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高橋知裕個展「NUZU」|ぬいぐるみをモチーフにした重層的な世界観のアートをご紹介

よしてる
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生物の形を模した「ぬいぐるみ」を主なモチーフにして絵画を描く、高橋知裕さんの作品。

ぬいぐるみの持つ包容力を感じる作品には、コラージュを思わせる個性的な表現技法や、複数の要素が重なり合っている点にも注目です。

今回は累計120の展覧会レポートをまとめた経験と、2021年からアートコレクションをしている視点から、東京・外苑前のMAHO KUBOTA GALLERYにて開催の個展「NUZU」アート鑑賞レポートを通じて、高橋知裕さんとそのアート作品についてご紹介します

高橋知裕とは?

高橋知裕(たかはし ともひろ)さんは1996年生まれ、大分県出身の作家です。

2019年に京都芸術大学 美術工芸学科 油画コース、2021年に京都芸術大学 美術工芸学科修士 油画コースを修了されています。

主な展覧会に

  • グループ展「BROKEN PINATA」(2022、L21 Gallery、スペイン)
  • グループ展「emerjing japanese painters」(2021、SHOP Taka Ishii Gallery、香港)
  • 個展「ANIMISM」(2021、COHJU contemporary art、京都)

などがあります。

今回の展示は高橋知裕さんにとって東京で初となる個展になります。

ぬいぐるみを描いたコラージュを思わせる絵画作品

高橋知裕さんの作品には、主にぬいぐるみやおもちゃがモチーフとして描かれています。

ぬいぐるみを絵画の中心的存在にしている理由を、高橋知裕さんは

自分の言葉でうまく物事を伝えられなくても、ぬいぐるみを介することでコミュニケーションが成り立つことがある。

展覧会ステートメントより引用

と説明しています。

高橋知裕さん自身、4歳になった頃から「NUZU」と名付けたぬいぐるみを媒介として日常的に家族とコミュニケーションをとるようになったそうで、家族や友達のようにぬいぐるみと過ごしてきた体験が絵画にも現れていることが伺えます。

また、技法に注目すると、画用紙やテープ、ダンボールなどを切り貼りしたコラージュを思わせますが、実際は絵の具を何層も重ねて描かれているそうです。

ポップなかわいらしさを画面全体から感じつつ、目を欺くような技法で描かれる要素が、重層的な世界観を生み出しているように感じ取れます。

高橋知裕個展「NUZU」のアート作品をご紹介

全体的にかわいらしい世界観を楽しめるアート作品ですが、ここでは展覧会のステートメントにあったキーワード「アニミズム、シュミレーショニズム、ドラマツルギー、スーパーフラット」にも注目しながら、作品を観ていこうと思います。

Q
今回参考にした展覧会ステートメントはこちら

・・・現代の日本で徐々に消えつつあるプラスチックの玩具、万物に神が宿るというアニミズムの概念、歌舞伎や文楽にルーツをもつ日本特有の舞台美術によるストーリーテリングの様式、スタジオジブリ等のアニメーションの世界にも通じる精霊の気配とドラマツルギー手法、1990年代アートにおけるシミュレーショニズム、2000年代に村上隆が提唱したスーパーフラット。これらの要素が渾然一体となったその果てに突如として出現した高橋の絵画には、単純な「かわいらしさ」では語れない不穏な空気とディスコミュニケーションの問題等、幾重にも入れ子状になった複雑な世界観が感じとられ、ポップなイメージの裏に隠された得体のしれない未来を暗示する力強い作品群を生み出しています。

聞き馴染みのない言葉が多いと思うので、ゼロから言葉の意味を知っていきながら、作品との関係を観ていきましょう!

ぬいぐるみに生命が宿るように描かれるアート作品

ぬいぐるみと落書きのようなキャラクターが、一緒に絵描きをしながら遊んでいる作品。

クマのぬいぐるみを写実的に描いているかと思いきや、表情を笑顔にして描いていて、そこに「ぬいぐるみやキャラクターに宿る意思」を感じます。

この考え方に関連するキーワードが「アニミズム」の概念です。

Q
「アニミズム」とは?

「アニミズム」とは、人類学者のエドワード・バーネット・タイラーさんによって提唱された、人間、動物、植物、天体などの万物に霊魂が宿るとする信仰のことです。

生命を持たないぬいぐるみやキャラクターも命を持つものと捉えて接する点が、アニミズム的な思考といえます。

このアニミズムの概念を踏まえて作品を鑑賞すると、

  • ぬいぐるみは相手によって態度を変えない「包容力の象徴」に見える
  • ぬいぐるみとの関係に争いの概念がなく、「多様性を受け入れる理想像」が描かれている

といった見方もできます。

高橋知裕さん自身も、ぬいぐるみに対して物心がついてから現在に至るまで、強い思い入れを持って接してきているそう。

そうした思い入れの深い存在をモチーフに描くからこそ、ぬいぐるみを通じた理想的な世界観がいきいきと表現されているようです。

名画の引用にメッセージ性を感じるアート作品

色画用紙で簡易的な舞台を作り、その上でミュージカルのワンシーンを演出しているようなアート作品。

作品タイトルの《The Third of May 2023》からも推察できるこの絵画は、フランシスコ・デ・ゴヤさんの描いた《マドリード、1808年5月3日》を引用していることが伺えます。

Q
《マドリード、1808年5月3日》とは?
《マドリード、1808年5月3日 / The Third of May 1808》
1814、フランシスコ・デ・ゴヤ、油彩、268 cm × 347 cm(Flickrより引用し編集

《マドリード、1808年5月3日》とは、1814年にフランシスコ・デ・ゴヤさんが描いた作品です。

フランスとスペイン間で発生した1808年の戦争期間中に起きた、フランス・ナポレオン軍が反乱するスペイン市民を銃殺刑に処した事件が主題となっていて、ナポレオン軍に対するスペイン民衆の抵抗を祝して描かれました。

戦争の中で抵抗する民衆が虐殺される瞬間を劇的に描いた名画を、なぜ引用しているのでしょうか。

そこには、2023年の今もロシアによるウクライナへの軍事侵攻が続く状況と重ねるように、人同士の争いは今も昔も絶えないことを伝えているように見えます。

その状況を冷酷に伝えるのではなく、サボテンの人形や落書きのキャラクターに置き替えることで、相手への差別的な感情を極力排除したら争いが緩和されることを優しい印象で表現していそうです。

また、色画用紙外に描かれた炎やUFOが想定外の天災を表していると捉えると、争いが小さな単位に見えてきて、戦争の意味を再考させられます。

こうした状況の置き替えは、アートにおけるシミュレーショニズムと関連づけて考えることもできそうです。

Q
「シミュレーショニズム」とは?
《Untitled (portrait)》
2014、リチャード・プリンス(RICHARD Prince)、インクジェット,キャンヴァス、167.0 × 123.8 cm

「シミュレーショニズム」とは1980年代半ばから後半に流行した、ジャン・ボードリヤールさんのシュミレーション理論に触発された美術動向です。

その考え方とは、「現代社会を記号化・擬態化して現実以上に現実的となったシミュレーション世界と捉え、そこでは真の現実よりも記号・擬態したものの方が圧倒的有意を占めることを指摘する」というもの。

例えば、シュミレーショニズムのひとつの方法である流用(アプロプリエーション)は、美術史や過去の作品を記号的に利用し、イメージだけを新しい文脈に取り入れて表現する技術で、アートの世界にあるオリジナリティへの反発も影響し生まれました。

もうひとつの作品を鑑賞しながら関連性を考えてみましょう。

ネズミのようなキャラクターが残像を残すほどの速さで、猫のおもちゃから逃げる様子が描かれた作品。

おもちゃをリアルに描き、記号的に持ち込むことで「おもちゃ本来の用途とは別のメッセージを込めている」と捉えて作品を読み解くのも面白いかもしれません。

日本人ならではの“空気を読む”様子を感じるアート作品

中央にいる白いキャラクターが目を覆っていて、その脇に落ちている風船が萎んだことで悲しんでいるように映ります。

そう捉えたとき、周りにいるぬいぐるみや恐竜、キリンのおもちゃが白いキャラクターを慰めようと、物陰から姿を表しているように見えてきます。

このように、登場するモチーフが何かしらの役割を持って演じているようで、スタジオジブリなどのアニメーションの世界にも通じる精霊の気配とドラマツルギー手法が用いられているのかもしれません。

Q
「ドラマツルギー」とは?

「ドラマツルギー」とは、戯曲の創作や構成についての技法、作劇法、戯曲作法のことです。

期待される役割を認知し演じることでコミュニケーションを成立させるという意味があります。

個人が属している社会(場)に応じた役割を演じることでコミュニケーションが形成され、また場面によって期待される役割はさまざまに変化し、同じ人物であってもその場に合わせて違う行動や言動を引き起こすことも起きます。

「期待される役割を認知し演じることでコミュニケーションを成立させる」という意味のドラマツルギーは、「その場の空気を読んだ行動をとること」とも言い換えることができます。

世界と比べたときに、日本人のコミュニケーションスタイルはハイコンテクスト文化(言葉で直接表現しなくても、互いに意図を察し合う文化)と言われていて、「一般的に思っていることをストレートに表現したり批判的な意見を言ったりすることが苦手」な傾向があるとされています。

高橋知裕さんのアート作品《Seek happiness》(幸せを求めて)を見ていると、

  • 萎んだ風船に悲しい感情を抱くものの、それを言葉にせずただ悲しむ様子
  • その場の空気を読んで慰めようと集まってきているように見えるおもちゃ達

という構図に、日本人らしい「空気を読む」コミュニケーションが現れているなと感じます。

モチーフが喋らないおもちゃや手書きのキャラクターだからこそ、日本人のいびつで不器用な人と人の関係性が映し出されているようです。

漫画のワンシーンのような表現を用いたアート作品

高橋知裕さんの作品と思われる作品が展示している様子が描かれ、売約済を示す赤シールも貼られています。

それを見たキャラクターが、「This is Market Painting」と語気強めに指摘しています。

日本独自のマンガ表現を引用しているという点では、村上隆さんが提唱したスーパーフラットの要素を感じます。

Q
「スーパーフラット」とは?
©2022 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved. ©MADSAKI/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved. ©Fujiko-Pro

「スーパーフラット」とは、日本のオタク文化と江戸の大衆文化を融合した理論です。

その作品群は一言では言い表せませんが、例えば、日本の浮世絵などの伝統芸術から平面性を取り出し、それをオタク文化のひとつであるアニメの平面性とつなげた作品などを発表しています。

こうした作品を通して、「これまでの西洋のハイカルチャー(美術)とサブカルチャーの“格の違い”がなくなるのが世界の文化の未来の姿である」とし、グローバル化が進むアート・シーンに西洋中心の美術の世界に東洋の日本固有の言説を提示し確立しました。

ここに描かれた2つの作品はそれぞれ、2021年から2022年にかけて高橋知裕さんが既に描いた絵画。

既に市場に流通している絵画であることを指摘し、アートマーケット独自の規範や規則を超えた出来事への批判を、コミカルに表現しているようです。

まとめ:ぬいぐるみの持つ包容力を感じるアート

今回は展覧会のステートメントをヒントに「アニミズム、シュミレーショニズム、ドラマツルギー、スーパーフラット」といった専門的な言葉から作品が表現している内容を深掘りしてみました。

どの要素も区別をつけず、ひとつのアート作品に溶け込ませていく様子から、高橋知裕さん自身も思い入れが深く、モチーフとしても存在感を見せるぬいぐるみや人形、描画したキャラクターの持つ「包容力」を強く感じました。

モチーフとして度々登場する生物を模したぬいぐるみに生命はありませんが、ハイコンテクストな日本人のコミュニケーションのあり方そのものを観ているようで、見た目の和やかな雰囲気に潜むぬいぐるみの演者としての姿も印象的でした。

童心を思い出させてくれるようなタッチの絵画に施された技法も実際に見ると驚かされるものがあるので、直にアート作品を鑑賞してみてはいかがでしょうか。

展覧会情報

展覧会名NUZU
会期2023年7月4日(火) 〜 8月5日(土)
開廊時間12:00 – 19:00
定休日日月祝
サイトhttps://www.mahokubota.com/ja/exhibitions/4169/
観覧料無料
作家情報高橋知裕さん|Instagram:@tomo.hiro0808
会場MAHO KUBOTA GALLERY(Instagram:@mahokubotagallery
東京都渋谷区神宮前2-4-7

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よしてる
1993年生まれの会社員。東京を拠点に展覧会を巡りながら「アートの割り切れない楽しさ」をブログで探究してます。2021年から無理のない範囲でアート購入もスタート、コレクション数は25点ほど(2023年11月時点)。
アート数奇は月間1.2万PV(2023年10月時点)。
好きな動物はうずら。
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