ウルス・フィッシャー「間違い探し」鑑賞レポート|溶ける彫刻と地下に咲く花がつなぐもの

蝋でできた自画像が、会期中ずっと溶け続けていく。
スイス出身の現代美術家、ウルス・フィッシャーの日本初個展「間違い探し – Spot the Difference」へ行ってきました。
1階に並ぶ蝋の彫刻と、地下に広がる異様な空間。その対比を通して、人間がつくり出す秩序と、自然がもつ秩序をどのように受け取るのかを考えさせられる展示でした。
書き手:よしてる
1993年生まれの会社員。2021年2月からオウンドメディア「アート数奇」を運営。東京を拠点に「アートの割り切れない楽しさ」を言語化した展覧会レビューや美術家インタビュー、作品購入方法、飾り方に関する記事を200以上掲載。2021年に初めてアートを購入(2025年6月時点でコレクションは30点ほど)。

北青山のファーガス・マカフリー東京へ
表参道駅から青山通りを少し歩き、細い路地へ入ると、ファーガス・マカフリー東京があります。

ニューヨークを拠点に活動するギャラリーの東京支店で、開放的な1階と、剥き出しの躯体が残る地下空間を備えています。今回の個展は、そうした建築の特性そのものが出発点に企画されたものだそうです。
ウルス・フィッシャーとは
ウルス・フィッシャー(Urs Fischer)は1973年スイス・チューリッヒ生まれ。現在はロサンゼルスとニューヨークを拠点に活動する現代美術家です。
写真からキャリアをスタートし、彫刻・絵画・インスタレーションへと表現を広げ、ヴェネチア・ビエンナーレ(2003、2007、2011)など国際的な舞台で発表を重ねています。直近ではバイエラー財団(スイス、2025)やテルアビブ美術館(イスラエル、2022)で個展を開催するなど、国際的に活躍しています。
作風の特徴は、ハイカルチャーとキッチュ、永続性と一時性、真実と欺瞞といった二項対立を、ユーモアと遊び心で揺さぶっていくこと。なかでも代表作のひとつが本展にも登場する、本人や友人をかたどった等身大の蝋彫刻に火を灯し、会期中ずっと溶かし続ける《キャンドル・ポートレート》シリーズです。
変化していくプロセスそのものを作品として提示する。その態度が、今回の個展でも一貫していました。
1階:人手と自然が生み出す蝋の彫刻《Mirror》
1階のメインギャラリーは、フリーハンドで壁をくり抜いたような開口部を挟んで、ほぼ同じ2つの空間に分かれています。

それぞれの空間には、フィッシャー本人をかたどった等身大より一回り大きな蝋の彫刻《Mirror》が置かれています。会期初日に点火されてから1ヶ月ほど経過していますが、想像していたよりも原型は残っていて、顔立ちがはっきりと分かるものもありました。


向かい合うように設置された2つの彫刻は、点火された瞬間からそれぞれ独立して溶け、崩れていきます。3ヶ月の会期を終える頃には、今とはまったく異なる姿になっているのでしょう。そこに、「間違い探し」というタイトルの遊びが含まれているようにも感じられます。
気になったのは、彫刻の頭上から溶け出している蝋でした。精巧に作られた彫刻とは対照的に、溶け出し垂れていく蝋はまるで鍾乳洞のつらら石のように見えます。

人の手によって整えられたものと、時間や重力によって自然に生まれていくもの。その両方を含めて、ひとつの彫刻として見せているようでした。
蝋の滴は床面に少しずつ蓄積していきますが、最終的には清掃され取り除かれるそうです。つまり、人為的な意図がほとんど介入していない、時間と重力だけが積もっていく瞬間を見届けられるのは、会期中のみ。そして会期終了後、それらは掃除され、保存されたオリジナルの型から、ふたたび点火前の完全な姿に鋳造されるそうです。

もし足元に蓄積した蝋が清掃後に廃棄されるのだとしたら、完成された彫刻には保存する価値があり、自然に生まれた蝋の堆積物には価値が認められない、とも受け取ることができます。目の前でその2つが同居する空間に立っていると、僕たちは何に対して価値があると感じているのか、その認識判断は本当に確かなものなのか。その線引きの曖昧さを、静かに突きつけられているように感じました。
地下:写実と人手が反転する空間
階段を降りた地下は、剥き出しのコンクリートと小さな彫刻が点在する空間となっています。

壁に貼られているのは、コンクリートの床を高解像度で撮影し、プリントした壁紙です。それが機械的に壁面へ転写されることで、床の傷や補修の跡、何かの下書きのような線、配管までもが、価値の有無を判断されることなく、等価に扱われているように見えます。


点在する彫刻は小柄で、1階の蝋の彫刻と比べると、手作業の痕跡がよりはっきりと感じられます。



こうして見ていくと、上下階で空間と彫刻の関係が、ほとんど反転していることに気づきます。空間に注目すれば、1階の壁は身体的なフリーハンドによって切り抜かれたもの。一方、地下の壁は、写真によるアプロプリエーションによって構成されています。彫刻に注目すれば、1階には大きく精確に再現された鋳造の像があり、地下には小さく、手作りの跡を残した彫刻があります。上下階で対照的な関係をつくり出すことで、コピーとオリジナル、人工と自然、精確な再現と手の痕跡といった境界を、少しずつ曖昧にしているのかもしれません。
錆びた鎖の先に咲くデイジーがつなぐもの
地下空間で異質に感じたのが、空間の中央あたりに垂れ下がる、錆びた鎖の先に咲く白いデイジー(ヒナギク)の作品でした。

錆びた重い鉄の鎖と、その先端に掛けられた一輪の花。素材の質感も、スケール感も、見る者に与える印象もまったく異なるからこそ、その組み合わせはいっそう不思議なものに見えます。
数ある花のなかで、なぜデイジーが選ばれているのかも気になりました。調べてみると、デイジーは太陽と関係の深い花であることがわかります。
英名のデイジーはDay’s eye(デイズアイ)=「太陽の目」が語源。花の形が太陽に似ていることや、陽が射すと花を開き、瞳のような黄金色の筒状花を見せることに由来します。
太陽の動きに応じた、自然リズムを持つ花。それが、機械的に転写された人工的な空間の中心に咲いている。地下には窓もなく、太陽の光は届きません。そこに、デイジーが咲くことで、地下空間に自然のリズムをインストールしているような感覚がありました。
1階で溶け出していく蝋と同じように、自然の秩序を宿しているように見えます。完成された彫刻を提示するのではなく、変化していくプロセスそのものも含めた展覧会であること。その展覧会の態度が、この小さなデイジーにも静かに宿っているように感じられました。
まとめ
地下展示を出ると、本物の太陽の光が身体に降り注いできます。その一瞬が、普段見落としてしまいがちな価値を、鮮明に思い出させてくれました。
「間違い探し」とは、目に見える違いだけを探すことではないのかもしれません。目に映らないもの、あるいは見えているのに見過ごしているもの。そうした差異について、細い路地に立ちながら考える時間となりました。
展覧会情報

| 展覧会名 | ウルス・フィッシャー「間違い探し – Spot the Difference」 |
| 会期 | 2026年4月11日(土)〜7月4日(土) |
| 開館時間 | 11:00〜19:00 |
| 休廊日 | 日・月・祝 |
| サイト | https://fergusmccaffrey.com/exhibition/urs-fischer-machigai-sagashi/ |
| 入館料 | 無料 |
| 作家情報 | ウルス・フィッシャー(Instagram:@chaosursfischer) |
| 会場 | ファーガス・マカフリー東京(Instagram:@fergusmccaffrey) 東京都港区北青山3-5-9 |










