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24時間アートラジオ2023|トークで共同制作し耳に届ける美術の集合知をご紹介

よしてる
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2023年の年末、24時間アートを語るラジオがXのスペース上で流れていました。

その中身はアートに限らず、哲学、朗読、YouTube、雑談、美術史研究、民俗学など、幅広いテーマを横断しながら、ジャンルの垣根を超えて声でひとつの作品を共同制作し、それを電波に乗せて耳に届けていく。

そこにリスナーもお便りで参加できる様子は、まるで分野や立場の垣根を超えて繋がる「美術の集合知」のようでした。

私自身、累計130の展覧会レポートをまとめ、2021年からアートコレクションをしていますが、美術の専門的な内容から他分野がアートと紐づく奥深さまで、新たな発見の多い内容でした。

本記事では24時間分のアートラジオを網羅的にご紹介しつつ、印象に残った要素をピックアップしてまとめていきます

気になるコンテンツは、タイムテーブルも参考にぜひ聴いてみてください!

タイムテーブルはこちら。

チャプターコンテンツパーソナリティ(敬称略)
00:00:00 – 00:57:54オープニングみなみしま
01:00:00 – 02:57:40哲学と呪術長谷川祐輔×みなみしま
02:59:39 – 03:30:072023年の日記を全部読む①12月〜9月分河野咲子
03:30:07 – 04:25:33みなみしまの活動報告2023みなみしま
04:25:47 – 05:21:38ベストコンテンツ中間発表みなみしま
05:21:38 – 06:15:46
06:46:00 – 07:00:24
フリートークみなみしま
07:00:25 – 08:28:47アート系YouTuberの1年らち×みなみしま
08:28:48 – 09:00:132023年の日記を全部読む②8月〜6月分河野咲子
09:00:14 – 11:00:13秘密と抽象森脇透青×みなみしま
11:07:07 – 13:07:13ラブレターの書き方布施琳太郎×みなみしま
13:07:28 – 16:01:24夜の会小野まりえ×坂下剣盟×東武志×武本瑠香
16:03:03 – 19:58:51齋藤恵汰の雑談会齋藤恵汰
20:00:12 – 21:31:35異国で美術史研究する伊藤結希×みなみしま
21:31:36 – 22:59:15ルーマニアと民俗学石橋直樹×伊藤結希×みなみしま
22:59:26 – 23:30:102023年の日記を全部読む③5月〜1月分河野咲子
23:30:11 – 24:00:43ベストコンテンツ最終発表
エンディング
みなみしま

24時間アートラジオ2023とは?

24時間アートラジオ2023とは、みなみしまさん主催で2023年12月29日から30日にかけて実施されたX(旧twitter)のスペースを使ったラジオ企画であり、ある種のパフォーマンスアートです。

みなみしま(南島興:みなみしま こう)さんは1994年生まれの横浜美術館学芸員です。東京藝術大学大学院美術研究科修士課程を修了(西洋美術史)されています。
全国の常設展・コレクション展をレビューするプロジェクト「これぽーと」主催や「アート・ジャーナリズムの夜」の毎月配信、『アートコレクターズ』レビュー連載、旅行誌を擬態する批評誌「LOCUST」編集部、文春オンライン、美術手帖、ARTnewsJAPANほかに寄稿など幅広く活動されています。
SNSはこちら→X:@muik99

ラジオブースは、スクールであると同時に展示と上演をしている劇場を目指しているスペース「PARA神保町」を拠点に開催されました。

2021年、2022年はコロナ禍でXのスペースやオンライン企画といったデジタル上に多くの人が集まったことでデジタルバブルが起こった年で、その期間に蓄積されたものが2023年にアウトプットされていきました。

そんな2023年をゲストと振り返りながら、デジタルバブル収束後の動き方を再考する趣旨のもと開催されました。

24時間アートラジオ2023のコンテンツ

ゲストとのトークを中心に、24時間アートラジオのコンテンツを見ていきましょう。

哲学と呪術(長谷川祐輔×みなみしま)

長谷川祐輔(はせがわ ゆうすけ)さんは1993年生まれ。2022年に新潟大学大学院博士前期課程修了。修士(文学)。専攻は美学・フランス現代思想。作家や俳優など、幅広くアーティストとの共同制作を通して開ける哲学の可能性を探求しています。
2023年、一般社団法人哲学のテーブルを立ち上げ、その活動をまとめた書籍「哲学するアトリエ」も出版しています。
SNSはこちら→X:@table_philo

書籍購入はこちら
哲学するアトリエ(2023、長谷川祐輔)
哲学するアトリエ(2023、長谷川祐輔)

長谷川祐輔さんとのトークでは「哲学、呪術、現象、パフォーマンス、人格」といったキーワードが挙がりました。

私含め哲学にあまり触れてこなかった人にとって、哲学ならではの言い回しや言葉の理解が難しい箇所がある一方で、ひとつひとつの言葉に対する思考が興味深く、概念に対して問う学問から新たな言語を獲得できるような楽しみがありました。

取り上げたい言葉はたくさんありますが、哲学の特徴(?)でもある「異様な時間感覚」が生まれてしまうので、ここでは印象的だったものを取り上げます。

「哲学のテーブル」が探究するキャリア形成の分岐路

まずはじめは、長谷川祐輔さんが2023年に立ち上げた「哲学のテーブル」から話が展開していきます。

“テーブル”という単語は哲学的な観点も含まれる「人が距離と親しさを同時に作る場」という意味合いがあるそうで、人と人との関わりの中で起こるあらゆる摩擦が凝縮されているそうです。

哲学者が専門性を活かす就職先は大学教授となるケースが多いのが現状で、言われてみると身の回りでも哲学専攻の人が少ないことを思い出します。

社会で哲学を名乗りながら他の人と接する難しさもある中で、哲学を生業とした別ルートを創出していくという意味でも、哲学と社会との距離感をテーブルを囲むように測って探究していく営みなのだなと感じました。

哲学の技術が持つ呪術と共通言語の必要性

哲学の技術が持つ魅惑を表現する言葉として、「呪術」が挙げられていました。

今回のトークからも感じ取れますが、普通の会話と比べて、哲学のある対話は長時間化しやすく、それを許容できてしまうところにある種の呪術的な力が働いているようでした。

他にも「哲学の概念や問いには重力」があり、頑張って話そうとしなくても話が長くなるところがあるなど、呪術には様々な意味合いが込めれています。

近年見受けられるSNSのハッシュタグやLINEのスタンプといった単語でのコミュニケーションに逆行するように、時間を使った対話をする哲学の異様さは、哲学的な対話を知らない人からしたら呪い的に見えてくるのかもしれません。

そんな哲学の異様さはあれど、概念としての知を扱う哲学だからこそできる探究の面白みもあります。

哲学に限らずですが、新たに専門領域の対話に必要な「共通言語や言葉遣いを獲得をするには20時間くらいの時間が必要」の話も興味深かったです。

今回の話では講義を例にしていましたが、20時間ほど空間を共にして言葉を知ることで、次第に話の輪郭が見えてきて、会話の土台ができていく趣旨の話がありました。

時短やベタな言葉で語る(哲学の道具化)の方が多くの人に届きやすい一方で、哲学の醍醐味は必要な時間をかけて分かるのだなと感じます。

コレクティブな人格が持続的に公共へ影響を与えうる

みなみしまさんが事前に用意していた「現象と物について」の質問から展開した、人格の話も興味深い内容でした。

「活動から生じる現象だけではダメで、作品や書籍といった物だけでもつまらない、その間にある現象味が必要」という話がありました。

現象味を単独でやろうとしても私的領域の中に収まりがちで、そこに関連した話題「発信の時代はコミュニケーションの時代ではない」という、ボールは投げるが話は聞かないという解釈が、個人の活動が持つ現象味の弱さを表しているように見えました。

その意味で、単独での活動は公共性のある現象味まで到達しにくいといえそうです。

辿りつきたいのは公共性のある現象味、いわゆる社会への影響力かなとも思い、そこにたどり着くための方法として、集団などの共同体として一つの人格を差し込むことで、圧倒的に現象味が見出せる点が挙げられていました。

例として挙げられていたのが、アーティストであり出版社代表でもある小田原のどかさんの話。

書籍執筆だけでなく出版を自らを中心に行う共同体(法人)を持ち、それを代表による占有ではなく、コレクティブな人格として進めるところに、持続的に公共へ影響を与えうる現象味が生まれる、ということが可能になるのかなと感じました。

他にも「パフォーマティブは越境性があり、アンラーニングを促していくこと」などの話題も面白かったので、スペースの対話に身を置いて体感してみてください。

チャプターコンテンツパーソナリティ(敬称略)
01:00:00 – 02:57:40哲学と呪術長谷川祐輔×みなみしま

2023年の日記を全部読む(河野咲子)

河野咲子(かわの さきこ)さんは作家・文筆家です。SF作家のようでいて、幻想小説に近いテキストや展示批評なども執筆している人で、配信関連の仕事もしています。
ゲンロン主催のSFコンペの第5回「ゲンロンSF新人賞」受賞。受賞作 「水溶性のダンス」が『ゲンロン13』に掲載。その他、幻想怪奇小説・短詩・テキスト批評・美術批評の執筆、朗読出演、トーク配信などを行う。旅の批評誌『LOCUST(ロカスト)』編集部員。第6期「ダールグレンラジオ」を配信。日本SF作家クラブ会員。
SNSはこちら→X:@kkhaiya

今回のラジオの中での音楽的な要素とも言える「2023年の日記を全部読む」では、河野咲子による1年分、およそ14万字の日記を読む企画が行われました。

ラジオ内では3回に分けて朗読され、合計で90分間で「うかとまかろに日記」1年分を読むという上演性が生まれていました。

合わせて読む
うかろに日記|しずかなインターネット
うかろに日記|しずかなインターネット

進行は2023年に書いた日記を12月28日から下がりながら、河野咲子さんが見たり聞いたりしたことを中心にかいつまんで読んでいくというもの。

最近の記録から遡っる朗読を聴いていると、直近の記憶を剥がしていきながら2023年の初めの記憶を掬い上げていくような感覚になります。

展覧会のアート鑑賞やイベント、時事問題、読書、食事など、日常で起きる感情や思考を書き留めたような文章の朗読となっていました。

特に、展示の雑感が多く記録されている印象で、2023年のアート鑑賞を振り返りながら、河野咲子さん独自の感想を聴くという体験ができました。

個人的には「身体の中の図書館によって話す人」や三鷹天命反転住宅、ジブリ映画鑑賞の感想、広島の原爆資料館リニューアルで撤去された蝋人形の話が印象に残りました。

ラジオドラマを聴くような感覚で、実際の音源をチェックしてみてください。

チャプターコンテンツパーソナリティ(敬称略)
02:59:39 – 03:30:072023年の日記を全部読む①12月〜9月分河野咲子
08:28:48 – 09:00:132023年の日記を全部読む②8月〜6月分河野咲子
22:59:26 – 23:30:102023年の日記を全部読む③5月〜1月分河野咲子

みなみしまの活動報告2023

みなみしまさんの活動を振り返る時間では、学芸員としての活動に留まらない幅広い活動内容が紹介されました。

2023年の主な活動内容
  • 横浜美術館の工事用の仮囲いを使った若手作家発表の場「New Artist Picks: Wall Project」の浦川大志さん展示を担当(インタビュー記事はこちら
    • 壊れたQRコードが取り入れられ、スクリーンショットですべてを記録できる作品
  • アートコレクターズでの3ヶ月に1回の展評
  • アート・ジャーナリズムの夜
    • アートを通じて社会のことを語るイベント、美大生との対談では120人以上が集まった。書籍化にむけて準備中
    • 元々はニコ動のコンテンツとして2ヶ月に1回開催していたものが諸事情で終了し、「ジャーナリズムと語る以上、終了の原因自体も取り上げて継続していくことが大事なリアクションではないか」ということから、現在も継続
  • 2023年の日本現代美術とは何だったのか 年末総括座談会!!!!!
    • 2023年の現代美術業界ニュースを若手美術批評家3人が総括するイベント
    • イベントで使用した年表はこちらで見れます
  • Xのスペースでの企画をまとめた本「坂口恭平の心学校」出版
    • 坂口恭平さんの制作の源とは何か、表現者として1つの重要なモデル
    • 制作論、創作論でもある
  • 美術史の門前:『西洋美術の歴史8:20世紀』を読む
    • 「美術に入門する手前の門を見るところから始めるのが大人のアンラーニングとしても良いのではないか」というコンセプトで始めた講義
    • 出版に伴い、若手建築家の若林拓哉さんと語る企画も実施
  • 東浩紀『存在論的、郵便的』刊行25周年記念イベント「誤解と人文学」のオンライントーク登壇
    • 幽霊など昨今用いられるモチーフを再考するきっかけに

他各種レビューなど多数

チャプターコンテンツパーソナリティ(敬称略)
03:30:07 – 04:25:33みなみしまの活動報告2023みなみしま

アート系YouTuberの1年(らち×みなみしま)

らちさんは1990年、静岡県生まれのアートテラーです。多摩美術大学美術学部を卒業され、講演活動や書籍「大人の雑学 西洋画家事典」出版のほか、現在は主に登録者数2.69万人のアート系YouTubeチャンネル「らち-ART-」を運営しています。
SNSはこちら→X:@lachiart

らちさんとのトークでは、アート系YouTuberとしての一年についてと、教養として美術を学びたい中間層に向けた知の届け方についての対談が行われました。

2023年はアート系YouTuberとして劇的な変化はなかったそうですが、山田五郎さんのカジュアルなアート語り、資本主義の下ルネッサンスはラッセンに勝てない話などが印象的でした。

ここでは教養として美術を学びたい中間層に向けた知の届け方について、興味深かった内容をまとめます。

美術に関心のある人口が少ない

学生時代を美術好きな人が多い環境で過ごしたというらちさんは、社会人になってから一般的に美術への関心が薄い人の方が多いことに驚いたそうです。

そこからアートテラーとしての活動をスタートし、音声やブログと媒体を変えながらYouTubeを始めた同時期に山田五郎さんのチャンネルができたそうで、アート系YouTubeチャンネルの底上げがすごかったのだとか。

それでも、他ジャンルと比べるとアート系YouTubeの視聴人口が少ない状況でした。

教養としての美術からアートに関心を持つ層を増やせないか

そこでらちさんが注目しているのが「教養として美術を知りたい層」です。

気づいたきっかけは、2020年くらいに教養のビジネス書がたくさん出てきたことや、アート思考が話題となった時なのだそう。

美術業界では、教養もアート思考もアートに興味を持つ間口が広がる一方で、ビジネスに消費されてしまう側面があるという意見がよく挙がっていました。

そうした中で、らちさんは教養としてアートに興味を持った人の細い関心の糸を逃さないことが、美術業界の盛り上がりや豊かさに繋がるのではと考えたそうです。

教養を身につけたい人は美術業界に入りたいわけではなく、手に取りやすい形のアートの豆知識をいくつか摘めたら良く、その部分の情報の幅を充実させることが大切なのかもしれません。

一次情報を取りにいくのも大事ですが、美術業界の言葉遣いに慣れてないと情報として摘みにくいですし、導入として手にする情報の手軽さは大事だなと感じます。

なぜなら、教養は全体的な知に対する関心であり、美術はその一部だから。

美術に限らずですが、ちょっとした興味から没頭へ変わる瞬間に触れる情報は、すぐ誰かに話しやすくて、教えたくなるものなのかもと感じました。

チャプターコンテンツパーソナリティ(敬称略)
07:00:25 – 08:28:47アート系YouTuberの1年らち×みなみしま

秘密と抽象(森脇透青×みなみしま)

森脇透青(もりわき とうせい)さんは1995年生まれ、大阪府出身の批評家、ジャック・デリダ研究者です。京都大学文学研究科博士課程に所属し、京都を拠点に活動しています。
批評のための運動体「近代体操」発起人でもあり、創刊号が発刊されています。批評はいままで音楽、文学、漫画、建築、写真などを執筆。2023年は「週刊読書人」で月一回の論壇時評を連載するほか、共著「ジャック・デリダ「差延」を読む」を出版。
SNSはこちら→X:@rintarofuse

森脇透青さんとのトークでは、今年「週刊読書人」で月一回の論壇時評を連載してきた話と、ゲンロンカフェでの登壇で話題にあがった博士論文のテーマ「デリダの秘密」の説明を受け、みなみしまさん視点で抽象絵画を始めた人たちの抽象の考え方と似ている印象があったことから、抽象の視点から秘密を解釈できないかの擦り合わせが行われました。

論壇時評では「時評はパフォーマティブなもの」「昔からある論壇が今ではSNSとなっている」話が印象的でしたが、ここでは秘密と抽象の対話をメインに取り上げていきます。

哲学的な用語に慣れていなため聞き取る難しさがありましたが、自分なりの解釈をまとめていきます。

「隠れたものを隠れた方法で開示する」抽象画家の考えへの問い

代表的な抽象画家ワシリー・カンディンスキーさんやパウル・クレーさんが抽象絵画でやりたかったことと、哲学のテーマとして挙がっていた「秘密」の意味合いに近しいものがあるのではというテーマから展開する思考が興味深かったです。

秘密と抽象について2つの問いが挙がっていて、ひとつはカンディンスキーさんは「隠れたものを隠れた方法で開示する」と言い、それを実現する純粋な表現が抽象と考えていたようで、それはなんなのかという問い。

もうひとつは抽象画家は機関誌などを作り言語を広げていき武器にしていた取り組みから分かるように、人と人のネットワークを常に必要としていた部分がリンクするのではということでした。

ジャック・デリダの書簡の実験から考える秘密と抽象

まずは秘密について「他人からは見えない、当事者だけが分かるイメージ」、「見えて入るけど読めない暗号のようなもの」という2つの説明がありました。

その例えとして、有名な哲学者のジャック・デリダさんの書簡が挙がりました。

「恋人との書簡のやり取りという当事者の間だけで通じる内容を公開することで何が起こるか」という暗号的なクリプト(秘密)をテーマにした実験があったそうです。

デリダさんは当事者同士で伝わるジャーゴン(仲間うちにだけ通じる特殊用語)による書簡を書籍化して公開したそうで、その結果、何のやりとりがされているのか正確に分からない一方で、他人が読むことで誤っているが正しい読み取りの構造ができ、秘密が作られたそうです。

デリダさんの例と抽象絵画の話を照らし合わせると、仲間内だけで伝わるジャーゴンがカンディンスキーさんの隠れたものを隠れた方法で開示する「抽象」と重なり、抽象作品を観た他人は秘密を解き明かそうと解釈を進めることで、秘密を保ったまま人から人へ広がっていくのかなと読み取りました。

その意味で、秘密を宿した抽象という物があり、それを読み取る人がいて、事後的にネットワークが広がっていったのかもしれません。

他人と話すことで理解が深まる「私の秘密」

「自分には見えない自分の秘密が他人には見える、他人こそが自分の秘密を見透かしていて、自分は自分の秘密に気づけていない」という話も印象的でした。

医療にも通じる話で、他人から見てもらわないと自分の秘密がわからないから診断が必要であって、その意味では私こそ私のことがよく分かっていないと言えるのかもしれません。

だからこそ、議論することで見えてくる自分の秘密もあるし、作品について議論を交わすことで自分では思いもよらない発見が生まれやすくなるからこそ、観て、話すことまでが重要なのかもしれないと感じます。

哲学は耳で聴いてこそ感覚的に理解できるものもあるので、音声もチェックしてみてください。

チャプターコンテンツパーソナリティ(敬称略)
09:00:14 – 11:00:13秘密と抽象森脇透青×みなみしま

ラブレターの書き方(布施琳太郎×みなみしま)

布施琳太郎(ふせ りんたろう)さんは1994年生まれ、東京都出身の作家です。2017年東京藝術大学 美術学部絵画科(油画専攻)卒業し、2019年に同大学院映像研究科(メディア映像専攻)を修了されています。
iPhoneの発売以降の都市で可能な「新しい孤独」を、絵画や映像作品、ウェブサイトの制作、批評や詩などの執筆、展覧会企画などをアーティストや詩人、デザイナー、研究者、音楽家、批評家、匿名の人々などと共に実践しています。
2024年3月には「ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか?」(国立西洋美術館)に参加予定。
SNSはこちら→X:@rintarofuse

布施琳太郎さんとの対談では、2023年に開催した連続講義「ラブレターの書き方」の書籍版をもとにした会話が繰り広げられました。

なぜ「ラブレターの書き方」が生まれたのか

「人生を散らかしていくことを28年間してきた」という布施琳太郎さんの著書・ラブレターの書き方は、ある種作家の長いステートメントのような書籍です。

この書籍はどんな経緯で生まれたのでしょうか。

2016年から布施琳太郎さんが本格的な作家活動をスタートした頃に、作品を観た人から「よくわからないが謎のやる気だけを感じる」といわれた経験があったそうです。

丹精込めて表現しているのに何かが伝わらない感覚から「どういう仕方であれば人が理解したり、持ち帰ったり、考えたりする出発点になるのだろう」と考えたそう。

そこで、作品を語る違う喋りのモードを作るために評論「新しい孤独」(2019)を執筆、単数系の孤独やひとりについて考えることが今の世の中に足りないものという見方を示しましたが、そこから変化をもたらしたのが、「愛やラブレターの書き方」というテーマでした。

世の中のいわゆるアートでなされる表現は大きく、

  1. 私・個としてのアート
  2. 社会・公としてのアート

の2つに分かれ、私・個としてのアートの話は自身のことを語る言葉が増えるだけになる懸念から、私・個と社会・公の両方じゃない人の話するなら恋愛という考えに至ったといいます。

恋人たちは個人や国家ではない、最小単位の共同体といえます。

恋人たちの世界を通して物事を考えたり文を書くことの可能性を感じ、自主企画による連続講義「ラブレターの書き方」(2022)を経て書籍化に至りました。

そこから話は様々に展開していきますが、印象的だった内容をまとめていきます。

恋人の関係が何者にも影響されない空間を生み出す

展覧会を「社会を縮小・再生産する箱庭」と捉えると革新性を見出しにくいですが、新しいコミュニケーションの場を創出することで意味のある議論になる可能性があり、そこで着目したのが「恋人や恋愛」だといいます。

布施琳太郎さん曰く、妄想的なものでも2人が1つの現実として受け入れ、信じれる関係性を持てるのが恋愛とのこと。

例えば、誰かにとっては毎日見る夕日でも、特別な時間を過ごした恋人同士で見たら、それは2人だけが共有する思い出という形になります。

こうした恋人たちの関係性は他者からの規定によらず物事を進める可能性があり、現代のプラットフォーム資本主義やアテンションエコノミーに対する一時的な抵抗となる可能性を秘めているのかもしれません。

個人が影響力をもてる時代に、その影響下から離れる手段としての恋人という関係があり、ラブレターがあるという考えは、社会を捉え直すきっかけを与えてくれそうです。

一方で、二者関係から出れなくなる呪縛もあるように見えますが、いろんな空間を行き来するのが大事という前提で、ラブレターを書いては書き直す一人の時間が自身の客観視にもなることから、二者関係から抜け出す脱出装置になるという話がありました。

未来完了を示すのが現代アート

先に本のタイトルを決めて、それが存在することを正当化するために書き進める方法でできたという「ラブレターの書き方」のように、現代アートもコアとなる考えを示すために未来完了で制作を進めていく趣旨の話も印象的でした。

例えば、村上隆さんは日本のおよそ500年分の歴史への解釈を描き、それを本当にするために作品制作と言説による発信をした結果、評価につながっていると考えられます。

展覧会は会期という寿命がある点を考えれば、未来完了まで行き着くためには批評が大事で、文章としていつでも読める形で残す必要があります。

その意味で、「文章による歴史の枠組みや形自体の提案と作品の提出をセットでやらないと、世界に作品が付け加えられる必然性がない」という語りも納得でした。

チャプターコンテンツパーソナリティ(敬称略)
11:07:07 – 13:07:13ラブレターの書き方布施琳太郎×みなみしま

夜の会(小野まりえ×坂下剣盟×東武志×武本瑠香)

小野まりえさんは福岡県出身、多摩美の油絵2年生。
坂下剣盟さんは芸大油絵の2年生。上野のHello Bee代表。
東武志さんは芸大の油画1年生。
武本瑠香さんは京都市立芸術の油画を去年卒業し社会人1年目。ジャニーズを主題にした作品を制作。
SNS(X)はこちら→小野まりえさん:@pomoapi|坂下剣盟さん:@b8ucir|東武志さん:@Azuma_TakeshiGG|武本瑠香さん:@RukaTakemoto

現役美大生と美大卒業生メインによる議論も深夜帯に開催されました。

制作の話から中心と周縁、漢字、脱人間中心、動物、建築、美大卒業後の話まで、深夜帯とは思えない進展を見せる対話がなされました。

いくつかの話題が生まれた中で、ここでは印象的だった2つのテーマをご紹介します。

中心と周縁から考える新たな作品制作の可能性

まず最初の大きな話題は「中心と周縁」から始まります。

中心と周縁は簡単にいうと「権力を握るものと権力に従う・阻害されるもの」という対立のこと。

夜の会の中では「中心に権力が集約されている中で作家ができること、注目すべきこととは」というお題のもと、例えば以下のような話題が挙がりました。

  • 新宿のインフラ(道など)に人間の精神が規定されているように見える
  • テレビからSNSに発展していく中で、メディアの網から溢れたものが周縁
  • 周縁は国家の補強のために取り込まれることがある
  • 文字が周縁を支配する一方で、中心と捉えられる中国で周縁の日本の漢字が逆輸入されることもある

どこからを中心と定義するかで周縁の立ち位置が変わる部分もあり、一概に結論を出せる話題ではなく、議論は白熱しました。

美術界隈においては周縁から新しいものを取り入れ、中心で発表し美術史が形成されるケースもあり、どの周縁から他文化を取り入れると制作の可能性があるかに話が発展していきます。

美術史にインパクトを与えるかもしれない動物との相互認識の獲得

人間中心で住みやすく組み立てられる建築や、脈々と続く美術史という観点から、人間中心から離れるために注目されたのが動物でした。

この話題についても、例えば以下のような話題が挙がりました。

  • 鳩が作家の絵画を見分けられる凄さ、それは天敵から身を守るためかもしれない見方
  • 人間が動物のために森を作るのは人間中心的かもしれない
  • 動物を人間の文化に組み込むことがエゴな気もする
  • 動物と気持ちを通わせたいロマンと、科学的な切り口で解明していくやり方が発達し、気持ちを通わせることができれば、人間のエゴを消せるかも
  • 人間も動物なのになぜ人間中心的になっているのか

などの意見が出ていきながら挙がった、動物とのコミュニケーションができたら、人間中心の美術史へインパクトを与えるのではという観点が印象的でした。

仮に動物の言葉がわかれば人間の行動を踏みとどめることもあるだろうし、最初は人間のためであっても、お互いの認識が共有されていけばコミュニケーションを通して肯定的な相互関係ができるかもしれません。

それは人間中心で作られてきたものが見直されるきっかけにも繋がり、結果的に動物を守ることにもなる可能性を秘めていそうです。

こうした仮説から制作が進展し、布施琳太郎さんの回であったところの「未来完了の現代アート」となるのかもと、期待を感じる会でした。

チャプターコンテンツパーソナリティ(敬称略)
13:07:28 – 16:01:24夜の会小野まりえ×坂下剣盟×東武志×武本瑠香

齋藤恵汰の雑談会

齋藤恵汰(さいとう けいた)さんは1987年生まれ、東京都出身。高校卒業後、学習プログラムの運営を行うNTS教育研究所に勤務。2008年アーティストとして独立。ランドアート作品「渋家(シブハウス)」の設置および運営の母体となる任意団体での活動を経て、2019年より金沢在住。46000株式会社取締役としてアーティストインレジデンス「CORN(2021-)」設立。2022年度アーツカウンシル金沢ディレクター。ほか数社の取締役を現職。他に神田神保町にて美学校講師・劇場PARA共同主催・独立系出版活動などを行っています。
SNSはこちら→X:@_satoketa

齋藤恵汰さんのトークはゆるりとした振る舞いで、朝日新聞、毎日新聞、日経新聞の朝刊の斜め読みからスタートしました。

美術的な観点を持ちながら進める朝刊斜め読み

3社の新聞を比較しながら、美術的な観点と関連付けてニュースを読み進めていくと、美術のみの勉強では分からない、社会と美術との関連性がよく分かる内容でした。

ここでは、特に取り上げられていたコラムの斜め読みを紹介します。

  • 朝日新聞:天声人語「かけこみの年賀状」
    • 年賀状ピーク時の2003年には44億5,936万枚もの枚数が発行。海外の倍くらいあり、もはや業務。今は送っても一人10枚くらいでは。年賀はがきに使われたリソースがLINEなどに代替されている印象。
    • メディア論的な印象があり、なんとなく布施琳太郎さんっぽい。
    • 政治的な印象。
  • 毎日新聞:余録「思い込みの強い生意気な生徒」
    • 「世の中は『だから』全盛だ。前提を疑わずに自説が展開されるため、社会はぎすぎすしがちだ。」の苦言が美術っぽい
    • 美術家の大岩雄典さんっぽいレトリックな話。美術はレトリックなものを、現象としてよりは素材として取り扱う。
    • 世相的な印象。
  • 日経新聞:春秋「包括的性教育について」
    • 石川県金沢大学の男性のトイレに女性の月経に関するアンケートが貼るプロジェクトの話は、結構ラディカル。斎藤幸平さんの人新世の「資本論」あたりから経済系の人にもこうしたSDCGsへの関心が高まった印象。
    • 日経的な批評が日本の美術に少ない気がする。コロナ禍で斎藤幸平さんや成田悠輔さんの発言が増えた印象だが、日経的ポジションの美術批評家は思いつかない。小田原のどかさんは近い気もするが、歴史的観点な印象。
    • 世相を反映している。

ニュースのコラムひとつとっても、美術動向と照らし合わせて考察できる読み解き方から、新たな掛け合わせ、発想が生まれていく様子が印象的でした。

近年の現代アートは真面目

朝刊斜め読みの中で「近年のアートは全体的に真面目だと思う」という言葉も頭に残るものがありました。

例えば、Chim↑Pom from Smappa!Groupの森美術館展示を見て、最初はイタズラ、パフォーマンス的な動きが目立っていたところから、最近はダイバーシティに合わせている様子が伺えるとの見解をあげていました。

経済的な面の再解釈はイタズラみたいなものに紐づいているところがあるのがChim↑Pom from Smappa!Groupの作品からも分かるのですが、そうしたことを記述として論じていくことも同時にあると良いことが分かります。

その意味で、「寝てもいいという暴力性が許容される空間を美術館に作れるのはいい」という観点は齋藤恵汰さんらしさが伝わる部分がありました。

後半の24時間アートラジオに届いたお便りへのほぼすべてへの回答はこちらにまとめています。

チャプターコンテンツパーソナリティ(敬称略)
16:03:03 – 19:58:51齋藤恵汰の雑談会齋藤恵汰

異国で美術史研究する(伊藤結希×みなみしま)

伊藤結希(いとう ゆうき)さんは東京都出身。多摩美術大学芸術学科卒業後、東京藝術大学大学院芸術学専攻美学研究分野修了。草間彌生美術館の学芸員を経て、フリーランスで執筆や企画を実施。現在はイギリス・バーミンガム大学に留学し、フランシス・ベーコンさんなど20世紀イギリス絵画を中心とした近現代美術を研究しています。
SNSはこちら→X:@itohhhhh02

日本ではイギリス近現代美術を指導するアカデミックな人はおらず、本もほぼ出版されていないそうです。

そうした中で、伊藤結希さんは以前から関心のあった画家のフランシス・ベーコンさんを研究する教授がイギリスのバーミンガム大学にいたことから、留学を決意。

そもそも異国で美術史研究とはどんなことをするのか、そして日本と海外での美術史研究の方法論の違いなど、日本の情報だけでは分からない話題が多く登場しました。

通史を振り返り、解体、再構築していくイギリス近現代美術の取り組み

大学での授業はじめ、イギリス近現代美術研究では、ポストコロニアリズム(植民地主義に対する反省的な態度)とデコロナイゼーション(脱帝国主義)が2大ホットトピックとして取り上げられているそうです。

例えば、リバプール・ビエンナーレでは、昔リバプールで奴隷貿易が盛んだったことから、歴史への反省というポストコロニアリズムの内容が含まれています。

また、イギリスの国立美術館テート・ブリテンでは1500年から500年分のイギリス近現代美術を通史でどう見せるかを使命に、近年は英国美術を国籍で定義せず、旧植民地の作家、ブラックアートをどう取り入れるかなどが考えられているそうです。

これまで美術史として定説とされていたものを振り返り、解体していくように見える取り組みは、日本が大日本帝国を作ったことで周縁との差別化をしてきた歴史を見直すきっかけにもなるかもしれません。

物的証拠を集めて説明する美術史とは別の研究の面白さ

伊藤結希さんが日本で学んだ美術史は、単線的な美術が語られるものだったといいます。

美術史を専攻している人も物的証拠を集めて説明していく方法をとる人がほとんどだったそうです。

フランシス・ベーコンさんへの関心から「絵画におけるトリプティック形式」についての修士論文を書いた伊藤結希さんにとって、大学とでは美術史を探究していく方向性が異なるものだったといいます。

そうした想いを抱えながらの留学先イギリスでは「誰が今まで美術史を作ってきたのか」「美術史の方法論を誰が提唱したのか」といった授業内容なのだそうで、単線的な日本の授業とは違ったアプローチの研究がされていて、美術史に複数の歴史があることに気づけ、大きな収穫に繋がったのだそう。

美術専攻ではない人にとって、日本で触れる美術史はルネサンスをはじめとする西洋美術史だと思いますが、西洋美術の中でも脱ルネサンスの取り組みについての話もされるそうで、「どの時代に、どんな人が、どんな主張をしたのか」に注目しながら美術史を知ることで、繋がる感覚もある印象がありました。

共通の関心と美術館の企画展から始まったフランシス・ベーコン研究

お便りコーナーでは、フランシス・ベーコン研究をするきっかけについての質問が寄せられました。

Q
多摩美の芸術学科でアカデミックなベーコン研究をするのは珍しいと思います。どういうきっかけだったんでしょうか。
  • 伊藤結希さん
    • 大学は関係なく、東京国立近代美術館で保坂健二朗さんキュレーションの「フランシス・ベーコン展」を見て感動した。筆致が美しいし、観てよくわからなかった一方で、映画や文学から影響を受けていた自身との興味の共通点があり、ジャンルを横断して色んな切り口で研究できるのではと思った。そして、そもそもイギリスの美術とは何から始まった。

自身との共通の関心、そして「フランシス・ベーコン展」(2013、東京国立近代美術館)がきっかけでイギリス留学に進む様子が、関心を枯らさずに持ち続けることで得られることがあることを教えてくれているようです。

留学先での卒業論文はフランシス・ベーコンさんのアンチ抽象表現主義としての振る舞いとリアリスム論争で持ち上げられたことをつなげて論じるレポートを書く予定とのことで、作家から美術史を知る面白さにも触れることのできたトークでした。

チャプターコンテンツパーソナリティ(敬称略)
20:00:12 – 21:31:35異国で美術史研究する伊藤結希×みなみしま

ルーマニアと民俗学(石橋直樹×伊藤結希×みなみしま)

石橋直樹(いしばし なおき)さんは民俗学・現代詩を専門に学んでいる方です。
主な論考に「ザシキワラシ考」(『現代思想』所収・佐々木喜善賞奨励賞)、「〈残存〉の彼方へ」(第29回三田文學新人賞評論部門)、「看取され逃れ去る『神代』ー平田篤胤の世界記述を読む」(『現代思想』所収)など。
SNSはこちら→X:@1484_naoki

民俗学の先駆けとして評価されている「遠野物語」の著者である柳田国男さんに高校生の頃から強い関心を抱き、高校の卒業論文で論考「ザシキワラシ考」を執筆した石橋直樹さん。

民俗学に関する書物に記された地名を追い、現地に行くことでしか得られない体験を大切にする中で、2023年は大学を休学し語学学校に通いながらイギリスに滞在し、海外で得られた現地での体験について意見交換がなされました。

年末はルーマニアに滞在しながらの配信となりました。

お墓と現地に行くからアクセスできる民俗学の情報がある

ラジオ配信時に滞在していたルーマニアは、民俗学的にドラキュラ伝説が有名な場所。

ドラキュラ伝説が残る背景にある死体に対する恐怖が話として残っていることや、宗教的な混ざり合いや対立がある可能性の確認のためにルーマニアへ足を運んでいます。

そんな石橋直樹さんが民俗学を学ぶ身として重視しているのが、お墓と現地に行ってみること。

お墓はその人が死んだ場所であり、生前にここに埋まりたいと言った場所。

なぜその場所なのかはいってみればわかる情報があるはずで、実際に地元の人に話を聞くと興味深い発見ができるのだそう。

例えば、ジャック・デリダさんのお墓を見に森脇透青さんとフランスにいった際、哲学者のジャン=ポール・サルトルさんのお墓にものすごい量のキスマークがついていたそうです。

サルトルさんと1年毎に結婚形態を見直すという契約をとっていたという、フェミニスト理論家のシモーヌ・ド・ ボーヴォワールさんが一緒に埋葬されていることから、フェニミズムの聖地となりキスマークをつけていく人がいるのだそう。

フィールドを体感しにいくことで得られる、情報の生々しさが伺えます。

文学者として世界を記述で埋め尽くす

民俗学の情報をもとに現地を歩いていると、主観的なモノローグ(独りごと)が蓄積されていくという話も印象的でした。

歩くとき人は小説的なモノローグをしていて、墓やモニュメント、現地人を中心に、頭の中で勝手に記述化され、主観的なモノローグが蓄積されていくそう。

こうしてモノローグしていく際、日本だと知識で補えたところが、海外だと知識だけでは補いきれない穴ができてしまうとか。

ここで「文学者として世界を記述で埋め尽くさなければならない」という石橋直樹さんの言葉もあり、記述の穴を埋めていくにはどうしたらいいかに進んでいきます。

その穴を埋める時に持ち出すのは欺瞞の知識などの代替可能なものを持ってきていいのかという疑問から、そこを埋められるような言語を再び考えるべきという目標を考え始めているそうです。

知識としての記述ではなく、実体験による蓄積が新たな記述を育むのかもしれません。

見知らぬ土地での民俗学的?現地の見方

お便りコーナーでは、見知らぬ場所でまず見るところについて質問が寄せられました。

Q
新しい街、村、都市に行ったときにまずどこを見られますか。こだわりがあれば教えて欲しいです。
  • 石橋直樹さん
    • 事前調べはせず、現地の人に話して情報収集する。例えば、ルーマニアの場合はタクシーぼったくりという不運があり、バーなどで話したそうな人に移動手段について話していったときに日本語を学んでいる医学生と出会うことができ、街を案内してもらえた。
    • イギリスは移民慣れがあり、国によって他人との距離感の違いがある。
    • 日本だと神社に行く。昔から同じ場所にある建物なので情報が残っていたりする。
    • 民俗学を学んでいる人にとっては、墓だと話が捗る。

墓だと話が捗るというユニークな回答もありつつ、現地に住む人との交流から得られる情報を大事にしていることが伺えます。

チャプターコンテンツパーソナリティ(敬称略)
21:31:36 – 22:59:15ルーマニアと民俗学石橋直樹×伊藤結希×みなみしま

ベストコンテンツ2023発表

2023年に開催した展示や書籍、イベントなどをリスナーが思い思いに挙げていく「ベストコンテンツ2023」。

集合知の選球感が意外すぎて面白く、メディアや個人がいかにそれぞれで偏っているかがよく分かります。

自分では手に取らないようなものもこうして提示されると見たくなる妙。

眺めるべき景色がまだあることに気付かされるベストコンテンツをカテゴリ別に、読み上げられた順番で紹介していきます。

美術関連

書籍関連

  • 居るのはつらいよ:ケアとセラピーについての覚書(2019、東畑開人)
    • 第19回大佛次郎論壇賞受賞した本。ケアをひらくシリーズの他の本も面白い。同著者の「ふつうの相談」も良かった。普通の相談を医者が真面目に学問的に答える本。
  • 未来を予見する「5つの法則」 弁証法的思考で読む次なる変化(2008、田坂広志)
    • 「ビジネス本だがアートと関連づけて読むこともでき面白かった」とのこと。
  • Boy’s Surface(2008、円城塔)
    • 「タイミングもありドストライクな内容だった」とのこと。(理由までは書いておらず)なぜ今年ドストライクだったのか感想が気になる。
  • 崇高について(1999、ロンギノス, 小田実)
    • 「時代を超えた稀有な共著」とのこと。
  • トルコ 建国一〇〇年の自画像(2023、内藤正典)
    • 「ウクライナやパレスチナ、イスラエル問題に関連して、自身の西洋中心主義やイスラムへの偏見について含め世界の多様さに触れることができた」とのこと。
  • HERE ヒア(2016、リチャード・マグワイア)
    • 「哲学の書にして驚異の書物」とのこと。
  • 新宗教と巨大建築(2022、五十嵐太郎)
    • 東大に出した博士論文をもとにした書籍。90年代以降において特に重要なテーマ。
  • 彫刻2─彫刻、死語/新しい彫刻(2022、小田原のどか 編)
    • 自分で本を作っている小田原のどかさんの、これ自体が彫刻のような書籍。あいちトリエンナーレ2019の問題にも触れている。新しい制度を作るための在野の発想を感じる。
  • 女性画家たちと戦争(2023、吉良智子)
    • 戦争画というと藤田嗣治さん始め男性作家は戦地に行って描いているが、戦場に行けなかった女性がどう戦争を捉えて描いたかの研究と当時の女性への制約についての論集。
  • この国(近代日本)の芸術―日本美術史を脱帝国主義化する(2023、小田原のどか, 山本浩貴 編)
    • 2022年のオンライン連続講座の内容がすべて載っている。コロナ禍でオンライン配信にお金を払うようになったオンラインバブルを感じる。
  • 闇の精神史(2023、木澤佐登志)
    • 今年話題になった本。
  • The Death of the Other
    • ジャック・デリダが書いている自伝についての研究書。
  • 美術必読リスト
    • みなみしまさんによる新年度向けの手始めに気にしておくと良いかもな美術系書籍データベース。
  • NEVER(2016、リー・キット)
    • 作品集。
  • 坂口恭平の心学校(2023、みなみしま, 坂口恭平)
    • 「Xのツイート、スペースから一連の流れを楽しませていただきました」とのこと。

映像/音声関連

劇/公演関連

デバイス関連

  • Meta Quest 3(2023、Meta)
    • ベストデバイス?売り文句「君ごと世界を広げよう」がすごい。需要環境を創り出すこと自体がコンテンツなのかもしれない。
  • Threads(2023、Meta)
    • TwitterがイーロンマスクによりX化され信頼性や思想面の不安が続く中でローンチされたSNS。
チャプターコンテンツパーソナリティ(敬称略)
04:25:47 – 05:21:38ベストコンテンツ中間発表みなみしま
23:30:11 – 24:00:43ベストコンテンツ最終発表
エンディング
みなみしま

24時間アートラジオのお便りと回答

ラジオらしいお便りコーナーでは、ひとつのお便りにゲストごとに回答されたものもあり、異なる視座の集合知から自身に合った解決策を導けるものとなりました。

Q
多摩美に通っている学生です。私の悩みは廃材問題です。美術大学で様々な学生が日々課題や展示の制作をしているが、資材の管理をするスペースを借りるお金よりも新しい資材を買うお金の方が安いことが理由で、作品もまだ使える綺麗な資材も校内の資材置き場に捨てられてしまいます。大学には再生可能な資材を循環する仕組みがない。多摩美リサイクルプロジェクトを立ち上げている先輩が卒業してしまうためスペースがなくなってしまい、資材管理できる場所がなくなってしまいます。廃材問題に関する良いアイディアをいただきたいです。
  • メッセージ
    • 大学に掛け合ってスペースを引き継ぐ。むしろメソッドを大学側に引き渡してやってもらう交渉してみる。
    • Re arts Garden」などのリユース画材店があるので相談してみる。
  • みなみしまさん
    • アートプロジェクトとしてのレイヤーの二重性があると広がりができるのでは。
  • 森脇透青さん
    • 問題提起があるのであれば学生運動をしてみるのはどうか。そういう問題が発見された時に学生運動は存在すべきもの。ただ、リソースがかかるので、問題意識を持っている仲間がいると良い。
    • アーティストであれば作品にすべき。いかに廃材を捨てているかというアクティビズムとして社会に提起していくのはどうか。
    • 実際に新たな資材を買う方がなぜ安くなっているのかに目を向けて、そのロジックを調べて廃材を使用する場合との比較をしてみる。
    • 主催者のイズムを引き継ぐ。
  • 布施琳太郎さん
    • 環境的にはリサイクルすることが大切だが、政治的な意味を考えると言い淀むところもある。例えば、お祭りが共同体を持続させる意味で資源・資産を浪費することがポジティブに受け止められることがある。
    • 都市の中に知恵が蓄えられていて、例えば美術館内の仮設壁、仮設通路を作るためのボキャブラリとしてこうした問題を取り上げられると良い。
  • 齋藤恵汰さん
    • 九州に廃材をある程度の原材料に分け、アーティストインレジデンスが併設されていて、利用料を払えば廃材を自由に使える仕組みを作っているプロジェクトがある。それを参考にしてみては。
    • どこからが作品でゴミなのかを考えた時、美術館の中にどういうゴミを置けたかを勝負している作家もいて、それは廃棄回収業者的でもあり、資本主義に対して芸術のできることに伺える。
    • 場所問題については大学と交渉するしかないかも。
Q
現代美術を勉強したいのですが、話題に挙がる本(グリーンバーグの批評選集など)を買ってみても、目が滑り読めず劣等感に焦る日々です。途方もないご相談なのですが、そういった本を読むコツなどはありますでしょうか。
  • 長谷川祐輔さん
    • 入口が欲しい印象がある。美術批評をまとまって勉強したいからこの本を読む形だと入ってこない。その人が何を一番気にしているかで、気になることに対する答えが分かりそうな本を読む。異分野の人と会うことになり勉強したいと思ったときに、気になる部分だけを勉強する。自分が勉強してすぐに実践する場合、自分に関係のある情報を摘む
    • 一冊読んだら、今の自分にとって美術批評はこういうものだという状態を肯定する。
    • 一回読み始めたら付き合い続けるのが大事。分からないなりに読み通してみる。一度読んだからって理解できるわけではないので、焦燥感に駆られる必要はない。
    • 目が滑るということは、言葉の意味自体が分からず情報を汲み取れていない可能性もある。
  • らちさん
    • 効率の良いインプットはアウトプットをすることということから、ブログを始めた。図書館で10冊借りて並べ、印象派の始まりの項目を見比べて確認するような使い方をしていた。そこで得たエッセンスをまとめてアウトプットして勉強していた。
  • 森脇透青さん
    • 自分の中で具体的に処理できるまで時間がかかる。まずは読んでみて引き出しを持っておいて、後々に気づけることが大事。
    • 自分が文章を書くときに読むとアンテナを張っているので、自分に関係あるものの優先順位がつく。
    • 自分が興味のあるところだけ読み捨てながら読んでみる。大事な本であれば何回も読み返すので。一回の自分の読書を重く見積もらないのが大事。
  • 齋藤恵汰さん
    • 現代美術を勉強しなくても良いと思う。何もしない楽しさもある。現代美術は社会的に機能させるのが大変で、美術館という制度の中で作品と置かれることで機能するもの。それは世の中的にはニッチな世界。現代美術で議論されているのは時代と比べて遅れていて、生活の役に立ちにくい。
    • 歴史化された美術は良いが、現代美術は100年くらいの話で、どれに価値があるのかが分かっていない。特に写真は技術発達によって民主化されている。今の技術状況や政治、メディアなどを掛け合わせたものが現代美術と考えたら、元の技術、政治、メディア自体を勉強する方が良い。
    • グリーンバーグの議論があるだけで、関心が持てないのであれば現代美術と関係ないと思ってみるのも手段。
    • 美術は抽象的な政治で、それで現代美術が分かるというのは誤解があると思う。
Q
マーケットで評価される作品と、アカデミックで評価される作品は何が違うのでしょうか。
  • 齋藤恵汰さん
    • マーケットで評価される作品は、マーケットが決める。売り上げが作れるもの、究極的には可愛さやかっこよさがあるものが人気になると思う(それを生み出す難しさもある)。ちょっとしたきっかけがあることと、ちゃんと企画、経営をやっていること。継続的。
    • アカデミックで評価される作品は、上がり下がりがある。世相によって評価が変わる。そしてその評価は長続きしないものなので、それを狙ってやるものではない。時流に乗ったものがあるので、不安定。
Q
今某芸大の大学院に在籍している者です。今美術史、美術批評も含めて世界史、宗教、民俗学、哲学の本を網羅的に読んでいます。その理由は、自分の制作活動や他のアーティストの制作活動を通して人間の在り方、それは一般社会的なマナーとしてではなく、表現し議論する場としてアートを捉えているからです。ただ自分がストックしている本が100冊を超えています。時間が限られていて、1ヶ月に1冊しか読めません。そもそも勉強の仕方に無理があるのかもしれませんが、皆さんはどのくらいのペースで本を読みますか。
  • みなみしまさん
    • 2週間に3冊のペースで読む。余裕があったらもう一冊。
  • 齋藤恵汰さん
    • ペースは人によるのでとりあえず詰んでおくのはどうか。自分は1日2冊が限界。自分は本は買って詰んでおき、ちょい読みをする。タイトルを読んでノリだけ掴んでおくものもある。キリがないという感覚で読んでいるのが読書人っぽい。
Q
ギャラリーでの作品鑑賞の受け取りを深めるために20世紀の美術史を勉強しているのですが、得た知識と展覧会を繋げるのが難しいと感じています。知識を展覧会と繋げるために大事にしていることがあれば知りたいです。
  • 齋藤恵汰さん
    • 社会問題、ニュースをたくさん読むことと、いろんなメディアを使えばいいのでは。グリーンバーグの質問とも近しい気がする。
Q
展評がひとりよがりでない、他者への説得力や共感を呼ぶためにはどんな文章を書けばいいのでしょうか。
  • 布施琳太郎さん
    • アートや批評は本質的には哲学研究ではない、専門性や同じ語彙を共有していない人との営み。身内ウケじゃないように書いた方が共感を得るためには大事。
    • 批評家や物書きであればあるほど、その専門性が生かせない環境に身を置いてみると、専門外の言葉に出会え、専門外の人に書く時の参考になる。
  • 齋藤恵汰さん
    • 流行りの文体や、人気があった文章のテイストが時代によって違う。単に読みやすい文章を書くか、2020年代の流行りのテイストを先読みして書くのか。ただテイストを取り入れるのは難しいので、分かりやすく書けば読み取ってくれると読者を信頼してみる、信頼している人に話すのが説得力があるので、相手に対する自己開示が重要だと思う。そういう意味で読者を信頼し語るのが良いのではと思う。
Q
作家活動の始め方をご教示いただきたいです。私は美大卒業後、一般企業に就職し、自分でコンセプトを考える作品を作る道から遠ざかっていました。卒業後5年経った時に作品作りを再開したいと思ったが、初めての作品発表の方法がわからずにいます。公募展に応募していくのか、ギャラリーを借りて発表していくのか、思いつく案が狭くて、この方法でいいのか自信がない状況です。
  • 伊藤結希さん
    • 作家はInstagramをポートフォリオにしている人が多く、DMで売り込みしている人も多い印象。実績づくりのために場所を借りて発表するのはマスト。
    • 批評する側からするとWebポートフォリオがあるとありがたい。Instagramは表記によって作家名で検索しづらいので。
    • 企画展を自分で作って、仲間を募り、お金を折半して開催するなど、自分で動き、それを発信するポートフォリオがあるといいなと思う。
Q
美術史や批評の方法論を学ぶ機会が少ないという件、共感します。ただ、大学の中のカリキュラムとしては、少なくとも体系的に方法論をまとめた本は、日本語のものが結構ある気がしており、おすすめの本はありますか。
  • 伊藤結希さん
    • 英語圏だと特定のトピックに対してアンソロジー集がありわかりやすいが、それに相当するものが日本にあるかというと、思い当たらない。。

まとめ

24時間アートラジオは美術から哲学、朗読、YouTube、雑談、美術史研究、民俗学、そしてリスナーといった広範囲の人が関わって作り上げられていました。

声で共同制作し蓄積してできた集合知が新たなアートの可能性を示しているようでした。

24時間アートラジオを聴くと、美術を楽しむためには美術を勉強するだけでは不十分で、他ジャンルの知識の必要性を実感します。

そして、他ジャンルの知識はまさにこのラジオ内でトークされていて、中には専門的で耳から抜けたものもありましたが、その体験含めて、ジャンルを超えて知を共有することの面白さがありました。

異なる分野でも声に乗せて話すと心理的な壁も和らぐ感覚があり、慣れの必要な哲学などへもアクセスでき、美術の深淵を垣間見れた気もします。

文字のみでは伝わらない臨場感もあるので、気になるトークは音声も聴いてみてください。

最新情報はInstagramをチェック!

ABOUT ME
よしてる
1993年生まれの会社員。東京を拠点に展覧会を巡りながら「アートの割り切れない楽しさ」をブログで探究してます。2021年から無理のない範囲でアート購入もスタート、コレクション数は25点ほど(2023年11月時点)。
アート数奇は月間1.2万PV(2023年10月時点)。
好きな動物はうずら。
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