入江早耶「東京大悪祭 ~Happy Akuma Festival~」|消しカスでモノに宿る想いを造形したアート
消しゴムで消すことは消去だけを意味するとは限らないことを発見できる、消しカスというダストからできたアート作品を観てきました。
今回は千代田区有楽町にある「CADAN有楽町」にて開催した入江早耶さんの個展「東京大悪祭 ~Happy Akuma Festival~」の模様をご紹介します。
要点だけ知りたい人へ
まずは要点をピックアップ!
- 入江早耶(いりえ さや)さんは1983年生まれ、岡山県出身のアーティストです。
- 作品は主に掛け軸やポストカード、近年は薬袋などに描かれた二次元のイメージを消しゴムで消し、そこから出た消しカスを用いて三次元の立体作品を制作しています。
- 制作を通して、そのものに宿る命には終わりがないという「万物は普遍という輪廻転生」の考え方も表現しているそうです。
- 東京大悪祭では主にコロナ禍以降に制作した作品が並び、そこに縁日の要素も加えられた空間となっています。
本記事では展示作品の中から13作品をピックアップし、作品への考察も交えてご紹介します。それでは、要点の内容を詳しく見ていきましょう!
入江早耶とは?
入江早耶(いりえ さや)さんは1983年生まれ、岡山県出身のアーティストです。2009年に広島市立大学大学院 芸術学研究科博士前期課程を修了されています。現在は広島を拠点に活動しています。
海外での制作活動もよくされているそうで、直近では2022年にニューヨークに滞在しながら作品制作をするアート・イン・レジデンスプログラム、ISCP(International Studio & Curatorial Program)というものに参加していました。
主な展覧会に
- アートイベント「瀬戸内国際芸術祭2022」(2022、小豆島、香川)
- 個展「大悪祭」(2021、広島芸術センター、広島)
- 個展「Radierungen」(2018、MICHEKO GALERIE、ミュンヘン・ドイツ)
などがあります。今回の東京での個展は2013年以来、9年ぶりになります。
二次元のイメージをけした消しカスでつくる立体作品
入江早耶さんは主に掛け軸やポストカード、近年は薬袋などに描かれた二次元のイメージを消しゴムで消し、そこから出た消しカスを用いて三次元の立体作品を制作しています。
消しゴムの残りカスというダストを作品にするという制作過程を通して、そのものに宿る命には終わりがないという「万物は普遍という輪廻転生」の考え方も表現しているそうです。
“外形がなくても、姿を変えながら目に見えないところで存在し続けている”というコンセプトから、これまで二次元上で果たしていた本来の機能を失うものの、対象の本質を探り当てるように形や価値を変換・循環させているようです。
展示作品を鑑賞
今回の展示は主にコロナ禍以降に制作した作品が並び、入口に祭り提灯が掛かっているところからも、神社やお寺でやっている縁日のような空間となっていました。
薬袋のクマをモチーフにした作品
まず入口の両サイドにある作品を観ていきましょう!
薬魔地蔵 熊膽円
クマのモチーフが大きく描かれた版画作品。薬袋に描かれたクマを基にしてイメージを作り上げているそうです。袈裟(けさ)を身に着けて座っているように見え、その姿がまるでお地蔵さんのようです。薬袋から生まれたクマということを加味すると、右手で差し出しているのは薬の粒かもしれません。また、クマの下には「熊膽圓(ゆうたんえん:健胃整腸作用のある胃腸薬)」と書かれています。
クマというのは仏教が伝来するより前から以下のような意味合いで馴染み深い動物だったそうです。
- “神”や“隅”を表す古語として扱われていたという説がある
- クマの内臓が万能薬として重宝されていた
そのような由来から、万能の神様として描かれています。
キバを出して威嚇しているように見えるように見えていましたが、そうした意味を知ると、優しい存在に見えてきます。
薬魔地蔵ダスト
入江早耶さんの代表的な作風である、消しゴムの残りカスでできた彫刻作品です。先程のクマの版画の元となった薬袋と、薬袋を消しゴムで消した残りカスと樹脂を混ぜて造形した彫刻作品で、版画と対になるように展示しています。
消しカスから造形されているため非常に小さく、およそ3cmほどしかありません。小柄ながら細部を観ると手には玉をしっかり持っていたり、杖のようなものを持っていたりします。
また、彫刻作品の色は着色せず、消しゴムで消して出た残りカスの色をそのまま用いています。素材とする薬袋に描かれたイメージから造形したものには、薬に込められた治癒の願いも込められているそうです。
薬袋から生まれた小さなお地蔵さんの作品
今回の展示では、薬袋から生まれた彫刻作品を他にも展示していました。
流木の上に置かれていて、まるで街中に潜んでいるお地蔵さん、もしくはこだまのようにみえます。
消しカスで造形されたお地蔵さんの顔の部分は、薬袋のロゴマークがモチーフになっているようで、また、お地蔵さんの台座部分には薬の名前でもある“トンプク”と描かれています。
お地蔵さんは正式には「地蔵菩薩」と呼ばれています。いろんな種類がありますが、この作品からイメージしたのは道端などでよく見かける「道祖神」と呼ばれるお地蔵さんです。道祖神は集落の境などにあるそうで、その集落に厄災が入りこまないようにするためや子孫繁栄、交通安全の願いなども込められているといわれています。
お地蔵さんを身近で見守る存在と考えたとき、症状にあわせて病気を治す薬の在り方と似た部分があるなと感じます。作品の見た目が異なる点も、薬の個性が反映されているようです。
鎮咳(せきどめ)の薬袋に描かれた鳳凰のような鳥が立体となった作品も。作品は銘木の台座に置かれています。そこに、薬や地蔵に対しての敬意が込められているようでした。
また、薬袋のようなヒトの制作物は、同じくヒトの生み出した消しゴムひとつで消去できてしまいます。そんな儚さや、残った消しカスの中に宿った想いを立体にして、制作者の込めた想いは消えない、むしろ、より目を引くモノへと昇華できる可能性を秘めている、と訴えているようです。
コロナ禍の中で生まれた青面金剛の作品
青面金剛困龍奈ダスト
疫病神をあえて奉ることで神さまとして扱い、伝染病を沈めてもらおうというエピソードをもとに生まれた作品なのだそうです。モチーフとなっている青面金剛とは鬼から神様の地位まで上り詰めた金剛童子で、病魔を退散させる威力があるとされています。
青面金剛は手にマスクや消毒液を持っていて、足元ではコロナウイルスを想起させる妖怪をこらしめるように踏みつけています。そして、地面には日光の三猿でも有名な「見ざる・言わざる・聞かざる」のモチーフも座っていて、それぞれゴム手袋、マスク、ゴーグルを身に着けていました。まるで現代版の青面金剛が怯える猿たちをウイルスから守っているようだなと感じます。
また、箱には「一服の良薬は百服の粗薬に勝る」と書かれているようです。薬袋の作品も含め、薬への信仰をテーマにした作品であることが伺えます。
消しゴムやゴムによる版画作品
超疫病退散 青面金剛困龍奈 ver
近年新たな試みとして制作している、消しゴムやゴム版画による作品も展示していました。
先程の青面金剛の立体作品をお札のイメージで平面作品にしているそうです。左下には作品の名前である「青面金剛困龍奈ダスト」、また、右上には効能が記されているようで「超疫病退散」と書かれています。“超”がご利益のさらなる強化を表しているようです。
超電光石火
ネット環境の改善の加護がありそうな、現代におけるあるあるのストレス改善に励んでいるような消しゴム版画作品も展示していました。
本来は悪役のイメージがある鬼を神様として描くところに、対峙するのではなく静かに共存していく情景を描いているようです。
薬魔地蔵ゴム版画
薬袋から抽出し生まれた《薬魔地蔵ダスト》をゴム版画にして御札のようにした作品。ウサギとダルマを組み合わせたような見た目で、この元となった作品も展示してありました。
ここまで観てきて、昔の薬袋のデザインには縁起の良い動物やモノが多く描かれていたんだなと感じます。
また、薬の役割は今も変わらないものですが、薬袋は時代に合わせて進化しているんだなとも思いました。先人が大切にしてきたものを再解釈し、アート作品として現代に召喚するところに、温故知新の心も感じます。
掛軸の作品
犬犬犬ダスト Dog-Dog-Dog Dust
掛軸の絵画を消して、消しカスに宿った想いを立体的に召喚した作品は、消している面積が大きい分、彫刻のサイズも大きく存在感があります。元々は3匹の犬が描かれていたそうで、そこから立体を生み出しています。
犬は「人間に忠実で家族を大切にすることから縁起の良い動物」とされていて、掛軸でもよく描かれています。そんな犬を消しゴムで消して、3つ頭の子犬、いわば地獄の門番ケルベロスの子どものようにして召喚しています。
門番というだけあって家内安全のご利益がありそうなのと同時に、家族の一員として共に成長するのを楽しむように、あまり身近ではなくなり意識から薄れていく伝承を新たな解釈で継ぎ育てていく楽しさも表現されているようでした。
ニューヨークでの滞在制作作品
展示会場の奥には、ワークインプログレスというニューヨークでの滞在期間中に制作した作品の展示もしていました。作品は千羽鶴をマントにしたもので、マントの身を守ることと、スーパーマンのように超人的な力も暗示させるものとなっています。
渡米のタイミングにロシアとウクライナの戦争が始まったことをきっかけに、戦争や疫病が終わることへの願いを動機とした、「祈りで武装する」という両義的な意味を持っているそうです。
入江早耶さんが活動拠点としている広島には平和を願い毎年多くの千羽鶴が全国から寄せられることからも、土地柄と結びつく作品でもあるなと感じます。
滞在中に住んでいた場所の大家さんが電球取り換えをしているときに、折鶴アーマーをまとってもらったところを写真に収めた作品です。ポーズまでしているところに、フランクな温かみのある雰囲気が伝わってきます。
攻撃と守備が共存する千羽鶴のマントが文化の垣根を超えるような役割をして、同じヒトとしてフラットに共存していく姿が現れているようでした。
祭らしい縁日のような試みも
展示作品の他にもお祭りらしく、縁日によくある金魚すくいのような遊びも用意されていました。展覧会の中にこうしたものがあるのも珍しいですね。ちなみに、縁日と同じく釣れたものは持ち帰れます。
釣り糸の先には神の手がついていて、桶の中にいる子たちを地獄から救い出すイメージでおみくじを引けるようになっています。お祭りに行った記念にもなって面白い試みでした。
トークイベントも開催
会期の初日には、入江早耶さんと所属ギャラリーである東京画廊+BTAPの代表 山本豊津(やまもと ほず)さんによるトークイベントも開催されました。
入江早耶さんによる作品解説はじめ、長年画商として活躍されている山本豊津さんの視点で読み解かれる作品解説は見応えがあります。
アーカイブはCADANのInstagramからもチェックできます。
まとめ
消しカスを使ったアート作品を展示した個展「東京大悪祭」を観てきました。個人的には2015年のアートフェア東京で出会い、そこからいつか個展も観てみたいと思っていたので、今回東京で開催するタイミングに行けて良かったです。
入江早耶さんの作品で個人的に面白いと感じているのは、消しゴムで消すことは“消去という意味だけを指すとは限らない”ところです。氷が溶けて水になるように、対象に宿るものは変わらずに消しカスとして抽出していること、そして、現代に寄り添う形で新たな物語を紡いで“価値の再構築”をしているように感じます。
薬袋やお地蔵さんのモチーフなどから感じる民間信仰のようなものは時代に応じて変化していき、現代の日本では特に身近な信仰心は薄れつつある領域なのかなと思います。ただ、初詣は年代問わず大勢の人でにぎわうように、意識はしていなくても型として残っているものもあります。
そんなことを考えながら今回の作品群を鑑賞し、どこかとっつきにくい昔ながらの民間信仰を更新するような試みもあるのかなという印象を受けました。時間を経て作品の観方が変化する楽しみも得ることができました。
展示会情報
展覧会名 | 東京大悪祭 ~Happy Akuma Festival~ ※企画:東京画廊+BTAP(Instagram:@tokyogallery_btap) |
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会場 | CADAN有楽町(Instagram:@cadan_insta) 東京都千代田区有楽町1丁目10−1 有楽町ビル 1F |
会期 | 2022年9月22日(木)~10月9日(日) ※定休日:月曜日 |
開廊時間 | 11:00-19:00(火〜金) 11:00-17:00(土、日、祝) |
サイト | https://cadan.org/cadanyurakucho-tokyogallery/ |
観覧料 | 無料 |
作家情報 | 入江早耶さん|Instagram:@iriesaya |
関連書籍
東京画廊+BTAPの代表 山本豊津さんはいくつか本を出されていますが、その中のひとつです。資本主義と関連付けて観るアートの奥深さや視点を変えた楽しみ方を知ることができます。
関連リンク
私が入江早耶さんの作品と出会うきっかけとなったアートフェア東京について紹介しています。記事内に私が初めて出会った入江早耶さんの作品も掲載しています。
※サムネイル画像は撮影画像を元にCanvaで編集したものを使用しています。