうした作風になっているそうです。
Small sweet passion 〜南北朝の朝〜
哀愁を感じる表情が染みる作品。手に持った枝は葉が枯れていて、足元には枯葉がいくつも落ちています。鎧兜を着た老人を見ていると、この世に在れる時間について考えているようにも見えます。
展覧会の中にあるキャプションを見ると、野口哲哉さんは鎧兜のことを「人間が環境に順応するために進化させた外骨格の一種」と表現していました。環境に応じて生き抜くために鎧兜ができたから、長生きできる人が増えたのかもしれません。
個人的には、矢を入れる箙(えびら)という武具まで精巧に表現されているのに感動しました。
Talking Head
本来は存在しないであろう動物の見た目をした兜と、それを見上げる若者の構図が特徴的な作品。
キャプションで知りましたが、兜は相伝品らしく、世代を通して脈々と受け継がれ使われていくものなのだそうです。つまり、兜は受け継がれるごとに大先輩となっていき、兜が主を選ぶこともあるものといえます。
ただ、世代が変われば時代の在り方も変わっていくので、価値観も変化していきます。そんなことから、まるで親子のようなやりとりをしているのだろうなと想像してしまう作品でした。
極小の作品も
Three Wise Monkeys
日光東照宮(栃木)にある三猿でも有名な「見ざる・言わざる・聞かざる」をモチーフにした、極小サイズの作品。その小ささでも鎧をしっかり着て、表情も可愛らしいです。
三猿は幼少期を表す一場面で、何でも興味津々になる多感な時期を表しているともいわれています。そういう意味で、作品の大きさは子どものようにも見え、「見ざる・言わざる・聞かざる」の“悪いものを見わない、聞かない、言わないようにして、素直な心で成長していって欲しい”という意味が込められていそうです。
子を想う大人の気持ちは、時代や環境が変わっても同じなのだろうなと感じます。
コラボ作品も多数展示
シャネル侍着甲座像 CHANEL SAMURAI
シャネルと甲冑がコラボするという、冗談のように見えつつも“概念化しがちな双方のイメージを刷新する可能性も秘めている”という作品です。
飾り付けのないシンプルな兜でも、シャネルのロゴがあるだけで存在感が増しているように感じます。それだけシャネルの持つイメージが、生活の中に浸透しているのかもしれません。甲冑と組み合わせることで、現代に浸透している概念を変えることができるかもしれません。
作品の設計図が描かれた絵画も横に置かれていました。アクリル絵の具を用いているのに、古くからある日本画のようにみえてしまいます。
また、草摺(くさずり:腰から太ももまでの下半身を覆うブラインドのような武具)の部分のデザインをはじめ、座像のデザインと異なり“CHANEL”という英文は描かれていません。その違いを出しているためか、絵画作品の方はシャネルっぽさが緩和され、見え方に違いが生まれているのが面白いです。
THE MET
THE METとは、ニューヨークにあるメトロポリタン美術館(The Metropolitan Museum of Art)の通称です。THE METの日本美術コーナーにはいくつかの鎧兜が展示されています。
THE METで展示されている甲冑は、年間約700万人も訪れるという来館者と対面し、日本の甲冑を広く紹介している存在となっています。
そんなTHE METの買い物袋を下げて帰国(?)しようとしているサムライ。紙袋の中もしっかり何かが入っていたりします。海外での甲冑の活躍を日本への手土産に、展示会場に帰ってきているように見えるのも面白いです。
日本画のように見える絵画
風船追物語図 Balloon story
空高く浮かぶ赤い風船をただ立って見つめるサムライたちの絵画。
風船はサムライの持っている武具で簡単に割ることができますが、海の彼方へ風に乗って飛ぶことができます。武装することだけが強さではなく、好奇心の赴くままに飛ぶこともまた強さであることを教えてくれているようです。
21st Century Light Series 〜 The Tap 〜
スマートフォンを手にしたサムライ、まるで現代にドラえもんが現れた時のような感動を得ているのかもしれません。
背景が暗闇となっているところもスマホの光を際立たせるために描かれているように見えます。焚き火やロウソクの灯火を見るように、“英知の灯火”としてスマホが現代社会を灯す存在であって欲しいと、作品を観て感じました。
オンライン鑑賞も可能
「this is not a samurai」の模様はオンラインビューイングでも鑑賞可能です。今回は展示している作品数が多いので、まずは俯瞰でどんな作品があるかを知るのに最適。
また、遠方で直接現地に行けない方も、作品の概要を知れるくらいの画質がしっかりとあるものになるので、オンラインでも鑑賞を楽しめます。
オンライン鑑賞をして気になったならば、展覧会の機会に足を運んでみてください。
まとめ
野口哲哉さんの作品を鑑賞して、どの時代でも普遍な人間らしさや好奇心もあったから、現代まで時代が続いてきた事を感じました。そして、鎧兜は”人間の進化の過程”でできた生きる工夫という観点を持てたのが新鮮で、新たな発見ができた鑑賞となりました。
個人的に歴史はあまり得意分野ではないですが、新たな角度からの知覚を得ることで、歴史にも興味が湧く素敵な展覧会でした。
細かな作りは作品自体を観たらより感動するものがあると思うので、作品鑑賞の機会がある方はリアルでも鑑賞してみてくださいね。
展示会情報
展覧会名 | 「this is not a samurai」 |
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会場 | ポーラ ミュージアム アネックス 東京都中央区銀座1丁目7−7 ポーラ銀座ビル3階 |
会期 | 2022年7月29日(金)〜9月11日(日) 会期中無休 |
開廊時間 | 11:00〜19:00(入場は18:30まで) |
サイト | https://www.po-holdings.co.jp/m-annex/exhibition/index.html |
観覧料 | 無料 |
作家情報 | 野口哲哉さん|Instagram:@tetsuya_noguchi_art |
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※サムネイル画像は撮影画像を元にCanvaで編集したものを使用しています。