【個展レポート】谷口真人「あのこのいる場所をさがして」|感情の高低差が生むキャラクターとの関係性

感情移入は物語をたどる中で芽生える。
そうした体験を、代官山に新たにオープンしたギャラリー「AKIINOUE」の柿落としで開催された谷口真人さんの個展「あのこのいる場所をさがして」でしました。
わずか3点の作品で構成される展示空間で、感情の高低差がキャラクターとの関係性にどのような影響を与えるのかを探っていきます。
谷口真人とは
谷口真人(たにぐち まこと)さんは1982年生まれ、東京都出身。
2005年に武蔵野美術大学造形学部デザイン情報学科を卒業後、2007年に東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻を修了しています。
主な展覧会に
- グループ展「さいたま国際芸術祭2023」(2023、旧市民会館おおみや、埼玉)
- 個展「Where is your ♡?」(2022、NANZUKA、東京)
- 個展「We-presence」(2020、Yoshiaki Inoue Gallery、大阪)
- グループ展「TOKYO POP UNDERGROUND」(2019、Jeffrey Deitch、ニューヨーク・ロサンゼルス)
- グループ展「Condo New York: Nanzuka at Petzel」(2018、Petzel、ニューヨーク)
などがあります。
作品の特徴:確かに存在するキャラクターを多様な表現で描いた作品

谷口真人さんの作品はデジタル/アナログを横断した多彩な表現方法で、少女のようなキャラクターを描いた作品を制作しています。
中でも鏡を用いた箱式絵画は、谷口真人さんの代表的な作品のひとつです。
アクリル板上に描かれた少女のようなキャラクターが鏡に映ることで、描くための画材と、それを受け止める支持体(この場合は鏡)とが物理的に離れた状態が生まれます。
そこには、人でもモノでもないが、確かに存在するキャラクターの姿が浮かび上がります。
谷口真人「あのこのいる場所をさがして」展示作品を紹介
個人的に谷口真人さんの作品は、2022年にNANZUKA UNDERGROUNDで開催した個展「Where is your ♡?」以来の鑑賞になります。

前回と共通するのは、タイトルにあるように「♡」や「あのこ」のいる場所を探していること。
そこには、文化研究者・山本浩貴さんのテキストにある感情や物語が関係しているのかもしれません。
…アーティストとしての彼の一貫した関心は、いわば「感情」や「物語」などの領域に集約される。谷口自身、芸術を通じた「感情移入」や「物語性」といった概念へのアプローチの方法論を語ってきた。…
そうした言葉も意識しながら、展示を見ていきましょう。
感情の高低差がキャラクターを見過ごせない存在に昇華させる体験
ギャラリーに入るとすぐ、青白く光る少女のようなキャラクターと目を合わせることになります。


白いワンピースを着た長髪の少女は、喜怒哀楽を感じさせない無表情でこちらを見つめています。
プロジェクターで投影された少女と目と目が合うことで、キャラクターとの一時的な繋がりを感じさせます。

キャラクターの目の前には押したら何かが起きるスイッチのように、台座にマウスが置かれています。
何気なく、いつものパソコン操作をする感覚でマウスをクリックしてみると、その瞬間に目の前の少女が床に倒れ込んでしまいます。




そのまま少女はしばらく動かなくなった後、忽然と姿が消えてしまいます。
それだけならゲーム的なリトライのように、また姿を表すのだろうと軽い感情が湧きますが、現実はそうなりません。
頭上に設置されたプリンターの起動音が空間に響いたのち、1枚の印刷紙が落ちてきます。


印刷紙の落ちた音が展示空間に響き渡り、取り返しのつかないことをした感情が湧きます。
気まずさを抱えながら落ちてきた印刷紙を確認すると、最後に見た少女が横になる姿が。

床には自分が落としたもの以外にも、別の鑑賞者がマウスクリックをしたことが予想できる、大量の印刷紙が落ちています。
ここまでの一連の流れを体験して抱いたのが、感情の高低差です。
映像=バーチャル上のキャラクターは「存在が消える」ことはないと、無意識のうちに思い込んでいます。
仮に消えてもデータをバックアップしておけば何回でも再生できる、そんな感覚です。
しかし、印刷紙=現実の物体として目の前に登場し、しかも高所から落下する姿をみると、目と目を合わせて一時的な繋がりを感じたキャラクターに気の毒なことをした感情が芽生えます。
そこにはきっとキャラクターに感情移入していた自分がいて、マウスクリックから始まった一連の物語を通して感情が揺れたことを意味しています。
インスタレーションで体験したこの最小単位の物語が、このキャラクターが何者なのかを確認したくなる、つまり「見過ごせない存在」に昇華する瞬間を生み出しているようでした。
自分自身の感情と身体の距離感を内省させる作品
こうした感情の高低差を感じた後に鏡を用いた箱式絵画と新作のキャンバス作品を観ると、自分の持つ感情を顧みる時間を設けてくれているようです。


画材である絵の具と支持体である鏡の隙間を見ていると、大人になるにつれて蓋をしてきた感情と身体の距離感を思い起こさせます。
際限なく、無邪気に感情を表現していた幼少期の開放感が、鏡に映る鮮明なキャラクター像として反映されているようでした。


一方のキャンバス作品は画材と支持体が一致している、つまり、感情と身体が一致した状態を表しているように映ります。
それは、作品タイトルの「Catch(捉える)」にも現れているように思います。
やわらかなタッチと淡い色彩が、感情と身体が一致したありのままの姿の儚さを際立たせているようでした。
DMに宿る展示空間のこだわり
もうひとつ印象的だったのが、展覧会のDM(ダイレクトメール:展覧会お知らせ用のハガキのこと)です。

これで1枚分なのですが、5枚持っているように見えますよね。
冒頭に紹介したインスタレーション作品の印刷紙を模したDMになっていて、細部に宿る空間へのこだわりを感じました。
まとめ
谷口真人さんの個展「あのこのいる場所をさがして」で、感情の高低差が生むキャラクターとの関係性や、自分自身と感情の関係性を振り返ることができました。
様々な表現方法がわずか3点の作品展示構成に凝縮されており、それにより生まれる展示空間の間も、内省を誘う程よさがありました。
また、今回の展示を見ていて「まなざしのデザイン(2017、ハナムラチカヒロ)」の感情に関するテキストを思い出していました。
一般的に正の感情と呼ばれるような「喜び」や「慈しみ」や「哀れみ」などは、「調和と共生」のための反応である。一方で負の感情と呼ばれるような「怒り」や「恐れ」や「欲望」などは、「生存と防衛」の反応である。それらは集合生命体の内外の調整するための単なる機能である。健康な状態とは全体が調和していることであり、生存の危機が迫ると防衛の反応を示して対応する。
大人になるにつれて守るものが増えるせいか「生存と防衛」優位となる場面が増えているように感じます。
そうした中で谷口真人さんが生み出すキャラクターを中心にした展示空間は、感情に訴えかけるアプローチで「調和と共生」と「生存と防衛」の両方を刺激し、忘れていた喜怒哀楽を思い出させてくれているようでもありました。

展覧会名 | 「あのこのいる場所をさがして」 |
会期 | 2025年4月1日(火) – 4月26日(土) |
開廊時間 | 11:00 – 19:00 |
定休日 | 日・月・祝 |
サイト | https://akiinoue.com/ja/exhibitions/makoto-taniguchi-looking-for-her |
観覧料 | 無料 |
作家情報 | 谷口真人さん|Instagram:@makototaniguchi |
会場 | AKIINOUE(Instagram:@akiinoue_tokyo ) 東京都渋谷区代官山町2-3 THE ROWS 2F |