やましたあつこ「まなざしを綴る」アート鑑賞レポート|ヒトの非合理的な心が持つ可能性を考察
生物は基本的に本能に従って行動することが多い中で、ヒトは心の働きかけによって様々な可能性を広げています。
そのうちのひとつが、人間は同性や動物、植物といった、いろんな対象に愛情を注げること。
今回レポートする天王洲・Tokyo International Galleryにて開催したやましたあつこさん個展「まなざしを綴る」は、まさに愛情のまなざしを向けたモチーフたちで溢れた、あたたかな空間でした。
そんな個展の模様を、累計120の展覧会レポートをまとめた経験と、2021年からアートコレクションをしている視点からまとめていきます。
やましたあつことは?
やましたあつこさんは1993年生まれ、愛知県出身の作家です。
2018年に東京藝術大学 美術学部 絵画科 油画専攻を卒業されています。
主な展覧会に
- 個展「王国のベール」(2022、GINZA SIX 蔦屋アートウォール、東京)
- 個展「once upon a time」(2022、NADiff A/P/A/A/R/T、東京)
- グループ展「式畫廊開幕首展」(SAN GALLERY, 台湾, 2022)
があります。
また、作品は愛知県美術館にパブリックコレクションとして収蔵されています。
「邪魔のない幸せ」を描いた作品
やましたあつこさんの作品には、一貫して「邪魔のない幸せ」が描かれています。
幼少期の体験に基づいて創生したパラレルな世界を油彩、日本画材を使いながらドローイング的な柔らかい筆致で絵画に起こしています。
作家自身の空想した世界には人間や動物、植物といったモチーフが登場し、そこに優劣はなく、平等に暮らしています。
また、今回の展示でいくと、作品タイトルの中にある「Dendrophilia(デンドロフィリア:樹木を対象とする性愛[パラフィリア])」という言葉が目を惹きます。
「同性、動物、植物といった色々な対象へ愛情が起きる人間の可能性」 もまた表現されていることが、作家インタビューからも分かります。
「まなざしを綴る」展示作品を鑑賞
天王洲・Tokyo International Galleryにて開催したやましたあつこさん個展「まなざしを綴る」から8作品をピックアップして、作品についてから作品探究までご紹介していきます!
作品モチーフのまなざしに注目
まず、展示会場の入口にあるのが《Once upon a time》(2022)というタイトルの作品です。
英文は“むかしむかしの話”という慣用句で、やましたあつこさんの脳内にある王国での物語の始まりを告げているようです。
縁取りの中には生命力がほとばしる植物があり、その中心にいるのは2人の女の子。
2人の目は俯き気味ななまなざしを向けています。
今回の個展のタイトルにある「まなざし」というのは、物語に登場するモチーフたちから見た目線や、キャラクターが感じていることから通してみる視界・見ているものを示しているそうです。
王国の中で、モチーフたちの見ている景色を体感していきましょう。
無限に広がる物語と呼応する展示レイアウト
展覧会といえば、作品は1点ずつ横並びに壁掛けした光景をよく目にします。
一方のやましたあつこさん作品展示では、大小異なるサイズの作品がインフィニティー「∞型」にも見えるレイアウトで展示されていました。
作品同士の距離が一定の間隔で保たれていて、何より作品の世界観が無限に広がるようで、心地よい空間となっています。
- 穏やかな表情をした天使や女性
- 彩り豊かな四つ葉のクローバーやチューリップ、朝顔に見える植物
- 鹿やウサギ、ユニコーンなどの動物
といった生物がお互いを慈しみ、心を許しているように見えます。
植物の花言葉から考えると、四つ葉のクローバーの花言葉は「幸運」、チューリップは「博愛、思いやり」、アサガオの花言葉は「愛情、結束」。
生存戦略のための競争はなく、生物そのものが幸福になる生き方の選択をしているようです。
ヒトの心が持つ可能性を感じる作品タイトル「Dendrophilia」
作品には“夢見る”という意味の《Dreaming》、“植物性愛”という意味の《Dendrophilia》というタイトルの作品が並んでいました。
ちなみに、2023年に描かれた新作に登場するウサギは、卯年にちなんでなんだとか。
中でも、“植物性愛(Dendrophilia:デンドロフィリア)”という聞き馴染みのない言葉と作品の幸せな世界観が、どのように繋がっていくのかが気になります。
性愛で調べてみると、
- 動物性愛(Zoophilia:ズーフィリア)
- 同性愛(Homosexuality:ホモセクシュアリティ)
などもあります。
進化生物学的に、生物は個体のもつ性質・特徴・遺伝子を存続するために異性と子孫を育み、進化をしていきます。
(正確には、「自然選択」による優勢な形質の増加や「遺伝的浮動」によるランダムな増減による2つの進化がある)
こうした本能的な個体の存続とは別に、ヒトには「心」が存在します。
この心の働きが、異性以外にも同性や動物、植物へも愛情を向ける可能性を生み出しているように感じます。
本能的には非合理な壁も平然と飛び越えた先の景色が、やましたあつこさんが描く王国に描写されているのかもしれません。
3日で完成した、過去最大7メートルの壁画
最後の壁面には、油性ペンで描かれた幅7メートル、高さ3メートル強の壁画が登場。
この規模を、わずか3日で完成させたのが驚き!
そして、壁画の中には3人の女の子がいて、左から
- 蝶々の羽根を持ち、頭にウサギを乗せた子
- 頭から木が生えた子
- 鳥の羽根を持った子
が描かれています。
壁画を目の前に鑑賞していると、ちょうどそれぞれの女の子のまなざしと目が合う位置関係になります。
まなざしを通じて鑑賞者にバトンを渡し、「あなたにとっての“邪魔のない幸せ”の空間はどんな姿か」を問うように、和やかに語りかけているようでした。
探究:まなざしが生むヒト特有の「心の働き」
今回のやましたあつこさんの展示を通して感じたのは、まなざしが生むヒト特有の「心の働き」でした。
特に、やましたあつこさんの描く王国の住人の女の子、動物、植物といったモチーフは、情の赴くままに自分を自由に表現しているようでした。
一方で、自分たちが世の中をみるときの「まなざし」について考えてみましょう。
「まなざし」は人が何かを見る行為やその方法を指す他に、他人をどのように見るか、世界をどのように理解するかを指すことがあります。
そこには視覚的な視点だけでなく、精神的、社会的、文化的な視点からの解釈も含んでいます。
今回の作品の中には性愛という言葉が登場しました。
異性とは別の相手に性愛を持てるのは人間の凄さ・可能性である一方で、一般的にはマイナーなために、他者から偏見の目でみられることもしばしば。
性愛以外は他の人と何ら変わらない同じヒトなのに、性愛について何も知らないから、想像だけで相手を否定的に決めつけてしまいます。
こうした「偏見のまなざし」をむけてしまった時は一度立ち止まり、知識のアップデートをする機会と捉えて進むことが大切かもしれません。
自ら歩み寄ることで、「邪魔のない幸せ」で溢れたまなざしを持てるかもしれないと、作品の世界観に浸りながら感じました。
まとめ
やましたあつこさんの作品世界に浸れる、素敵な個展でした。
今回は進化生物学からも作品解釈をしてみましたが、動物としての本能ではない、ヒトの持つ可能性を再発見できて面白かったです。
今回のレポートも参考に、作品に囲まれたギャラリー空間で世界観に浸ってみてください。
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展覧会情報
展覧会名 | まなざしを綴る |
会期 | 2023年5月13日(土) 〜 6月24日(土) |
開廊時間 | 12:00-18:00(17:45最終入場) |
定休日 | 日月祝 |
サイト | https://tokyointernationalgallery.co.jp/ja/exhibition/manazashi-jp |
観覧料 | 無料 |
作家情報 | やましたあつこさん|Instagram:@siatsuko |
会場 | Tokyo International Gallery(Instagram:@tig_official_jp) 東京都品川区東品川 1-32-8 TERRADA Art Complex II 2階 |