【書籍紹介】脳から見るミュージアム アートは人を耕す(中野信子・熊澤弘)|脳とアートの関係を紐解く
今回は中野信子さん、熊澤弘さんによる共著書籍「脳から見るミュージアム アートは人を耕す(講談社現代新書)」を読んだ感想をまとめます。
簡単な本の特徴はこんな感じです。
- アートが脳に対してどんな反応を生み出すのかを簡潔に知れる。
- 対談形式でアート初心者にも読みやすい。
- 美術館・博物館の歴史や役割などについて知ることができる。
脳科学関連の解説についてはそこまで専門的で難しいわけではなく、分かりやすくあっさりめで解説していて読みやすくなっています。アート関連書籍に触れるきっかけになったら嬉しいです。
それでは、感想をまとめていきます!
本日ご紹介する書籍
本を読んだ感想
1. アート鑑賞は「その人らしさを培う脳の領域」を刺激する
まずは、アートを観た人の脳はどのように反応するのか、というところが興味深い内容でした。
ひとえにアートを観るといっても、美しさの感じ方によって2通りの反応の仕方があります。
- 普遍的な「美」は前頭前野が反応
普遍的な「美」については脳の前頭葉の前頭前野が反応しているようです。
前頭葉は主に思考力、判断力、行動する機能を担当する領域です。その中でも大部分を占める前頭前野は「人間らしく生きるための機能が詰まってる部位」で、知能や理性、言葉を使う、記憶するなどを担っています。富士山の山頂から観る景色が「美しい」と思うような、大多数が思うような普遍的な美しさは前頭前野で感じています。 - 自分にとっての「美」は内側前頭前皮質が反応
「自分にとって美しいと感じる」ものを観ると、内側前頭前皮質の血流がアップするという研究結果が出ているようです。
内側前頭前皮質は自分や他者の気持ちを考えたり、道徳の判断といった、さまざまな認知に関連した活動をしている部位です。自分にとってどんな心理状態が心地よいのか、また、他者とどのように関わるかの判断は好み・考え・性格によって異なります。答えのない問題に自分なりの回答をしているようで、ある種の環境適応能力を担っているような印象があります。
アートなどの芸術作品の鑑賞も、答えのないものに自分なりの判断をして美しさを感じる行為、という意味で関連性を感じます。
普遍的な美しさから個人的な美しさ、その両方を体験するアート鑑賞は思考力、判断力、そして自分らしさの基準を培う手助けをしてくれるのかもしれないと感じました。
2. 美術館・博物館は展覧会以外にも役割がある
ひとえに美術館や博物館といっても、あなたはどんな展覧会を観にいこうと思ったり、実際に鑑賞にいっていますか。よく話題にあがるのはテレビや新聞などでも広告が出ている展覧会ではないでしょうか。
例えば、ムンク展―共鳴する魂の叫び(2018年、東京都美術館)、ルノワール展(2016年、国立新美術館)などを聞いて、そんな展覧会やってたなと思い出せる方もいるのでは。こういった、メディアと美術館が共催でおこなう、大きな予算で広告をうち大量動員が見込める展覧会をブロックバスター展といいます。日本でも名の知れた西洋美術作品を集めた展覧会は、「教科書でみたやつを観に行こう!」という気持ちで足を運んだりします。
ただ、この本を通して知って欲しいのが美術館や博物館の「公的な役割」です。
美術館や博物館には博物館法というものが定められていて、その中の目的をみると、こんなことが書いてあります。
「博物館」とは、歴史、芸術、民俗、産業、自然科学等に関する資料を収集し、保管(育成を含む。以下同じ。)し、展示して教育的配慮の下に一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資するために必要な事業を行い、あわせてこれらの資料に関する調査研究をすることを目的とする機関(社会教育法による公民館及び図書館法(昭和二十五年法律第百十八号)による図書館を除く。)のうち、地方公共団体、一般社団法人若しくは一般財団法人、宗教法人又は政令で定めるその他の法人(独立行政法人(独立行政法人通則法(平成十一年法律第百三号)第二条第一項に規定する独立行政法人をいう。第二十九条において同じ。)を除く。)が設置するもので次章の規定による登録を受けたものをいう。
ーe-Gov|博物館法より引用
つまりは、博物館や美術館には
- 美術作品含む資料を収集、保管
- 資料の調査研究
- 展示による一般公開を通した教育活動
の役割があるということが分かります。
展覧会は博物館、美術館の役割のほんの一部で、見えない部分にこそ大きな役割があります。この役割の部分、実は脳と重なるところが面白く、脳の神経細胞の10%しか使っていない(未だ真偽の立証はされていない説ですが)といわれるほど、脳も目に見えない領域こそ重要な働きを担っているようです。
それを裏づけるデータとして、身体のエネルギー源である酸素とブドウ糖を脳が大量に消費していることが分かっており、
- 酸素 :全体の4分の1
- ブドウ糖:全体の5分の1
も消費するそうです。
そして驚きなのが、脳の重さは身体全体の2~3%しかないこと。
重さに反して消費するエネルギー配分がおかしいですが、身体は無駄なことにエネルギーを使うほど余裕はないはずで、脳にエネルギーを大量に配分するからこそ生命活動を維持できていると考えられます。
見えていない部分にこそエネルギーを使うことが重要、という意味で博物館・美術館と脳は似ていると感じました。
3. アート×教育が文化的な要素に磨きをかける
脳のように、美術館・博物館は見えない部分にこそエネルギーを使うことで、得られるものも大きいのではと感じます。
その理由は、美術館・博物館の取り組みにエネルギーを配分できることが、文化的な先進国である証だからです。
例えば、先進国であるアメリカでは、1990年代以降作品を展示するモノ中心の取り組みから、ヒトに焦点をあてて、「教育的サービスを担う教育機関」としても活動をしています。教育への取り組みは財政的な理由もあったようですが、結果的には日本と比べて、国や民間からのアートへの資金配分が多く、間接的にアート・美術作品マーケットの拡大の一助となっているとも考えられます。
また、美術館・博物館は国の歴史やこれから先のビジョンを示す上でも重要な場所です。
日本はどんな歴史を持っているのか、なんで茶道などの伝統文化がにほんにあるのか、これから先の日本はどんな文化を築いていくのか、そんなことも考えるきっかけになる場所だと思います。
アートに触れる場が教育の場になることで、文化的な要素に磨きをかけてくれると思います。
ただ、日本は美術館・博物館の維持のための活動にエネルギーの大半を使っていて、教育にまでエネルギーを配分できる余裕がないようです。私たち一般人が資金援助するのはハードルが高いですが、「美術館・博物館=エリートや富裕層のもの」という思い込みを外すのことが、まずはできることかなと思いました。
企画展だけではない、美術館・博物館の公益性を知るための入門書として、とても分かりやすい内容でした。
まとめ:美術館・博物館の見えない役割の大切さを知る本
脳と美術館・博物館の関係性が分かるのはもちろん、読んでみて一番感じたのは「美術館・博物館の見えない役割の大切さ」です。
美術館・博物館はアート作品や資料を観に行くのみで、どこか一方的に感じる部分がどうしてもありましたが、アート作品や資料の保管、管理、調査研究、さらには教育の分野にも役割を担う場ということが分かりました。
読書を通して、脳と似て見えづらいけれど大切な役割を持つ美術館・博物館のことを知って、気軽に遊びに行くようなイメージになれば良いなと思います。
参考文献
脳について
美術館について
※本表紙はAmazonより引用。